2007-09-26 23:22:15

銀ブラ

テーマ:雑記
ソニビルに行ったのにRollyが踊ってるのを見れず、アポストに行ったのにイポタッチにも触らず・・・。

つくづく欲しい物しか目に入らないタチだと思いました。
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2007-09-24 17:20:52

朗々と、老々と

テーマ:時事ネタ
不謹慎ながら思わず「老老介護」という言葉が浮かんでしまった(笑)

いや、、、安定感ある重厚な布陣・・・を目指すという意欲が感じられるということでよろしいのではないでしょうか。意外にも初の親子総理ということですが、しかし、こう何代も世襲総理が続くと壮観です。平安貴族の政治家業みたいでまことに雅なことです。
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2007-09-16 23:41:02

結局「セカイ系 vs 社会人」ってまだ超克されていないのか

テーマ:雑記
はげしくどーでもいー話でまたまた恐縮なんですが、、

Vocaloidつながりで「アンインストール」が主題歌になってる「ぼくらの」ってマンガを読み始めてみたりしてるんですが、正直、敗北感に凹んでいたりします。この「ぼくらの」、結構、人気のある作品みたいで各所で盛り上がってる(てた?)みたいなんですが、その盛り上がってる人たち(たぶんずっと若い方々)の感じ方にまるでついていけないというか・・・。


(以下、作品のネタバレにも触れてしまうのでご注意!)


「ぼくらの」自体は面白いですよ、(個人的には)「エンターテイメント」として、ですが。要は世界の存亡をかけて子供同士が殺し合うという話らしいんです。巨大ロボットとかパラレルワールドとか出てきて無駄に(良い意味で!w)スケールが大きいですが、要はバトロワです、バトル・ロワイアル

人間が互いの生存やら理由やらに基づいて殺し合う状況設定において「生って何?」みたいな哲学的なことをちょっと考えてみたりなんかする、という話は、「食べるためだからといって豚さんを殺して良いの?」みたいな話に思えて、個人的にはそんなん小学生のうちに悩んでおこうね、とか思うわけです、正直なところ。

実際、その手の話は古典的にはよほど込み入った社会的な問題設定を提起するか、とてつもなく深い(と思われる)神学的あるいは哲学的な考察がなければ存在が難しかったため、純然たるエンターテイメントである推理小説のジャンルじゃなければ成立しなかったわけですよ。

んが、たぶん最近は(っていうか僕が子供の時はすでにそうでしたが)「豚さん」っつーのはパックに入った肉塊のことであって、「豚さん食べて良い?」問題には何のリアリティもないわけです。となりゃあ、まあもうちょいリアルに生身を感じられる人間に死んでもらうしかないわけで、もっとヒドイことに「人間」っつーのさえ、新聞やテレビで今日は何人死んだ、どんなふうに死んだ、とかなると何か嘘くさいものに感じられるようになってしまったご時世、こうなりゃもうクラスメートにでも死んでもらうしかないわけです。その流れはとっても理解できます。

でもなんつーんだろう。「クラスメート」が殺し合うっつーのは、ある意味、リアルそのものであって、身も蓋もないっつーか、どんなフィクションにも勝るそれこそ目を背けたくなるような現実のノンフィクション話がいっぱいある以上、フィクションで、まともな哲学的な挑戦としてそれを越えようとすることはどう考えても無謀に思われて仕方がないんです。


・・・というようなことをつらつらと考えつつ、だらだらとネット見てたら、この「ぼくらの」のアニメ版が炎上していまして、なかなか興味深かったです。

勝手にメチャクチャなまとめをすると、要は原作ファンに「ぶち壊し!」と批判されてブチ切れた監督が「お前らもっと社会に出て勉強しろよなっ!」的なテイストを漂わせ(もちろん、そんな危険なことは言ってませんがw)、ますます炎上みたいなことになっていたわけなんですが、個人的にはこの監督の言うことが至極まっとうな(まあそれゆえつまらん、ということになるかもしれませんが)ことに感じました。

ちょっと監督のブログから発言を引用させていただくと、

いわゆるセカイ系と呼ばれる作品群は、少年少女と世界状況を直接結びつけ、あいだに介在する社会を描かない。ぼくらのでは社会を描かせてくれ、と頼んだのです。

この時点で「最近の若い者は」的な説教臭がぷんぷんで非常に共感できるのですが(笑

「原作の畑飼は変な奴だが言ってることは正しい」「態度がかっこいい」「大者」という声がありました。それがアニメーション版では「ただの変態」「小者」になったと。
 原作の畑飼は、年端の行かない子供を言いくるめて犯し、まわしてしまう男です。でもそれはかっこよくもなんともない、というのが私の考えです。

うむ、こういう「カッコ良けりゃ良いじゃん」というのか「パーソナリティが行為を正当化する」的な安易な発想に危機感を持つトコとか、まさに「大人」です。

 ところで、原作ファンのあいだから、「ぼくらの」が、重いという感想がよく聞かれるのですが、どうでしょう? 私はむしろ、原作の軽さの部分に注目しているのですが。
 ゲームと称して500メートルに達する巨大メカが出現。続いて、ぬいぐるみのようなかわいいコエムシが子供たちを叱りつけ、彼らはそれに乗って戦うことを早々に受け入れてしまう。出てくる敵メカは軽々と空を飛び、音速を超えるとか。転がったり、廻ったり、この原作は突飛で、奇想天外で、ほんとに軽いですよ。

(以上は http://blog.goo.ne.jp/moriphy/e/54a1fa2b00d1aef95e0dfda9a7b4194e から)

いや、この全否定ぶり。痺れますね。
「お前ら、こんなん重いとか言ってどんだけひ弱なんよ?そんなんじゃ社会で生きてけねーよ」
こんな感じでしょうかwww

原作のチズにしろ、テレビ版のチズにしろ、「結局おまえはどうして欲しいんだ」という問いかけに対して答えを持ってるなら、それは社会的な悩みになります。たとえば、「子供を育てるための養育費が欲しい」とか「畑飼を逮捕して欲しい」とか。そうすると、話は、法律をどう利用するかという、チズの社会との戦いの話になって行くわけです。
( http://blog.goo.ne.jp/moriphy/e/320d5443859f6263e93f76ba2029f71f から)

さすが大人ですね、社会派です。
大人は悩みに社会的なものと個人的なものという区別を付けるわけです。で、個人的な悩みをどうしてもグチりたけりゃキャバクラでも行ってこい、と(笑

で、個人的に「コレはヒドイwww」と思ったのはこの発言。

アニメーションを見てトラウマになるってどんな気持ちなんですか? ドキュメンタリー見て、ショックを受けるとかなら私にもまだ分かるんですが・・・。
( http://blog.goo.ne.jp/moriphy/e/320d5443859f6263e93f76ba2029f71f から)

キマシタ、国分さん形式の問いかけ(笑
これは完全にキレてますねw
絶対、視聴者の人格否定入れてますwww


・・・で。

なんかね、この監督の説教に共感を抑えられなくてイヤになります。

こんなふーに僕らみたいなつい昨日今日やっと何かを卒業してたみたいで社会にようやく居場所を見つけたつもりになってる人間は「社会」というものの価値を無視されると激しくイラつくんでしょうね、たぶん。「おい、若造、お前なんかに何が分かる」って感じで。そういう僕らも実際、何も分かっちゃいないんですけど、それを指摘されるとますます顔が真っ赤になるわけで。

30代でも童貞だと魔法使いになれる、とかいうネタがありましたが、確かに30越えて社会に魂を売り渡さずに強く生きてる人がいるなら、何かマホーを使ったんじゃないかとしか思えないです。

社会人としての尊厳を持って生きることは必ずしも人間としての尊厳を持って生きることと直結しない(っつーか、そこをすり替えちゃうと今度は社会を卒業したときにヤバイことになりそうですが)わけで、その意味では社会なんて無視しちゃっても良いのかもしれませんねという危惧を覚えつつ、皆様何とか取り繕っていらっしゃることとお察し申し上げますが、どうすりゃ良いんでしょうね。ええ、もちろんこれは個人的な問いかけですとも。
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2007-09-16 17:25:12

YAMAHAの技術力は世界一イイイッッ!!

テーマ:月配列関係
鮮度のないネタで恐縮ですが、、

だいぶ前にtomoemonさんも紹介してた人工歌手(?)のVOCALOID、スゴイっすねこりゃ。
最近の人工音声ってこんなにすごいんだ。普通に歌手デビューできそう。さすがにアルバム1枚聴かせる力量はない(と思う、、)けど、ノリで攻めるシングル曲1曲くらいなら十分。上手に作ったヤツなら言われなきゃ人工音声で歌ってるなんてとても気付かない。

いろんな人が「Vocaloidに○○を歌わせてみた」って作品を発表してるけど、一番うまかったのはやっぱりこの作品だなぁ。

「アンインストール(VOCALOID ver.)」
(YouTubeにも「Vocaloid」とかで検索すればあると思う)

どなたが作ったか知らないけど、この作品だけ出来が飛び抜けてる。
歌手にあった歌を選ぶってこういうことか、とか思うわ(笑)

楽曲自体も気に入ったので思わず本物のCDも買ってみたんだけど、はっきり言って本家を凌駕していると思われる部分すらある。サビの高いところからさらに高く音が上がるところとか。澄んだ繊細な高音を力強く発声する、なんて生身の人間じゃオペラ歌手みたいなスペックの車体を持たないと無理っぽいけど機械ならどんな音でも出ちゃうわけで反則だわな。

もちろん言うまでもなく総合的には本家の人間の方が全然ウマイというか聴かせてくれるのだけど、Vocaloidの方のもちゃんと歌になってるのはスゴイ。素人のカラオケレベルなら超えてるだろう。



一番、笑ったのはコレ。

「初音ミクに千の風になってを歌わせてみた(修正)」

サイコーwww
腹筋切れるかと思ったわw
なんだろうね、この微笑ましさは。



「アンインストール」レベルの作品を他に見かけないことから、たぶんちゃんと聴ける作品に仕上げるのはまだ相当に難しいのだろうし、またそういうことが出来るジャンルも限られてしまうのだろうけど、ちょっとしたCM曲みたいな商業的なポップスに普通にロボット歌手が採用される日が今すぐにでもやってきそうだ。元々、アトム文化というのか八百万思想というのか、日本のオジサマ方はヒューマノイド的なロボット好きなとこあるし。皆様のNHKが強烈プッシュするPerfumeみたいな感じのだったらVocaloidにすり替わっていても全く違和感なさそうだ。



あと、個人的には声サンプル提供者からどうやってこういうのを作ったのかも気になる。そっちの技術があればもしかして矢沢永吉に桑田佳祐を歌わせるとか、ユーミンに中島みゆきを歌わせるとか、ペニシリンにGacktを歌わせるとか(変わんねーだろw)、島田紳助に押尾学を歌わせるとか(なんだそりゃw)、悪魔のようなサディスティックプレイが楽しめそうで(笑)
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2007-09-06 21:08:29

Appleの本質ってUI専門のソフト屋なんだな

テーマ:時事ネタ
電話抜きiPhoneことiPod touch、出ましたね。欲しいです。買っちゃいそうです。タッチパネルの音楽プレイヤーって実用的にはすごく使いにくいんですが、でも欲しいです。

え?なぜタッチパネルの音楽プレイヤーが使いにくいって言えるかって?
実は先週、COWON D2ポチッたばかりなんです。
完全に早まりましたね orz

いやね、たまたま偶然なんですが、昨日、iPhoneを初めて見たんですよ。予想以上に良いです。実物は危険なまでに物欲刺激度が高いという噂は聞いていたんですが、でもたかが音楽プレイヤー+タッチパネル+電話だろ?そんなん要らねーよ、とか思っていました。アポーを嘗めてましたね。確かにアレは見たら欲しくなります。

iPhoneの何がイイ!かって、やっぱ上に載ってるソフトの派手さですよ。いや、別に機能自体は大したことないっつーか、全然、他のPDAなり何なりでも出来る話なんですが、とにかくカッコイイ。近未来的なインターフェースっぽい感じなんですわ。

何日か前の日経に、AppleのiPodなんて全然、大したことないよね、その辺の部品寄せ集めて作ってるだけだよね、それに比べて技術を自社でガチガチに囲い込んでるシャープ亀山要塞はスゴイよね、みたいな話が載ってたんですが、それは大きな勘違いですね。

競争力の源泉がそういった技術的なオリジナリティーにある、という話で言うならば、Appleこそが今も昔も一貫したコアを持った存在なのかもしれません。Appleってパソコン屋でもなければ音楽プレイヤー屋でもなくソフト屋なんだよな、ってことをiPhoneを見て改めて思いましたね。

ソフトウェア---法人向けのお堅いシステムでさえ---には、隠れた重要要素としてある種の芸術性みたいなもんがあると思うんですよ。普段、人月換算されたプライスから表に現れることはまずありませんが、あるシステムが使い物になるかならんかにおいて「センス」というものは決定的に重要です。

センスないヤツがデザインしてセンスないヤツがコード書いたプログラムは悲惨です。使える使えないとかより「使いたくない!」。確かに要求仕様は満足している。不足機能もない。でも使われない。ソフト作りにもセンスのあるなしがあって、機能よりもそっちの方が重要になり得る、ということはソフトの現場に関わる人なら誰でも感じたことがある話だと思うのですが、にもかかわらずこれはどのユーザー、発注者の意識にも上らないことで、「センス」がコンペの際に考慮された、なんてことは聞いたことがありませんね。

Appleの成功はソフトウェアにおける「芸術点」の重要性を世間に気付かせる良い材料になると思うのですが、まあいまだに「Appleって所詮、原価ンK円のものにブランドかぶせてボってるだけだよね」、みたいな話に溜飲を下げているようじゃ日本に限っては大手元請けSIerとかはまだまだ安泰なのかもしれませんが。

<追記>
上でCOWON D2のこと書いてますが、別にD2が使いにくいって意味ではありません、念のため。タッチパネル主体の操作だとどうしても操作のために画面を見ないといけないわけで、ポケットに入れたままの各種操作がやりにくい、というだけのことです。

なお、そういう意味で言えばむしろD2の操作性はタッチパネル機にしては良いくらいですね。再生・停止と電源のON/OFF、ボリュームコントロールはボタン類から操作できますし。
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2007-09-03 22:25:33

今どきのビジネスマンも、魔法の手を持てるのだろうか?

テーマ:月配列関係
柄にもなく最近、こんな絵本を見かけたのですが、



いせ ひでこ
ルリユールおじさん

ヤバ、仕事に疲れたとき読むとけっこうホロッとくるかも。
ここに詳しい紹介があります)

さすがに最近はあんまり聞きませんが、私、「ドッグイヤー」とか「マウスイヤー」とかいう物言いが大嫌いなんですよね。わざわざ自分たちの仕事には刹那的な価値しかない、と貶めているみたいで。

最近、「上司」を持たない若い人が増えました。って、自分もその一人なんですが。要するにたった数年のキャリアをもってして一人前に「なってしまう」わけです。

なお、ここで言う「上司」ってのは、そもそもこんな存在自体、幻想なのかもしれませんが、単純に命令指揮系統の上位に位置する人ではなく、もっと指導者的な、部下の教育に道義的な責任を感じてしまう人のことです。

いや、単純にそういうのが良いってわけではありません。むしろ個人的にはアナキンとオビワンなんて見ると「お前ら、甘い、甘すぎるよ」とか言いたくなる方で、シスの暗黒卿的な、利害の一致によってたまたま行動を共にしつつも裏切り、盗みなんでもありみたいな緊張感についていけないヤツはネットカフェ難民でも何でもなってくれ、とか気がつくとついつい本気で思っていたりして、その手の麻薬的な思想にかなり侵されているような気がするのですが、でもやっぱりどう考えてもそういうのは職業人としては「ルリユール」的な世界観に敵うはずもないと感じてしまうわけです。

僕らの世代の人たちで普通の家庭に育った人たちは、のび太のパパとかルリユールみたいな父親の労働観が漠然とすり込まれてきた人が多いと思うんですが、課長も部長もすっ飛ばして社長になってしまうような「狂った」世界に放り出されて、勝っても負けても「何か違う、絶対違う、こんなはずじゃ・・・」とか思ってる人は多いんじゃないでしょうか。

「希望は戦争」とか、自分には「たまたま」運が悪く拾えなかった希望がそれでもどっかに落ちてると思っていられる人たちの方が、実はまだ希望を持っているだけマシなのかもしれません。勝ちも負けもしていない人もまあそれなりにツライんです。あんまりイジメんといてくださいwww
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