Semoda再始動!

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ちょうど一年前のパリでの展示からしばらく活動をお休みしていたSemodaですが、

 

赤ちゃんとの生活も落ち着いてきた今、再始動しました!

 

現在新しいコレクションを少しずつ展開しています。

 

そして仲良くして頂いているもの作りの先輩やセレクトショップのオーナーさんとコラボレーションを企画しています。

 

育児休暇を利用して日本にしばらく帰国する際に作戦会議をする予定です。

 

というよりも、おしゃべりが楽しみです!笑

 

そんなわけでパリのウルトラモッドで出逢った方々と今もご縁をつないでいます。

 

娘は母(おばあちゃん)に預けてお母さんはお仕事です。

 

フランスの義母にも日本の母にもとことん甘えさせてもらおうと思っています。

 

 

去年パリの展示で即完売したベレーに新色が加わりました。

 

ブラック、ミディアムグレー、ネイビーとこちらのベージュの4色です。

 

去年のモデルを改良し少し大きめのふっくらしたデザインにしてみました。

 

 

Nouvelle couleur ..."beige"
Les berets avec le fil de Loro Piana,
très doux, agréable au porter.

Women's knit berets using Loro Piana Yarn,
very soft touch.

ロロ•ピアーナの糸で編んだベレー。
去年のモデルにベージュが加わりました。
洗いとスチームでさらに柔らかい肌触りになりました。

#semodaknitwear #france #factory #knitcap #beret #collection #loropiana

 

Semodaの活動もまた少しずつ更新していきたいと思います。

 

 

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前回のブログ更新から早一ヶ月経ってしまいました。

 

今日で娘は生後3ヶ月となり、元気いっぱいです。

 

毎日少しずつ出来ることが増えてきました。

 

 

 

 

毎月体中のあらゆるサイズを計測して育児ノートに書き込んでいます。

 

毎日見ているので一ヶ月の変化が分かりなかなか楽しいです。

 

 

首を回す力もついてきたのでうつ伏せで頭を持ち上げる練習をしたりと母娘の日常はこんな感じであっという間に過ぎていきます。

 

笑ったりぬいぐるみに話しかけている娘を見ながら癒されています。

 

 

今ではどこにでも連れて行きます。

 

モンサンミッシェルを見に行ったり、

 

 

レンヌの朝市に出かけたり、

 

 

 

 

ベビーカーをキャリー代わりにどこに行くのも一緒です。

 

 

近所の森の散歩道を歩いてみたり

 

 

 

 

 

狩猟の季節なので狩人がいない日を確認します。

 

 

3度目のパリ帰省。

 

今回は私と娘二人だけの帰省だったので途中でおっぱいオムツ休憩と私もサンドイッチを食べて一休み。

 

のんびり出かけるようにしています。

 

 

パリ装飾美術間で開催されているクリスチャンディオール展。

 

ものすごい量のコレクションと数多くのデザイナー別に展示されています。

 

チケットを購入して時間指定しても20分待ちする程大成功しています。

 

 

 

とにかく膨大な時間と洗練された技術を間近に観察出来るとても興味深い展示でした。

 

娘はおばあちゃんがみていてくれて旦那さんと久しぶりに二人で出かけることが出来ました。

 

 

もちろんウルトラモッドのみんなにも娘とご挨拶。

 

いつも同じ雰囲気で懐かしく、私にとってやっぱり居心地の良い空間。

 

みんなに娘を紹介することができとても嬉しい一日でした。

 

 

 

 

旦那さんの実家から出るとすぐセーヌ川の散歩道に行くことが出来ます。

 

近年でパリ近郊の郊外もだいぶ開発が進んでいます。

 

 

義母も孫を連れてのお散歩がとても嬉しいようです。

 

義母には出産前からずいぶんお世話になっています。

 

喜んで引き受けてくれるので遠慮なく甘えることにしています。

 

 

豆乳のチャイを飲みながら哺乳瓶を消毒したりあっという間の一日ですが赤ちゃんのお世話は幸せな時間です。

 

 

誕生をお知らせするカードを郵送したり、

 

ほぼ毎日郵便局に娘と出かけていました。

 

 

毎朝起きたら娘を抱いて太陽に向かい

 

「おはよう。今日はお天気だね〜。」

 

夕方になれば窓の外を見ながら

 

「今日ジャクリーヌ(隣人)いなかったね〜。」

 

パジャマを着せてベッドに移動させる時は

 

「今日もお疲れさま。また明日ね〜。」

 

と話しかけています。

 

 

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産院での朝食。

 

午前7時からセルフサービスだったので入院中ほぼ毎朝一番乗りしていました。笑

 

娘が6時頃起きて授乳し、日が昇るころにシャッターを開けて、ちょうど良い時間帯にウトウトしてくれていたので母はパジャマでそそくさと朝食にありつくのでした。

 

小さい音量で音楽を聴きながらのこの朝のひと時がたまらなく気持ちよかったです。

 

 

そして妊娠して以来ぱったりと飲まなくなったコーヒー。

 

入院中に大好きなコーヒーを解禁しました!

 

ニューヨークであんなに飲んでいたのに、一度朝のコーヒーを吐いてしまい”つわり”というものが始まったと自覚して以来香りさえ受け付けなくなってしまったコーヒー。

 

カフェオレ一杯だけですが私の好きな朝が再開しました。

 

 

 

毎朝看護スタッフが翌日のメニューを妊婦さんに確認します。

 

出産後のクスクスがなんだかとても嬉しかった。

 

 

いかにも病院食というのも結構ありました。

 

ベトラブ(ビーツ)のサラダ...微妙な味付けでした。

 

 

 

毎日夕方に旦那さんと義母がお見舞いに来てくれて、洗濯物やらクッキーやら持って来てくれました。

 

義父も忙しい中一日だけパリから孫を見に来てくれました。

 

一度だけ二人にお願いして産院の庭を旦那さんと散歩しました。

 

歩きながらいつも通っていた産院も今では何だか懐かしく感じ、ずっとお腹に抱えていた赤ちゃんが誕生して家族が増えたことにとても感動していました。

 

 

助産師さんや看護スタッフが1、2時間おきに必ず様子を見に来ます。

 

出産したお母さん達は授乳の仕方やおむつの替え方、へその緒のお手入れ、沐浴の仕方を学びます。

 

 

おむつ替えに使用していたコットン。

 

ちぎりながらお湯で濡らしておしりを拭きます。

 

 

 

生理食塩水で赤ちゃんの鼻のお掃除や目やにを取ります。

 

部屋に用意してあるもので残ればそのまま自宅へ持って帰れます。

 

 

 

病室には生まれた日から退院するまで付ける育児プリントが用意されており、

 

何時に授乳したか、午前中と午後の体温、おしっこやうんちの出具合を書き込んでいきます。

 

何かあったらいつでもナースコールで呼んですぐに様子を見に来てくれます。

 

実際に、夜中色々な部屋で赤ちゃんの泣き声が聞こえ、廊下は懐中電灯を持ったスタッフが忙しそうに往復していました。

 

出産後で疲労困憊の上赤ちゃんのお世話で体を休められないお母さんは、夜中に泣き止まない赤ちゃんをナースセンターに連れて行ってスタッフに一晩見てもらうことも出来ます。

 

私も娘が上手におっぱいを吸えるようになるまで母乳エキスパートのマダムに数回来てもらいました。

 

まだ暑い日が続いていた頃なので私も娘もお互い汗だくになりながら学びました。

 

母子の二人三脚です。

 

赤ちゃんも母も新米です。

 

 

 

出産の際、出血が多かった私は入院中2回鉄分の点滴を受けました。

 

助産師さんが「今日は夕方来ますね〜」と言っていたのに、

 

出産ラッシュでてんてこ舞いだったらしくなかなか点滴に来てくれませんでした。

 

赤ちゃんも寝た21時過ぎ、「点滴明日かな〜。」と電気を消してウトウトしていたら

 

「...あ!」

 

と小さく声が聞こえ、ガラガラ点滴の機械を持った助産師さん登場。

 

「ごめんなさいね〜昼間忙しくて来れなかったのよ。今いいかしら?」

 

と懐中電灯で足下を照らしながら聞かれたので

 

「大丈夫ですよ〜。」

 

ともう一度電気をつけて、助産師さんに血圧を測ってもらいながら点滴してもらいました。

 

「じゃあ、このパック無くなるまで大体1時間くらいだからまた外しに来るわね。」

 

と一時退室。

 

 

 

 

再度電気を消された!!笑

 

私に気を使ってのことだと思うけれど部屋が異様な感じになってました。

 

 

 

暗闇のなかピーっピーっと鳴ったりしていました。笑

 

そして1時間後、点滴のパックは無くなったけど助産師さんがなかなか戻って来ない。

 

赤ちゃんがう〜んう〜んと起き出し、お腹が空いている様子だけどベッドから身動きが取れずナースコールで呼びました。

 

夜も出産ラッシュで大忙しだったらしい。

 

どおりで赤ちゃん達の合唱があちこちで聞こえてくるわけだ。

 

 

1週間後、退院の朝。

 

本来なら4日ほどで退院のところ大事を取って一週間お世話になりました。

 

入院している間、スタッフが皆さんとても親切で赤ちゃんの検査や育児について色々と教えてもらうことが多く、娘を取り上げてくれた助産師さんにいたっては部屋までお見舞いに来てくれたりととにかく安心感のある産院でした。

 

受付で退院の手続きをしてもらった際にこの産院のスタッフにお礼の言葉を書きました。

 

そして健康保険と会社で入っている保険で妊娠してから出産するまで一切お財布を出すことも無く、全ての費用がカバーされました。

 

なんと言うか、手ぶらて来て手ぶらで帰る感じです。笑

 

いつでも助けに来てくれるこの安心感に今日でお別れかと思うとセンチメンタルな気分に...。

 

 

退院時にもらう赤ちゃんのCarnet de santé(健康手帳)。

 

荷物をまとめて、さぁ赤ちゃんと旦那さんの迎えを待ちました。

 

人生で一番感動した出産の覚え書き、これで終了です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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無事に誕生した娘は旦那さんにへその緒を切ってもらい、一度体を拭かれて助産師さんたちからきちんと呼吸をしているかどうかなど検査してもらっていました。

 

初めてのおむつと帽子を頭にかぶって私の元に戻ってきました。

 

娘がまたおっぱいを吸う仕草を始めて、命の誕生、人間の本能って本当にすごいなぁと思いました。

 

私は後陣痛などで処置をしてもらいましたが、実は出血が多く、自分では今どうなっているのか分からないのですが、急に吐き気を感じ数回嘔吐してしまいました。

 

元々低い血圧も下がり貧血状態となって顔面蒼白で酸素吸引をしました。(旦那さん後日談)

 

本来なら分娩室で赤ちゃんと2時間過ごして病室に戻るところが私の場合は体調が落ち着くまで4時間ほど先生や助産師さん達が様子を見てくれました。

 

その間娘は持参した肌着とパジャマを着せてもらいベビーベッドに入っていました。

 

お腹の中から急に外の世界へ誕生したので始終目をしっかり開けて、泣きもせずにじっとしていました。

 

夜も明けた午前8時頃、麻酔も落ち着いて足の感覚も戻ったので病室に行くことになりましたが貧血状態で立ちくらみを心配され分娩台からベッドに移動しそのままスタッフの方にベッドごと運んでもらいました。

 

「トイレに行きたいです。」

 

立ち上がって1人で行こうとすると

 

「ちょっと待って!立ちくらみ、大丈夫??」

 

出産後の疲れなのかヨロヨロしましたが、今まであんなに大きかったお腹が一気にしぼんでとても不思議な感覚でした。

 

「朝食はセルフサービスだけど、今あなた動けないと思うからカフェがいい?それとも紅茶にする?」

 

至れり尽くせりの介護でした。

 

パンにバターを塗って、紅茶を飲んで、時々隣で寝ている赤ちゃんを覗いたり、今目の前にこうして居ることがそれはそれは何とも言えない感じでした。

 

「一旦家に帰るね。ちょっと寝てくる。」

 

と目の下にクマが出来ていた旦那さん。笑

 

出産後の娘の様子など説明してくれました。

 

とにかく光がいっぱいの外の世界を不思議そうにじっと天井を眺めていたのだそうです。

 

私も無事に生まれてきてくれたことに安心して少し寝ようと思いましたが、

 

ベビーベッドが気になってなかなか休めず、助産師さんや看護スタッフも定期的に様子を見にきてくれるのでお母さんになった初日はなんだかあっという間に時間が過ぎて行きました。

 

おむつを替えてもらって授乳の仕方を教わったりそうこうしている内に日が暮れ始めました。

 

ずっと目が覚めた状態の娘は今度はずーっと眠っていました。

 

とうとう生まれたんだなぁ。

 

私達をお父さんお母さんにしてくれた娘に感謝です。

 

そしておめでとう。

 

大きくなったらこの日のことを伝えようと思います。

 

 

午前0時を過ぎ、

 

「あ〜今日この日に誕生するんだなぁ」

 

と分娩台から見えるデジタル時計を眺めながらもうすぐ赤ちゃんに会える喜びでいっぱいでした。

 

痛みを感じなくなってから15分おき位に助産師さんが様子を見にきてくれていました。

 

旦那さんもバカンス明け初日の夜中の出来事で疲れていたのでたまに病室のベッドで横になってまた戻ってきたりしていました。

 

分娩室に自分1人になることもありましたがウトウトするくらい余裕がありました。

 

あのまま自然分娩でいけば今頃生まれてきていてもおかしくはなかったです。

 

出産後、義母の友人の助産師さんも「よく麻酔かけてくれたね〜、こういう場合は自然分娩になることが多いのよ。」と言っていたそうで、産院のスタッフもみんな「よく間に合ったね〜。」「相当な痛みだったでしょう。」と驚いていました。

 

助産師さんが戻って来る度に

 

「どう?赤ちゃんが動いているの感じる?」

 

「陣痛の感覚は少しある?」

 

と確認していました。

 

子宮口はすでに全開になっていましたが破水しなかったので助産師さんが人工破水させることに。

 

分娩台からその様子は見えないので毎回助産師さんの説明を聞きながら、事前に調べておいた出産パターンも本当に人それぞれなんだなぁと実感しました。

 

人口破水をさせた後、もうしばらく様子を見ることに。

 

しばらくすると何となく陣痛が来るのが分かる程度に麻酔が落ち着いてきたので

 

「じゃあそろそろ、いきんでみましょうね〜。」

 

と言われいよいよだな〜上手く赤ちゃんを出してあげられたらいいなぁとまたドキドキし始めました。

 

静かに始まった分娩。

 

自分がイメージしていた出産とずいぶんかけ離れていました。

 

フランスの無痛分娩では麻酔医の先生が始めに一定量の麻酔を注入してくれ、

 

妊婦さんがそれ以上に痛みを感じたら手元のボタンを使って自分で麻酔を足すことが出来るようになっています。

 

私は陣痛の感覚が分からなくなるといきむタイミングも分からなくなるのを避けるため一度もボタンを押すことはありませんでした。

 

助産師さんが静かに

 

「次の陣痛がきたらいきんでみましょう。」

 

と分娩をリードしてくれびっくりするほどリラックスしていました。

 

時々お腹の赤ちゃんの様子を手で確認してもらいながら、

 

「赤ちゃんも今ゆっくり降りてきてるからね〜。」

 

私も横腹にいつものようにぼこっとしているのが見えました。

 

「赤ちゃんも足でふんばってますよ〜。」

 

陣痛が来る度に深呼吸、いきんで、次の陣痛が来るのを待つ、を繰り返しました。

 

1時間程徐々に赤ちゃんが降りてきているのが分かりました。

 

「今回転しながら上手に赤ちゃんが降りてきているけど、頭が中々出てこないから先生を呼びますね〜。」

 

そして先生ともう1人のスタッフが加わり分娩室は私と旦那さんを含めて5人に。

 

頭を吸引させて最後は何だかよく分からないくらいすごい痛みで

 

「頑張って!もう少し!もう赤ちゃん出てきましたよ〜!」

 

「ほら〜!頑張ったねぇ〜!!」

 

とへその緒がまだ付いたままの娘を胸に抱きました。

 

妊娠が分かった時から早く9ヶ月後にワープしてくれればいいのに、と毎日赤ちゃんのことを想って楽しみにしていました。

 

大きな声で泣かず静かに誕生してきてくれました。

 

おっぱいを一生懸命探すその小さな顔と、自分と同じ爪の形をした娘の指をしばらく見つめていました。

 

午前4時、分娩室に入って5時間が経過していました。

 

お腹の中でしか感じられなかった赤ちゃんを今は顔を見て抱けるその喜びと、赤ちゃんを無事に出産するということが本当に奇跡なのだということが分かりました。

 

初めて胸に抱いた娘の重さや顔や髪の毛の感じは今でも鮮明に覚えています。

 

頑張ったね、生まれてきてくれて本当にどうもありがとう。

 

感謝の言葉しか見つかりません。

 

そして思い出す度に感動するのです。

 

 

 

 

 

 

育児の合間にブログを書くのがこんなに大変だとは...。

 

きちんと書かれているお母さん方尊敬します!

 

 

 

さて、 産院に着いてからまず助産師さんに付き添われたのはモニタリング室でした。

 

数分間隔でくる陣痛に耐えながら赤ちゃんの心音を聞いていました。

 

ゴーゴーゴーと規則的に聞こえる赤ちゃんの心臓の音、

 

もうすぐ会えるんだ!

 

とても興奮していました。

 

子宮口がどれくらい開いているか助産師さんの触診が始まりました。

 

その間旦那さんは入院する部屋に案内されたり、私の血液型カードやLivret de famille(結婚した際に市長から交付される家族手帳)などを提出。

 

「え...! もう子宮口8センチ開いてるわ!!初産でこのスピードはめったにないわよ。」

 

超特急で降りてきた赤ちゃんに驚きました...。

 

今日のお風呂掃除で刺激されたのだろうか...。

 

と同時に出産準備講座の時に無痛分娩か自然分娩かという話題になり助産師さんが

 

「子宮口8センチ開いていればもう全開の痛みとほとんど変わりませんよ。」

 

そうおっしゃっていたのを思い出しました...。

 

もう赤ちゃんがすぐそこまで来ているのにまだ破水していなかったのでそのまま分娩室に直行。

 

助産師さんが麻酔医や他のスタッフに急いで連絡していました。

 

私は9ヶ月間(フランスでは赤ちゃんを授かってから丸9ヶ月ざっくり計算して出産予定日とします)待ち望んだ赤ちゃんにこんなに早く会えるんだ〜と嬉しい気持ちとドキドキした気持ちが入り交じっていました。

 

うなる私は分娩用のスモックに着替えて腕に名前の入ったブレスレットを付けられたりしていました。

 

陣痛がくる度に痛みで自分の手が震えていました。

 

「大丈夫。ゆっくり深呼吸して。」

 

と助産師さんが静かに落ち着かせてくれました。

 

麻酔医の先生が到着。

 

「背中に部分麻酔をしますからね。少しずつ下半身が温かくなるような感覚があると思うからそれまで頑張りましょう。」

 

フランスで無痛分娩を希望する際は予定日の1ヶ月程前に麻酔医と面談することになっています。

 

そこで持病やアレルギーの有無、今までに麻酔を受けたことがあるか(歯の部分麻酔なども含む)を聞かれます。

 

そして血圧を測ったり、背骨の具合を先生が調べます。

 

「背骨を触っても全く分からない妊婦さんが結構いるんだよ。この間なんてあなた(158センチ)より小柄で体重130キロの妊婦さんが来たんだよ!」

 

元々肥満体型で妊婦という女性よく見かけます。

 

自分にも赤ちゃんにも負担が大きいのだろう...と思います。

 

 

「フンフンフン♪ ♪♪♪」

 

聞こえてきた麻酔医の鼻歌...。

 

それは「となりのトトロ」なのでした...。笑

 

そして麻酔が効き始めてきた時に

 

「君日本人? どうしてフランスに来ようと思ったの?」

 

と質問されて

 

「それはですね...ぅぅううう〜〜〜〜!」

 

答える途中で陣痛がくるのでした。

 

「もう少しで痛みも軽くなるからね。」

 

その間旦那さんと麻酔医と助産師さんで日本のことなど話していました。

 

私はだんだん陣痛が軽くなっていくのを感じながら、時々質問に答えたりしていました。

 

実は先生の兄弟の誰かが日本に住んでいるとのことで、自身もジブリ作品のファンだそうです。

 

鼻歌やこういった会話は妊婦さんの緊張をほぐすためだったんですね。

 

日付が変わるころ、足の感覚は残ったまま痛みだけが軽減されていました。

 

「だいぶ楽になったでしょう。辛かったね。頑張って!」

 

と先生は一旦退室。

 

破水もまだだったのでこのまま様子を見ることに。

 

「陣痛の感覚はどう?赤ちゃんが動いているの分かるかな?」

 

「痛みはないです。」

 

「そう。実は今陣痛が来ていたのよ。もう少し様子を見ましょう。また戻ってきますね。」

 

助産師さんも一旦退室し、陣痛から解放された私と横で眠そうな旦那さん、それからもうそこまで来ている赤ちゃんの心音が分娩室に響いていました。

 

 

 

 

毎日少しでも時間を見つけてブログを更新したい所ですが、

 

フランスでの妊娠•出産について書いている途中で娘が今日で生後1ヶ月になりました。

 

一日があっという間です。

 

赤ちゃんとの生活にだんだん慣れてきましたが、

 

どんどん大きくなってしまうのがちょっぴり寂しいお母さんです。

 

一日一日の記憶をしっかり心のアルバムに残していきたいなと思います。

 

 

新生児用のボディー(肌着)やパジャマも0ヶ月のものはサイズアウトして、

 

今では1ヶ月〜3ヶ月用のものを着せています。

 

寝言を言いながら、伸びをよくしています。

 

 

朝夕少し肌寒いので足下を覆ってあげてもいつの間にか蹴飛ばされています。

 

 

今週は毎日1、2時間程ですが用事で娘を外出させました。

 

まずは1ヶ月検診。

 

小児科の先生に身長、体重、心拍、喉や耳の様子、自立歩行反射など診てもらいます。

 

泣きもせず、じっと鏡に写る自分を見つめていた娘でした。

 

身長は5センチ伸び、体重も800グラム増えて、便秘もなく、母乳だけでしっかり成長しているようで安心しました。

 

産院を退院する際に必ずもらう子供のCarnet de santéカルネ•ド•サンテ(健康手帳)に出生時の記録が記されています。

 

この手帳に検診時やワクチン接種の日付などを先生が書き足していき、成人する18歳まで大事に保管することになります。

 

 

 

健康手帳には赤ちゃんの一般的な成長の様子や、熱を出したり咳をしたりと心配事があった時の対処法などイラスト付きで詳しく説明されています。

 

待合室で1歳くらいの赤ちゃんとママンに会いました。

 

「何ヶ月...というより何週間?」

 

「生後4週間です。」

 

赤ちゃんが、

 

「どうしてべべ(赤ちゃん)寝ているの?」

 

「べべはたくさん眠るんだよ〜。」

 

とママンが説明していました。

 

赤ちゃんが赤ちゃんを「べべ」って呼ぶのも微笑ましいな〜と思いました。

 

 

 

一昨日は病院で腰のエコー検査を受けてきました。

 

義母やブルターニュに住んでいる旦那さんの従兄によると、ブルターニュ出身者に腰に先天性脱臼を持って生まれてくる赤ちゃん(女の子)がいるのでその検査だそうです。

 

地域性の遺伝なのかな? 

 

ブルターニュではこのエコー検査を必ず生後すぐに行うみたいです。

 

パリ出身のフランス人とアルメニア人と日本人の血を受け継いだ娘ですがブルターニュで生まれたのでこの検査を受けました。

 

平日の病院はお年寄りの患者さんでいっぱいでした。

 

出かける前におむつを替えましたが受付で待っている間に、

 

ブブーーーーー!!!

 

と周りのおじいさんおばあさんが振り向くほどの音を立ててうんちをしました。

 

というわけでエコー検査室でおむつを替えることになりました。

 

泣きもせず、先生に転がされるままに検査を受けました。

 

帰り際はお腹が空いたと急に泣き出し、あやしてベビーカーに乗せてもぐずっていましたが車に乗せるとすぐに寝てしまいました。

 

 

 

そして昨日は娘のパスポート申請の為に市役所へ。

 

生後3週間で撮ってもらった証明写真を持って行きました。

 

「正面を向いて、泣きも笑いもせず、完璧な証明写真だわ。」

 

とマダムも笑っていました。

 

市役所でも聞き慣れない音や声で始終興味津々の様子でした。

 

 

 

写真館では首の座らない娘を膝に乗せて、白い布をかけて撮ってもらいました。

 

少し眠りかけていましたがバッチリ撮れました。

 

「3週間で写真撮りに来るなんて頑張り屋さんね〜。」

 

これで年末日本に行く準備が整います。

 

フランスのパスポートの後は日本のパスポートの申請です。

 

お出かけ続きの生後1ヶ月です。

 

 

 

 

 

 

 

 

産休に入ってちょうど1ヶ月が経った8月末、

 

その日は旦那さんはバカンス明けの仕事初日でした。

 

いつ赤ちゃんが生まれてもいいように、パリから義母が旦那さんと交代で手伝いに来る日でもありました。

 

 

駅まで義母を車で迎えに行く約束をしていたので、旦那さんを見送った後ゆっくり朝食を取ってシャワーを浴びて駅に向かう準備をしていました。

 

出発の少し前におしるしがあったので急にドキドキし始め、一応助産師さんに連絡。

 

「お産が始まる証拠で問題ないですよ。赤ちゃんもそろそろ生まれる準備をしていると思って下さいね〜。」

 

と言われたので義母が心配すると思い内緒で車で迎えに行くことに。

 

駅まで2、30分、内心「車内で陣痛がきたらどうしよう」とドキドキしていました。

 

 

義母を乗せて自宅に戻るまで体調に変化はなかったので昼食。

 

昔使っていたアクセサリー等を整理しました。

 

9月初旬が出産予定日だったのであともうちょっとだな〜と思いながら数日前から二階に置いていたベビーカーを運んだり、赤ちゃんのクローゼットに洋服を片付けたりしていました。

 

取りあえず、何があってもいいように助産師さんから渡されていた出産入院準備だけは寝室に用意しておきました。

 

大きいお腹で毎晩熟睡出来ない妊娠後期だったので、

 

夕方、どっこいしょとベッドに横になり2時間程昼寝をしました。

 

目が覚める頃、なんとなくお腹がきゅーっとなる間隔がありましたが全然我慢出来る程度だったので気にすることなく夕食の準備を始めました。

 

夕ご飯はポテトサラダを作る予定だったので野菜をゆでて、たまに椅子に座って休憩して、マヨネーズで和えて、19時頃旦那さんが帰ってきたので

 

「20時半くらいからご飯にしよう」

 

と再び寝室でゴロゴロし始めました。

 

野菜を切っている時に、夕方よりお腹がきゅーっとなる頻度が増えているのが分かりました。

 

でも横になれば少し収まる気がしていたのと、陣痛が何なのかさえ分からないのでそのまま様子を見ることに。

 

横になっている間、きゅーっとなる間隔が何だか規則的、でもまだ我慢できていたので20時半まで待つことに。

 

テーブルについて皆でご飯を食べ始める時に

 

「陣痛が来たような気がする...」

 

と告白。

 

でもポテトサラダは食べれていました。

 

出産準備講座で助産師さんから「分娩中は何も食べれませんから余裕があれば炭水化物(パスタやご飯)を少し食べて来て下さいね。」とのアドバイスを思い出し取りあえずポテトサラダを口に運びました。

 

ただ、スプーンを持った手が止まる程、ぐーっと腰が痛くなるのが分かったので陣痛の間隔を紙に書くことに。

 

助産師さんに「陣痛の間隔が5分位になったら産院に来て下さい」と言われていたのに、

 

すでに3、4分間隔となっていたのでした。

 

陣痛ってもっとゆっくり痛みが増すものだと思っていたのでびっくりして産院に向かう前にシャワーを浴びることにしました。

 

シャワーを浴びている最中に立っていられず、体を拭く時にはマットの上にうずくまって痛みに耐える程になっていました。

 

旦那さんに産院の助産師さん直通番号に電話してもらい状態を説明してもらいましたが、

 

陣痛が等間隔になっているのに気付いたのが遅かったため、もう少し時間を測ってと言われました。

 

ベッドの上で苦しんで15分、産院まで車で30分程かかるのでもう一度助産師さんに電話して産院に向かうことに。

 

義母も心配してもう一台の車で後ろを付いて来てくれました。

 

車中では、あまりの激痛に産院に着くまで耐えられるかどうか...という感じで、つい2時間程前まで普通に歩けていたのに急な体の変化に驚いていました。

 

旦那さんはうなる私の手をじっと握ってくれていました。

 

22時を過ぎていたので緊急外来の入り口に到着しましたが、

 

助産師さんが入り口に迎えに来てくれた時は、陣痛で旦那さんにもたれかかって身動きが取れませんでした。

 

落ち着いて、

 

「どう?陣痛治まったらゆっくり歩きましょう。」

 

と言う助産師さんが天使に思えました。

 

やっと産院まで来れた安堵感と、赤ちゃんが生まれたいと頑張っていると思うとドキドキが止まりませんでした。

 

 

出産から1週間で退院しました。

 

自宅に戻って1週間、一日があっという間です。

 

義母がパリから手伝いに来てくれて本当に有り難いことです。

 

ちょこちょこ様子を見ながら、日本大使館への出生届や健康保険などへの連絡など提出する書類の手続きに追われていました。

 

 

日に日に重くなっていく娘です。