うじのブログ

うだうだだらだら、鬱患者の日常。そしてホームページ、アフィリエイトの話もちらほら。気が向いたら見てやって下さい。


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ぷよぷよクエストとかパズドラとかじゃなくて、数独とかイラストロジック(ピクロス)みたいなのが何か達成感があって良い。ぷよぷよとかも好きだけれど。(パズドラはまだやったことが無い)

数独は特に絶妙のバランスである。

問題は一意に回答が得られることが保証さているし、問題数はほぼ無限にある。なぜ「ほぼ」なのかと言うと、全然無限じゃ無くて有限個の問題しか理論上存在できないが、私(まぁ、普通の人なら、と言っても良い)の脳容量では覚えられるような有限個では無いから、同じ問題が出ても気がつかない。

#出題数が少ないサービスだと気付くこともある。Club Panasonicとかw

問題の解き方は人それぞれだ。早く解くために色々なロジックを随時駆使する人もいれば、私の様に特定のロジックで追い込んでから手詰まりになったら別のロジックで、と言うやり方もある。

と言うわけで、数独の問題は機械的に大量生産できるわけだが、某パズル専門誌運営だったかの問題は「一問一問丁寧に人が作っているから解き味が違う」などと謳っているのに違和感を覚える。

先に述べたように解き方は人それぞれで解く喜びも人それぞれ。私の場合はどれだけ苦労をしたかの方に喜びを覚えるので、解き味がどうとかとか、余計なお世話そのもの。

…と言うのが一つのお話で、ここからが本題。

こういう、論理的に追いかけていって、その先に確実に答があって、解いたら幸せ。こういう私の様な人間にとって児童・生徒・学生時代は喜びの塊に出来たハズなのになぜしなかったのかという後悔。

暗記という鬱陶しいものもあるので喜びばかりでは無いけれど、ゲームのスコアを上げるために色んな事を覚えるというのは良くある話で、それも角度を変えると楽しめたハズ。

納期(宿題の期日など)があるのがちょっと面倒ではあるけれど、それも十分に緩い。当時は思いつきもしなかったけれど、わからなければ先生に聞きに言っても良いというイージーモード搭載。

だがしかし、残念なことに学業よりも楽しいことが子供時代には大量にある。と言うわけで順調に学業をおろそかにしてどんどんわからなくなって、わからないから面白くないと言うネガティブなループに陥るのでした。

今なら(無料で他人に迷惑かけなければ)ちょっとあれこれ学んでみたいと思わないでも無いが、どこから手を付けたらどこで役立つものが学べるのかがわからない。

フーリエ変換とかラプラス変換とかテーラー展開とかその他諸々やったハズなのにそれがどういう概念であるかすらわからないというのが現状。

電子工学科出ておきながら、電力の力率とか有効電力とか無効電力とか力率とかもわかっていない。「あー、なんかそんなのあったなぁ」という認識で、どれをどうすれば電気代を節約出来るかもわからない。酷い有様だ。

と言うわけで、若い人には学業を「楽しんで」もらいたい。それが何に必要なのかがわかっていれば努力もし甲斐があると思うので教育に携わる人には「こう役立つ」という「目標」を示してあげて欲しい。

つい先ほど某匿名掲示板で「積分なら仕事で使った」と書いたのだが、そういう実社会に出てから使う、普段の計算では使わない計算もある。電気代と複素電力もそうか。

そして思うのである。昨今政治家の方が使われる言葉の「加速化」とはどういうことなのかと。「加速」とどう使い分けているのかと。二階微分したら正になるのかよと。どーなのよ、と。

と、これが今回のオチでございます。

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良妻を娶れば幸福が得られ、悪妻を娶れば哲学が得られる。

…とは悪妻を得た高名な哲学者の言葉ですが(確認はしたがたまには誰の言葉か書かないでおく。興味のある向きは「哲学者 悪妻」ぐらいで検索すれば出てくると思います)、私の意見としても配偶者を得るのは良いことだと思います。

第一はやはり幸福に関すること。良い相手を見つけて幸福を得るのは大変重要。

次に社会の持続に関する問題。

どっかの頭の弱い校長先生は女性は二人以上子供を産むことがせっせと仕事するより重要と言ったとか何とか報じられていたけれど、そんな単純な思考しか出来ないで教育者とかやって大丈夫かと思う。

最も単純化したモデルならばその通りだけれど、人は子供を二人しか産めないわけでは無いので、(産むことが物理的に不可能な男性も含めて)平均して生涯に一人子供を出産すれば社会は同数を維持出来る。そこまで言っててマスコミが端折って報道していたならゴメンナサイだけれど。

ついでに、先進国より新興国途上国の方が出産率が高い傾向にあるので、地球丸ごとで考えたら先進国は少なくてもいいという話になる。生産性も高いわけだし。

もちろん、一定数を割り込むのを阻止すべきラインは存在するだろうが、とにかく女性がすべからく二人以上子供を産むべしと言うだけであれば頭が弱いと言わざるを得ないというのが私の考え。

…と、長々と書いてきたけれど、これは主題じゃ無くて。

割と感覚的、感情的な話で恐縮だが、結婚するのは良いことだと思う。

最終的には少子高齢化を防ぐ効能があったりするけれど、そんなのどうでも良くて、幸せがそこに多分あるから。要は「私は一人で淋しいっ!!」と言うだけの話。

その上で条件を付けると、出来れば若いうちに、そしてこれは表現が難しいが精神的な相性の良い相手(他人としてはとても良い人だと思うが、身内になると思うとどうにも受け入れがたい、距離を置きたい相手というのは存在する)と結婚し、出来れば子をもうけ(これは割とどうでもいいと思っている)、何よりお互いに我慢して添い遂げるのが良いと感じている。

最近になって、母の考えていることが他人よりは分かるようになって来た(認知機能の低下があるので分からなくもなってきているがw)。

そして思ったのだ。50年一緒に生活してきてやっと分かる様になってくる程度の理解力しか、人は持っていないのだと。私個人の話を人全体に敷衍するのはどうかとも思うが、程度の問題だと思う。

結婚して高々数年十数年の段階で離婚とかするなよと。まだまだ相手のことなどわかっちゃいないんだ。もっとわかる努力をしようよと。

わかるようになれば許せる様にもなる。あしらい方もわかる。そもそも好きで一緒になったんだろうし。そうでなくても何となく上手く収まることですら良くあった話(見合い結婚とか親の決めた結婚とかあった時代の話だけれど)なんだ。

と言うわけで、結婚できる人は結婚して、末永くお互いを慈しみあい、常に相互理解を深めていって欲しいと切に願うのである。

イイハナシダナー(笑)。

え、私? 残念ながら社会から脱落しておりますので無理でございます。

出来ることならしてみたいよっ!! 20も30も年下の可愛い女の子と年の差婚とかしてみたいw

私と一緒になって良いことなんぞあるとは思えないので求めはしませんが。

あ、それでもというなら自薦他薦問わず受け付けておりますw 上の方に書いた通り、「んー、あんたとは合いそうに無い」とか失礼なこと言うかも知れませんがw

結婚という形態にこだわらないという選択も受け入れます。

ただ、性的マイノリティの方は、ちょっとこちらの気持ちとしては受け入れがたいのはご容赦を。そういう人を否定する気は無いけれど、個人的にはどうにも。

かなりぐだぐだになってしまったが、皆さん頑張ってわかり合いましょう。

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前に機械さんに養ってもらう世界になったらヒトというものはどういう扱いを受けるんだろうか、みたいな話を書いた(趣旨がほぼ一行で書けてしまったw)けれど、人類はどうして欲しいと思うんだろうかというのが今回の話。

私は人類の最先端に居て、働かずに何とか生かしてもらうという贅沢な生活をしているわけですが、やっぱりもうちょっと何か生産的なことをしたいという欲求が微妙に存在してます。まぁ、気分障害やらその他の雑事優先やら体が動かないとか色々あって出来てないわけですが。

もとい。

人類はエネルギー問題を解決して、働かざるともなんとか食える状況になったとしたら、何を目指すのか。

火星探査の探査車の名前にもなっている「好奇心」で色々解明を進めていくことに没頭するかと思われていたけれど、どうやら機械知性の方がハードウェア的制約の少なさから軽々と追い抜いていく未来がぼちぼち見えてきた。

芸術は人の感性に対する物だから機械には分かるまい、というのも怪しくなっている。人の嗜好に合わせたものを機械は提供出来るようになるだろう。

子孫繁栄を一途に目指すというのも、これは資源の制約があるから無制限にはあり得そうに無い。そもそもそんなの意識して目指すこと無く、機械共の計画に沿った繁殖活動に合わせた格好で人が最大限宇宙に発展していくのを目指すだろうと思うが、本質的な人類の「したいこと」でも無さそうだ。

宗教なのか。これはかなり微妙。信教の自由は制約されないだろうが、他者を排斥する傾向は宗教から削り取られていく予感がある。結局は教育によってもたらされる物が宗教の基盤であるだろうし、多様性の維持と排斥主義とは相容れないから、一神教であっても他の宗教を否定する考え方は薄くなっていくだろう。

なんか話がそれたが、宗教が人類の目的にならないと思えるのは、多様性を認めない宗教こそがそれこそ必死に活動してて、そうでない宗教が割合鷹揚であるという感覚から、過激主義を削られた宗教が人類の目的にはならないだろうという考え。

快楽はどうか。以前は例えば快楽中枢の解明が進めば快楽のために戦う兵士がどっさり出来て脅威になるのでは無いかと思っていたが、それより無人機の性能向上が見えて来て、そんなの必要無くなってきた感がある。機械の方が対G性能とか強く作れるし、反応速度も速いから終端誘導に人を使うという非人道的作戦・兵器は今後あり得ないだろう。人を殺すのに機械の判断で良いのかという話が最後に残るが、非錯誤率が桁違いに向上すれば批判は小さくなるだろう。

また脱線した。究極の快楽を求める層は一定以上存在するとは思うが、要は脳内で何をどう感じさせるかの問題なので、快楽だけ追い求めるのは脳味噌に薬剤やら刺激やら延々与えられる状態で、まともな人間の営みとも思えない。

で、結論など結局出ないのだけれど、まあ、みんな好きに生きるんだろうな、という、今の私よりちょっと上質かつ健全な生活で中庸を満喫するのが人類の未来のような気がする。

私はゲームとかパズルとかが好きでよく(と言うほどには最近は熱中してないなぁ)遊んでいるが、その人に応じた適当な課題を与えられ、それを解決し、評価され、満足すると言うようなサイクルが作られるのでは無いかと思う。あと、適度な競争と。

人間は逆立ちしたって神様にはなれない、とはガンダムの中で出てきたセリフであるが、ヒトという入れ物の中身はやっぱりそんなに進歩しないんじゃないかと。

では入れ物を拡張すれば、という話になると、それはもはやヒトでは無いものであり、人類の進歩とは若干ニュアンスが変わってくるのだと思う。

というわけで結論めいたもの。何だかんだ言って今の先進国はいい線行っている。世界は、エネルギー、水、食糧、適切な管理、適切な教育、もうちょっと進んだ自動化で、一種の理想の社会にたどり着く直前にあると思う。まあ、100年かかるか1000年かかるかわからん状態を直前と言っていいのか疑問ではあるが。

ラストスパートのこの今を、頑張って支えていこうじゃありませんか。

私は社会から脱落しててダメですが(←これがオチ)

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