■中学受験で不合格のキミに

 

中学受験でおちてしまったら、ラッキーだと考えましょう。

まだ、12歳なのですから、これからの人生の方がはるかに長いし、大切です。ちょうど良い人生の糧(かて)にしてください。

 

たかが中学受験は、ほんの小さな通過点です。マラソンでいえば折り返し地点にもいっていません。野球で言えば一回の表裏の攻撃が終わったころです。

 

中学受験で落ちてしまって、その後に、難関大学に行った人はいくらでもいます。逆に中学受験で通ってさっぱりだという人もいくらでもいます。

 

今、難関大学といいましたが、難関大学を出ても、まったく成功しない人もいます。

 

なにが成功なのかは学校でも塾でも教えてくれません。キミがこれから考えることです。

 

キミのご両親はキミが幸せな人生をおくることを、キミが生まれた日から、いえいえ、ママのお腹(なか)のなかで新しい命(キミのことです)をいただいた日から、つよくつよく、ねがっています。

 

キミはもちろん覚えていないでしょうが、ご両親は、その日のことを、まるで今朝(けさ)の出来事のように覚えていらしゃるとおもいます。

 

ともあれ、小学生の段階(だんかい)では将来のことは、まだ良くわかりませんから、ご両親はとりあえず、キミの良い教育の環境(かんきょう)を考えました。

 

中学受験をさせて頂いたということは、合格・不合格に関係なく有難いことです。

 

中学受験をさせてもらったことは、一生、忘れないようにしましょう。

 

ですから、合格したら、ささえてくださった周りの人に感謝しましょう。

落ちたらも、感謝しましょう。そして、ちょっぴり、反省しましょう。反省するというのは、ボクはダメだと自分を責(せ)めることではありませんよ

 

でも、そうはいっても中学受験におちたら、ちょっとはつらいですよね。

それは「合格したら威張(いば)れる」とか「おちたら恥ずかしい」

というミエや、かってな思い込みで受験するからです。

 

中学受験に勝ち負けはありません。最初にラッキーだと思ってくださいと。いいましたが、今はそうは思えないかもしれません。

 

何十年も経って、本当にラッキーだとおもえるかどうかは、キミが中学・高校・大学にはいってから、また社会に出て、どれだけ努力するかにかかっていますから、

 

キミが今回の中学受験で成功したのか?それとも、失敗したのか?は、まだまだ、今の段階では、わかりません。それは、これからの人生の中でキミが決めることなのです。

 

 

■中学受験で不合格だった保護者の方へ

 

中学受験の塾は、有名中学の合格者が、いかに多いかを強調する。保護者には、沢山合格している塾が、なんとなく安心だからだ。


 

よく考えれば「有名難関中学合格者数ナンバー・ワン(実は不合格者数もナンバー・ワンの可能性が高い)の塾に通わせれば、自分の子供も有名難関中学に入れるはずだ」というのは,なんの根拠も論理的必然性もない。

 

中学受験を指導している塾で絶対に言えないことが2つある。

 

一つは、中学受験をしないで、公立中学から、高校受験を目指した方が、あなたのお子様には向いていますよ。ということと、背伸びをして難関校を受けるより。ワン・ランク落として、ゆとりを持って大学受験に臨む方が良いかもしれません・・ということだ。

 

長山は他の中学受験の講師と違って、複数の私立中高一貫校で教えてきた経験があるから、「中学受験をさせる立場」からだけではなく「中学受験生を受け入れる立場」も経験している。


 

どうしてこの子が入学してきたのか、ワン・ランク落として、じっくり基礎を鍛えた方が良いのではなかったのかという生徒に出会ったことも、何度もある。多分、塾で、保護者が「あおられた」結果であろう。

 

UBQには岡山白陵中学・高校を不合格になって入塾して、岡山大学医学科に合格した生徒が3人(市立京山中学・岡大付属中学卒(高校1年から:ubq設立以来岡山白陵中高不合格者は一人もいない:前者は研修医。後者は、現在産婦人科医:女性)もう一人は公立小学ですが、岡大医学科進学者があまりいないの小学校なので名前は避ける)からいる。東京大学理科3類に進学した生徒で、第一志望の中学受験に落ちた生徒が1名いる、しかも。中一からの元・教え子なのだが広大福山高校を不合格になったと聞いた時には、気絶しそうになった。尚、岡山県内の私立高校(岡山高校)を唯一。不合格になった一名は金沢大学医学部進学。


もっといえば、ノーベル賞を受賞された、利根川進先生は浪人している。(「教育を考える」 著者: 石井透による)

日本が生んだ世界的大数学者の岡潔先生も中学受験で落ちている。

 


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ
岡潔先生の自伝「春宵十話」より(本人が県立粉河中学の入試に落ちてしまったとかかれている。)


 

慶應の心理学専攻の一期後輩で、慶應の大学院を落ちてしまった某君は、現在、東京大学大学院教授!

(注)個人情報ですが、ご本人が「岩波科学ライブラリー」のご著書で大学院に落ちたと、はっきり書かれているので、問題ないと判断しました。

 

(これは上とは無関係:当時地方の県立高校から慶應に入学している生徒は東大の不合格組が多かった。)

 

東大を2回(現役プラス一浪)落ちているのが東大教授(!)やら南フロリダ大学教授(比較解剖神経学)やら大阪大学医学部教授!現役で入った自分は、塾講師。

 

やはり、受験の後の人生が大切

ましてや、中学受験では12歳だ。大学受験は6年後であるから、人生の半分だ。逆に、保護者は6年前(6歳)のことを思い出してください。

 

小学生のうちに「合格するために勉強しなければならない」と刷り込むのは危険。勉強するために。(中学や大学に)行くのです。


 

漢字がやっといくつか書けるようになった年齢かもしれない。一人でお留守番ができるようになって、親が安心していた年齢かもしれない。あのころは、娘も一緒にお風呂に「きゃーきゃーきゃー。ぱぱ、だいちゅきー」といって入ってくれたのになぁと懐かしむ父親もいるかもしれない。

(今言おうものなら、キモイ!変態!セクハラ!→ほとんどのパパの共通経験かしら・・・)


 

だから、これから6年後には、どのくらい伸びるかなんて誰も分からない。


 

以前、ブログで紹介した岡山白陵中学落ちで、それから十数年:東京大学で博士号をとった。わざわざUBQに電話して下さった。


 

今から振り返ると、中学受験に失敗して、補欠で、2番手の中学に入ったことが大きかった。補欠で入ったと思うと、中一からなんとか授業について行こうと思って真面目に授業を聞いて、慢心することがなかった。中学受験に失敗したからこそ、自分は小さな努力をひたすら積み重ねるしかないと考えた。失敗から学ぶ事の方が成功して学ぶことの方が多い。との内容であった。


 

中学受験には勝ち負けはありません!!
 

合格した→勝ち(成功)

不合格→負け(失敗)


 

という単純な図式で、考えられるものではない。

 

中学受験で成功したか、失敗したかは、今後のお子様の人生で、お子様が決めることです、今の時点で保護者が、決めることではありません!

もう一度次の言葉を紹介する。ある全国最難関中高の校長の言葉である。

 

「うちの中学を不合格になった生徒の追跡調査をしてみると、東大に行った生徒は少なからずいるが。うちの高3の最下位の生徒で東大に行ったものは今までに一人もいない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*2017年に加筆:最近読んだ本。中谷宇吉郎「私の履歴書」より、青空文庫参照 夏目漱石が受験に失敗したことは自身で書いている。http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/2676_6502.html

 

 

 

あの頃の高等学校の入学試験は、七月にあった。それで三月の末に中学を出てから、家で商売の手つだいを少ししながら、受験準備を始めた。といっても今日のように受験参考書なども揃っていなかったので、当時評判のよかった『考へ方』の本だの、つれづれ草の註釈本だのを註文して買って、それをぼつぼつ読んでいた。しかし試験には美事に落第した。
試験に落第することは、決して名誉な話ではないが、そうかといって、人生の上において損をしたことになるとは限らない。落第した当時は大いに悲観もするが、一年間の浪人時代に得たいろいろな経験は、人生勉強という意味で、大いに得るところがあった。これは負け惜しみではなく、この頃になってますますそういう風に考えるようになった。
実は大学を出て寺田寅彦先生の助手になって、理化学研究所で働いていた頃、ある晩お宅へ遊びに行っていて、この落第の話をしたことがある。そうしたら先生が「そうか、それはよい経験をしたものだ。落第をしたことのない人間には、落第の価値は分らない」と褒められてちょっと驚いた。それから先生は「僕も落第したことがある。中学校の入学試験に落第をしたんだが、あれはいい経験だった。夏目(漱石)先生も、たしか小学校で一度落第されたはずだ。人世というものは非常に深いもので、何が本当の勉強になるかなかなか簡単には分らないものだ」という話をされた。これで大いに安心した。
落第は奨励すべきものではない。一体、皆が落第してしまったら、学校の方では、学生がいなくなって困るであろう。それにこの頃のように、経済事情がどこの家庭でも苦しくなっている場合は、落第などせずに早く卒業した方が、両親のためにはよい。だから私は決して落第をすすめはしない。しかし落第して自暴自棄になる学生には、決してそういうものではないということを、自信をもって告げ得る。そういうことを威張っていえるのも、落第をした経験があるからである。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
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15日に実施された大学入試センター試験で、道内の受験生6人が試験場で電卓を使う不正行為をした問題で、当日の状況が17日、関係者への取材で分かった。6人は全員、試験で電卓が使えると勘違いしていた。試験監督が不正に気付いたのは試験開始から十数分後で、6人が机上に電卓を取り出す行為には気付かなかったという。

不正行為があったのは15日の数学《2》の試験。6人は道内の大学の同じ教室で受験し、選択科目の「簿記・会計」の問題を選んだ。

関係者によると6人は道内の同じ高校の生徒。試験開始から十数分経過したころから、相次いで机の上で電卓を使い始め、隠すそぶりも見せていなかった。6人が電卓で解こうとしたのは同じ設問とみられる(北海道新聞より:赤字強調は引用者による)

 

*隠すそぶりも見せていなかった....報道として不適切な表現

 

むろん、はっきりと電卓の使用は禁止と明記されているのであるから不正行為と認定されてもしょうがない。

 

問題は日本の識者が「日本の教育は間違っている。些末な計算ミスで合否を決めるべきではない」とか「昔はそんな問題がなかった。電卓を使えば有利になることがおかしい。思考の過程を重要視すべきだ。」との意見。例:http://agora-web.jp/archives/2023884.html

 

引用はじめ:彼によれば、「数学の本質は細かな計算などではなくて、概念を理解することだ。概念さえ理解できていれば、細かい計算は電卓にさせれば良いし、現実の生活においてわざわざ電卓を使わずに紙と鉛筆で計算する奴などいないのだから、それに合わせて教育も合理化されるのが当然だろう」とのことである。:引用終わり

 

まことにその通りであるが簿記・会計というのは会社法・税法によって決まっているので、決算は細かな数字をひたすら計算するしかないので概念もくそもない。実務なのですから携帯電話がつながる仕組を知らないと携帯電話は使ってはいけないのかしら?

 

社会に出たら細かい計算のできない会計担当者や税理士がどんなに数学の深遠な概念を理解していようがクライアントは不安だ。

 

ましてや国際バカロレアとかインターナショナル・スクールは関係ありませんよ。友人の税理士はあえて細かい計算を暗算でやってクライアントに受けていますよ。電卓を使わないで・・御社の売り上げに対して・・・・消費税が・・・です。納税が・・・・%だから・・・・。・・・で繰り越し欠損が・・・で、なんていうとバカウケだそうです。

 

 

本当に素人さんが実際に問題を見ないで言っているのですね!問題を見れば一番初めに会計用語を選ぶ問題があり、次に数字を求める問題があるのだから「試験開始から十数分経過したころから」って当たり前。だって問題を見てください。減価償却とか経常利益って数学的な概念ではないですよね。

 

これは簿記・会計の試験ですよ。無理数や積分が出てくるはずがありません。センター試験の図形問題で角度を求めよと言われたら余弦定理を使おうがベクトルを使おうが自由。合理的な推論ですが有名進学校の生徒が簿記・会計で受験するはずはないので商業科の受験生であろう。

 

それ以前にだれか指摘して!センター試験は原則として高校別・受験科目・現役浪人別に並びません。

 

女子高・大学を小規模会場として実施する場合に女子の現役受験生が結果的に並ぶ場合はあり得ます。商業科の受験生でセンター試験に慣れていなかったり、高校側の指導が行き届いていなかったのが原因でしょう。大手予備校の模試や、講習でも簿記・会計対策はないわけです。

 

どうぞお近くの予備校に電話してセンター試験を簿記で受けたいので対策講座はありますか?とかお近くの書店の受験問題集のコーナーにいってセンター試験の簿記・会計の過去問題集はありますかと問い合わせてください。

 

だから、もちろん不正は不正なのであるが、論調が進学校(普通科)目線なのはいかがなものか。

 

商業科の生徒が普段から電卓を持っていても不思議ではない。まことに気の毒なうっかりミスではあるが不正は不正。

 

簿記というのは納税のために統一されたルールに従って、同じ数字を導かなければなりません。もし、ルールを破ったら帳簿の改ざんになりますから違法行為になる可能性もあります。特に法定帳簿なら、数学ではなく法律の問題。罰則の対象。

 

いろいろな報道を見てますが、本当にね中高一貫の名門校から、難関大学に行った人が自分の経験でしか話せない例。

昔から簿記で受験できる大学はありますよ。

あなたがそれを知らない人生を歩いているだけ。商業高校を出た友達がいないのかなぁ

私立中高一貫進学校で知識偏重教育が・・・って、簿記を教えていませんでしょ。

 

 

 

それに共通一次の時から電卓を使ったほうが有利な問題はありますよ。具体的には順列・組み合わせです。無理数が出てくるはずもなくCやPや!は電卓のほうが便利。ただ簿記だけ電卓の使用を許可できないの。だって当日その場で科目を選ぶんだもの。途中で変えてもいいんですよ。

 

 

 

 

http://nyushi.nikkei.co.jp/center/17/2/exam/2300.pdf  

↑実際の問題。簿記というのは実務です。数学者になるための試験ではありません。国によって会計基準が違うのですから、グローバルがどうのという問題ではありません。日本に教会税とか付加価値税ってありますか?

 

神谷 匠蔵先生

ぜひともドイツにおける教会税の数学的概念を説明してください。

 

 

海外ではどうのって、問題を見てから言ってね

 

 

 

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地上波初ノーカット版放送…て聞くと、今までどこをカットしていたのか?逆にどこをカットしてはまずいのか?と詮索する。

 

感動した!

 

素晴らしい映画である。テーマはどんな人間でも可能性がある!!。創価大学未来教育セミナーでも聴講生は絶賛したようだ。https://www.soka.ac.jp/news/event/2016/03/13988/

 

 

 

さやかちゃんは人間のクズではないと信じる教師。人間のクズが仏性を開発(かいほつ)する。

まるで。常不軽菩薩の話。とにかく唱えるだけで救われるというありがたさ!

 

https://www.youtube.com/watch?v=lZbg0qvirZ0

素晴らしい!

 

ダメな人間などいない!ダメな教師がいるだけだ!

 

素晴らしい!まさに師弟不二。

 

それでは、ノーカット版の注目するシーン。後半、日吉キャンバスで慶応入試のシーン。むろん、映画のために後から入試に合わせてとったものである。実際のリアル・ビリギャルさんの受験の撮影があるわけはないし、入試当日にロケができるわけがない。

 

なんと有り難いことであろうか!信者さんは感動したであろう!!!!!

 

の旗を振って受験生を激励するなんて!!!!!!!ふつ。宗教団体が入試当日旗を振っているなんて考えられないのですが有り難いことですね。

 

ぜひとも、神武以来・最も博士号を授与されている世界的文化人であり、自分で自分のことを先生と呼ぶ素晴らしき師弟関係をもつお方の勇壮雄渾なお姿を慎むて拝見しましょうね。

 

https://www.youtube.com/watch?v=wVamT6EPoOU

 

また、これほど偉大にして畏れ多い方のご尊顔がのっている聖教新聞をどういうわけか知らないが、日本で唯一、押し紙裁判で敗訴した山陽新聞と取引のある販売店が、トラックの荷台にゴミのようにのせているのは、いかがなものかと思う。https://www.youtube.com/watch?v=BPKk6f9p0IY

 

 

 

 

 

これは、リアル・ビリギャルのブログ。簡素な仏壇がとっても、チャーミングですね。

 

http://ameblo.jp/kobayashi-sayaka/page-2.html

 

 

 

 

ね。

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考えてみたら海を攻撃しても何の意味もありません。海が降参するはずがありませんからね。

東京空爆というのは東京都という都市を軍事攻撃したのです。それとも東京の湾を攻撃したのかしら。でも海の上に、人が住んでいるはずがありませね。

 

真珠湾に浮かぶ軍艦とその軍事施設を攻撃したのです。

 

卑怯なだまし討ちだったのでしょうか?宣戦布告が・・・

 

という以前に、みんな気が付いていないのかなぁ。どうしてマスコミは報道しないのかなぁ。

 

日米開戦当時、ハワイはアメリカではなかった!

 
えっ!ていわれる方にアメリカ合衆国とハワイ王国の歴史をかいつまんで。もともとUSAとは
アメリカ大陸にあるSTATEの集まりという意味です。先住のインディアンは統一して北米大陸を支配していませんでした。西部劇のように負けていきました。
 
一方、ハワイは王国から共和国を経て・・というように歴史が全く違います。なぜ王政が滅んだのでしょうか?南国の小さな島になんで米国の軍事基地があるのでしょうか?
 
 
 
 
ハワイ州ってなかったのです。アメリカにあるSTATEではありません。ハワイ州がアメリカ合衆(州)国を構成する州になるのは戦後のことです。準州です。今でもグアムは準州です。準州というと州に準ずるって感じがしますが、英語ではテリトリーといいます。これをどう訳すのか難しいのですが、グアムに生まれた人は大統領になれるでしょうか?本土のアメリカ大統領の間接的な選挙権があるでしょうか?経済的な搾取のための植民地でもないですね。アフリカからたくさん奴隷を、強制連行して働かせたのならハワイは現在黒人だらけになっていますよね。
 
「重要な軍事拠点としての、実効支配する植民地としての領土」ととりあえず呼んでおきます。
 
では、何のためにハワイに軍事基地と太平洋艦隊がいたのでしょうか?アジアの国が太平洋を越えて、アメリカ合衆国本土を攻撃するのを防衛するためでしょうか?
 
モンロー教書というのは、ヨーロッパはどうなっても知らないから、今のうちにアジアを覇権支配しておこうという火事場泥棒のことです。
 
 
日本人はいずれ太平洋艦隊が日本に攻めてくるということを知っていました。なぜなら、アジアで欧米に屈しなかったのは日本だけだったからです。
 
中国の昨今の軍事大国化の問題以前に歴史上、チャイナは世界の軍事大国であり続けました。パックス・シニカといわれるほどでした。でも、アヘン戦争で無茶苦茶にされました。フランス領・・・オランダ領の資源がどうのこうのという言葉もおかしいですよね。こうなったらアジアをまとめて対抗しなければならないと考えました。朝鮮半島の近代化のために福澤諭吉は支援したらなんとまあ、チャイナの軍事力を借りて教え子が殺されました。精神的冊封体制から抜けられなかったのです。もう、アジアはおわった。アジア死ね・・・。とツィートしませんでしたが、脱亜論を書いたそうです。あれは教え子を殺された叫びだったのです。
 
 
ところが、アジアで一度も植民地にされていない国があったのです。日本ですね。
 
 
いずれ日本に攻めてくる軍艦なら、、、、真珠湾の軍事基地を攻撃したほうが民間人の犠牲は少ないと考えたのです。自衛のための先制攻撃に宣戦布告が必要でしょうか?
 
・・・というような意見もあるので本当に歴史というのは難しいものですね。ただね、真珠湾攻撃の写真や後に作られた映画で星条旗の星の数を数えてください。すごいですね!州の数が増えることを前提に国旗が作られているのですから・・
 
 

 

 

 

介護離職を防ぐなんて、いかにも経済界、雇っている側からの上から目線。

まるで悪いことをしているような表現かも。

 

離職ってのは正式な手続きを取って会社を辞めること。でも離職っていっても優雅に遊んでいるわけではない。仕事を辞めたわけではない。

 

会社を辞めて専業主婦になったら離職者? その後に親の介護をしても一切統計に表れない。自営業者は介護離職には届けがいらない。

 

離職票をもらって失業保険も申請できないから、ハロー・ワークに届ける必要もない。

もともと60歳を過ぎて退職した後、配偶者の介護をしている方は統計に反映されない。

 

介護離職者という言葉を辞めて「介護専任者」という言葉を提案したい。

 

国勢調査や市役所に届ける書類に「無職」ではなく「介護専任者」という項目があれば・・・

 

さすがにパレスチナは遠かった。パレスナ自治区というが、元から住んでいる人はそうは思っていないので自治区(AUTHORITY)というと、誰からAUTHORIZEされたのか?てことになる。その話はクリスマス休戦として後で。

 

とりあえずドーハで乗り継いでアンマンまで、ここまで来たらペトラ遺跡。陸路でイスラエル。さらに国境というよりは分離壁を超えて、ベツレヘム。パレスチナ自治区。

厳戒中。

 

 

 

 

 

レストランにローマ法王と謁見している男性の写真が・・・それに向こうにはアラファト議長。

 

 

 

いったいこの人誰?とレストランのオーナーに聞いてみたら、

「そりゃあ、(若いころの)わしじゃ」ということで記念写真。

 

 

ということでやっときました、生誕記念教会。

スター・トレックシリーズの主役はカークでもスポックでもない。

それはU.S.Sエンタープライズ号そのものなのである。

 

だから、映画が始まってすぐに、U.S.Sエンタープライズ号が破壊され再起不能になって、別の宇宙戦艦で敵をやっつけるというストーリーは間違っている。

釜山というのはシーフードのおいしい街だそうで、一度は行ってみたかった。

久々に海の見える街でおいしい魚介類!調べてみると激安で行けるようだ。

 

これは一度はぜひ・・というで。いざ、釜山へ。韓国の地図には北朝鮮という国はのっていないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

釜山で現地の地図をみて気が付いた。日本のガイドブックには、龍頭山公園の、韓国の英雄・李舜臣の銅像が載っていない。豊臣秀吉の朝鮮侵略を撃退した救国の英雄だ。

 

 

 

 

あれ、それより待った!!!!! なぜ私はここに銅像があることを知っているのか!!!昔来たことがあった!!!

 

 

話はここから始まる。昔、中四国に展開していた塾でのこと。この塾の本部は広島で、地域の校舎のことを考えずに決めている。一方的な広島支配が授業内容まで及ぶ。公立志向の強い岡山の中学生に「広島県内主要難関私立高校問題集」がいきなり届いてこれを使えなど。

 

ある日、本部のお偉いさんがいきなり釜山研修を思いついた。むちゃくちゃ。広島空港早朝集合なんて、始発電車でも間に合わない。任意参加だから、その分振り替えて休日出勤せよとか。

 

当然、誰も参加しない。面目丸つぶれの本部が今度は勤務扱いだ。参加しないものは欠勤扱いだと言い出し、みんなしぶしぶ・・・

 

だから覚えていなかった。人に言われて、いやいやしたことは身につかないのだ。

 

一方、今度は、自分で計画を立てた。選んだ。実行した。飛行機はどの便がよいか・・・・何時について・・・ホテルは安いほうがいいから・・にしようかね。少し離れているか・・。送迎バスは? 地図を調べる。まあ、歩けない距離でもないな。プルコギのおいしい店は?冷麺も食べたい。身振り手振りで何とか注文した。

 

 

ご馳走様でした。・・・もう一度同じルートをたどれとたらいわれたらできる自信がある。パック旅行で行ったホテルの名前は憶えていないが個人で言ったホテルの名前は憶えている。

 

いつも言っていることに戻ってしまった。

 

・いやいや塾に来ても伸びませんよ

・本人がやる気がないのに宿題だけだしても効果ありませんよ。

・できる親は子供に勉強しろって言いませんよ。

 

 

 

 

 

医学部の学生が不祥事を犯した。エリート意識があったのではないかとの指摘も。

 

医学部側の謝罪会見。

 

「将来、医師を目指すものとしてあってはならないことだ。」

 

 

その姿勢が、あってはならないんじゃないの!

 

医師を目指していなければ、してよい犯罪があるのかしら。

 

中卒で…専門学校に行っている生徒なら、将来・・・・を目指すものとしてあってはならないって報道されるのか。

 

「将来、どのような職業を目指していようが、今の身分や立場に関係なくあってはならないことだ」と会見しなけりゃね。

 

 

 

(*ここでいう「部活」とは、主としてスポーツを主体とする、いわゆる運動部(体育会)系のクラブ活動であることを前提として説明します。)





UBQの卒業生で、部活に打ち込んで全国的なレベルの好成績を収め、なおかつ、難関大学に進学した人がいます。


その人のことを、UBQのある後輩が、





「あれだけ部活をしっかりやりながら、それでも難関大学に進むなんて、すごいことだ」





と評しました。





私はその生徒に対し、こう答えました。





「それは違います。部活をしっかりしているからこそ難関大学に進んだのです。部活も満足にできない、部活でだらだらと練習するような人は、受験勉強でもやはりだらだらと時間を過ごしてしまうものです










これは何も、統計をとったわけでもありませんが、しかし、社会でリーダーとなって活躍しているような人には、学生時代、何かのスポーツに打ち込んでいたという方も数多くいらっしゃるようです。












そもそも、部活と受験勉強の両立という言葉自体がおかしいのではないでしょうか?







「部活が大変だから部活をやめて勉強に専念する」と言って、部活を中途半端にやめ、それで学業成績が上がったなどという話は、あまり聞いたことがありません。





部活をだらだらとしていたような受験生は、結局、部活をやめたところで、それで浮いたはずの時間までも、テレビを見たりゲームをしたりして、やはり、だらだらと過ごしてしまうものです。





はっきり言いましょう!





部活が大変だから受験勉強ができない、成績が上がらないというのは、部活を言い訳にしているのです。





何でもそうですが、自分に言い訳をするような人間が、受験勉強であれ部活であれ、うまくいくとは思えません。







長山も、スポーツ団体の指導員の資格を持っていますから、スポーツの重要性については認識をしているつもりです。





特に体育系の部活の効能については、以下の3つがあると思います。












(■1)部活で厳しい練習をしておれば、その厳しさに耐えられるだけの精神的忍耐力・判断力が養われることです。それは受験勉強にも社会に出てからも、活きるはずです。単に根性論だけで、無意味な体力を損耗させるだけの部活は否定します。





(一例:地獄の東海大学潜水訓練センター:数キロ泳いだ後で、足の立たないところで立ち泳ぎを10キロの重りをもって訓練させられると。少々の海が荒れても冷静に対応できる。東海大学潜水訓練センターの厳しさについてはみんな誤解している。私の時も数人夜逃げしたが、ただ根性論や精神論で厳しい訓練をしていたわけではない。すべてが科学的な理論に基づいている。だから、私はライセンスを取った後も、2回も受講した。(警告ダイビングは体力でやるものではない!体力の限界を知ることにより安全管理に繋げるための訓練である。))


「部活で疲れた」。それはそうかもしれない。疲れたれたけれども、そこで養った忍耐力によって、もう少し頑張って明日の授業の予習をする。勉強を続ける。これが部活の目的なのです。










(■2)スポーツというのは、単にいたずらに、しんどい思いをすれば上達するという性質のものではないことです。





たとえば、水泳を練習していると、力の使い方がうまくなります。


平泳ぎをするとき、初心者は息継ぎの時に大きく頭を挙げます。練習することによって、エネルギーの使い方がうまくなるのです。ぎりぎりまで顔を上げ、息継ぎをすることを身につけます。


クロールでも、練習により力をセーブしながら速く泳ぐことができるようになります。上達している選手は、息継ぎの時に半分ぐらいしか水面に口を出していません。





このように、効果的な努力の仕方、すなわち、体力や時間をうまく使うこと、ひいては無駄な体力を使わないことを、部活をとおして学ぶことができるのです。





(■3)エネルギー・体力あるいは努力のバランス感覚が身につくことです。





どんなスポーツ(部活)でもそうですが、最初から最後までフルパワーでする必要はありません。





プロ野球の選手は、バッターボックスに立った時に、バットがすっぽ抜けて飛んで(飛ばして)しまうことがよくあります。


しかし、素人がそのようなことをすることはあまりありません。


つまり、プロ野球の選手は、比較的軽い力でバットを握り、瞬間的に必要な力を発揮しているそうです。





サッカーでも同じで、試合中、最初から最後までやみくもに全力で走っているわけではありません。


状況を判断して、ここぞという場合にこそ、全力を出しているのです。





ですから、たとえば、3時間練習をするとすれば、その3時間全部をフルパワーで練習するのではなく、効果的に乗り切ることのできる、バランス配分が身につくのです。












さて、以上の3点は、もちろん、スポーツだけに限った話ではありません。


勉強でもそうです。





ただやみくもに根性や精神論で、時間をかけてひたすら努力すればいいというものではありません。





社会に出てもそうですね。朝から晩までひたすら仕事をすれば成功するとは限りません。力の配分、時間の配分。努力の配分。





こういったことが身につくのが、スポーツの効能なのではないでしょうか。





これらはすべてにおいて通じることだと思います。







部活に打ち込み、その後難関大学に進学した、あるUBQの卒業生は、このような名言をおっしゃられました。





「部活というものは、それ自体が目的ではない。『努力をする」という才能を身につけることが目的である。受験勉強であれ、どんな仕事であれ、『努力をする』という才能は、いかなる仕事につこうが、どんな分野でも適用できるものである」








もう一つ:中学時代の陸上競技のコーチのお言葉です。20歳台までのベスト記録は・・・秒であった。それから。毎日、何時間も、練習を続けて引退するときのベスト記録は、それより1秒、縮めただけだ。1秒を縮めるために、毎日、何時間も猛練習を10年続けたことは無駄だとは思っていない。