三十数年前の、あの鉄工所、あれは、幻だったのか。
鉄さびの構内のそこここを、三本線も二本線も、ヘルメットの色ちがいも、それぞれが、それぞれを、誰よりも貴重なひとりひとりと認め、技量と肉体のありったけを持ち寄り、うなずきあって過ごした、奇跡のような日々は?
どれほど卑劣極まりない仕打ちを受けようと、どれほど悲惨極まりない目にあおうと、決してまいったといわないやつらの、あれは“幻”だったのか。
おのれの“正義”のみを行使して、くたばっていくやつらの、あれは “幻”だったのか。
そうではなかった。
じゅうじゅうと音を立てる牡蠣フライに食らいつき、みそ汁をすすり、めしをはみながら、師走のある日、京浜ホテルの“七兵衛”で、この世が持ち得る最も美しい幻を、ふたたび、見た。
トンカツを揚げるコックハットの手さばきは、カミソリのように鋭く、自主営業のやつらは、適切な距離と、適切な動きで、それぞれに美しく、きりりと引き締まり、ことばにいいあらわせない優しさで結ばれていた。
コップ水をあおると、水差しが来た。
煙草をもみ消すと、新しい灰皿が来た。
「うまくいってるか?」
声をかけると、弾んだ声が返ってきた。
「お客さんが増えたんで、営業時間をめいっぱい延長したぜ」
「いいことだ」
立ちあがって手をあげると、手が来た。
「おぅ」
ハイタッチを交わすと、みっつのテーブルを占領していたねーちゃんたちから、拍手が来た。
それは、おれたちの世界だ。
ろくでなしどもがいなくなったあと、おれたちが目の当たりに出来る、おれたちの“幻”、おれたちの世界だ。
外へ出ると、血のような檄文が何枚もぶら下がっていた。
血のような布に、全国津々浦々から寄せられた、無数の声援が、それぞれの文字で、すみずみまで充溢していた。
ああ
裸のおんなよ
黒いおんなよ
身にまとうお前の色は、命そのもの……
裸のおんなよ
締まった肉の、熟れた果実よ
黒葡萄酒の、暗い恍惚よ
(レオポルド・セダル・サンゴール)
そのような恍惚が97日つづき、ある朝、“法の正義”を振りかざしたくそったれどもがしゃにむに襲いかかり、そこで生きるものたちの“正義”を完膚無きまでに踏みにじった。
おれたちの“幻”はごぼう抜きされ、おれたちの奇跡、おれたちの世界に、てこでも動かぬやっぱがかけられた。
「教えてください。正義はどこにあるのです!?」
57歳の板前は、拳をふるわせながら、崩れ落ちた。
それから三日後、正午に近い時刻、債権者代理人の弁護士どものうそ寒い「告知」板の前にたたずんでいた。
(「無断立ち入りは、処罰される」と書かれた告知板に、無名の誰かが“希望”と落書きしていた。)
高輪ウイングのてっぺんに、どこかのホテルの「“上質な時間”という、おもてなし」と書かれた、肌触りのいいキャッチコピーが見えた。
そこからさほど遠くない新橋で、なぜおれたちは、悪夢を乗り切るには悪夢によってしか、方法はないと思っていたのか。
誰もが、唇を噛みしめ、かけずりまわってぼろぼろになっていたというのに。
千数百人が、600人になり、それが300人になり、ついに100人を切ったというのに。
背骨を支えたひとり親方がばたばた倒産したというのに。
誰ひとり抵抗も反対もせず、あるものは発狂し、あるものはアルコールに身を崩し、あるものは密告して生き恥をさらした。
そして、たがいに顔をそむけあい、悲鳴すらあげず、誰もが癒すことの出来ない深い傷を抱えて、ひとり、またひとりと路頭に迷っていった。
その、名指しようもない悪夢から、8年になろうとしていた。
信号が変わるたびに、人びとのひきも切らぬ流れが、歩行域で交錯した。
しあわせではないが、不幸でもない人たち――支配する人も、支配される人も、エリートも、そうでない人も――誰もが、雑踏の騒音に追い立てられるように、偏見や侮蔑の気恥ずかしい矜持をぶら下げ、人びとをあきらめへと導く“法の暴力”に飲み込まれ、そそくさと、流れていく。
その流れには、何がなしかの意志と息づかいはあった。
それは、朝から晩まで「あたしはしあわせなのね。しあわせなのは、きっと、あたしたちのことよ」と吹聴していなければ、滅入り込んでしまいそうな、そのような意志と息づかいだ。
ふと、その人ごみから、パンチパーマを褐色に染めた男がゆるゆるとやって来た。
額がせり上がり、頬骨のあたりが黒ずんでいた。
「おまえらがまちがっている」と吠え、板前根性を叩きつけて、おどり込んでいった男だ。
皮膚が骸骨に粘りついたような渋面は、歩道でにぎわう助っ人たちの向こうに、自主営業の“幻”を見て、いっしゅん困惑したように見えた。
その時、根こそぎにされる時刻がやってきた
やつらが押し入った空間は
私のものであったのに……
(レオン・G・ダマ)
57歳。
人生を最初からはじめるには遅すぎる。
おしまいにするには早すぎる。
そういうとき、かつて想像してもみなかった、気の遠くなるような“何か”がはじまろうとしていた。
そして、その男を運命づける、薄く、けわしい面構えは、いっしゅん薔薇色に染まり、目もくらむ闘争心に輝いた。
わたしは滅びるだろう。
だが裸で。
無疵のまま。
(エメ・セゼール『そして犬どもは黙っていた』)
●詩は、サルトル「黒いオルフェ」(1948年)に拠る。●
なお、セゼールに関して、以下を、追記する。
2009/7/29記入
■カリブ海のフランス海外県マルティニク島出身の詩人で、仏語圏の黒人文学運動「ネグリチュード」を唱道したエメ・セゼール(Aime Cesaire)氏が17日、同島中心都市のフォールドフランス(Fort-de-France)で亡くなった。94歳だった。
■セゼール氏は「帰郷ノート(Cahier d'un retour au pays natal)」でデビュー。同じく詩人のレオポール・セダール・サンゴール(Leopold Sedar Senghor、セネガルの初代大統領)といった黒人文学者らとともに「黒人であることを肯定し、それを誇りとすること」を示す「ネグリチュード(黒人性)」という語を創出し同じ名称の運動をけん引、作品と政治活動を通じ植民地主義に立ち向かった。戯曲では「クリストフ王の悲劇(The Tragedy of King Christophe)」、シェークスピアの原作を黒人劇へ翻案した「テンペスト(Tempest)」が知られている。
■1945年から2001年の56年間にわたり、フォールドフランス市長も務めた。9日に心臓障害のため入院して以降、健康状態が見守られていた。
週間フランス情報(http://cyberbloom.seesaa.net/article/94319171.html )2008年4月23日号から転載







1 ■No Title
田中さんの言葉に、何か強いメッセージをいつも感じでいます。言葉の凄さ、重み、そして人間の連帯を感じています。俺の中で、こんな人がいるという事実を知るだけで、嬉しいです。生きて生きて、そしてこの時代を、人生楽しい!と言えるようこじ開けたいですね。