SOLARIS ARCHIVE
 
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『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』合理性では手に入らない感覚の物語

『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』は

森下典子による茶道をテーマにした本だが、私が手にしたきっかけは完全に「ジャケ買い」だった。

 

表紙に配された細い明朝の文字、あたたかみのある手触り、

持ち上げた時に感じる程よい重みが何かを訴えかけてきた。

 

写真はそよ風ひらひらさんの「まいにち藤巻亮太ときどきレミオロメン」で掲載されたもの

 

少しページをめくってみると、茶道をテーマにした自伝風エッセイのようだった。茶道に興味がなかったわけではないが、

そのうち専門書や岡倉天心の「茶の本」等をしっかり読もうと思っていたので迷ったが、

内容よりも、この本と関わってみたいと思った。

 

良家の子女による日記をのぞき見るようで、こそばゆい感じだったが、著者の筆力も素晴らしく、

茶道を始めた十代から受験、就職、失恋や父の死など経験。茶道とともに歩んだ著者の等身大の人生が描かれる。

読み始める内に夢中。茶道を越えた「何か」が書かれていたることに。

 

いままで、意味がわからないまま動いていた所作や、茶道の決めごとなどが、ある日、ぱっと見えてくる。

その様子はまるでヘレンケラーが「ウォーター(水)!」と叫んだ瞬間にも似て、

読み手にも爽やかな覚醒感を感じさせてくれる。

 

一度も稽古をしたことがない人間が「茶道というものがわかった」とは言えないが、

「茶道」が目指すこと、合理的な方法では手にはいらない感覚について、少し垣間見ることができた。

 

ジャケ買いは、大正解だったが、20年以上たったいま、改めて調べてみると、装丁は百戦錬磨の鈴木成一デザイン室だった。

便利なKindleや手頃な文庫本もいいが、できれば単行本で本書の手触りを感じながら読み進めるのがおススメ。

 

『ウェストワールド』シーズン2の舞台は「将軍ワールド」

 

SNSでの勧誘がすごかったNETFLIXで「ロスト・イン・スペース」を、つい観てしまったが、とんだファミリー映画でずっこけた。SFアドベンチャーだけど最終的には主人公達の成長と家族の絆がテーマ……。これは1960年代の米テレビシリーズ『宇宙家族ロビンソン』の劇場用映画化作品だそうだ。観はじめてしまったものは仕方ない。筋だけ知ればいいので間髪いれず、一気に観た。

 

 

同じリメイクでもリメイク版の『ウェストワールド』は秀逸だ。1話ごとに重みがあり余韻があふれ、続けざまに観れない。重みの理由は『メメント』『ダーク・ナイト』『インターステラー』など深みの在る脚本で知られ『ウェストワールド』ではプロデュースと監督を担当するジョナサン・ノーランの力量だろう。シーンのループ効果や重層的なリアリティ、無表情なアンドロイドに浮かべる情緒的なイメージ、それらが観る人の根源に揺さぶりをかける感じ。シーズン2は5月下旬からスターチャンネルで放送予定なんだそうです。

 

https://www.star-ch.jp/westworld2/?utm_source=google&utm_medium=cpc&utm_campaign=westworld2

 

シーズン1は「西部劇ワールド」が舞台になっているが、シーズン2は「将軍ワールド」が舞台になるらしい。真田広之や菊地凛子が出演の模様。黒澤明や千葉真一の影響がディテールに影響を与えているそうだ。ちょっと心配……。

 

オリジナルの「ウェストワールド(1973年)」はユル・ブリーナーの存在感が圧倒的だったが、調べてみると監督、脚本はマイケル・クライトンじゃないか。テーマパーク的空間が狂っていく図式は「ジュラシックパーク」に重なる。

<テクノロジーとそれを扱う人間の間違いを描き、最終的に生物工学的大災害を生じるストーリーが多い。近未来を舞台にした小説では、医学や科学の知識を基盤としている。 身長は206.6cm(WIKIより)>

 

マイケル・クライトン身長2メートル6センチって……本人がロボットなんじゃないか。

 

 

「ブレードランナー 2049」感想

遅ればせながら「ブレードランナー 2049」を観てきた。

 

PRサイトで町山さんなど批評家や映像関係者の評判はすごぶる良かったが、私の周囲ではまあまあの評価。そもそも、ブレードランナー自体はストーリーとしては感動する、面白いと感じる作品ではなく、メッセージが語られるべき映画だった。

 

画像検索結果

 

岡田斗司夫氏の評判も芳しくなく、ストーリーが見えにくい、主人公Kがどうしたいのか見えにくいとのたまっていた。私もゴズリングの細かな演技はともかく、何か共感を得られない印象を持った。

 

ちなみに、女レプリカントのラヴの存在観は強烈で、鋭敏な殺人マシーンだが、時折流す涙が印象的だ。「ブレードランナー」のバディの存在に位置付けられるが、雰囲気的にはターミネーターの殺人マシーンの様で深いバックボーンは明かされることはなく主人公Kと死闘を繰り広げられる。

ロイ・バッティは雨のなか短い人生を回想しながら機能を停止するが、ラヴは涙の海のなかに沈んで滅していくイメージ。ゴボゴボと水中で水を飲み、あるいは何かを叫びながら機能を停止するシーンはインパクトがあった。

 

ストーリー性によって伝わるメッセージは朧気だったが、多大な影響をじっくりと時間をっかけて人びとに与えたことは確かだ。深く埋め込まれたメッセージやイメージがじんわりと発芽し、「ブレードランナー 2049」という体験、メッセージが後の時代、後の時代にも伝えられ、後のわれわれの心の底に影を落としていくのかもしれない。

ライルの島について

脳内には幸福感や快感にまつわるライルの島という皮質がある。

美味しいものや気持ちがいい事に反応し、さらには依存症にも絡んでくる領域だ。

 

これを発見してオランダの解剖学者であるヨハン・クリスチャン・ライルの名から「ライルの島」と呼ばれている。

 

私はこの言葉を高城剛の本で知った。

彼は、大手の企業はあの手この手を尽くして、人々のライルの島に情報や刺激を送り込み、欲望を刺激してコントロールしようとしているという。

例えば、コンビニの糖分や塩分、脂分などをたっぷり含んだスイーツやジャンクフードなど。

あるいは依存性のあるゲームやスマホなどの機器、アプリもそうだ。

 

  

 

企業は金塊を求めてライルの島に向かう。その島が位置するのは我々の脳内。

糖分や脂油分、あるいは依存性の刺激を介して企業は脳内の島皮質にアクセスしようとしている。

 

自分たちは、それをどこまで意のままにコントロールできているか知っておくべきだろう。

一年後の「シン・ゴジラ」と葛城ミサトと「草枕」

1年以上、間が空いてのブログだ。

先の書き込みは「シン・ゴジラ」だったが、先日も丁度、「シン・ゴジラ」がテレビでオンエアされて感慨深い。

 

改めてみて、ゴジラの破壊力のなかにみる震災のリアリティがハンパなかったが、

それよりも、破壊力があったのが、やはり石原さとみの快演(怪演)だった。

 

葛城ミサトというミューズを演じさせた感があって、そこに無理があり、ギャップが見事に破壊力に繋がったというか。

「君の名は。」の美人の先輩・奥寺ミキ*は長澤まさみが声優で演じていたのだが、このキャラも無理があって面白かった。

*あんな身なりのいまどきの女性なんて存在しえない。

 

新海誠も庵野秀明も、現実世界の体験は薄く、漫画やアニメの焼き直しのキャラをアニマとして軸とし、

現実の女性との乖離が激しいその存在は、オタク文化の力点となっていて、その周囲をリアリティがグルグルと回転している印象だ。

その感じは決して嫌いじゃないけど、そこをディスる人はとても多い。

 

 

映画館では、かぶりつきで見ていた「シン・ゴジラ」だが、テレビで見ていると、

本当にニュース映像を見ているようで、不覚にも寝落ちしてしまった。

 

もう「ブレードランナー」の続編も上演中。

ジム・ジャームッシュの問題作「パターソン」も好評につき延長(アメ村の映画館にて?)。

もたもたしているといろんなものが通り過ぎる。

昨日は、何度も途中で挫折した夏目漱石の「草枕」を読了するが、

ラストシーンのカタルシスが抜群で、しかし、どこか、既視感があり、

ひょっとして、一度、読んだのかも?と自分の記憶オチに呆れる。

 

庵野秀明にとっての葛城ミサト*のような軸を自分も携えておくべきかも。

*綾波レイという虚構に対する現実としての存在。

 

 

 

 

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