田中洌

『そして犬どもは黙っていた』――京浜ホテルの闘士たちへ――

Theme: 語り 2009年01月31日

三十数年前の、あの鉄工所、あれは、幻だったのか。


鉄さびの構内のそこここを、三本線も二本線も、ヘルメットの色ちがいも、それぞれが、それぞれを、誰よりも貴重なひとりひとりと認め、技量と肉体のありったけを持ち寄り、うなずきあって過ごした、奇跡のような日々は?
どれほど卑劣極まりない仕打ちを受けようと、どれほど悲惨極まりない目にあおうと、決してまいったといわないやつらの、あれは“幻”だったのか。
おのれの“正義”のみを行使して、くたばっていくやつらの、あれは “幻”だったのか。


そうではなかった。


じゅうじゅうと音を立てる牡蠣フライに食らいつき、みそ汁をすすり、めしをはみながら、師走のある日、京浜ホテルの“七兵衛”で、この世が持ち得る最も美しい幻を、ふたたび、見た。


トンカツを揚げるコックハットの手さばきは、カミソリのように鋭く、自主営業のやつらは、適切な距離と、適切な動きで、それぞれに美しく、きりりと引き締まり、ことばにいいあらわせない優しさで結ばれていた。


コップ水をあおると、水差しが来た。
煙草をもみ消すと、新しい灰皿が来た。
「うまくいってるか?」
声をかけると、弾んだ声が返ってきた。
「お客さんが増えたんで、営業時間をめいっぱい延長したぜ」
「いいことだ」
立ちあがって手をあげると、手が来た。
「おぅ」
ハイタッチを交わすと、みっつのテーブルを占領していたねーちゃんたちから、拍手が来た。


それは、おれたちの世界だ。


ろくでなしどもがいなくなったあと、おれたちが目の当たりに出来る、おれたちの“幻”、おれたちの世界だ。
外へ出ると、血のような檄文が何枚もぶら下がっていた。


ルンペン放浪記-京浜ホテルに寄せられた檄文


血のような布に、全国津々浦々から寄せられた、無数の声援が、それぞれの文字で、すみずみまで充溢していた。


ああ
裸のおんなよ
黒いおんなよ
身にまとうお前の色は、命そのもの……

裸のおんなよ
締まった肉の、熟れた果実よ
黒葡萄酒の、暗い恍惚よ
       

        (レオポルド・セダル・サンゴール)



そのような恍惚が97日つづき、ある朝、“法の正義”を振りかざしたくそったれどもがしゃにむに襲いかかり、そこで生きるものたちの“正義”を完膚無きまでに踏みにじった。
おれたちの“幻”はごぼう抜きされ、おれたちの奇跡、おれたちの世界に、てこでも動かぬやっぱがかけられた。


「教えてください。正義はどこにあるのです!?」

57歳の板前は、拳をふるわせながら、崩れ落ちた。


それから三日後、正午に近い時刻、債権者代理人の弁護士どものうそ寒い「告知」板の前にたたずんでいた。


ルンペン放浪記-告知板へ“落書き”

(「無断立ち入りは、処罰される」と書かれた告知板に、無名の誰かが“希望”と落書きしていた。)



高輪ウイングのてっぺんに、どこかのホテルの「“上質な時間”という、おもてなし」と書かれた、肌触りのいいキャッチコピーが見えた。


そこからさほど遠くない新橋で、なぜおれたちは、悪夢を乗り切るには悪夢によってしか、方法はないと思っていたのか。

誰もが、唇を噛みしめ、かけずりまわってぼろぼろになっていたというのに。
千数百人が、600人になり、それが300人になり、ついに100人を切ったというのに。
背骨を支えたひとり親方がばたばた倒産したというのに。
誰ひとり抵抗も反対もせず、あるものは発狂し、あるものはアルコールに身を崩し、あるものは密告して生き恥をさらした。
そして、たがいに顔をそむけあい、悲鳴すらあげず、誰もが癒すことの出来ない深い傷を抱えて、ひとり、またひとりと路頭に迷っていった。
その、名指しようもない悪夢から、8年になろうとしていた。


信号が変わるたびに、人びとのひきも切らぬ流れが、歩行域で交錯した。
しあわせではないが、不幸でもない人たち――支配する人も、支配される人も、エリートも、そうでない人も――誰もが、雑踏の騒音に追い立てられるように、偏見や侮蔑の気恥ずかしい矜持をぶら下げ、人びとをあきらめへと導く“法の暴力”に飲み込まれ、そそくさと、流れていく。
その流れには、何がなしかの意志と息づかいはあった。
それは、朝から晩まで「あたしはしあわせなのね。しあわせなのは、きっと、あたしたちのことよ」と吹聴していなければ、滅入り込んでしまいそうな、そのような意志と息づかいだ。


ふと、その人ごみから、パンチパーマを褐色に染めた男がゆるゆるとやって来た。
額がせり上がり、頬骨のあたりが黒ずんでいた。
「おまえらがまちがっている」と吠え、板前根性を叩きつけて、おどり込んでいった男だ。
皮膚が骸骨に粘りついたような渋面は、歩道でにぎわう助っ人たちの向こうに、自主営業の“幻”を見て、いっしゅん困惑したように見えた。


その時、根こそぎにされる時刻がやってきた


やつらが押し入った空間は
私のものであったのに……
  

         (レオン・G・ダマ)


57歳。
人生を最初からはじめるには遅すぎる。
おしまいにするには早すぎる。
そういうとき、かつて想像してもみなかった、気の遠くなるような“何か”がはじまろうとしていた。
そして、その男を運命づける、薄く、けわしい面構えは、いっしゅん薔薇色に染まり、目もくらむ闘争心に輝いた。


わたしは滅びるだろう。
だが裸で。
無疵のまま。
       

         (エメ・セゼール『そして犬どもは黙っていた』





              


           ●詩は、サルトル「黒いオルフェ」(1948年)に拠る。●



なお、セゼールに関して、以下を、追記する。

2009/7/29記入


■カリブ海のフランス海外県マルティニク島出身の詩人で、仏語圏の黒人文学運動「ネグリチュード」を唱道したエメ・セゼール(Aime Cesaire)氏が17日、同島中心都市のフォールドフランス(Fort-de-France)で亡くなった。94歳だった。
■セゼール氏は「帰郷ノート(Cahier d'un retour au pays natal)」でデビュー。同じく詩人のレオポール・セダール・サンゴール(Leopold Sedar Senghor、セネガルの初代大統領)といった黒人文学者らとともに「黒人であることを肯定し、それを誇りとすること」を示す「ネグリチュード(黒人性)」という語を創出し同じ名称の運動をけん引、作品と政治活動を通じ植民地主義に立ち向かった。戯曲では「クリストフ王の悲劇(The Tragedy of King Christophe)」、シェークスピアの原作を黒人劇へ翻案した「テンペスト(Tempest)」が知られている。
■1945年から2001年の56年間にわたり、フォールドフランス市長も務めた。9日に心臓障害のため入院して以降、健康状態が見守られていた。

週間フランス情報http://cyberbloom.seesaa.net/article/94319171.html )2008年4月23日号から転載

Comments

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1 ■No Title

田中さんの言葉に、何か強いメッセージをいつも感じでいます。言葉の凄さ、重み、そして人間の連帯を感じています。俺の中で、こんな人がいるという事実を知るだけで、嬉しいです。生きて生きて、そしてこの時代を、人生楽しい!と言えるようこじ開けたいですね。

2 ■No Title

今は、酔っているけど……。
北川さん、ありがとう。

3 ■2・11 代々木緊急行動のお知らせ

2・11 新右派組織結成阻止 緊急行動のお知らせ

2・11の「紀元節」集会に合わせて、東京の代々木周辺で、ネット右翼の組織化を目的とした新右派組織の結成式が、主権回復の会、新風などの新右翼の影響下で行われます。
この新組織は、これまでフリーチベット、竹島、国籍法改正などでネット上で個別に活動していたネット右翼を組織し、イラク反戦、プレカリアート運動などへの妨害活動を行うことを主な目的とした団体であり、平和・労働運動に携わる我々の脅威となるべきもので、断固、結成を阻止しなければなりません。

つきましては下記の要領で緊急行動を行いますので、多くの方の参加をお願いいたします。

日時:2月11日 午前10時15分
場所:JR代々木駅西口
行動予定:当日の10時45分に、明治神宮で開催される「紀元節」式典に参加するため、数十名のネット右翼及び右派活動家が代々木駅に集まりますので、彼らを足止めし、「紀元節」集会への参加を阻止、同時に説得・シュプレヒコールなどで、彼らを論理的に打破し、新組織の結成を潰します。
駅ではスクラムを組み、彼らの移動を阻止しますが、万一、移動を許してしまったときは、明治神宮まで追跡、その参道で戦うこともありえますのでご了承ください。
今回の新組織には、「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」と連動した形で田母神が名誉会長職で関わることが想定されます。
市民派の力を結集して粉砕しましょう!

4 ■透明人間さんへ。


住所とTEL、さらしっぱなしは、やばいので、用心のため、消去したぜ。

それじゃ、いつか、どこかで……。

ta7ka@nifty.com

5 ■遅くなったけど、気になっていた緊急行動の方へ。



右翼も左翼もねーとおもうぜ。
あるのは個々ひとりひとり。

それでも、ひとり、孤独にこっぴどい目にあうと気が変になるから、天皇やマルクスや親鸞や祖国や会社を担ぎあげ、ことばの砦を固め、そうでないやつらを“つける薬もないあほう”とあざけり、自分以外を“敵”と見なして、殺したいほど憎むわけだ。

できれば、“主義”の鎧を脱ぎ、おのが弱さをさらけ出し、裸でぶっつかりあってほしいな。

天皇やマルクスや誰それを“神棚”に祭りあげるような、度しがたい倒錯もやめようや。

そいつらも、生身さ。

監禁をいやがってとんずらこく、おれたちのホームレスや精神病者と同じさ。

人権蹂躙の缶詰状態からアスファルトの街へ、出て貰って、みんなといっしょに生きて貰おうぜ。

●世界を見あげる生体が、見下ろすものの信条とはまるでかかわりなく、、生きたい、生きたいとこいねがっていた。●

  辺見庸――“瀕死の路上ホームレスに触れて”――(東京新聞09/2/3)

6 ■京品ホテル

このホテル、何回か利用したことがありました。
知り合いが東京に来た時も、このホテルを紹介しました。

居心地のいい、好きなホテルだっただけに
このような、悪夢みたいな終わり方になりひじょうに残念です。

7 ■京品ホテルご支援ありがとうございます

当ブログは、現在準備中です。
私も一支援者です。京品ホテル闘争をサポーターとして応援するためのサイトを目指そうと思っています。
さっそく応援をいただき、ありがとうございます。
ブログの扱い方がよく分からず、失礼いたしました。正式公開となりましたら、ご連絡さしあげます。

8 ■お久しぶりです!

生きる人の声が

確かに聞こえましたよ。

心が、ざわつきました。



俺はまた俺の路上へ
向かいます!

「気合い」入りました。

ありがとうございます!



大阪在住、うたうたいの「黒」

9 ■透明人間さんへ。

おれは三月一杯、ホームレスやりながら釜にいる。
よければ、一杯ごちそうするぜ。いかす、ねーちゃんも同席の予定だ。(ふたりかも)
ぜひとも、来いよ。
ねーちゃんたちがいるのは、十五日以後から三十日の間だ。
そのころ、電話乞う。
もしかしたら、尼崎になるかもしれんが……。

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