教育の不易と流行
テーマ:学んだ事去る2月13日、立花福祉会館で堂松北県民交流広場推進委員会主催の講演会が行われました。
講師は水堂小学校の校長、高田六造氏。
先生には、息子が高校時代にお世話になりました。
そのご縁もありますが、文教委員会委員の私にとって『教育の・・』とつく講演は要チェックです。
しかも、『不易と流行』との演題に、興味はいやが上にも高まります。
今は先行き不透明な時代であり、この先日本はどうなるのだろう、と誰しも不安を持っている。
新聞に載っている川柳にも
『新型は 女房車で 俺インフル』
『仕分け人 口調が妻と そっくりだ』
『仕分け人 妻と比べりゃ まだましだ』
『1、2、3 我が家のビール 変遷史』
など、働く人のやるせない思いが現れている
こうした一見危機的な状況であるが、『チャンスはピンチの顔をしてやってくる』という言葉もある。
こうした時代には、これまでのやり方を変える事が必要である。
しかし,例えば地域のコミュニティなど変えてはいけないものもある。
そういう意味で教育現場における『不易と流行』についてお話をしてみたい
1.全員障碍者予備軍
特別支援学校に通う生徒は全生徒の1.8%だが、普通学級の生徒のうち、6.3%は程度の差はあれ特別な支援を必要とする子ども達(発達障害など)。
また、年老いてきたり不慮の事故、病気などで障碍者になる蓋然性は誰しもが持っている。
東大の福島教授によれば、自立とは、
『自分の財布と相談して、今晩のおかずを何にするか自分で決め、恋ができること。つまり人の手助けを得ながら自分の生活を自分で決めること』
これまでは、特殊学級、特殊教育と言われてきたが、障碍教育は教育現場で避けて通れないにもかかわらず、その施策の遅れが問題である。
2.ならぬことは、ならぬのです
鎖国を解いた明治時代、欧米先進国からの植民地支配を裂けるために国民が一丸となって文明開化に取り組んだが、その根底にあったのは世界一の識字率と武士道精神であった。
『なんであかんのですか?』という問いに言い含める、説得することも大事だが、『あかんからあかんねん』という武士道教育が今こそ必要である。
3.小学校に英語教育は必要か
グローバル社会、経済の中で経済力を維持し、発展させるために英語教育が必要だ、という論はわかるが、小学校から取り組む必要が果たしてあるのか。
外国語を話すことができる、というのはコミュニケーションのツールとしては有用であるが、上手にコミュニケーションが出来たところで自国の歴史・文化といったアイデンティティについての知識、教養が無くて何を話すのか?
技術ではなく,話す内容が大切である。
現在の国語の教科書はたったの92ページしかない。昭和31年には週12時間国語を教えていたが、現在は週5時間に過ぎない。
学力向上、という大義名分によって、英語、コンピューター、金銭、環境、そろばん、など次々と現場と子どもに教える内容が押しつけられているが、表現力、思考力の根底になる読書と国語にもっと力を注ぐべきである。
水堂小学校は現在市内でもトップクラスの学力を維持しているが、これは5年間継続している毎朝10分間の読書タイムによるところが大きい。
4.子ども中心主義でいいのか
小学校時代は『自由』『個性』より『公』に尽くす(人のために尽くす)教育こそが必要である。
『場を清め、時を守り、礼を正す』(森 信三先生の言葉)教育の徹底が今こそ必要。
5.教育(エデュケーション)とは
エデュースとは、その人のあるものを引きだすこと。教育とはその人の良いところを引きだし、伸ばすことにある。
毎朝校門の前で登校してくる生徒に出来るだけ名前を呼んで『●●君、おはよう』と、挨拶しているが、虐待やいじめを受けていたり、発達障碍の傾向がある子、悪さをする傾向のある子には特にはハグする(抱きしめる)などコミュニケーションを取ることを心がけている
6.なぜ、今、算盤か
小泉構造改革によって特区認定された算盤授業であり、今年から全校3,4年生で実施することになった。水堂小では今年から始めている。確かに集中力の向上に寄与するが、それだけを目的として総合学習や算数の時間を50時間×2年間割くことが必要であろうか。
7.双方向の地域連携を目指して
今の学校は地域から一方的にサービスの提供をうける、求めているだけである。
連携という言葉は双方向の提供、反対給付が必要で、学校の中であぐらをかいているのではなく、校長、教員は地域に出向き、地域に対して奉仕をすることが必要である。
8.とっておきのいい話
昔の教え子が訪ねてきてくれた。中学校を卒業後、進学せずに仮枠大工を4年勤めて400万円を貯金した。
そのお金で父親のお墓を買ったのだ、という。
中学校1年生の時、父親が亡くなり生活が荒れ、授業は聞かず先生の事を無視して,配られるプリントも片っ端からその場で破いてしまう有様であったが、高田先生はその子の処に毎回足を運んで声をかけながら破られると判っていてもプリントを配り続けていた。それを覚えていて、先生を訪ねて報告に来てくれたのだ、という。
教師冥利に尽きるお話であった。
と、小、中学校、尼崎養護学校、教育相談、教育委員会と、教育現場を幅広く歴任された先生ならではの盛りだくさんの内容で、前日若い先生方と飲み過ぎた、という割にはユーモアを交えながらの長丁場でもさすがのお話でした。






