ご存知の方も多いかと思いますが
テレビドラマ
『 深夜食堂 』
おもしろいです!
30分の短編ドラマですが
毎回かなりクオリティーの高いドラマだと思います。 宮城ではTBCテレビ 水曜日夜D×D(ドラマナイト) 23:50~0:50 1.怪盗ロワイヤルと 2.深夜食堂 2本立てのドラマですが、(1.は見たことがありません) 今放映している『深夜食堂』は、どうやら第2シリーズ のようで初回(第11話)を偶然テレビで見たんです。 それ以来ずっと録画予約で欠かさず見ています。 初回の11話は、安田成美さんが出演していた 「再び赤いウインナー」というタイトルでしたが。 この11話は文化庁芸術祭参加作品にもなっているらしく 本当にいい作品でした。 11話の最後は福原希己江さんの 「できること」という曲が使われていて 演技には台詞が無く、この曲をバックにエンディング に向かうのです・・・。 おもわず・・・涙がこぼれました・・。 即、アマゾンで福原希己江さんの「おいしいうた」 というアルバムを注文しました。 今は、そのアルバムを聴きながらこれを書いています。 このアーティスト知らなかったのですが だいぶいいです! このドラマ、スタッフの多くが映画畑の人達らしいのです なるほど、納得。 日本の大都会では、こんな人たちが さまざまな人生を生きているんだな~感じさせる 味のあるドラマ・・・味のある店。 しっかりと残っていてなんだかうれしい。 あの、映画 『カモメ食堂』でフードスタイリングを したという『飯島奈美』さんという方が 担当しているらしいのです。 なるほどやっぱり!あの美味しそうな 生姜焼き定食、焼き鮭定食、シナモンロール、 と同じ人なのね。 納得! 『深夜食堂』のサブタイトルは そうですよね・・・。 飲食店はそうあるべきですね。
原作の安倍夜郎さんの漫画のイメージも
料理もリアルに ”うまそうだな~” と思っていたら
「小腹も心も満たします・・・。」
仙台駅前商店会地域研究部会
の新年会をル・シエル クレムで
開催していただきました。
私も出席させていただきまして。
メニューはクレムで最近好評の
『美食プラン』
5000円のコース料理を
2500円で提供しています。
その中のメインディッシュ
『仙台黒毛和牛フィレ肉の
ロッシーニ トリュフソース』
こういう仕事をしているのに
フォアグラを食べたのって1年以上
ぶりかも・・。
昨年は気仙沼食堂開店などもあり
居酒屋に行くことが多かった1年でした。
東京に行っても浅草や新橋ガード下など・・。
なみなみの日本酒を口からお迎えに行くことが
多かった。
牛フィレ+フォアグラ+トリュフ→ワイン
こういう食事
本当にいいものですね。
ワインラブァー・クレムファンの皆様
ごめんなさい、今更ながら・・・。
ワイン・洋食いいですね!!
また来よう・・・、クレム。
気仙沼高校の先輩でもあり、経営者としての先輩でもある
モダンクラフトco.の及川社長と気仙沼に行ってきました。
道中、大雪でした・・・・・・・。
そんな、歓迎ムードの中
まずは、昼食。
南三陸町志津川にて、『 磯ラーメン 』
わかめ・ふのり・海老・ホタテ・カニ・なると・ねぎ
私、これ大好きなんです!
三陸海岸名物 『 磯ラーメン 』
鶏と野菜のブイヨンベースですが、魚介の出汁も出ている
のでサッパリしていて奥深い潮香るスープ。
細くて固めの麺がバッチリ合います。
旨かった!
これこれ、最高!
志津川町の皆さん、大変なこともたくさんあるでしょうけれど
これからも、がんばってください。
いよいよ気仙沼市到着
階上地区・松岩地区・気仙沼魚市場周辺・
南町・魚町・鹿折地区を車で回りましたが、
悲惨な風景は変わらず、復旧・復興の遅さに
びっくりしました、そしてガッカリしました・・・・。
そして、
30年前、高校生時代に通っていた
喫茶店 『茶色い小瓶』へ
震災直後からマスターの山浦さんは、避難所になった
気仙沼高校で、何百人もの人たちの炊き出し係を
かって出る。その後も自店のコーヒーを皆さんのために
無料で提供し続けたのです。
このことは、書籍「大震災 欲と仁義」
(荻野アンナとゲリラ隊 著)に
詳しく書いてあります。
本の売り上げは被災地への義援金となります。
ぜひお買い求めになって読んでみて頂きたいです。
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気仙沼高校の避難所には、ブルーシートのテントで
造られた、無料カフェ『茶色い小瓶』があった。
ジャズが流れマリリン・モンローのポスターが貼られ、
オブジェで埋めつくされている。
避難所の中では話せないこともここでは人目を
はばからず語り合えるちょとした癒やしのスペース。
マスターのリーダーシップで炊き出し隊も編成し、
自衛隊の食事が出るまで被災したプロの料理人たちが
食事を作った。
この恵まれた避難所は、本来指定された避難所
ではなかった。
それは石川校長の英断の賜物。
県に許可を取るより先に避難者を受け入れたのだ
津波が押し寄せる中、人も車も気仙沼高校に
どっと入ってきた。
「ああいうときに、ここは県の土地だから
指定避難所ではないからダメですよ、なんて、
そんなバカなことは言えません」
と、腹をくくった校長先生は生徒も使って車を
誘導するなど、学校を避難所として開放していった。
夜になれば外で避難している人たちの中から
自然発生的に焚き火が始まる。
万一火災が発生したら一大事である。
校長の首も飛ぶかもしれない。
だが、石川校長は避難民を信頼し、
火の使用を許可する。
(市の指定の避難所では火は焚けなかったという)
この英断とマスターのリーダーシップが
あったおかげで「無料カフェ」も「炊き出し」
もできたのだ。
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マスターの山浦さん、及川社長、私と3人で
しばらく話し込みました。
話は
故郷・リーダーシップ・行政・商売
人間力・責任・無責任・恩
気力・無気力・・・・多岐に及びました。
マスターによる、炊き出しや、無料カフェ、等の
行動力、原動力は、気仙沼に対しての恩返しの
気持ちもあったのだと・・・。
商売を何十年もの間続けて来れたのは、
気仙沼という土地が、郷土が、人が、支えて
くれたから・・・と。
今も、これからも、俺たち年寄りはもういいんだ
子供たちを助けてくれ
義援金や寄付を、もししてくれるのであれば
幼稚園・養護施設・etc 子供たちの健全な育成に
つながる組織や施設にお願いしたいと・・・。
それも、行政を通してではなく、なるべく直接・・。
マスターは何十年もの間、喫茶店の経営の他に
『空手』を通して気仙沼の青少年の育成にも
尽力してきたのです。
30年前、気仙沼高校の体操部に所属していた私が
体育館で吊り輪の練習をしている時、隣のコートでは
及川社長がバレーボールに打たれていた。
そして、同じ体育館でマスターは
黒い髭を蓄え、黒い帯を締め、空手部員達に
武道を教えていた。
当時、『茶色い小瓶』でタバコを吸っていたら、
マスターに、こっぴどく叱られたのを思い出した・・・。
2時間も話し込んだだろうか・・。
マスターお忙しい中すみませんでした。
私たち二人はマスターの店を出て、待ち合わせの場所
『復興屋台村 気仙沼横丁』に向かいました。
待ち合わせの相手は、『髭の空手家』から
がらりと変わり、可愛らしい女性。
フリーアナウンサーでもありこの屋台村の実行委員長
でもある岩手佳代子さん。
気仙沼出身の岩手さんは、気仙沼の仮設店舗と
しては第一号の、この『気仙沼横丁』を計画段階
から係わり実行委員長として、現在も運営の
お手伝いをし、気仙沼市の復興に尽力してくれて
いるのです。
3人で横丁内の飲食店を4軒位はしごし、
岩手さんからだけでなく、各お店の店主の方、
居合わせたお客様、皆さんから、震災時のことや
避難所でのこと、行政について
気仙沼の復旧、復興について・・・。
たくさんのお話を伺ってきました。
蒼天伝ハイボール?
メカジキハモニカ焼き
他にも、横丁内のショットバーでの
『モスコミュール』うどん屋さんでの
『釜玉うどん』等、たくさんいただいてきました。
大変美味しく楽しくいただきました。
皆さんありがとうございました!
今回の震災では東北の被災者の粘り強さ、
協調性、思いやり、また自衛隊の素晴らしさ。
たくさんの良い面がクローズアップされた反面
システムにすがり過ぎた日本の社会構造の
マイナス面がたくさん露呈しましたね。
・空腹の人が100人いて、おにぎりがそこに
99個しか無かったら配らない・・・。
公平じゃないから・・・ルールだから・・。
被災地では当時そんなことがよくあったとか・・。
・仮設住宅へ入居した人は避難所での食糧受け取りや
入浴施設の利用は慎むようにと言われた。
・工場再建のための融資に必要な書類が津波で流され
残っていないためにだいぶ苦労して申請書を作ったが
待たされたあげくに申請が通らなかったから
再建はできそうも無いとか。
平時ならマニュアル通りに対応するのも大事・・。
しかし公平ばかりを気にしての行動、マニュアル
どおりの行動、それは今、この非常時、
そして日本にとって大事なリスタートの時に
違うんじゃないかな・・・と思うのです。
組織に属している人達が、その立場立場での
行動をしなければならないのでしょうから、
しょうがないとも思うのですが・・・。
気仙沼高校の校長先生や茶瓶のマスターのような
行動をする人がもっといたらいいのにと・・・・。
それにしても今は被災地の基盤産業の復活を
なにより急がなければ 人まで流出してしまう・・。
基盤産業の経営の再開のためには、審査なんか
してる場合ではないから、融資しちゃった・・。
とか。
国会議事堂に行って「何考えてんだー!」
って言って国のリーダー殴ってくるとかして
首になってもいいから問題起こして、原発以外
の被災の大変さを訴え、
全国的に注目を引くとか・・。
そんな、地方自治体のリーダーなんかいたら
日本が一気に元気になったりすると
思うんですけどね~!
私も反省・・。
もっとより具体的に誰がどんな風に困って
いるかを知る努力をし、ピンポイントに
支援していく、民間ならではの取り組みが
もっといっぱいあるはずと・・・。
被災地にもっと足を運ばないとわからないこと
いっぱいありますね。
ともあれ
たった一度の短い人生です。
本当の自分にうそをつかない生き方をしたいものです。
周りの目・・が・・自分を作るのではない。
本来の自身が、自信につながるのだと思います。
気仙沼横丁を出て・・。
南町交番(高校生の時タバコと無免許運転で捕まった交番)
の横を通り、振商会通りへ
『ぴんぽん』
『○安』の焼き鳥も食べたかったのですが・・。
満席で入れませんでした・・・。
残念・・無念・・・。
また来よう、南町。
今度は『○安』スタートだな!
真っ暗な南町に
雪はしんしんと降り積もっていました・・・。
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