ルンペン放浪記

労働者のありったけ


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国家がどういうものあれ、ある局面で人間が、いかに残虐な、そら恐ろしい罪を犯すもであるかはだれもが知っている。
殺し方にもいろいろあるから誰がどの殺し方をするかはわからない。
 
剣よりよく闘うはずのペンが、大量殺戮に心ならずも貢献したことは、歴史の悲しい事実であった。

それだけではない。
大多数の人たちが、創られる虚構に心を奪われて歓喜したことも、目を覆う悲劇的な現実にこころから打ちのめされたことも、また、死地から生還し、絶望的な廃墟に降り立ったものたちが、戦争を食い復興を食い飢餓を食い物にしたものたちの元でしゃにむに、このような戦後世界を築いてきたことも、また、事実であった。

良きものたちは帰って来なかった。

悪しき遺産は相続され、付和雷同するものたちは生き残った。
緩和されたとはいえ、労働の現場では生死を分ける選拓をはじめ、事態はまったく変わらなかった。

だから、私も、せいぜい慎み深く警戒し、背丈にあまるいざこざから、できるだけ逃げだそうと心がけていた。
それはそうである。
不要な人間とみなされないためには、はいと答えて、黙って働けばよかったから。
戦火も虐殺も遠い他国でおこなわれ、いかにまちがっても、この国が戦争による打開の方法をふたたび探ることはあるまいと思われたからである。
 
しかし、どうも、時代は私の楽観をはるかにうわまわって進みつつあるかのようだ。
 
殺戮の責任はどこに行った?と質問することが笑止千万とみなされ、愛国的情熱に難のあるものたちがひそかに蒐集されていることにいまさら驚いているわけではない。

いつの時代も大なり小なりそうであった。

いつの時代も、ためらわず隣人を売り、大きな力に益することを自ら買って出る従僕が、人の尊厳を求める人たちを薄汚いと罵倒して殺害した。

しかし、大多数の人たちは、ためらい、悩み、顔をそむけて目をつぶり、疑われないように忍耐した。

もし、果てまで逃げてもいずれ銃殺されるなら、それはそれで致し方ないだろう。
私にしてみれば、それはいくつかある覚悟のなかのひとつであったから。
 
私が恐れていることは、死からその意味がなくなろうとしていることであった。
子に伝えるなにものもないということであった。
やがて私も死ぬであろう。
他人のものでない、納得づくの死を死にたいと願っても、おびただしい死から、その悲しい意味が奪い去られたままだということであった。


それらの死は、必要に迫られた人々のやむをえない叡智の総和が見捨てたはずの死であった。
私も一度ならず口にし、また、耳にもした「あなたはリストに載っています」というひとことによって、静かに憮然とこの世を見限ったものたちの死であった。
自己保身に急な、奸智ある支配者たちの厚顔無恥がもたらした、トイレットペーパーのような死であった。
 
この閉塞した社会を打開することを企てようとする人たちが、打ち捨てられた死者たちに、うやうやしく鎮魂の献花をささげようとしていることにいちいち文句をいうつもりはない。

そうすることでこの時代が分かち持たなくてはならぬ大きな遺言から肩の荷を下ろそうとしていようとしても、である。
人にはそれぞれ体力があり、にないきれないものもいるであろう。せいぜい静かに冥福を祈り、二度と歯向かう心配のない人たちの恨みに想いを致せばよいだろう。
 
書きたい欲求は、それがきわめて個人的なものであるから、自身で思っているほど単純でないことは知っている。
 

しかし、もし、あらゆる悲惨な死が、ひそかに取引され、物言わぬ過去としてうつくしく葬り去られ、そして、もし、清潔に礼儀正しく踏みにじられてしまうのだとしたら、そうすることによってしか新たに踏みにじる生け贄を探せないのだとするのなら、私は、怒りをもって異議を申し述べたい。
 
そして、まだ生き残っているものの一人として、残虐に、無慈悲に、顧みられることなく絶滅していった人たちの、こころからなる願いを探したい。





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