チェックインを済ませ、
お茶しています。
飛行機は、ユナイテッド航空です。
子どもたち用に、窓際の席をキープ、
キッズミールのリクエストも済ませました


次の更新は、インターネットカフェ
グアムからできるかな?
では、行ってきまーす

Android携帯からの投稿
預かり保育でお出かけ中の愛狆、チャッピー号。
すっかり、実家の母との暮らしにも慣れ、
のんびり子供のいない毎日を楽しんでいるようにもみえます。
これが母から送られてきた、その証拠写真①。↓
元ノラで、現在はこの広い家を
一匹で牛耳っている、猫のアキちゃんの
大切にしている、
爪とぎ用の段ボールハウスを
さっそく乗っ取った模様です。
どうです、このドヤ顔。
そして、こちらが証拠写真その②↓
すっかり油断しきって・・・。
まったり伸びちゃってます。
バレリーナのチュチュのような
くるりと白く巻いたしっぽがステキでしょ。
こんなあられもない姿、
飼い主に見られるとは思ってもいないのかしらね。
まあ、飼い主不在をさほど気にしてないようで
よかったよかった、一安心です。。
今日は朝からカウンセリングが一件ありました。
夏休みがはじまっていますが、
銀座線はサラリーマンとOLさんで、
すし詰め状態。
お越しいただいたクライエントのAさんも、
まさかここまで混んでいるとは思わなかったようで、
混雑を避け、少し遠回りをしていらしたということでした。
お話しさせて頂くのは4回目ですが、
Aさんは、とてもきさくで知的な方なので、
あっという間に時間が過ぎてしまいます。
知的探究心も高く、学者肌なAさんですが、
その才能を開花させることについては、
長い間、ブレーキをかけざるを得ない状況にあったようです。
また、Aさんは、対人関係に自信が持てない部分が
あるようですが、私に言わせれば、
「ご本人に自信がないだけ」。
その自信のなさと、
コミュニケーションスキルはまったく別モノですから、
むしろ、こういう方こそ、その慎重さをもって、
人とかかわるお仕事をされたら
右に出る者はいないはずです。
本人は、とても疲れてしまうかもしれませんが、
お客さんのほうは、自分はとても大切に扱われたと、
こころから満足されることでしょう。
さて、話はかわりますが、
自分を支えているのは、
根拠のない自信だ、と、脳科学者の
茂木健一郎先生がずいぶん前にツイッターで
呟いていらっしゃいました。
わたしもほんとうにその通りだと思います。
私自身、この、根拠のない自信に支えられて、
幾多の苦難を乗り越えてきたか(笑)。
正直、そうとうな悪ガキでしたから、
親に褒められた記憶はありませんが、
どれだけメチャクチャをやっても、
肯定もされなかったけど、
頭ごなしに否定もされなかったことが、
根拠のない今の自信に繋がっているのでしょう。
しかし、このクライエントのAさんは、
そうではありませんでした。
その、いきていくうえで欠かせない、
大切なものを与えてくれるのは、
両親にほかなりませんが、
Aさんのご両親は、
Aさんの躾や教育に対しては心血を注いだものの、
生きていくうえで一番大切なものを、
決して与えてくれようとはしなかった―。
それは、今もなお、です。
ずっと自信がないまま生きてきたわけですから、
かんたんに取り戻すことは難しいかもしれません。
でも、必ず取り戻すことは可能です。
たとえ、いくつになろうが、
発達心理学的には、いつでも
人生の軌道修正は可能なのです。
長い間、辛く苦しい人生を歩んできたAさんですが、
そんなAさんだからこそ、きっと、
すばらしい奇跡を見せてくれると思います。
わたしは今日、誕生日だったのですが、
この記念すべき日に、
真剣に軌道修正を考えているAさんと
こころの通ったお話をすることができて、
本当によかった、と思いました。
わたしもまたひとつトシを食ってしまいましたが、
これからが人生の正念場!
自分自身の成長に向けて、
ますます精進しようと思います
都内でカウンセリングを行っています。電話、メールでのカウンセリングも承ります。
我が家の愛狆、チャッピー号、
お泊り保育スタートです。
お泊り先は、チャッピーも何度も泊まったことのある、
ハハの実家です。
ソファの上で悠然とくつろぐチャッピー氏。
ギリギリに連れていこうと思ったんですが、
母(私の)が、私と連絡がとれる間に預かりたい、
(疑問点をクリアにしてから出国してほしい)
ということでして、数日、早くお泊りに出かけることになりました。
実家には、宿命のライバル、
元野良ネコのアキちゃんがいます。
心配ごとは、ふたつだけ。
アキちゃんにいじめられないことと、
母がおやつを与えすぎて、
おなかをこわさないかなーと。
もともと静かなワンコですが、
チャッピーがいないと、
やっぱり、すごくさびしいです。
どうかばあばの家で
元気でいてね、チャッピー。
お世話になっている編集長から、
感動のおすそ分けってことで、
読んでみて、という付せんがついて、一昨日
届いた単行本、「永遠のゼロ」。↓
太平洋戦争が舞台で、
零戦パイロットで、最期は特攻隊となり
命を落とした20代の戦士の話なんですが・・・。
その戦士が魅力的な人物で、
共感できる部分が多く、
とってもかっこよいものでした。
この本自体は、フィクションではありますが、
戦争が起こり、こういう兵士が、家族のため、
国のためにと命を落としていったことは厳然たる事実で、
そのことを思うと、とても辛い内容です。
今日の未明に読み終えて、
本日、読後の思いを未消化なまま向かった、
月イチ婚活カウンセリング IN 某駐屯地。
さすがに今回ばかりは、
能天気な気分では行けなかったです。
わたしに話しかけてくれる隊員さんたちは、
凛々しい中にも、みな人懐こい笑みを浮かべていて、
ほんとうに魅力的な若者ばかり。
彼らに、万が一にも、この本の中に描かれているような
悲惨な状況に身を置いてほしくないものです・・・・。
本の中で紹介されていた、
若い特攻隊員の遺書に、
「生まれ変わったら、女の子に生まれたい。
そして今度こそは、ずっとお母さんのそばで暮らしたいです」
といったものがあり、
息子を持つハハととしては、とても辛い気持ちになりました。
そして、
なんだか、親しげに話しかけてくれる
目の前の若い隊員さんたちと
その兵隊さんをオーバーラップさせてしまい、
ちょっと息苦しさすらあり・・・・・・。
おまけに、
今日はいつになく、ラッパが高らかに鳴り響き、
大勢の隊員さんが、みな大きな銃を携えて
雨の中訓練していて、なんとも複雑な心境になりました。
そして
オフでもうすぐ出発するグアム。
サイパンに行ったときは、「生きて虜囚にならず」と、
軍人も民間人も飛び降りたという、
バンザイクリフ(suiscde clif:自決の崖)に行きましたが、
グアムにも、あまり語られていませんが、
悲惨な戦争にまつわる歴史が多数あります。
ジャングルで暮らしていた横井さんが発見されたのも
たしかグアムですよね。
現地に行ったら、
ここでかつて何が起こったのか、
子供たちにも説明し、
しっかり慰霊碑にお参りしてきたいと思いました。
次は、大学に残り、博士過程で
研究をバリバリと続けているBさんのこと。
Bさんも独身女性です。
親が高齢者介護に関わる会社の社長さんで、
ご本人もそこに勤めながら、
福祉の分野で働く人々のモチベーションや、
待遇を上げるための研究を続けています。
大学では教育コーチとして、後輩の育成にもあたっています。
「どうしてここまで続けているのか、
正直、自分でもわからないです(笑)。
論文を書くのが好きなわけじゃないし、
大学まで車で1時間以上かかるし。
教育コーチをやっているけど、
自分の専門分野じゃないんです。
専門分野は教授が余所からドクターを
連れてきてしまって・・・。
たぶん、ここにずっと残っていても、
その分野での出番はこの先ないと思う。
じゃあ、なぜ残っているのかといえば、
高齢者介護や終末期医療の現場を
ただ知ってほしい、
もっと理解してほしい、
そんな気持ちに突き動かされているのかも。
安い賃金で酷使されて、
ベースアップもなく、
ただ使い捨てられるような職場で、
必死で頑張っている現場の方たちが、
何を思い、何を考え、
そこにとどまっているのかってことを。
たぶん、生活のためだけだったら
介護って続けられない仕事だと思うから―。
生活のためだけでない何かが
そこにあるのだとしたら、
それを多くの人にもっと知ってもらって、
世の中で正当に評価されるべきだと思うんです。
極端な話、
重症の寝たきりの人をたくさん迎えて、
そこに寝かせっきりにしておけば、
人手は要らないし、助成ポイントも高いので
経営者としてはラクだったりします。
となると、
そう仕向けてしまう現場だってあるかもしれませんよね。
ほんとうに、そんなことでいいのかなって。
経営側でなく、それを
現場の人たちはどう考えているんだろうって。
わたしが大学に残って研究を続けているのも、
そういう部分かな。
収入や生活を考えると、なかなかできることではないけど、
たまたま、わたしは環境に恵まれていたから。
コーチの仕事もそう、
博士になったところで、
収入が大きく増えるわけではないけど、
たまたま、残ることが許される状況にあった。
だったら、研究を通じて、社会に一石を投じていきたい、
高齢者介護の現場の見直しにつなげていきたい、
そんな思いで残ってるだけですよ。
それぞれのフィールドに戻って
頑張ってるみなさんのほうこそ、私は尊敬します」
Bさんははじめは、親の稼業を継ぐために、
介護福祉の勉強をと大学に戻ってきたのですが、
この研究を続けることが、社会貢献につながるかも
しれないことに気づき、
そのためには、世の中に対してより強い発言権を
持ちたいと考え、博士になることを決意したのかもしれません。
社長令嬢であり、
才色兼備なキャリアウーマンですが、
内に秘めた野望は大きそうなBさん、
その一方で、プライベートでは
どこまでも謙虚なBさんなのでした。
昨日、大学の式典に行ったときのこと。
ゼミで一緒だったご学友が何名か来ていたのですが、
その友人(たまたまぜんぶ女性)たちと話していて、
好きなことを仕事にする難しさを痛感しました。
独身のAさんは、いろいろ資格を持っている方で、
キャリアもあり、仕事には困らない人です。
以前は、ケアマネージャーやソーシャルワーカーとして
高齢者福祉領域で働いていました。
そのキャリアを生かして、
学会発表されたこともあります。
そんなAさんとの会話で印象に残っているのは、
末期がんにおかされた40歳になったばかりの
お母さんの話。
「その、明日をも知れぬお母さん、
私と年が変わらないお母さんに
介護支援として、何か要望はありますかと聞いたら、
こういったんです。
<私のことはもういいんです。
ただ、残される幼い子どもたちが可哀想で。
だから・・・・。
ずっと、コンビニ弁当しか食べていないこの子たちに、
あたたかい家庭料理を食べさせてやってほしい。>と。
あくまで、お母さんの介護が私たちの仕事
なんですが、どうしてもかなえてあげたくて・・・・。
まだ小さなお子さんたちへの、お母さんの育児支援
という苦肉の策で、どうにか手料理をお子さんたちに
食べてもらうことができました。
お母さんは喜んでくれたけど、
その後、すぐに亡くなりました・・・・。」
そんな、人間味あふれるAさんですが、
紆余曲折を経て、今、大学の保健室に勤務しています。
学生からのこころやからだの相談をうける業務で、
夏休みは長く、収入面も安定しているお仕事です。
Aさんは今の仕事をこんな風に語っています。
「福祉の仕事をしていた頃は、
いつも会社と利用者さんたちの狭間で、
ギリギリのところで悩んだり、行き詰ったりしているのが
当たり前、気が休まる日がなかったような気がする。
今は違って、一歩大学を出てしまえば、
仕事のことは忘れられるし、残業もナシ。
夏休みも長くてらくちん。
旅行にだって行かれる。
終末期医療にいた頃と違って、
未来ある若者が相手だから、
前向きな気持ちでいられるしね。
でもね、
本当にこれでいいのかな、って、たまに思うんですよ。
大学の保健室で、仕事が終わって
ぼーっとしている時間があると、急に不安になるんです。
アレ、あたしこんなんでいいんだっけって。
ここにいたら、今まで経験してきた、
戦場のような介護の現場には、
もう、戻れないかもしれないって。
介護の仕事は、とてもやりがいがあったけど、
命を前に、やりがいとか、仕事とかって部分を
大きく超えてしまう瞬間が何度もあったから・・・・。
できれば逆戻りしたくないのは本音。
一度きりの人生、
仕事以外の暮らしや趣味も大切にしたいしね。
ただ、やっぱり、こうやって大学に戻ってきて
それぞれの分野で頑張っているみんなと話すと、
私、こんなぬるま湯みたいな毎日に
満足していていいのかなって思うことも事実かな。」
大学の保健室の先生であるAさん。
忙しすぎず、やりがいもあり、
傍目には理想的なお仕事ですが、
もとは看護師で、壮絶な現場からの
叩き上げでキャリアを重ねてきた
Aさんならではの、考えさせられる感想でした。
(次はBさんへつづく)