ukuleleKazuのスイングしなくちゃ意味ないね!!

ウクレレ弾き語り
アメリカの古い歌を日本語で歌っています。時々歌謡曲も。


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《英語の歌を日本語で歌うこと》覚え書き その1

1 ブルー・ムーン

 はやいものでウクレレをはじめて8年になる。ウクレレ教室に入りハワイアンを習った。1年ほど経つと自分の好きな曲をやりたくなる。最初はFly me to the moonやOn a slow boat to Chinaを英語で弾き語っていた。それはそれで楽しいのだが「なんか違うなあ!」という気持ちがつきまとっていた。

 そんな時YouTubeを徘徊しているとの日本語で歌われた「ブルー・ムーン」が飛び込んできた。Baron中沢(現在はBaron)のウクレレと歌。その時吹っ切れたというか「これでいいのだ!」という思いが湧いてきた。

こんな歌詞です

ブルー・ムーン 淋し月の夜
希望(のぞみ)さえなく 一人侘しや
ブルー・ムーン 君を待つのは
いつも青白い 月明りの夜(よ)
やがて君の姿を
かたく胸に抱(いだ)けば
甘き愛の言葉に
しばし夢心地して
ブルー・ムーン 楽し月の夜
今は二人で うれし今宵よ

 

 その後Baronさんに直接会い尋ねたところこの詞は灰田勝彦が歌っていたものだとわかった。原曲はRichard Rodgers・Lorenz HartのBlue Moonで1936年(昭和11年)に灰田勝彦のために永田哲夫が訳したもの。

 灰田勝彦の歌も聴いてみたが、やはり今聴くとちょっと古くさい。Baronさんの演奏は少しレゲーがかった刻みとひょうひょうとした歌い方で、『今』を感じさせる。「ふむふむ古い歌を日本語で歌っても『今』を生きている自分が歌うことによって、新しい何かを付け加えればいいのだ!」と思った。

 この歌を知って吹っ切れてからはAll of me.Paper moon, On a slow boat to China等を日本語に歌うようになった。

 

2 私の青空

 さて、外国語の歌を日本語で歌うようになったのは何時の頃だったかは確定できない。が明治に入ってからであることは確実だと思う。

 明治の「小学唱歌集」(明治14年~20年)には「蝶々」、「見わたせば」(現在の「むすんでひらいて」)、「蛍」(現在の「蛍の光」)が、「霞みか雲か」「花鳥」(現在のウエルナーの「野薔薇」「うづまく水」(現在の「キラキラ星」)、「蜜蜂」(現在の「ぶんぶんぶん」)が載っている。欧米の曲に日本語を付けたものだ。明治政府がいかに音楽教育を外国曲に頼ってきたかがよく分かる。それぞれ原詞とはほぼ関係ない日本語がついているこのころから「外国語の歌に関係ない日本語を付ける」という風習はあったのだ。

 ちなみに「むすんでひらいて」の原曲は1752年にジャン・ジャック・ルソーが作曲したもので、様々な変遷を経て今でも歌い継がれている。

 

 ところでKKJBのレパートリーにもなっている「私の青空」という歌がある

夕暮れに仰ぎ見る 輝く青空

日が暮れて辿るは 我が家の細道

狭いながらも 楽しい我が家

愛の灯影の さすところ

恋しい家こそ 私の青空

 

 この歌を日本の曲だと思っていた人を何人か知っている。私がこの歌の謂われを説明すると高田渡の歌だと思っていたとか、古い歌謡曲だと思っていたという反応が返って来ることが多い。

 その謂われというのは

 私の青空の原曲はMy Blue Heaven と言うアメリカの曲(作詞:George Whiting、作曲:Walter Donaldson)で1928年にジーン・オースティンの歌で大ヒットした。日本では1928年(昭和3年)堀内敬三の歌詞を浅草オペラの二村定一(ふたむらていいち)が歌って紹介された。「アラビアの唄」とのカップリングで、レコードも大ヒットした。ラジオと並んで普及しつつあった蓄音機レコードに、電気吹き込みの技術が導入され驚くほどの鮮明な音で録音された。

実はこの歌はジャズ・ソングとして売り出された第1号だった。その後舶来、和製を問わずダンス・テンポで演奏される流行歌をすべジャズ・ソングというタイトルで売り出すことになる。

 

さて、ここで気が付くことが二つある。

一つ目はアメリカでのヒットと日本でのヒットが同じ年だと言うこと。これは当時の日本人バンドマンやレコード会社がアメリカでヒットした曲の楽譜をほぼ同時に船便で輸入していたためだ。この曲に限らずアメリカで流行った曲がほぼリアルタイムで日本に輸入されていた。

さて二つ目はこの日本語意訳のすごさ。直訳すれば「私の青い天国」を「私の青空」と訳したところにつきる。「私の青い天国」ではどうしてもメロディに乗らないし堀内敬三もさぞ悩んだことだろう。原詞と直訳はこんな感じ。

When whippoorwills call             ホイップアーウィルヨタカたちが鳴いている
And evening is nigh               夕暮れが近い
I hurry to my Blue Heaven           私は私の〈青い天国)に急ぐ

I turn to the right                 右に曲がると
A little white light                 小さな白い光が
Will lead you to my Blue Heaven        君を私の(青い天国)に導く

A a smiling face, a fireplace, a cosy room  笑顔と、暖炉と、居心地のよい部屋
Will lead you to my Blue Heaven                バラの花が寄り添う小さな巣

Just Molly and me                                   モリーと私
And baby makes three                             そして、赤ちゃんと三人きり
We’re happy in my Blue Heaven                私の(青い天国)で幸せ

 

 直訳したら絶対メロディにのらない詞.。これを日本人の庶民感情に合うように上手く意訳している。3連目を「狭いながらも楽しい我が家」としている辺りは神がかっている。この言葉はもう常套句となっている。言葉数を減らして上手メロディの乗せている。
 ちなみに堀内敬三は浅田飴の三男でアメリカのマサチューセッツ工科大学で学び帰国後は関東大震災の影響で研究の道を諦め音楽の道に進んだ。ドボルザークの「新世界」に詞を付けた「遠き山に日は落ちて」も堀内敬三の詞。
 もし「私の青空」が存在しなかったら、今の外国語の歌を日本語で歌うということは少し違う方向に進んでいたかも知れない。
 

3 ていうか
 英語の歌を日本語で歌う良い点は ①聴いている人に意味が通じる ②英語の歌とは別のものになる(違うムードを醸し出す)ことだ。
 いくら上手に良い英語の発音で歌っても内容が分からなければ伝わらない。家で歌詞カードを見ながら聞くならそれでも良いけどライブではそうもいかない。(この頃はライブでもその場でスマフォで歌詞を調べてる人がいるけど後にして欲しいよなあ)分かった振りして聞くしかないことが多い。その点、日本語になっていれば意味は通じる。その上元の歌を知っていればもっと楽しめる。「あそこをこう訳すのか」とか「随分違う歌詞付けてるなあ!」とか楽しみも広がる。
 また、日本語で歌うとやはり明らかに英語で歌ったときとは違ったムードが醸し出される。このことに関してはもう少し研究が必要。

 さて最後に不肖ukuleleKazu意訳の「ていうか」を原詞と比べながらのせて今を稿閉じることにする。

Fly me to the moon          ていうか

 

Fly me to the moon          フラリ お月様まで
Let me play among the stars    飛んできたいの
Let me see what spring is like   銀河のほとりで

On a-Jupiter and Mars        踊りましょう
In other words, hold my hand    ていうか 抱きしめてきつく    
In other words, darling, kiss me  ていうか キスして

Fill my heart with song        フラリ 歌の翼に
And let me sing for ever more   飛び乗って

You are all I long for          いつまでも いつまでも        
All I worship and adore        歌いたい        
In other words, please be true   ていうか 見つめて真面目に
In other words, I love you      ていうか 大好き

原曲Bart Howard 1954年  日本語超意訳ukuleleKazu2014年

 

暫くの予定です。
7月17日(日)午後 地味フェス@航空公園図書館裏 KKJB
7月22日(金)阿佐ヶ谷 夜 阿佐ヶ谷oilcity
7月31日(日)西荻窪 zizi annabelle 13:00 ウクレレだよ全員集合
8月4日(木)立川 農家 19:30
8月11日(山の日)所沢Mojo 19:00 
KKJB(航空公園ジャグバンド)KCB(カンザスシティバンド)



 

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KKJB(航空公園ジャグバンド)のジミフェスのためのガイド・ブックの原稿をそのまま載せます。

 

ュージカルの話

 30年前、グレイハウンドバスの乗り放題パスを利用してアメリカ大陸を横断したことがある。確か1ドルが220円くらいの時代だ。

同僚と二人の珍道中。サンフランシスコ→サクラメント→リノ→ソルトレークシティ→デンバー→カンザスシティ→セントルイス→インディアナポリス→シンシナティ→コロンバス→クリーブランド→ピッツバーグ→ワシントンDC→ニューヨークと今思うと気の遠くなるような旅だった。

「ニューヨークに行きたい」という思いと、映画「真夜中のカーボーイ」に憧れてのバス旅行だった。

 

 ニューヨーク行きのバスはトンネルで川をくぐり、地下のバスターミナルに着く。だから気が付くとNYのど真ん中にほっぽり出される。オオカミの群れに投げ込まれた子羊のようなもの。摩天楼を遠くから眺めながら「やっとNYか!長い旅だったなあ。やれやれ。」などと感慨にふけっている暇はない。

 ニューヨークの地上に出て衝撃を受けた。もわっとした空気、人の多さ見た目の多様性。それまでの街とはまるでちがうカオスだった。アメリカの街は大きいと言っても10分もバスで走れば畑か荒野が広がる。人もまばらだ。

予約しておいたホテルはタイムズスクエアの側ブロードウェイにも歩いて行ける場所にある修学旅行生が泊まるような安ホテル。(実際にスペインから来た高校生がギャーギャー言いながら走り回ってた。)

 

 ミュージカル「Cats」を観た。(売れ残った券を格安で売ってる場所がある)ウィンターガーデンは思ったより小さい劇場。英語なので(あたりまえだけど)何を言ってるかはよくというかさっぱり分からないが、踊り歌は素晴らしく舞台の構成がファンタスティックだった。今思うとストーリーがあるミュージカルと言うより、後で書くレビューに近いのかも知れない。

 

 ジャズのライブも聴いた。「ビレッジ・ボイス」という新聞に載っている情報を頼りに小さいライブハウスにたどり着く。終わるともう日付が変わっていることが多く。地下鉄にのってホテルに帰還すると言うことを繰り返していた。(結構ひどい目にも遭ったけどその話はまた後で)

 

 ということで、ミュージカルとかジャズとか言った芸能は、こういうぐちゃぐちゃした何が何だか分からない、うさん臭い大都会でこそ生まれるんだろうなあと、今にして思う。NYの坩堝感というか、ごった煮感は想像を絶するものだった。良く生きて返ってきたとも思う。そうそう八月中旬に日本に戻ってやっとあの御巣鷹山に日航機が墜落した事故を知った。

 

今日の本題

ミュージカルは、

① 「音楽的」「音楽の入った」という意味

② (ミュージカル・コメディの略)アメリカで発展した大衆舞台芸術の一分野。オペレッタの流れを汲み、アメリカ独特のショー形式やポピュラー・ソングの要素を加えた総合的音楽舞踏劇。(広辞苑より)

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

ミュージカルの歴史

ヨーロッパ

17世紀初頭 オペラの誕生(イタリア)

17世紀末 パリにボードビル誕生

19世紀中頃 コミック・オペラ(イギリス・フランス)

・天国と地獄 ・ミカド

 

アメリカ

17世紀末 ミンストレルズ・ショーの誕生

・白人が黒人を演じる。黒人、女性の蔑視

・フォスターはミンストレルズ・ショーに曲を提供していた

1861年~ 南北戦争 

 

ニューヨーク

19世紀末 ボードビルの隆盛

・本格派の歌手、コメディアン、曲芸師などを使った正統的で洗練されたショーを公演して成功。

20世紀初頭 

バーレスク

・風刺的な寸劇とコーラスガールの歌と踊りを組み合わせたショー

アメリカン・オペレッタの誕生

・ハンガリー系ユダヤ人ジグムンド・ロンバーグ

 「朝日のごとくさわやかに」「恋人よ我に帰れ」

ジーグフェルド・フォリーズ本格的なレビューの誕生

・歌とダンスと喜劇を巧みに組み合わせたフランスレビュー風の公演を行い、人気を集めた。さまざまな文化の融合がミュージカルの基礎となった。

  (宝塚のレビュー、日劇ダンシング・チームが原型を残す)

・舞台上で様々な国の文化が交じり合いながら人種のるつぼ

・歌、踊り、コミック芝居の合体

 

1910年頃 ミュージカルの誕生(ブロードウェイ)

1927年 ショーボート

・初めてアメリカの社会が抱える深刻で大きな問題に正面から挑んだ大作。

・ジェローム・カーン、オスカー・ハマースタインの最初の本格的ミュージカル「ショーボート」は記録的なヒットとなった。そしてミュージカルを大きく塗り替えた。

 

ハリウッド

1929年 世界大恐慌

 ・ブロードウェイ・ミュージカルは資金難に。作家たちはハリウッドへ。

 ・レッド・アステアをはじめとする一流の人材が仕事を求めてハリウッドへ流れ込む。

・本格的なミュージカル映画の製作される土台が形作られることになった。

・アステアはRKO映画の女優ジンジャー・ロジャースコンビを組み、一連のヒット作でテクニカルかつロマンティックダンスシークエンスを披露して人々の喝采を浴び、世界的な人気者となった。

・フレッド・アステアのために歌を作った人達…アービング・バーリン、ドロシー・フィールズとジェローム・カーンのコンビ、ガーシュイン兄弟

……………………………………………………………………………………………………

 

 大まかな歴史はこんな感じだがもっともっと複雑で三毛猫の毛玉みたいに絡み合っていたんだろう。物事は単純には割り切れない円周率のようなものだ。

 

 ところで、歴史上の作品で現在観ることが出来るのはフレッドアステアが出演した映画だけだ。多分。特にジンジャー・ロジャースとコンビを組んだ作品は9作ある。そのうちDVDで4本手元にある。どれもダンスシーンは圧巻。Youtubeにも随分アップされているので是非観て欲しい。全く古びてないどころか新しささえ感じてしまう。

 

 1935年から1938年までの間、アービング・バーリン、ドロシー・フィールズとジェローム・カーンのコンビ、アイラとジョージのガーシュイン兄弟、コール・ポーターとアメリカ屈指のソングライターが音楽史に残る珠玉の名作を生み出した。ダンサーとしてのアステアではなく、歌手としてのアステアだった。

 「どんな曲でも、アステアはそれを『完璧に』歌いこなせる歌手だと言うことを知っていた。すべての音符を正確に歌い、歌声も明瞭。曲のニュアンスを細部までもれなく表現し、コミカルな歌詞もタイミングを逃さずに優雅に歌い上げることができる。それが分かっているので、ソングライターは想像力を自在に羽ばたかせて、質の高い創作活動に没頭することができた。」(ウィリアム・シンサー著「アメリカン・ポピュラー・ソングの黄金時代」から)

 どの曲も映画公開直後からスタンダードとして歌われたり演奏されたりしている。

 

Heaven…I’m in heaven…

And the cares that hang about me through the week

Seem to vanish like a gambler’s lucky streak

When we’re out together dancing cheek to cheek

 

なんて幸せ…まるで天国にいるみたい…

幸運の女神にほほえみかけられたギャンブラーのように

この一週間の悩みごとも吹き飛んでしまう

きみと頬を寄せながら踊っていると

Cheek To Cheek by Irving Berlin

 

※トップハットのCheek to cheekのシーン

https://www.youtube.com/watch?v=WOYzFKizikU

 

 好きな人とはじめて踊る幸せがにじみでてるなあ!week streak cheekとたたみかける韻もリズムを生み出している。

この辺りで今回は終わりにします。ともかく現物に触れてみて下さい。アステアのDVDは廉価版で結構出ています。Youtubeにもかなりアップしてされているので是非観て下さい。

 

 ミュージカルそのものが殆ど白人の世界を表現している(黒人も殆ど出てこない)のにどうして黒人ミュージシャンがこれらの曲を愛唱したり演奏したりしたのかを探るのは課題として残ります。また、アーヴィング・バーリン、ガーシュイン兄弟、ジグムンド・ロンバーグ、ハロルド・アーレン等作曲家にユダヤ系の人が多いのも何か理由がありそうです。

 

 

 

 

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5月のLive予定です。ご都合が付いたら是非どうぞ・
①10日(火)恵比寿baryaya 
 19:20スタート 2000円1ドリンク付き
 カナ /うすいちえこ/ukuleleKazu/    
 SATOKEN

 

②14日’(土)阿佐ヶ谷oilcity 昭和歌謡ショー
 18:30スタート 1000円
 SHIN/Mariko/弦太郎/ukulele Kazu/中沢タダシ

 

③22日(日)所沢航空公園図書館裏 13:00頃~日没
 航空公園ジャグバンド[KKJB]による"地味フェス[JIMI FES]"。公開生練習的な緩く地味なイベントですが、誰が来るかわからないのも楽しい。

 

④27日(金)立川農家 色彩Live
 19:30スタート 1000円  
 緑山涼/弦詞人/ukuleleKazu/チコ

 

⑤28日(土)武蔵小金井 シェアスペース日乾煉瓦
 お祭り 詳細未定 
 
⑥31日(火)新宿SoulKitchen GoodTimeSalon 
 19:30スタート 2000円2ドリンク付き
 アリー/田村旭/MojoMamaMinko/ukuleleKazu

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素晴らしい世界~What a wondeful world~

 今回はルイ・アームストロングが1967年にヒットさせたWhat a wonderful world。

作詞・作曲のボブ・シールはボブはベトナム戦争を嘆き平和を願ってこの曲を書いたという。

この詞は完全に元の詩を無視したオリジナル。

 

 東日本大震災の直後に「人間明日はどうなってるか分からないから、今のうちに愛してるって言っておこう」という思いがわいてきた。

 

素晴らしい世界

 

愛してるって 言えばいいのさ

目の前のその人に

明日は会えないかもしれない

 

空が青いねって 言ってごらん

愛するその人に

明日は会えないかもしれない だから

 

風そよぐ 遠い海

雲流れる 緑の丘

明日の夕焼けは 見えるはずもないけど

歩いて行こう 肩よせて

 

遠ざかる 面影

通り過ぎる 思い出

明日は わかりあえる

ルルルルー 素晴らしい世界で

 

youtube

https://www.youtube.com/watch?v=Gvl-Mb5gNmg&feature=em-upload_owner

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ワンマンも終わりすっきりしたところで、リセットして頑張ります。

ご都合の付く日に聴きに来ていただければ幸いです。

爆  笑3月26日(土)

阿佐谷oilcity 昭和歌謡ショウ

 Mariko / 弦太郎 / ukelele Kazu / はれ / 

カプア /  中沢タダシ / レレケン
 open 18:00   start 18:30 1000円

 

ニコニコ3月27日(日)

神楽坂 奏庵 13:00~17:00

出演者多数 2000円1ドリンク付き

 

ウインク4月10日(日)西荻窪zizi annabelle

ウクレレだよ全員集合!vol20 記念大会

13:00~17:00 1500円1ドリンク付き

ウクレレが鳴ればOKのオープンマイクです。

ふるってご参加を!!!

 

ラブ4月13日(水)

恵比寿baryaya

19:20スタート 2000円1ドリンク付き

4組出演

 

爆  笑4月17日(日)

国分寺 エル・フガドール

14:30スタート 

 

爆  笑4月20日(水)

阿佐谷oilcity

19:00頃スタート 1000円

 

ニコ4月29日(金)

町田 万象房【ukulele night】
18:00 open 1000円1ドリンク付き
18:30~19:00 こむたん
19:05~19:45 よなたん
19:50~20:30 KAORIN with NATUKO
20:35~21:15 ukulele Kazu
21:20~22:00 メルモ

 

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