ルンペン放浪記

労働者のありったけ



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いや、だまっていても、親切な人たちが、いろんなところからやって来て、毛布やホッカロンやにぎりめしやチラシを配ったり、炊き出しもしてくれる。市役所にゆけば、お坊さんの敬老講話にあたったり、困りごとの相談にのってくれて乾パンをもらえたりと、まったくいたれりつくせりだ。
 

みいは、しかし、そんなものはちっともありがたいとは思わない。
そんなところで、ありがとうございますと頭をさげたが最後、それっきりしまりをなくして臭いだすとわかっていたからだ。


五十にして天命を知り、六十にして耳従い、七十にして心の欲するところに従って、のりをこえず――なんて嘘だ。だまされつづけた挙げ句、ほんとうのばかになっちまうか、意地悪に凝り固まった糞野郎になっちまうか。


みいは、自分のほんとうの歳を知らなかった。
入間川ゼロゼロスポットにもぐり込んでいるひとたちはみんな同じだ。
ねぐらがないのだから、歳のことなどどうでもいいこと、食べることも、明日のことも。
今日なんとかなれば、明日だってなんとかなるってこと。
寿命が切れれば、それっきりのこと。


旦那の家で、“ばか”と最近浅草から流れてきた“でぶ”さんが雪に埋もれてカンコロ潰しにいそしんでいた。
あきれてものもいえない。
いくら憎めないからって、ほんとうに“ばか”はつける薬もないばかだわ。


びしょ濡れのカンコロを持ち込めばうんもすんもなく七掛けだ。そいつをわかっているのか、そんなこたあどうでもいいのか、雪まみれのカンコロをつぶして、せっせと袋につめている。それで、苦労して稼いでも、たちまちみんなにばらまいてやっていい気になるんだもの。


「旦那さんはいないの?」
「だれかくたばったというんで、立ち会いに行ったんだ」
「あらまあ、だったらたすかるわ」


がたんと音がして、台所の窓から旦那のおかみさんがしなびた瓜実顔をつき出した。


みいはさっときびすを返した。みいはおかみさんと顔をあわすのがいやだった。如才なくて親切そうでも旦那とちがって、なぜかどうしても女同士の敵愾心が頭をもたげた。

いっぽうは駐車場も年金もあるけっこうな身分だし、いっぽうは明日にも追い立てられ、次のねぐら求めてあてもなくさまよわなくちゃならない。そりゃどうしたって平行線さ、どっかで交わることなんてあるか。


「待て待て、待て待て、待て!」
みいはどきんとした。
どうしたんだろう?
おかみさんはスリッパで雪を蹴立てて路地の曲がり角まで追っかけてきて、みいをふんづかまえた。


「離してよ、なんかいちゃもんをつけようっていうの?」

「あたしの亭主に色目なんか使うなっていってるだろう!何度いったらわかるんだ、このずべため!」

「おかみさん、まちがっちゃだめよ!いやだというのにいちいち粉をかけてくるのは旦那さんのほうよ。こないだなんかあたしのおっぱいに触るんだからな、思い切りほうきでひっぱたいてやったわ」

「触られるのがうれしいんでしょう!」
「そらそうよ、それのどこが悪いの……?」
「こんちくしょう!」


おかみさんがスリッパでひっぱたいたので、「なにすんのさ」とちょんと突っつくと、どすん!相手は雪に滑ってもんどり打って尻もちをついてしまった。
 

「だいじょうぶ?」
みいが思わずそういって手を出したら、おかみさんの細くってしわしわの、それでもなんだか生き物のような、柔らかい手がみいの手を握りしめた。

引っ張り起こしてぱんぱんと雪を払っていると、おかみさんはしわくちゃな顔で半ベソをかいた。


「ごめんなさい、みいさん。あたしババアのくせについついかっとしたの。あなたをずっとねたんでいたのよ。ごめんなさい」
「おかみさんの手ってとってもやわらかくってなんだか気持ちいいわ」
「まあ、お上手ね」


“ばか”さんと“でぶ”が野焼けした顔を突きだし、驚いたように通りのほうへ身を乗り出した。
通りにはだれがつくったのか、大小ふぞろいの雪だるまがみっつほどできあがっていた。


学童たちの通学誘導を終えた安全パトロール隊に、美容院・れんの行かず後家がいて、なにを思ったかこっちを指さし、雪を固めて勢いよく投げつけてきた。


“でぶ”さんがバッドでかかっていこうするのをみいは押しとどめた。
「ほっときゃいいのよ、あんなやつ」
「うん」
うなずいて彼は、飛んでくる雪のボールをバットでつぎつぎと打ち返した。
ボールは、バットにあたるたびにぱっと砕け散った。


いや、くだらないことでいちいち虎の威を借りる糞みたいなやつならいつもいるけれど、このところやたら目につくようになった。歩道を走ってくるチャリンコに立ちふさがって、いちいちお説教を垂れるのもいれば、犬といっしょに散歩しているひとにいちゃもんをつけて「マナーを守れ」と食ってかかっているのもいる。道路にも公園にも街角にも、どこもかしこも、あれもいけないこれもいけないの立て看板だらけだから、放射能でねじがゆるんできて向かうところ敵なしと錯覚するわけだ。


あわれなやつらだ。


がつんと一発お見舞いするだけの値打ちもありゃしない。


雪のボールは、れんのいかず後家に通りすがりのにーちゃんが加わって、びゅんびゅん投げ込んで来た。
“でぶ”さんは集中砲火を浴びて、かっかして湯気をたてている。


「やめなってば!やめなさい!お願いよ」おかみさんは髪を振り乱して、“でぶ”さんにしがみついた。「ほら、あそこの角っこから狭山署の“どもり”が見ているじゃない。かかってゆくのを待っているのさ。パクられて、それっきりよ。ばかを見るのは、あんたよ!」


雪のかたまりがおかみさんめがけてたたみかけてきた。
おかみさんは頭を抱えて、尻もちをついた。
「ざまあみろ、糞ババア!!」前に窓に石を投げておかみさんにこっぴどくやっつけられたことのあるいかず後家ののっぽが毒々しく興奮しながら近づいてきた。


「そら、これでも食らえ!」
雪だるまの頭ほどもあるやつをどかんとぶっつけて来た。
そればかりか。
こんどは雪だるまの一番でっかいやつを丸抱えにしておどり込んで来た。
「これはねえ、あたしらあをこけにしている分よ!そら!どうだ!」


おかみさんは雪に埋もれておかみさんそのものが雪だるまみたいになっている。


「ざまあみろ。食うに事欠いているというのに、マザーテレサぶってホームレスなんかのお節介を焼くからさ。ホームレスは人間のくずさ、なまけ者で、乞食で、薄汚れているのさ、まちがいないね。のたれ死にしてくれた方がよっぽど、世のためひとのためだね!まちがいないね!うわーおう!」


美容院・れんののっぽがここぞと勝ちどきをあげているのを見て、みいは体当たりをかました。
ちびのころのみいは相手が男の子だろうと女の子だろうとかまわず追いかけて、いじめっ子が泣き出すまでやめなかったが、今はとっくに盛りも過ぎて血も引けているから、カーの分からず屋に鍋でバカンバカンと殴りつけることはあっても、決してひと様に向かうことはない。


「ホームレスのどこが悪い!どうした?ちゃんとあたしを見ていってみな。とちったらぶちのめしてくれるからな」
「いくらでもいってやるさ。あんたらはね、人間のくずさ。とんまで、あほで、ゴミで、バキュームカーみたいににおってはた迷惑さ」
「それがどうしたのさ?」


「だから、代執行かまされる前に、とっととどこへなと失せろといっているのさ。この社会はあんたたち乞食を養ってやるだけの余裕はないんだからね。税金も払わないし、ばばちいし、邪魔だし、落ちこぼれのどうしょうもない宿無しどもさ!いつまでもあたしたちに甘ったれて、性懲りもなくぶら下がってるんじないよ!ゴキブリどもめ!」


「いつまでも子犬みたいにぴーぴー吠えてないで、ぶっつかってきな」
罵詈雑言をまくし立てている顔色の青いのっぽが心底あわれに思えてみいはくすっと笑った。そんなに迷惑しているなら、てめえでつまみだしゃいいものを、いつだって手は汚さない。徒党を組んで、おまわりまで引っ張り込んで、わめきたてるだけだ。

みいはけしかけた。


「ほらほら、かかって来な。いつでも相手になってやるわ。それとも大の大人が、ホームレスが怖いっていってしっぽを巻いて逃げるのかい?やい、おめえら、恥ずかしいだろう。ええ?」


安全パトロール隊の黄色い旗は、このあたりで力の及ぶおかみのぴらぴらだった。


彼らは、議員先生のポスターと黄色いぴらぴらをおっ立て、一族郎党こぞって、資産家に対する忠誠と没落農家に対する優越感を見せびらかし、時価の安いこの地に流れ込んでくる建て売り住宅をよそもの呼ばわりしていい気になっていたら、フクイチの爆発とともにその根拠が吹っ飛んだ。


死にものぐるいでしがみつかなきゃ、財産のありがたみがじりじり消えてゆく。汚され、さらに汚され、いつまでもいつまでも放射能はとまらない。いきおい、矛先はよそものからホームレスへ向かうのだけれど、ぶっつかってくるほど自信があるわけじゃない。


おかみさんが狭山署の“どもり”をつかまえて、やめさせなさいよ、と食ってかかっていたが“どもり”もどもり、知らんぷりしているばかりだ。


“ばか”も“でぶ”さんも、ただにたにた笑っているばかりだ。
さあ、今日もなにかと忙しいんだわ。


あんなやつらにいつまでも、かかりあっていられるかってんだ。
早く朝をすまして、みんなの分の支度をしておかなくっちゃ。


みいはおかみさんに軽く会釈し、きびすを返す前に行かず後家の足もとへ、ペッと唾を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ひどく寒いというのに重くかぶさる空気は、どこもねっとりとべとつき、イヤイヤをしてもどいてくれようともしない。
それは空気というよりゼリーだった。
ゼリーというより水あめだった。


その圧迫は、あらゆる毒を呑み込んでパンパンに張りつめた大気の、いまわの際のあがきかも?

自然がひとつ消え、ふたつ消え、みっつと消えているうちに、とうとう我慢できなくなってドッカーンと将棋倒しをやらかす前触れなのかも?

 

 


何も考えずに歩いていると、からだがリズムを取り戻し、いつも間にか、みいの呼吸も整ってくる。象の公園で雪に埋もれて寝ころがっているふたり組の足元を通り抜けて、土手を降りて川原に出た。川原といっても、もともと雨水の通り道、通ったことのあるひとしか通れるとは思わないからウオーキングのひとはだれも知らない。


傾斜は急だけれども、いくらけわしくても、みいは、苦にならなかった。

雪に埋もれたぬかるみに、足跡があった。そこなら、決して足をとられることはない。
みいは、その足跡をたどっていく。


足跡には、ひとつも無駄というものがない。足跡の通りにたどっていけばいいのである。足跡が沢を登れば登り、横切れば横切り、きわどい崖っぷちを踏んでいれば踏みしめ、よどみにぶっつかって立ち往生すれば雪に埋もれたロープを見つけだして、それを頼って進めばいいのである。
雪に埋もれた小枝を踏むと、ばりっと小気味いい音をたてる。


崖襞に小屋掛けしたちいさなねぐらが埋もれていた。
携帯ラジオが何かを騒々しくいいたてていて、チャリが立てかけてあった。
みいはいつものように声をかけた。


「あったかくしているの?」
「いいや、みいさんが来てくれるのをずーっと待っていたんだ」
返事が返ってきた。
声に濁りがないのを確かめると、みいはほっとした。
「ここに置いておくよ」
みいは乾燥そばとパンの耳の入った袋をねぐらの柱にくくりつけた。 


酋長さんは、足音に聞き耳を立てていて、用があれば顔を出すけれど、ほとんど顔を出すことはない。豊水橋に用があればみいは、必ずここへ寄って声をかける。そのことを酋長さんはよく知っているし、みいも、他愛ないことを話して時間をつぶすより、声のぐあいを確かめて、彼が、達者なことを知るだけでじゅうぶんだった。


酋長さんは、幾つになったんだろう?足が思うように動かなくなってなにかと難儀していたが、色艶もいいし、臭うけれども、……臭うのは、スーパーの鮮魚売り場から魚の贓物や骨を貰ってきて塩漬けにして食べているからだが……小屋のそばに来ると決まって、腐った贓物のにおいがする。小屋にも、寝袋にも、着ているものにも、チャリにも、贓物のにおいがしみついていて、最初のころは、その鼻の曲がりそうなにおいに閉口させられたけれども、今ではたいして気にもならない。


中橋の小さな中州に、以前は十人をこえる人たちが住みついていた。十も二十も小屋がけして、畑も作り、バッテリーで冷暖房を動かす五十過ぎの電気屋さんもいた。二十年ほど前からいて、何度も放火されて丸焼けになったけれど、その都度作り直してシマをつくった。


それが、近くの住宅街で、ひとり暮らしの婆さんが殺されてからというもの、自警団の人たちがたびたびパトロールをするようになったのでみいたちも逃げ出し、何人かは居宅保護に逃げ込み、今では酋長さんがひとりで頑張っていた。


お炊事は地べたでするし、用は穴を掘って足すし、からだは沢で洗う。


ちいさな頃、長野で木こりをしていた父さんに連れられて、山のなかで暮らしていたから野のことはなんでも知っている。父さんが死んでから施設に預けられ、十三歳になるとキャベツ農家の住み込みをして、十八歳で警察予備隊に入って富士山で訓練を受け、煙をあげないで焚き火をする方法や雪のなかで眠る方法も、野鳥やうさぎを捕る方法、鹿や蛇のこと、ぼろ切れをくすぶらして蚊取り線香にする方法などなんでも知っていた。


酋長さんは密林に放りこまれても生きていける。砂漠に放りだされても生きて行く。それに、彼は、足を伸ばして眠るだけの、ちいさなすき間さえあれば、それで不足のないひとだった。手作りのおつけものや、おにぎりを持って行ってあげると、決まってお返しに、放射能に汚れたタケノコやクルミなどを持って来るんだもの。


「みいさん、ちょっと待って」


そういって、のそのそはい出てきた。


「どうしたの?」
みいはどきんとした。
あまりに彼はやつれ果てていた。


「年をとりすぎているのさ。わしがカンコロ拾いにいくと、若いやつらがふざけて、総理大臣に福島のトマト投げつけたのは爺さんかい、って聞くんだよ……。去年はまだカンコロで日に八百円はかせいだな。靴底をガムテープで貼りつけて、大事にしながら踏み潰したけど、その靴が潰れちまってからは、商売あがったりなんだ。はだしじゃ、どんなにがんばっても、ちっともはかがいかねえ」


彼は、紫色になったしわくちゃの足先をじっと見つめた。


「それもそうさ、なんの役にも立たないんだから。あの連中がいうのはもっともなんだ、わしだってやつらと同じようにいうだろうな……。だからね、死んじまわないのが不幸ってことよ。そうさ、わしが悪いんだ。もう、働けなくなったら、ひっそり、くたばらなきゃならないんだね」


「ばかなこといわないで。その袋のなかにカーがせしめたぼろ靴が入っているからね」


「昨日、ヤオコーから戻ってきたら、警告書が小屋に貼りつけられていたんだ。中州を不法占拠して何度も注意したけど聞き入れないので法的手続きをとるというんだ。わしは出ていくよ。どこにもあてはないけど、さっさと出ていって、死期を悟った猫だってそうだろう。わしもどこかだれもわからないところに姿を隠して、ひとりでひっそりくたばってゆくよ。それでみいさんにさよならをいいたかったんだ」


「そんな紙切れ、破っちまいな」


みいにはもう何もかもわかっていた。
強制代執行なんて酋長さんだって何度もやりあってきたのに、それをそんなに弱気になるなんて。
魚の贓物には放射能が集まるからやめなとしつこくいってもヤオコーから貰ってくるんだもの。
いよいよだな。
あと一月持つか、ふた月持つか。三月持てば御の字だ。


誰だって同じ末路だ。


日雇いからカン稼ぎ、カン稼ぎからたかり屋へたかり屋から物もらい、物もらいから残飯あさりと目盛りを落としていくたびに、ぼろはテラテラ、顔はキャベツ、髪は団子、かかとはひび割れて、鼻の曲がりそうなにおいをばらまきながら、よたよた、よたよたとふらつき歩く。やがて動けなくなるとひとつところにうずくまり腐ってゆく。シラミもノミも逃げだし、あたりを吹きすさぶ放射能プルーンですら寄りつかない。


腐り果てくずれ果て、花に埋もれるように、汚物に埋もれて死んでいく。


みいも、平べったい胸の頃から糸取り女をして、そこを逃げ出すと頬被りをして、ダムでも、橋でも、トンネルでも、高速道路でも、空港でも・・・現場という現場で、どんな穴にもかじりついて、つるを振るってきたが、それも40の終わりまでで、あとは、ねぐらに鳴子をつけ、テントのまわりに落とし穴をつくり、ガラスをまき、夜は牛刀を枕にして眠り、カンコロを集め、ありったけの知恵をしぼって凌いできたけど、あとどれくらい持つか。


ねぐらを追われるんだから何もかもどうでもいいってこと、明日のことも、食べることも。今日なんとかなれば、明日だってなんとかなるってこと。ことんと寿命が切れてくれれば、そりゃ儲けもんだわ。


豊水橋のシマももうじき取りつぶされるのだともっぱらの噂だ。ひとり消え、ふたり消え、みんな消えると、生き延びていた野暮らし達の胸の中から希望の火が消えて、豊水橋の解体とともに完璧に消えてしまうのである。

 

いったい、どうなったんだろう?


わかるものにはわかっていた。


もう、どこにも逃げ場がないということが・・・。
誰もが、嘘みたいなくたばり方をするよりないということが・・・。

 

 

 

 

 

 

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噂を聞きつけたゼロゼロスポットのやつらが、豊水橋や中橋、飯能はもちろん、狭山市の広瀬橋も、遠く川越の本富士見橋や朝霞の黒目川からも、なんと荒川、利根川の野暮らしを引きつれて、アカシアの木のまわりにわんさかひしめいてやいのやいのの大騒ぎだ。

 

30人がたいるぞ。
こんなにいるならヤオコーになだれ込んでレジを全部かっぱらいてえぇなあ。


あらまあ!
みいは、わがことのように眼をまん丸くした。
みんなよっぽどどうかしているわ。
“野良猫”さんも、“ボス”も、“ごじらさん”も、なんと、すっかりご無沙汰していた“酋長”さんもいるじゃないの。
これじゃ、まるで、入間川コロコロ地帯のありったけだわ。


それにしても、お初にお目にかかるやつがずいぶんといるね、あいつどうした?飯能河原の“ばか”?やっぱりくたばっちまったんか?
どうしてどうして、東北“復興支援”の寺まわりとしゃれ込んでいるぜ。


酔いどれはぱくられてんのだろう?
そういゃあ、このところさっぱりご無沙汰だね。
ベルクでだれかを刺したというぜ。

ベルクでやったのは、あいつじゃねーよ、織田とか山田とかいうナマポの爺さんだよ、ちょうど出刃を持ってきたところに鉢合わせしたからな。「ばかにすんな、ばかにするとこうゆうふうになるぞ」と、店長さんをめった刺しさ。
じゃ、もう帰って来れねえな。
90を越えてるしな、天寿まっとうさ、それにムショでご臨終ならかまってもらえるだけしあわせさ。


あいつら、しかし、へんてこりんなシマを見つけたもんさ。

西武小学校もあけぼの保育園も学童保育もあるし、石を投げりゃ橋のたもとの交番にあたる。入間市役所の出張所にもあたる。西武公民館にもあたる。さえぎるものなんてなんにもないグランドのどてっぱらに、ちょこまかと生えたアカシアの林ときた。


まるで、敵のど真ん中、へそのあたりにねぐらを構えてるようなもんだと、ばかにしていたけど、かえってそれがええんだな。毛嫌いされているらしいがね、おれたちゃ逃げも隠れもしねーぜ、といっていうのが、大当たりさ。


“どじょう”さんも“透析野郎”も、あのはしゃぎっぷりは、まるで戦利品をぶらさげての凱旋だな!


「いらはいいらはい!拝み賃はたったの十円玉三個だよ、お代は見てのお帰りだ、お金がないならカンコロ30個でもええよ、えええい!ちくしょう!大負けだぞ、最初限りだぞ、キュウリでもなすびでも、大根1/2カットでもええわ」

 

賽銭泥棒でやりくりしている“どじょう”さんが皺という皺を真っ赤にして、まくし立てていた。

 

「ただというわけにゃいかんのさ。何しろな、泣く子も黙る福島から、わざわざ来てくれたんだからな。自家菜園がないやつはちょっとよそ様の畑を荒らして、そいつを手みやげにやってきな。福島は福島でも、しなびたちんちんもぎんぎんにおっ立つこと請け合いの、泣く子も黙る南相馬も南相馬、サロン原町で12のときからナンバーワン・ホステスを張りつづけた別嬪さんだからね。放射能を蹴散らし、検問を突破し、2匹のちびをかかえて、野を越え、山を越え、谷を滑って、みいねえさんを頼ってはるばるおいでなさったけなげなねーちゃんを、かぶりつきで、しかも、三分間もこってり拝めるんだからね。太鼓判を押してもいいぞ、一分拝めば十日は持つぞ。三分でひと月持つぞ。ひと月だぞ!おらたちに、こんないいことってあったか?」


サリーのおっ母、いくら補償をぶんどられたかといって、盗人どものシマにもぐり込むなんて、どうかしているわ。
おおかた放射能にやられてトチ狂ったんだろうね。
南相馬のはずれでげっぷが出るほど、たっぷりぱくついたらしいからな。


あばずれめ、アカシア組のシマからデビューっていうのは、しかし、大当たりだね。
ひろみのはな垂れっ子、ちびのころはぴいぴい泣いてばかりいたけど、すっかりひねくれて、手に負えないくそったれになってくれたよなあ。ほんまもんの妹かしら?


「いらはい、いらはい、お代は見てのお帰りさ」“どじょう”さんは唄でも歌っているようだった。「掃きだめの鶴なんてもんじゃないぜ。今度の玉は天から降ってきた御姫様さ。しかも、サリーという15の天使をつれてね。とっくに色気づいているからお次のおたのしみにみいさんの神棚にお飾りしているのさ」


“どじょう”野郎のこすっからさにゃかなわんね、ひょっとして賽銭泥棒の前にゃ電通でチーフ・プロデューサーでもやってたんか?


こちとらの質問にも答えてくんろ。
みんなうなずきあいながら、こもごも文句をつけ始めた。


整理券を配って、順番待ちかい?
それじゃまるで日比谷の炊きだしじゃないか。かぶりつきをとるのに3時間前から並んでなきゃならないなんて。早番、中番、遅番の三回だけでお終いなのかい?

整理券がはずれたやつらはみんなグランドで酒盛りしながら、明日まで待ちぼうけを食わされるってわけか。

そりゃ、ちょっとやりすぎだぜ。

目隠しなんか取っ払っちまえ!
そう、みんな拝み賃を払うんだから、おおっぴらに、お天道様に恥ずかしくないようにやりなや。


みいさんの妹なら、きっと大根だね。
ほんまもんなら、ちらっと見せてからにしろ。
ほらよ、ちらっと。


「ちらっとだけだぞ!ちらりだぞ、一秒だけだぞ」“どじょう”さんがフロントグラスに貼りつけていたぼろシートを引っぱがし、金切り声をあげた。「どうだ、まいったか!!」


おう!
こりゃ!


そこにおわしますはきんきらきんの上玉でござる。文句たらたらやってると、たんとふっかけるぞ。


シートにもたれこんで顎を張り出し、ぱかんと開いた口からよだれを垂らし、小鳥のように目をつぶり我を忘れてお眠りあそばされるのは、まごうかたなきサリーのお母んでござる。

ひっつめ髪を輪ゴムで留め、乱れとんだ髪の毛を額にべっとりと蛭のようにへばりつけ、土埃で縞のできたうりざね顔は真っ赤に上気し、ほっぺたもくびすじも、汗ばんでぎとぎと輝いてござる。

 

ひっつめの胸繰りからおっぱいの切れっ端がまばゆくのぞいてござる。


ぼろ車をのぞき込むホームレスの押しあいへしあいは、目玉をぎらぎらさせて、ぐびりぐびりと固唾をのんだ。

 

「おい、最初の旦那とは椿山荘で式をあげたというから、こりゃ、ええとこのお嬢様でだまし通せるぜ」
「うむ、未だかつて拝んだこともない別嬪さんがおらたちの仲間入りとは、こりゃ地球はじまってて以来のどんでん返しだぜ」

 

すげえのなんのって、見ろ、唇はたらこみたいだ。
パカーンと開いた口の中で喉ちんこがきらきらかがやいてやがる!
血が燃えてるぞ、りんごのほっぺに、いちごの目ん玉に、牛乳のお肌だ!

 

あら、おめめをぱちくりおひらきになさったぞ。
まあ、赤いおメガネをおかけだよ。


すごいなあ!
いいにおいがするぞ。


サリーのお母んは、ドアをゆっくり開け、寝ぼけまなこで出てきた。


シッ!お静かに!


彼女はまぶしそうにみんなをひとわたり眺めてから、声をあげた。


「どうしたのさ?あんたたち?おなごがそんなにめずらしいのかね。デパートにいきゃいくらでもいるよ。三井アウトレットパークまで足をのばしな、あそこならよりどりみどりの百花繚乱だよ。しっしっ!どいてちょうだいな、あたしゃおしっこに行くのよ、どいて!」


「さがれーい、さがれーい」“どじょう”さんが人だかりを押しのけた。「お代の三十円にゃさわり賃は含まれてないからな」


こりゃ、盆と正月がいっぺんに来たようなもんね。

でっかいお尻も天を向いているし、おっぱいもぴんととがっているし、金髪だなんて!ひょっとして、コロラドのデンバーから来たのかな?
声はウグイスだし、お手々はすらりとして、股ぐらは切れ上がっているよ。

でも、おつむのほうはどうや?
ぼんくらじゃなきゃ天下のホームレスがつとまるか。


あれっ!

あいつら、松田食品のやつらじゃないの!

ほんとだ、みんな雁首そろえウオーキングとしゃれ込んでいるぜ、部長様から課長様、主任様から派遣まで。木曜日だというのに。
ストライキやってるらしいぜ、毎日が旗日のようなもんさ、働かなくてもいいなんてうらやましいね。


「なあーんだ?まだ生きていたのか!」こめかみぐりぐりといっしょにやってきた元船乗りの爺さんがアカシアの林をのぞき込んで、みいに声をかけた。「カーと釜ヶ崎に引っ越したんじゃなかったのかい」
「15の娘っ子を預かっちゃったからね」
「またかい?」
「そう。でもラーメン工場はどこのベルトコンベアーも、蝿だらけだってね、蝿にたかられながらみんな、それぞれからだじゅうで憎みあってるんだつて?」

「アメリカ仕込みのせがれが専務になったからなあ。あのデブの猫なで声が、しっちゃかめっちゃかだもんね。月曜から無期限ストさ、さすがの社長様もこりゃ倒産だぞと泡を食って泣きを入れてきたけど、こちとら、共謀罪をぶっ飛ばすまでてこでも引かねえよ」

「うらやましいっ!!」みいは元船乗りの爺さんに飛びついて、そのしわしわした手を握りしめた。「あたしらあにも教えてよ」
「なにをよ?」
「ストライキさ」
「ばっかじゃないの、ホームレスがストやったらおまんまの食いあげだろ」

 

 

 

 

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このところ、枕を高くしておちおち寝てはいられなかった。

 

 

それでも、細切れの睡眠をかき集めて、日高や飯能まで遠出してなんとか3、5キロを稼いで松田産業に並んでいると腹が減ってきた。カーがいる頃は毎日のように30キロは稼いだもんだ。最近はごみステーションに鍵がかけられ、なかには張り番を立てて追っ払うところもあるんだもの。それでも昨日より単価が10円上がったので385円である。

 

土手にチャリをおいて、みいはまっすぐ炊事場にいった。

おきを掻きだして粗朶を乗せ、その上にまきを五六本重ねた。炎があがるのを待ってから、ごはんの鍋とみそ汁の鍋をかけた。

何十年も使った鍋はふたつともひん曲がっていて、取っ手もとれていた。

スプーンもすり切れて、ちびている。

それでもこの鍋とスプーンを愛おしく思ったからこそ生きてこられたのである。

 

中橋を追われてここに来た頃は、このあたりは石ころだらけの荒れ地で、草の葉ひとつ生えていなかった。

それに、近くの排水孔からいやな臭いがして、だれも寄りつかなかった。

ところが、一年過ぎ、二年過ぎ、三年も住みついているうちに、草が生え、木が茂り、いつの間にか、こんもりとした林ができ、ねぐらもかまども、ドラムカン風呂も茂みのなかにすっかり埋もれてしまった。

 

あの頃は、家鴨もウサギもいた。

にわとりも、元気いっぱいの犬もかわいいニャンコも亀さんもいた。

今は誰もいない。

何十年も連れ添ったカーは、徳島くんだりまで追っ払われていた。

 

湯がしゅんしゅん沸いた。

みいは、ふくれあがっただしジャコを丁寧に取りだしてから、かつお節を一握り奮発した。

これくらいの贅沢は許されるわ。

かつお節がわっとふきあがった。

そいつを手元のお皿に取り出し、味噌をスプーンで半分入れた。

あとは刻んだ大根っ葉を入れるとできあがりだ。

ごはんがいい香りの湯気を吹きだし、ことこと鳴っていた。

 

その香りにみいはうっとりした。

 

みいはお粥をスプーンですくって、ふうふうと息を吹きつけてから、ゆっくり口に含んだ。

まあ、何っていいお味だこと。みいは火に灰をかぶせ、口のなかに湧きあがってくる唾液をごくりと飲みこんだ。

 

えいっと、鍋ごととって口につけ、熱いのもかまわず、お粥を何度となく噛んで最後にごくりと飲みこむと、えもいえない香りがからだじゅうにしみわたって行った。

 

今度は、みそ汁をスプーンですくい、そっと頬ばった。みいは、ひん飲むなんてことはしない。みいは何だって噛む。水だって、牛乳だって、スープだって、噛む。何でも噛めるようになったのは、歯痛で七転八倒しているみいを見かねて、ベレー帽のお母んが福祉の診療相談に引っ張って行ってくれたからだ。

 

ほんとうに、噛めるということはすばらしい。ご飯もおいしいし、弱ってぐずぐずしていたからだも目に見えてじょうぶになった。

 

みいは、噛みしめ、噛みしめ、すべてを平らげてしまうと、鍋を犬みたいにすっかり舐めて、最後にスプーンをぺろりとやりってザックにしまい込んだ。

するとなんだか、いつものように、とても満ち足りた気持ちになった。

 

 

 

いつも死につけ狙われていた。

どんなに用心しても、社会のクズを懲らしめてやれと、息巻くごろつきたちはあとを絶たなかったし、そいつらの尻馬に乗って、世のため人のためにと、鉄パイプを振りかざして襲いかかってくる娘っ子もいる。

がきどもが相手なら、川のなかに逃げ込んだり、包丁を振りまわしたり、大声をあげて助けを呼ぶともできる。

 

こわいのは、身なりのいいそこいらの人たちだ。

町の美観をそこねるばかりか、不審者がうろうろしていると子どもが心配だし、それにおちおち散歩もできない、何とかして叩き出そう!――ってわけで、こっそりねぐらに火をつける。ぬか漬けにラウンドアップを流し込んでゆく。

 

カーがパクられてからというもの、崖上のラブホテルのおかみや美容院“れん”の髪結いの亭主には、さんざんな目にあった。

煙があがったの、うるさいだの、盗んだチャリを持っているのと、ありもしないことで何度も110して、その都度狭山警察の“どもり”とやりあわなきゃならない。

 

今では、町内会とPTAがタッグを組んで、野田地区出身の市長に頼み込んで、ホームレス追い出しのための条例をつくろうとしているらしかった。

 

そいつらにかかったら、ひとたまりもありゃしない。

臭いといっては棒でたたかれ、なまけものといっては石を投げられ、乞食といっては火を放たれる。

 

 

パーキンソン病がテントで寝ているところを襲われてずたずたにされている一部始終を、廃車のなかから“ネズミさん”が見ていた。

“なまずさん”は入院していてたまたまいなかったから、がきどもは無事ですんだが、いればただですんでいるわけがない。

それでも、そのなまずさんネズミさんも、たまたまいっしょにいたメガネのねーちゃんも殺されてしまった。

 

油を撒いてテントに火をつけるのがお姫様、飛び出してきたホームレスの脛をクラッチでたたき割るのが足萎えのにーちゃんで、ひっくり返ったところをバットやチェーンでぐしゃぐしゃにするにーちゃんがふたりもいるらしい。

 

まったくひどいことをするね!

どうしてそんなことするのよ!その糞がきどもは!

ひとり頭1万円のご褒美をお目当てに八王子か、どこかから通っているらしい。

 

以来、あるものは歩き屋に、あるものは施設入りに、多くは隅っこに姿をくらましてしまった。誰が数えたのか知らないが一時は千人を越えていたのに、今では十本の指で数えても何本か残るほどしかいなかった。

ホームレスだとわかると、こっそり殺されてしまうのである。

 

ホームレスだって、殺しはやる。

絞めるか、殴り殺しておいて、中州まで引きずっていってノビルの群生地に埋めちまうのだ。そうしておけば、地形がすっかり変わり果てるほどの濁流が来たとき、矢のように走る丸太やタイア、ドラムカン、廃車といっしょに巻き込まれ、あばらも指の骨も頭も残らないくらい粉々に砕けて、きれいさっぱり海の藻屑だ。

 

しかし、まちがっても殺しなんてやるもんじゃない。一度やってみればわかることだが、気色が悪いし、あとあと尾を引く。知りあいなら、一生うなされる。

 

それでも殺るやつがいる。

ホームレス殺しの大御所はおかみだが、そいつのご機嫌取りを買って出るちょうちん持ちは、ひとりまた五人と せむしと呼ばれるおとんにこっそりほかされていた。

 

いや、“せむし”が誰なのか、誰も知らなかった。

酒盛りやなにかのどんちゃん騒ぎの席では、ロシア人だとか、京都から来る尼さんだとか、狭山署の“どもり”だとか、さんざん噂しあったものだが、“せむし”は誰でもない誰かだからこそ“せむし”なのである。

 

 

炊事場でうとうとしながら、いつもみいは待っていた。

 

カーを拝むまで何としても持ちこたえなきゃね。ムショじゃ入れ歯を取り上げられてんだからたまったもんじゃないね。総入れ歯でパクられるだなんて。それも豊水橋がぶっ潰されて二年もしていきなり、公務執行妨害だなんて、ありもしない罪をでっち上げられて。それにしても入れ歯を外したカーったら、見てられないもんね。ぽっぺたは落ちくぼみ、口はすり鉢みたいにすぼんで、落っこちたらあがってこられそうもなかった。

 

四つのとき、秩父の山道で荷馬車に飛び乗ったり飛び降りたりして、ちょっかいをかけるいたずら坊主のカーと知り合ってから、ここまで、いろいろあったけどずっといっしょに苦楽をともにしてきたことが、何だか夢みたいだ。

 

カーが出てくるまであと二ヶ月、指折り数えて五十八日だった。

 

昔は、カマドを借りにやってくる人で賑わったものだが、今はメガネのねーちゃんも“なまずさん”も、エドガーというメキシカンも、夜歩きマスクさんもいなかった。

 

とても静かだった。

 

陽のぬくもりにけだるげにくつろいでいる猫の姿を見ていると、みいのこころはあたためられた。

チラチラ見える木々の葉の美しさや、小鳥らの鳴き声に何故とはなくこころをなぐさめられる。

空気はこんな匂いがするものか、と、ひどく驚かされる。


――そういうことが、何ともいいようもなくしあわせなのである。

 

 

みいは、ふと、耳をそばだてた。

ひとりだ。

ひとりならやられることはない。

人殺しはいやだったが、殴り殺されるのはもっといやだった。

「みいさん、逃げて」

「どうしたのさ、キャベツみたいに真っ青じゃない!」

「早くっ!」

さては、こいつらか!

「ばかったれが!」

みいは、カッとして頬げたをはり倒した。

 

サリーが小学4年の頃、中学にあがる前に死んだ弟の青ちゃんと、放射能から逃げてきたママに頼まれて、半年ほどここでいっしょに暮らしたことがあった。中学になっても金が必要になるとよくおねだりに来たもんだが、卒業してからはとんとご無沙汰だった。

それが、八王子かどっかのいいかっこしいに引っ張られて、火付け役をやっているなんて!

ちびの面倒をよくみるいい子だったのに、四人も殺すなんて!

ほんとうにしょうもないあばずれになったものだ!性根を入れ替えてやるからな!性根を入れ替えてやっからな!糞が!

 

みいは我を忘れていた。

 

「それくらいにしてやりな」

その声を耳にして、みいはへたり込んだ。

「どうしたの?カー!」

「こういうこともあるかと思って、模範囚をやってたのさ。ほら、見ろ。ふた月も早くオッポリ出されたぜ」

「みいおばさん、お願いがあるの!」

そら来た。

お金のことではいくらだまされたか知れない。

「そうじゃないの、あたし、ここにいていい?」

「またなの?」

「うん」

「カーに聞いてみな」

「おじさん、ここにずっといていい?」

「いたきゃいな」カーがみいの思っているとおりにつぶやいた。「いやになったら逃げ出しゃいいさ」

 

 

 

 

 

 

 

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満艦飾はシマ(入間川河川敷)でも見かけたことがあった。
ぶよぶよの山みたいなからだを苦しそうに揺すぶりながら、いつも、大きな荷物を右にも左にも、前にもうしろにも前後左右にぶら下げ、黄色のヘルメットをかぶり、リュックサックに傘を五、六本張りだして、まるで瀕死の弁慶みたいによたよたしていた。

滝みたいに汗を流して歩く満艦飾が行き倒れたのは仕方ないが、ピンクのねーちゃんが見えないのはもったいないような気がした。


「あのねーちゃん、どうしたんや」
聞きやすそうな人ならだれかれかまわず、それとなく尋ねてみた。
「わしも去年の暮れ頃から気になっとったんや。行き倒れるようなねーちゃん違うし、とっ捕まったんかなあ?」
誰もが首をかしげて同じようなことをいった。


「やっぱりここか」おにぎり頭の爺さんがビラを配り配りひょろりとやってきた。つっかけたスリッパから黒ずんだ爪が張りだしている。「おっちゃん、カンコロ終わっとんやったら来いや」
「おっちゃん違うで。じじいや。七十四の」
「六十五のわしよか、よっぽど元気いいで。頼むから助っ人やってや」
「何処や?」
四国や九州や東京のいいかたをチャンポンにして大阪弁でいうのは楽しかった。にせ札がばれそうでどきどきする感じだ。
「文句いいに行くんや。こないだ市役所に行ったろう、今日は大阪府や。一階の噴水から8時に出発や」
「起きといたら行くわ」
昨夜は一睡もしていなかったので、とろとろとろけ込みそうだった。
「寝入ったらあかんで」
「無理いうな」
とろとろが来た。

一眠りして目を覚ますとちょうどいいあんばいだった。二階から降りていくと、噴水のまわりに20数名が手持ちぶさたにたむろしていた。特需の仕事をもっとよこせ、という要請をいろんな会派の議員センセイに手渡すという話だったが、そのビラは2度読んでも3度読んでもなにがなにやらさっぱりわからなかった。よほど事情に通じたやつでなくてはぴんと来ない内容だ。

仕事をこなすように、息ばりもせず地下鉄に乗り、乗り換え、地上の陽ざしを浴びて急ぎ足で職場に向かう老若男女を尻目に20数名はのろのろと移動していく。彼らといると、この地上のかがやきも次第に色あせてくる。

府庁に来た。
ビラの束を分けて貰って、出勤してくる職員へ一枚ずつ手渡すのである。

 

普通ならとっくに倒産しているはずの府庁のやつらも、切られたり、あれこれ削られたり、ののしられたりで内心おだやかではないらしく、万札でも手渡してでもいるような、あっという間のビラ抜けぐあいだ。

早々と手持ちぶさたになったので大阪城公園のちんちん電車のあたりに腰をおろして、活動家のにーちゃんたちがこさえたサンドイッチをぱくついて、一服をやっていると、ちょっとそこまで買い物に行ってくるという風に、すり切れトンボのサンダルを引っかけたおにぎり頭の背高のっぽがやってきて、しゃがみ込んだ。

「おれたちを代表して、庁内に入ってくれんか」
「なんや、それ?」
「庁内に入れるのは5人までや。セクトの代表たちが3人とそれにおれたちのなかから2人や。一人はおれや。あと一人を誰にしたらええか、相談してたら、あんまり見たことないけど、あいついけてるでえと、あんたに白羽の矢が当たったんや」
「痛てて」
「あんじょう頼むわ」

彼は屋台の通りで、太っ腹になった酔っぱらい相手に「50円下さい」をやっていた。花の屋台が全部追っ払われると、しばらく100円弁当にありついて、糊口を凌いでいたらしいが、やっぱりあかん。やがてドヤをおん出され、活動家ホームレスとして、今は炊き出しから炊き出しを渡り歩いていた。

「ピンクのねーちゃん、どうなったんや?」
「あのねーちゃん、狂ったわ。狂って狂い死にならええんや。ドンキホーテみたいな、安物ぎっしり詰めこんだ百円ショップに火いつけて、人を殺してしもうたんや。右と左の二店舗を火だるまにして、3人の売り子が焼け死んだんや。おっちゃん、あのねーちゃんの親戚か。探しに来たんか?」
「違うんや」
「何や」
「前(2年前)に来たとき、顔を拝んだたけや。いなくなったんで気になっていたんや」

ふーん、やっぱりいかしたー ねーちゃんや。

とがった頬におしろいを塗り、ピンクの紅をつけて、山盛りいっぱい荷物をくくりつけたカタカタを引いて、彼女は人待ち顔でセンターにやってきた。トランシーバーみたいな携帯も、チョゴリも傘もポシェットもハンカチも荷袋もメガネも履いている三日月のようなとがった靴も、おそらく下履きも・・・・何から何までピンクだった。センターには肩が触れあうほどあぶれがたむろしていて、酒盛りをしたり無駄口をたたき合っていたが、彼女にちょっかいをかけるものはひとりもいなかった。声をかけるとどうなるか、みんな知っていたからである。


彼女は「おはようさん」と声をかけただけで火を噴いた。おとんでもおなごでもボランティアでも野良犬でも、だれかれ見境なかった。

「火ぃつけたろう考えても、今日日、ごちゃごちゃした安売りチェーン店くらいしかあらへん。西成署なんて要塞や、火ぃつけようにも、つけれへんがな。弾道ミサイルぶちこまなあ、穴あかんわ。ごつい鉄格子のバリケード張りめぐらせて、誰も入れんようになっとるし・・・・それでもやばいで」
スリッパからはみ出した足の爪が10本が10本ともいびつにひん曲がって、真っ黒に汚れていた。

「おっちゃん、東京から来たんか」
「埼玉の入間や」
「チャリで来たんか」
「そうや」
「また戻るんか」
「ヤボ用がおいでおいでをしとって、どうしようもないんや」
「戻るとこあってええなあ。戻ってもまた来なはれ。夏祭りの頃や。街が火だるまになるで」
「ここは稼げるわ。単価が向こうの倍やで。猪八戒を看取ったらかーちゃんといっしょに来て、住みてえわ」

 

入院加療費5万円の甲斐あって、ダンプにぺしゃんこにされたというのに九死に一生を得たこの、まれに見るブス猫は、よほど持てないと見えていつも足元にまつわりついて、食い物にありつくまでけたたましく鳴き続ける。いくらやっても切りがない。要するに、追いかけても追いかけても袖にされる我が身のブスさ加減に打ちのめされて、大食らい病にかかったものらしい。

それがとうとう食わなくなった。

猪八戒はあんたが拾ってきた野良ちゃんでしよう。いまわの際を看取ってよと、かーちゃんから矢のような督促だ。かわいそうに、めす猫探して入間川の両岸を上から下まで駆けまわり、千回も恋をしたのに一度も報われないまま死ぬのよ。あんた、釜のキロ単価(キロ80円、入間は30円)がええゆうて、飲んだくれてる場合じゃないのよ。死に目にもあってやらんでどうするねん。そんなに釜がええなら、もう帰って来なさんな。


小三の身で、自分の足音とわかっていても、暗がりから暗がりへとついてくるぺたぺたはこわかった。ぺたぺたに追いかけられて、汗びっしょりになって新聞を配りつづけたもんだ。海べりの部落を終えると、埠頭の端にある漁協の詰め所まで最後の二枚を入れに行く。入れて、また部落の細道を歩いていると、ハケをかけたような、ブルーが空ににじんでくる。追いかけてくるぺたぺたのあたりで、ミャーミャーと仔猫が鳴いた。拾いあげて、胸に入れると、あたたかくって、こそばゆかった。

それ以来、ずっと猫とのつきあいが始まった。糞尿の世話やきに明け暮れた後ろ足のない猫、海に投げ込まれているところをキャッチして、7年も8年も生き延びたというのに顔を見ると隅っこにとことこ逃げこむ猫、ねぐらはがしを喰らって仮設にぶち込まれたのにもう翌朝には元のねぐらに戻って金網のなかからうなっていた雄猫・・・・・あまたいた猫のなかでも野歩きばっかりしていた猪八戒はやっぱり被曝に殺られちまったんだろう。


「おっちゃん、福祉貰いに行くのか?」
「今日はやめや。この三日くらいろくに寝とらんきに、ワンカップやって寝たいわ」
金曜日に特掃の登録がだめだったので、月曜まで待って生活保護の申請をやろうと考えていたのは考えていた。それが土、日とカンコロ稼ぎに走りまわっているうちに、そんなことどうでもよくなっていた。

「そんなら来いや」
「あいつら面白うないわ」
「面白うないからええんや。やっとることも、いっとることもNPOや、ボートみたいに面白ろいわけないで。あいつら足元を見たり、政治を見たり、世界を見たりして、面白くもおかしくもないこと考えて、ビラを撒いたり、押しかけたり、相談に乗るのがあいつらなりに面白いんや。涙がちびるほど真面目なんや」
「そんなんやめて、ホームレス張ってるほうがずっとましや」
「おっちゃん、さっきから携帯鳴っとるで」
「わかっとるって」
耳に当てると、火が噴いた。
猪八戒の死に目にあわなきゃ、離縁しかねない剣幕だ。
「ほな、仕方なか、今夜出るわ。タイアがすり切れとるけに飛ばせんのや、だましだまし帰るで」

 

 

 

 

 

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