Live in the flow. ~瞑想オカンのその時ぐらし~

アフリカ×日本Mixの3人の息子を育てつつ、IT業界とライターの二足のわらじで働くシングルおかん。ヴィパッサナー瞑想をはじめてそろそろ5年。人生色々あるけれど、その時々を心楽しく生きています。


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ちょっと思うところあってしばらくブログ更新をお休みしていましたが、友人がとても良い本を出したので、今日はそのご紹介です。

 

『数字が読めると本当に儲かるんですか?』古屋悟司/田中靖浩

 

 

著者の古屋悟司さん(以下、ゲキさん)は、ゲキハナというネットショップの店長さん。
私がネットショップを運営していた頃のお友達繋がりでご縁を頂き、ご夫婦共々SNS上で細々とお付き合いさせて頂いている方で、この本には彼が実体験から得たたくさんの気づきが詰め込まれています。


サブタイトルに『数字オンチのための「儲かる会計」が肌感覚でわかる本』とあるように、ひとことでいうとこの本のテーマは、『勘』と『度胸』と『どんぶり勘定』のKDD経営から卒業して儲けの出る体質を作りましょう、ということになるのではないかと思います。

 

こう書くと、サラリーマンや物書き、クリエイター、占い師といった腕一本で仕事をしている人は「自分には無縁の話だな」と思われるかもしれませんが、そうやって切り捨ててしまうのはあまりにももったいないヒントが、この本には数多く埋め込まれていました。

 

たとえば、私は昼のサラリーマン業の傍ら、自宅のマイパソコンで原稿を書くというスタイルの物書き業をしています。固定費として自宅の光熱費や通信料などを案分して計上してはいますが、たいした額ではありません。

たまに資料として本は買うもののそれも微々たる額ですし、備品や消耗品などもたいして必要ありません。原稿はメールに添付して送るだけなので変動費という変動費もなく、しいていうなら私の時間が変動費というところですが、そもそも私の一時間がいくらなのかというのは自分で決めるしかない。

さしあたって勤務先からもらう給与を時給換算した額を私の一時間の値段と仮定し、これを変動費と見做して本のとおりに計算すると、わが社(社ではないが)の限界利益率はとんでもない値になってしまいます。

 

値上げをすれば利益は上がり、値下げをすれば仕事は増えるが辛いばかりで儲からない、というのはこういう仕事をしていれば身に染みて分かることですが、請ける仕事の絶対数が物販と比べて圧倒的に少ない関係で、あまり思い切った値上げ実験はやりにくい。というか、業界標準の価格があるので、そこを大幅に超えようとするのであれば、プラスアルファところかベータ、シータ…と様々な付加価値を自分に付けていくしかありません。

固定費を削ってスリムな経営体質に…と言われても、もともとたいして使っていないので、削ろうにも削れない。

 

…というようなことをつらつらと考えながら本を読み進めていくうちに、

「そうか、要するに物販と物書きでは使うべき公式が違うのだな」

みたいなことにハタと気が付くわけです。必要とあらば際限なく売上を上げていくことが理論上可能な物販と、一人で出来る仕事の量に限界のある物書きとでは、利益を上げていくために取るべき戦略が違って当然です。

こうやって書いてしまえば至極当たり前のことのように思えますが、この本を読む前にそういう風に意識して考えたことはなかったので、私としては目から鱗でありました。

 

じゃあ、私がこの物書き業を自分なりに成長させていくために、本当にすべきことってなんなんだろう…と、そういうところに改めて自分の意識をフォーカスすることができたという点でも、この本は私にとって、単に管理会計についての知識を得るということ以上の価値ある一冊でした。

 

ちなみに全254ページの本書の中で、一番私の心に「刺さった」のは、次の一文です。

 

「お客さんが何に困っているかを理解して、その困りごとを解決して差し上げれば、値段はあまり関係ないんです」

 

これが、物販でも製造業でも物書きでもコンサルタントでも占い師でも、ジャンルを超えてすべての「商売人」に通じる原則なのでしょうね。

 

 

「数字を読む」という言葉の本当の意味は、「計算が早くなる」とか「数学脳になる」というようなことではなく、一つひとつの「数字」の意味を知り、それらをじっくり観察することで、数字の羅列から浮かび上がる「法則」を読み取れるようになる、ということなのかもしれません。

 

そう考えると、数学が大の苦手だった私のような人間にも、数字に親しんでみようかな、という気持ちが生まれてくるから面白い。

タイトルに反して、小難しい数字の話はそれほど登場せず、小説のような感覚でスラスラと読める良書です。

 

ぜひ手に取ってみて下さい^^

 

『数字が読めると本当に儲かるんですか?』古屋悟司/田中靖浩

 

 

 

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10年前、ネットショップを閉めて開発の世界に戻るとき、「考えるカートを作りたい」と言うことを考えていました。


残念ながら自分で作ることはできなかったけど、ふと気付けば、当時ぼんやりと思い描いていたようなものは大体できてきたような気がしています。


開発標準化などもそうですが、面白いのは作り上げるまでの過程で、いざできてしまったらあとはそれがルーチンになるだけ。私はAIが好きですが、いわゆるAIブームによってそこに現れる世界にはあまり関心がないのかもしれません。



機械があらゆるデータを収束し、高度な分析技術によって「より良い未来のシナリオ」を確率論的にはじき出し、人はそのシナリオに沿って生きていく…。

人工知能が「新世界の神」になる、という予測はさほど突拍子もないものではないと、個人的には思っています。


でも、それは機械がそうなることを望むからそうなるわけではない。我々人間を陰で支配する「欲」という名の魔物によって、必然的にそういうポジションに祭り上げられる、そういうことなのではないかと想像しています。



人工知能と人の戦いは、ハリウッド映画に描かれるような野蛮なものでは多分ない。

覚せい剤という名の化学物質が自らの意思で人を堕落させるわけではないのと同じで、コンピュータにも人工知能にも、人と争って覇権を取ろうなどという気持ちは(少なくとも今の所は)ないでしょう。



金の卵を産むガチョウを殺した農夫の逸話を、私たちは愚かな事だと冷笑を持って読むけれど、この世界を高い視点から眺め下ろすと、そういう事はあらゆるところで行われている。

それは確かに愚かな事ですが、そういう矛盾こそが人間という生き物を本来の進化のスピードを超えて急速に進化させてきたのだとすると、人工知能が作り出す数学的に美しく完結した世界は人の進化のスピードを弱めるものなのかもしれません。



…朝からなにを小難しいことを言っているのだ、という声が聞こえてきそうですが(笑)



オマケ。

昨日案内してもらった、長男の学校の並木道。

秋になるとイチョウで一面金色になるそうで、またその時期に見にこられたらいいな(^_^)

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今日は長男の住む横浜市に来ています。

用事があるのは明日ですが、朝からバタバタするのも面倒ですし、久しぶりに夕飯でも一緒に食べようか…ということで、今夜から前乗りで出て来ました(^_^)

新横浜駅付近の韓国料理屋でぐつぐついう鍋をいただき、電車に乗って息子のアパートへ。

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息子の部屋に泊まればいいや、と思って宿を取らずに来たのですが、一人暮らしの男の部屋を甘くていた…

玄関マットの汚さにたまげ、キッチンシンクの汚れっぷりに驚き、トイレなどは腰を下ろすのもためらわれるような有様です。

その汚いトイレの棚に置かれた、なんとなく経済学部っぽい本。

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上にあるのは鼻毛抜きでしょうか。
こんな汚いトイレで鼻毛を抜きながら読まれるとは、FinTechの本も災難だな…。

お風呂に入り、軽く近況報告をしあったら話すこともなくなったので、お母さんもう寝るから遊びに行ってきたらと水を向けたら、じゃ。友達ンち行って来るわ、と出て行きました。


…というわけで、今、息子の部屋のベッドに寝転んでこれを書いています。


せっかく一人になったので瞑想しようかと思ったのだけれど、部屋に積もったホコリのあまりのすごさに鼻水と涙がとめどなく流れ続けているので、諦めて息子が出して行ってくれたマンガでもめくりつつ、寝落ちするのを待とうかな(^_^)

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明日の朝大学を案内してくれるそうなので、念願の諭吉さんとツーショットに挑む予定です♪




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瞑想日記を更新しました。



いろんな人がいろんな形で「こうすれば幸せになれますよ」といったアドバイスをしてくれていますが、そういう話を聞くだけですぐに幸せになるかというと、実際はなかなか難しい。

「まぁ、理屈は分かるけど、それができないから苦しいんじゃないか」

というのが、正直なところです。

そういう「分かっちゃいるけどやめられない」をなんとかするために、なにをどうすればよいのか。
そんな話を書きました。

この技術の習得にも多分何段階ものレベルがあって、私なんかはまだまだ駆け出しですが、少なくとも、口論相手に腹を立てて手にしたウィスキーの中身を相手の顔に引っ掛ける、などという暴挙に出ることはなくなりましたので、多少なりとも成長はしてるんじゃないかなと思っています(^_^)


おまけ。

綿棒くじ引きで遊ぶ、コザクラインコのすずちゃん。
これは特に仕込んだわけではなく、彼女(多分女の子)は単に綿棒が大好きなのです(笑)





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相変わらず朝から晩まであわただしい毎日を送っていますが、昨日、休暇を頂いたおかげで多少気持ちに余裕が出来まして、久しぶりにお菓子作りなどに取り組んでみました。
 
以前、「切り餅とホットケーキミックスでモチモチの旨いホットケーキができる」みたいな記事を読み、やってみたらなかなかおいしかったので、今回はそれをケーキ風にアレンジ。
 
材料は、ホットケーキミックス1袋(200gくらい?)、卵1個、牛乳200cc、バター10~20g、四角い切り餅2個。四角さはさほど重要な要素ではありませんが、鏡餅などを使う場合は量を調整してください。
 
これだけだとあまり甘くないので、甘めがよい場合は砂糖を大匙1~2杯くらい加えます。
 
お餅は1~2cm位の角切りにして、深めの耐熱皿に牛乳100ccと一緒に入れてレンジで温めます。温める時間は700℃で1分弱というところですが、油断していると牛乳が沸騰して吹きこぼれるため、細心の注意が必要です。牛乳が程よく温まり、餅が程よくとろければそれでOK。
 
牛乳と餅を温めている間にボウルに卵と残りの牛乳(100cc)を入れて溶き、そこにホットケーキミックスと、必要なら砂糖を投入して、「さっくり」混ぜます。
この「さっくり」というのはお菓子作り独特の用語ではないかと思いますが、小麦粉は捏ねすぎると触感が悪くなるので、しゃもじか木べらなどでサクサクと切るようなイメージで水分と粉をなじませていきます。
まぁ、多少混ぜすぎて触感が悪くなったとしても、海原雄山に食べさせるのでなければさほど気にする必要はありません。
 
いい感じに混ざったら、そこに先ほどの餅と牛乳を混ぜ込みます。
あまり温度が高い状態で一気に投入すると卵が固形化する恐れがあるため、様子を見つつ少しずつ入れては混ぜ、入れては混ぜしていきましょう。
餅は完全に液体にはなりませんので、多少固形のまま残っていてもヨシということにします。
 
 
これを炊飯器で炊くのですが、プレーンでは物足りないなと思う場合は、ここでチョコとかナッツなどの好きなものを混ぜましょう。今回は冷蔵庫にギリシャヨーグルト)があったので、ヘルシー路線で攻めてみました。

生地が出来上がったら炊飯ジャーの中に流し込み、普通に炊飯モードでスイッチを入れて、あとは炊きあがる(焼きあがる)まで待つだけ。最近の炊飯ジャーはご丁寧に「ケーキ」というモードがあったりするので、その場合は素直にそのモードを選んでおけばよいでしょう。
 
待つこと65分、出来上がりがこちらです。
割とちゃんとケーキ風になり、お餅のおかげで食べでもあって、一切れでも結構腹持ちします。
 
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オーブンで焼くより時間がかかりますが、焦げる心配がないのと、焼けたかな、まだかな…と何度も竹串を指す手間が省けるので、炊飯ジャーは楽ですね^^
 
なお、お餅は冷めると固くなるので、時間をおいて食べる場合は、レンジかトースターでちょっと温めるのを忘れずに…♪
 
 

 

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ヴィパッサナー瞑想日記を更新しました。

『無我』の理解
http://okan.hatenablog.com/entry/2017/01/13/085601


ヴィパッサナーに取り組み始めた頃に仏教書を色々と読んでいたのですが、無常はともかく、無我という概念がどうもよく理解出来ませんでした。

「自我は妄想である」などといわれても、現実に何かを感じている自分がそこにいるわけで、感覚的に納得できなかったのです。


地道なヴィパッサナー実践を通じてようやく納得するに至り、そのプロセスを後から眺めて思うのは、無我の理解へは一足飛びにたどり着くのではなく、2段階の工程を経る必要があったのだな、ということです。


まぁ、これはあくまでも私の場合の話であって、一足飛びにたどり着く人もいるのかもしれないし、3段階、4段階の工程に分割される人もいるのかもしれません。
福山雅治は一人しかいないが、福山雅治に対する見方は見る人の数だけ異なる、というのと同じように、真理は1つでも真理の見え方は人それぞれ違うのでしょうね。


「無我と非我のどちらが正しいのか」といった議論にはおそらくあまり意味がなく、一人ひとりがそれぞれの五感と心で「自分にとっての真理への道」を見つけていくしかない。

そういうことなんじゃないかな、と思っています。


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私は自分でも呆れるくらいに体が丈夫な女で、くも膜下に妙な嚢胞があることを除けばこれといって悪いところはありません。くも膜下の嚢胞は先天性のもので、血流を阻害するようなものではないため放置しておいても構わないとお医者から言われ、放置したまま46年たちました。

 

そんな健康な私ですが、一つだけお荷物といえばお荷物なのが、物心ついた時から頭の中でなり続けている耳鳴りです。周囲が騒がしい時には半ば忘れているのですが、あたりがシンと静かになると、途端にグイグイ責めてきます。寝る前などはまさに大音響で鳴り響きますし、瞑想中も常にBGMのように耳鳴りが流れている状態です。

なにぶん長い付き合いなのでたいして苦になるわけではないのですが、これが消えたらさぞ静かだろうな…と時折夢想することがあります。

 

しかし、この耳鳴りにも一つだけ便利なことがある。
私にはほとんどの人と同じように相対音感があるのですが、絶対音感は多分ありません。ありませんが、「絶対音感テスト」のようなものを受けると、ほぼ100%の確率で「あなたは絶対音感の持ち主です」という結果が出ます。

 

なぜそうなるのかというと、件の耳鳴りが高い「シ」の音であることが分かっているからです。
基準音をもらわずにポン、と音だけ聞かされても、それがどの音階なのかは瞬時には分かりませんが、耳鳴りのシを基準として比較することで、相対的に識別できるのですね。

耳鳴りを基準音にしているなどということは、黙っていればまずバレませんから、あたかも絶対音感の持ち主のように振る舞うことができてしまうのです…!

 

まぁ、振る舞うことができたところで、それが何になるのだ、といわれたらそれまでですが…。

 

ところで、この耳鳴りが物心ついて以来ずっと高い「シ」をキープしているのは、改めて考えるとなかなかすごいことのようにも思えます。ピアノやギターだって、放っておけば少しずつ調子が狂ってきます。調律もしないのに音が狂わないのは、いったいどういうメカニズムなのでしょう。
他の人の耳鳴りも、やはりずっと同じ音階でなり続けているんだろうか。

 

いつか耳鳴りをお持ちの方(という表現が妥当なのか分かりませんが…)を集めて、それぞれの耳鳴りについてじっくり語り合ってみたいものです。

 

オマケ。

長男の大学の生協に、単位が売っていたそうです。

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バイトにかまけて欠点を 16個も取り、母子共々学校に呼び出されて「教頭の特別指導」なるものを受けさせられた次男に、1ダースほど買い与えてやりたいところです(^_^)

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わたしは怠け者ではないのですが、昔からギリギリギリギリにならないと身体が動かないようなところがあります。
ADHD、ADDには多かれ少なかれそういう傾向があるそうで、そういえばADHDの長男が勉強を始めたのも高校三年生の5月を過ぎてからでした。


ギリギリになってから動いてもだいたいなんとかなるのですが、「やらねば、やらねば」と思いつつやらずにいるのは精神的にストレスがたまります。
「だったらやればいいだろう」と思われるかもしれませんが、どういうわけかそれができない。
これはべつに冗談でも言い訳でもなく、締め切りが目前に迫らないことには本当に「動こう」という意欲が湧いてこないのです。
多分、「今この瞬間、気が向いていること」に高い優先順位がつけられていて、先のことまで考えて計画的に動くのはあまり得意ではないのでしょう。


そこでちょっと一計を案じ、先日から仕事の「納期」ではなく「その日にやること」単位にタスクを分割してスケジュールを管理することにしてみました。

昼の仕事(システム開発)では随分前からそういうやり方をしているのですが、これはなかなかいい手法です。
たとえば一つの機能の設計書を10日で仕上げるという仕事を振られたら、まず、10日後に仕上がっているべき成果物(設計書とか)をリストアップする。その上で、それぞれを作るのにどれだけの工作がかかるかを見積もり、0.5日単位くらいで期間中の稼働日に割り当てていきます。
そうすると、その日にやるべきこと・終わらせるべきことが明らかになるので、あとは計画に沿って淡々と作業を進めていくだけ。細かく分割してあれば進捗度合いの管理もしやすいため、不安感から無駄な残業をする必要もなくなります。


執筆の方もこのやり方にしてから、劇的に動きやすくなりました。
その日にやるべきことが決まっているので、うだうだと時間を浪費することがなくなった。加えて、スケジュールの空き状況が可視化されたので、新たな仕事の依頼を受けるかどうかの判断がしやすくなりました。
まだやり始めて一月弱ですが、なかなか具合が良いようなので、しばらくこのやり方で続けてみようと思っています。


人間は、大きな夢や目標を抱いて突き進んでいくタイプと、その時々に目の前にあることを淡々とこなしていきていくタイプに大きく分けられると思うのですが、私は典型的な後者のタイプです。
若い頃は「人間は大きな夢や目標を持たねばならぬ」と洗脳され、『そういわれたって別に夢なんかないし…』としっくりこない気持ちを隠してそれっぽい目標を掲げて生きていましたが、ありもしない夢を無理に捏造する必要は別になかったのかもしれないな、と今になって思います。



さて、そういうわけで仕事に取り組みやすくなったのはいいのですが、ふとカレンダーを見たら、今月は月末の2日しか休みがないことに気がつきました。

西方中殺の申酉ですから働くのは嫌いではありませんが、さすがにこれは詰め込みすぎか…。
まぁ、休みがあったところでどうせ読書か瞑想くらいしかやることはありませんので、これはこれでいいのかもね。


オマケ。
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そういえばお正月に雑煮もぜんざいも食べなかったので、即席で白玉ぜんざいを作りました。
缶詰のあんこを水で伸ばし、砂糖と塩少々で味を調整するだけですが、まあまあそれっぽい味になります♪
砂糖は惜しまずにどかっと入れて痺れるくらいに甘くした方が、ぜんざいっぽさが出るようです(^_^)

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仕事に追われてあまりブログを書けずにいるうちに、気付いたら年を越してしまっていました。

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
 

***

 

問わず語りに近況報告など…

 

今年は12、3年ぶりくらいに紙媒体の連載を持つことになり、書く方の仕事が益々忙しくなりそうです。
仕事というのは面白いもので、「探さねば、探さねば」と焦っている時にはさっぱりいい仕事が来ないのに、「まぁ、いいや」とのんびり構えていると、必要な時に必要なだけ巡ってきてくれるようです。「執着を手放せば欲しいものが手に入る」とはよく言われることですが、この言葉にはある種の真理が隠されているような気がします。

 

***

 

年末には不良慶応ボーイが帰省して、久々に親子4人水入らずの時間を持ちました^^
一度家を出ていった子というのは、帰省してきてもどこかお客さんのようで、自分の対応にもなんとなくよそよそしさがあるのが感じられます。まぁ、もうじきハタチになるいっちょまえの男なのだから、いつまでも「かわいいビビちゃん」でもないですしね(笑)

 

子供たちが幼い頃は、彼らがどんどん成長していくのがなんとなく寂しくもありましたが、成長したらしたでその時々の可愛さ・愛しさがある。そういう変化を楽しむのが子育てのだいご味なのだろうなと、最近はそんな風に思っています。

 

***

 

算命学の方はすっかりお留守になっていましたが、今年は少しスケジュール管理を工夫して、月に2、3日くらいは勉強の時間をひねり出そうかと考えています。

開運や運勢判断といったことにはそれほど関心がないのですが、「人を多面的に捉える」という視点を養う上で、算命学はとてもよいツールです。先生も昨年あたりから新境地開拓に意欲的でいらっしゃるので、頑張って着いていければと思っています。

 

***

 

さて、昨日、今日と仕事を頑張って少し時間ができたので、次男にねだられてお茶を飲みに行き、

 

 

帰宅後、私の部屋で暇そうにゴロゴロしていた次男に、Strength Finderをやらせてみました。

 

Strength Finderというのは、自分のビジネス上の強みなどを診断するツールで、性格診断に似ていますが、「強み」を切り口にしているところが特徴です。
算命学をやっている私がいうのもなんですが、Strength Finderは占いよりもずっと的確に自分の強みを明確化してくれます。

 

まぁ、自分で自分をじっくり観察すればテストなんて受けなくても自分の強みは分かるのでしょうけれど、やってみると割と新しい発見もあったりします。

 

■Strength Finder

https://www.gallupstrengthscenter.com/Home/ja-JP/Index

 


次男の結果はこちら。「人なつっこい町工場のオヤジさん」みたいな結果が出ました。


ちなみに、私の結果はこちら。

 

一人部屋にこもってモノばかり考えている感じの母と、人に囲まれて賑やかにやっている感じの息子。
私がCPUなら彼はモニタというところでしょうか…日座と日居の納音親子ならではの、なかなか興味深い結果となりました^^

 

***

 

ヴィパッサナー修行は、相変わらず地道に続けています。
座る瞑想も一応毎日やっていますが、今はどちらかというと「生活の中で気づきを保ち続ける」というのがメインになりました。
身体の動きを見るだけでなく、身体に起こった感覚を捉え、感覚が呼び起こす感情を捉え、その反復に浮かび上がるパターンから法則を観る…みたいなことを日々やっています。

 

このあたりについては 瞑想オカン の方につらつらと駄文を書いておりますので、ご興味をお持ちいただけた方はご訪問ください。

 

 

…と、新年早々とりとめのない文章になってしまいましたが、本年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

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我が家には二羽のコザクラさんがいたのですが、そのうちの一羽が、今朝、亡くなりました。

うちへ来て8年。コザクラインコの寿命は8〜15年と言われているので、ある意味寿命を全うしたといえるかもしれません。

朝起きて少し水分を含ませ、もう今日は持ち越せないかも…ということで登校前の次男がお別れのあいさつをして、身支度するのに少し巣箱に戻しておいたら、うずくまったまま亡くなっていました。

支度をしている最中に、隣に置いていたもう一匹のコザクラさんが急にニ声、三声鳴き、あ、いま天に召されたかな…と思っていたのですが、出勤前にもう一度お水をあげようと覗いたら、やはりこと切れていました。

子供の頃から常に家に何かしら生き物がいて、死に目には何度もあってきたけれど、何度経験したところで、慣れるというものではありませんね。


ただ、今回はちょっと不思議で、悲しみの流れに身を浸していようと思えばいられるけれど、「止めよう」と思うとその瞬間にスッと気持ちが分離し、自分の中の悲しみの流れを外側から眺めることができるのです。

いつでもアクセスできるところに感情の奔流を残したまま、それに流されずに生きる。
「煩悩を絶たずして涅槃に至る」という言葉があるそうですが、それはこういう状態で心を育てていった時にたどり着く境地なのかもしれないなと…ふと思ったりしたのでした。



オマケ。
亡くなったコザクラさんを誰より可愛がっていた次男からのメッセージ。

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私は輪廻転生の話をさほど真面目に信じていませんが、「生き物が死ぬと次の瞬間にはどこかへ転生する」という仏教の世界観は、遺されたものの心を救うものだと思います。
「今、この瞬間、あの命は既に別の人生を歩み始めているのだ」という想像には、無駄な悲しみや後悔を押しとどめる力がある。
「安らかにお眠り下さい」ではなく、「気持ちを切り替えて頑張れよ!」みたいなね(^_^)

仏教的には輪廻を抜けられないのは不幸なことなのだろうけれど、それはそれとして、るぅちゃんの新たな人生に陰ながらエールを送ります。


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