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西尾久・小台通りで。

Theme: 語り 2012年01月29日


十数年ぶりか?
気になっていた西尾久に行くにはそれだけの歳月が必要だった。


40歳から55歳まで十五年間、歩合セールスとしてヤバい橋を渡った。
道々、相沢さんとモアのママと果物屋さん、それに、よく行ったスナックのママさんにも会った。
年は食ってもみんなまだ生きていた。
声をかけることはやはりはばかられた。

それでも、モツの三河屋や齋藤生花、喫茶店・モア、黄色いトマト、鈴文堂、お好み焼き屋や喜楽、片庭ビル、高木さん、高山さん、芥川ビル、山崎さん、それから、洋品屋の島崎さん、豆腐屋の綱川さん、文房具屋の鈴木さん、金太郎飴、お茶屋の谷澤さん、かまぼこの豊嶋さん、畳屋さん、帰化したりーさん……などを見ながら歩いていると、何ともいえない気持ちになっていく。
あの頃年寄りだったひとたちはもうこの世にいないだろう。

乞食同然のいでたちでやって来て、小台通りで、来る日も来る日も飛び込み、何とか仕事につなげようと駆けまわり、やがて一世を風靡し、そして、身ぐるみ剥がれて乞食同然の日々をおくるようになった。
国中に支店網を誇った会社(日本電建株式会社)も消滅した。



ルンペン放浪記-高山さん (靴屋の高山さんはシベリア帰りだったな)
ルンペン放浪記-島崎さん (仕立屋の島崎さん。よそで3階建てで契約してたのをひっくりかえしたな。それで、西尾久のこのあたりに拠点が出来たもんだ)

ルンペン放浪記-片庭さん (ふぐうどんすきの喜楽もひっくりかえしたな。片庭さんと四階建てのちっこいビルも……)

ルンペン放浪記-綱川さん (豆腐屋の綱川さん。いい爺様だった。)

ルンペン放浪記-喜楽 (喜楽の左のでっかいやつは、銭湯だったがひっくりかえして10億で契約した。)


滅びゆくホームレスの目で、自分がたずさわったビルをひとつずつ見ていると、色んなことが浮かんでくる。
裏切りもしたし、裏切られもした。
みっともない真似もした。
ぺしゃんこに打ちのめされもした。
得意満面にもなった。
ばかばかりやらかした。
金に埋もれていたが、節約の高圧に押しつぶされていた。
地まわりとやりあったし、裁判も抱え、いちゃもんをつけに来る高名な政治家秘書ともやりあった。
そうやって、僥倖から僥倖を綱渡りしながら3人の子を育て、ふたつの家を持ったが、やがて何から何までどうにもならなくなった。

しかし、そうより、生きる道はなかったのか……?


みな殺しのバラードに背を向けて――僻地デモin飯能――

Theme: 語り 2012年01月08日


泣きたくなるような美しい旋律が巷間を席巻し、そいつは疲弊した肉体のすみずみに、麻薬のように染みわたり、いっとき、いい気持ちにさせるのだ。

どうして、やめられよう?


道行く人は非常に少ない。

ぼくたちは、反原発を掲げ、とぼとぼ歩く。


店から出て来てうなずく人もいるが、ふんと露骨に鼻であしらう人の他は、ガラス玉の冷たさ、鋼鉄の無関心、コンクリートのこころ――梃子でも動かぬエゴのかたまりだ。子や親のこと、病気や金のこと、肉欲やグルメのことに気を紛らしながら、まるで立ち止まると奈落へ落ちるかのように、そそくさと、先を急ぐ。


滅ぶ?

それがどうした?

とっくに滅んでいるんじゃない!

何さ?

さんざん声をからしてきた結果がこのざまさ!

勝手にしやがれ!


――それでも、どこか、何かしらがちがうのだ。少し不幸で、少し幸福で、さして芳しくはないが、それより仕方なかった暮らしも、あってはならない3・11によって丸裸にされたのだ。塩でもこすりつけられたようにひりひりする。

まだたいしたことはない、まだだいじょうぶ、もう少しはだいじょうぶ……と、ひとりごちているうちにどうにもならなくなってしまうのだ。


黙っていることは殺戮に加担していることです、原発が無くとも電気は足りています、原発が稼働しているだけで、毎日のように被爆者が輩出しているのです……と訴えながら、ぼくたちは歩いていく。みな殺しのバラードによってつくりあげられた都市を――公園や歩道、ビルの並ぶ駅前や商店街を、人気ない路地裏を、とぼとぼと。



ルンペン放浪記-in飯能
(埼玉県飯能市で二回目の無届けデモを東飯能駅へ向かう22人。2012年1月7日の午後。)


喉はすり切れ、もうからからだ。

思いをこめたスローガンも汚れてしまった。

みな殺しのバラードに力づけられ、人たちは、見捨てた。山や海を、被害者を、子孫を、ホームレスを、障害者を、村や町を、……見捨てたわけではないとひとりごちながら、しっかり口を閉ざした。

やがて、ぼくたちも見捨てられるだろう。


ざまあみろ。

さっさと、くたばっちまえ!

遅かれ早かれ、みんな、どうせ滅ぶのだ!


それでも、ぼくたちは歩く。

みな殺しのバラードに背を向けて、とことこと。

いや、たとえ、手をさしのべる力はなかったにしても、黙って見捨てることは出来なかったのだと思いながらとことこと。――そいつは、ちょっとした何かだ。






あけましておめでとうございます。

Theme: 語り 2012年01月06日

だれかがいっていたが――サガンだったか、作品の善し悪しは自分自身が一番よくわかっているというやつは、けだし、ほんとうだ。
書き上げて、用心のため丸二日間放りっぱなしにしていたやつに手を入れながら、今しがたすべて終えた。最低でも三日はかかると予測していたが、いい兆候だ。面白いし、しびれるし、嘘がない。来週には持ち込めそうだ。あとは、こっちの事情ではなくあちらさんの事情だ。

去年、高江に行こうとしてチャリンコの調整をしているとき、3・11に揺すぶられた。以来、多くのひとたちと知りあった。残された時間が少ないので、何年か前から年賀状も書かないし、人付き合いも悪い。今年は、しかし、何としても高江や釜ヶ崎(神戸)、福島や郡山、南相馬、三里塚、祝島へ行き、不義理つづきの集会やデモに出て、しんがりからとことこ歩きたい。やりたいことをやり、書きたいことだけを書き、こころ静かにこの世からおいとましたいと思う。


何十年も前から想い描いていた夢――セリーヌを偲んでエッフェル塔の下をしょぼくれて歩きたいという夢は、けっきょく、かなえられそうもないが、とにもかくにも、あけましておめでとう。今年も、どうか、よろしく、お願いいたします。

















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