乾山晩愁
葉室麟 新人物往来社
尾形光琳の弟、尾形乾山を描いた作者のデビュー作で歴史文学賞を受賞した作品である。
狩野永徳、狩野一門、長谷川等伯ら絵師を描いた短編集。
歴史の裏側や側面からみるようなおもしろさである。
人物のスポットライトの当て方がいい。
違った角度から有名な人物を見るとまた違った姿が見えてくる。
女性の絵師「雪信」がよい。女性であるが故才能があるのにたたかれる。しかし、自分を貫く強さはすごい。
しかし、最後の「一蝶幻景」大奥が忠臣蔵、吉良仇討の筋書きを作った話は、どうかな~
つめたいよるに
江國香織 新潮社
短編集である。
子供の国語の問題集に載っていておもしろいから読みたいと言われて読んでみた。
子供たちの晩餐。
児童書のくくりになっていた。
児童書と文庫本がある。
児童書には、「子供たちの晩餐」がない。
文庫本のほうにゆたかなお皿のカテゴリーに収められている。
江國さんは、村上春樹系の匂いのするしゃれた書き方をする人だ。
おもしろいけれど私はあまり好きになれない。というか、いなかものなので都会的な文章に感情移入できないのだと思う。
レビューでは、「デューク」が秀逸とある。
感性のない私にはその良さが解らない。
私は、養老院のトキさんを訪ねるトキオの「鬼ばばあ」
特に手毬麩が鮮やかに浮かぶ「晴れた空の下で」
食べることと生きることの区別がようつかんようになったのだ冒頭と文末に同じ文章が用いられているが、その対比の妙。
「南ヶ原団地A号棟」ダントツ。
の3つだな。
八日目の蝉
角田光代 中央公論社 1,680円
不倫相手の生まれて6カ月の赤ちゃんを連れ去り(誘拐)育てる女、希和子。
誘拐するつもりはなかった。ただ、一目見たかっただけ・・・
不倫のドラマでは、妊娠した子供をおろさせられたのに同時期に妻は出産。その事実を知ったらおきまりは、妻が憎い、困らせてやるとかの憎しみの行動をとるものなのに希和子にはそれが感じられなかった。
その子を「薫」と名付けて育てることに。
友達のところにやっかいになり、行くあてもなく、名古屋では、見ず知らず女性の家に世話になる。立ち退きを迫られているのに居座っている家であった。ま、これもいろいろ事情が・・・
そして、自然食品などを移動販売しているエンジェルハウスにすがる。
ここは、宗教団体のようなカルト集団のような怪しいところであったが、子どもと一緒に暮らせる家が必要で指名手配となった今では頼れるものは何でもよかった。
ここは、全財産をエンジェルハウスに預けるのが条件。全財産をとられるということ。
そして、新しい名前をつけられその名前で生活する。
希和子は、父の相続した4000万もの貯金を託してもここにいる意思を示す。
与えられたワークをいう仕事を何も考えずにこなし、それぞれわけありの仲間たちと自分の事情について話さなくてよい環境が楽であった。
が、オウム真理教のように「子供をとられた」「お金を返してくれない」とハウスに入っている人の親が騒ぎだし、マスコミがき、警察の捜査が入るとわかると3歳になった薫とともにハウスを逃げ出した。
ハウスを逃げ出す時に教えてもらった久美の小豆島の実家を訪ねる。
久美の実家は、大きな蕎麦屋であった。
行くあてのない希和子は、島が気に入りここで暮らすことにする。
宮田京子と名乗り、久美の母親に面倒を見てもらいながら薫と幸せに暮らした。
しかし、警察の手が伸び逃亡寸前で捕まった。
実の両親のもとに戻った薫、いや、恵理奈は、なじめないまま成長する。
誘拐されていた頃の記憶はない。
しかし、誘拐されて誘拐犯に育てられたという好奇の目で疎外されていた。
両親もどう扱っていいのかわからなかった。
誘拐されて実の両親のもとに戻ったら惨めな生活から裕福な暮らしに変わりめでたしめでたし。というのが普通のオチなのだと思うが、ここは違った。
父親は、どちらにいい顔をして不倫していたような男であるし、母親は、希和子に嫌がらせをしていたし、自分も実は男を作っていたことも明らかに。恵理奈が戻った後、母親らしいフォローはしないのだ。家事もしない上、子供たちの面倒もあまり見ない。
希和子が母親だったほうがよかったくらいである。
恵理奈は、誘拐した女を恨み、家にも居場所を見つけられないまま二十歳の大学生になった。
恵理奈を「リカちゃん」と呼ぶ突然訪ねてきた千草に戸惑いながら自分を取り戻すことになる。
千草は、かつてエンジェルハウスで一緒に生活していた「マロン」であった。恵理奈は、小さく覚えていなかったが、同じ苦しみを今も持つ千草。
不倫相手の子を妊娠した恵理奈は、一人で産んで育てることを決意。千草と自分の過去を見て回る旅に出かける。
小豆島に向かうフェリー乗り場で実は、ニアミスをおこしていた恵理奈と希和子。
犯人として捕まり服役した希和子。犯罪であるけれどそれに至る事情は悲しい。聡明であろう女性が騙され捨てられ、それゆえ犯罪を犯してしまう。赤ちゃんの可愛い顔をみたら人間は本能的にかわいいと思うのである。守ってあげなければと思うそれだけだ。
希和子に恵理奈を会わせてあげたい。そう思った。
ラブレス
桜木紫乃 新潮社 1,600円
直木賞は、葉室麟さんの「蜩の記」となりましたが、その作品とこの作品が最後の最後の選考で競ったということでした。
丁寧な文章だ。
舞台は、北海道 標茶というところ。
杉山百合江、里実姉妹は、道東の開拓地の炭鉱住宅に住む貧しい一家に生まれた。酒飲みで家族に暴力を振るい借金をつくる最悪の父親とそれを黙認する母親、3人の弟の7人家族であった。不幸な生い立ちは、成長しても本人にもそれぞれの子供である小夜子、理恵・・・そして、綾子にも影を落とす。
百合江は、高校を卒業したらバスガイドになる夢を持っていた。が、中学を卒業後、借金のために父親が勝手に決めた奉公に出され人生を狂わせていく。
一方、妹里実は、生活が苦しいので生まれてすぐ叔母に預けられたが大切に、不自由なくそして厳しく育てられた。ところが、これまた、父親の勝手な考えで不本意ながら貧しい家に戻され憎しみ恨みを抱えて生きていくことになる。
愛情なく家族を振り回す父親に嫌悪感どころか人間の終わりを感じた。母親が子供を連れて逃げたらいいじゃないと人はいうかもしれないが暴力とはここまでくると逃れられないのだ。本当にかわいそう。
百合江は、奉公先から逃げ、故郷を後にした。得意の歌をいかして旅芸人として一条鶴子一座と全国を回る一つの場所のとどまらない生活で身を立てる毎日。そして、一座が解散してからは、女形の宗太郎と二人で流しで暮らし、女の子をもうけた。「綾子」と名付けた。
その日暮らしの足に地がつかない生活をしていた二人に家庭というものを築けるはずもなかった。
一人で綾子を育てる百合江を助けたのは、里実であった。
里実は、理容師となって実家から逃げてその性格通り、キチンと暮らしていた。
里実は、何かと世話を焼き百合江の再婚もやってのける。
不幸は逃れられないのか再婚した相手の借金を返すためにやくざ者の言うとおりに働かされ、2人目の子「理恵」を産む時、子宮も取られ、挙句妄想の姑とマザコンの夫によって大事な綾子をなくしてしまう。
綾子は、何処へ行ったのか、どうされてしまったのか、読み進めていても綾子のことが頭の隅にいつもあった。
里実は、親方の長男と結婚し、幸せであったはずが、夫が愛人に産ませた子供「小夜子」を夫の両親が、引き取り、里実に育てさせるという屈辱を味わう。
二人に安息の時はないのか。
不幸はどこまでもついて回るのか悲しい。
唯一の救いは、綾子が生きていたことだった。
何も知らず、バイオリストの両親のもとで裕福に何不自由なく大事に育てられ、留学もできるほどの教育も受け育った。そして、有名な演歌歌手となった「あや子」。彼女の才能は、間違いなく本当の両親のDNAだ。
願うのは、真実を知らずに「あや子」として人生を全うしてほしいのみ。
読後余韻に浸れるすばらしい作品でした。
「ツリーハウス
」 (角田光代) に何か似ているような気がしました。
直木賞候補作品というニュースをネットで知って読みました。
作品紹介と作者紹介を合わせて見てからだったので作者に先入観がありました。
高卒で結婚後、主婦の傍ら小説を書く・・・みたいな作者紹介。
不自由ない主婦生活で暇だから趣味程度で書いた小説が当たったんでは?女性ならではの意地悪な嫉妬が入る。
題名も何か軽いものを連想させるし。
初めて読むものは、作品紹介は作品を手に取る上で必要だけど、余計な情報は、読後に知ったほうが良いと痛感しました。
残念なのは、タイトルもそうだけど、一番いけないのが、本の装丁ではないだろうか。
何でこんなデザインにしてしまったのか
題名と内容とかけ離れたものだし、本の表紙も内容を表すのかギモン。この表紙からだとイマドキの若い女の子が書いた軽い内容の恋愛ものかと思ってしまう。
内容が良いだけにここだけ残念である。
伊藤潤 光文社 1,785円
第146回直木賞の候補作ということで知り、読んでみました。
時代小説と解説にあったので先入観でてっきり長編だと思ったら短編だったのだ。
「見えすぎた物見 」
「鯨のくる城 」
「城を嚙ませた男 」
「椿の咲く寺」
「江雪左文字」
の5編。
歴史の表舞台に出てこない戦国時代の武士たちを主役に据えるという視点の違ったものでした。
信長、秀吉、家康、前田利家、上杉謙信、武田信玄、歴史に名を残す武将はほんのわずかで名も知られない、功績すら知られない底辺に至るまで様々な人物がいたに違いない。我々はそれを知る由もないがこの本でそのような人たちの存在を認めるのである。良し悪しは別として・・・・
戦国時代だからといって戦略に長けている人ばかりでないし、騙される人は今も昔も明暗を分けるのだなと改め
て考えさせられました。
私は、戦国時代が一番好きで上の有名どころはたくさん読み漁っていたので戦の手法はこうなのだ!と思っていたが、彼らが特別長けていて他の武将とは遥かにかけ離れていたのだと気付きました。
自分が思っていた以上にスーパースターなのです。
話がそれてしまった。
だいたい戦国物は、秀吉、家康あたりを中心に書き古されている小説が多い中で異彩を放つ一冊であろう。
伊藤潤さん、知らなかったけけれど人物の描き方が解りやすいし、難解な用語にふりがなが振ってあるので読みやすいのであまり知識の薄い時代にもすんなり物語に入っていけます。
最初の「見えすぎた物見 」 では面喰いました。短編なので、展開が早いです。川中島ごろから桶狭間だな、と思ったら、数行で本能寺の変も過ぎ去る。
下野国佐野家が舞台である。時は、北条氏政の時代。上杉、北条の領国の境目にあり北条家にくみしているが、家を守るため代々その時々で強い勢力について生き残ってきたのだ。またそのようにしてこなければ家も領国の民も守れなかった。
かっこよくない戦いぶり、みっともないくらい頭を下げ続ける・・・
いつも時代もヒーローばかりではない。戦国時代にあって実際にはこのように立ち回る武家が多いことに今更気づかされる。だからリアリティも感じるのだ。
優秀な物見の二人のおかげで佐野家は支えられてきたのだが、最後は、その見えすぎる目によってほろんでしまう。
優秀なのは隠しておかねば、バカなフリをすることも作戦の一つとか深く考えさせられることになった。
「鯨の来る城」丹波の賢さが際立っている。
今も昔も変わらない。トップと一番下は仕事ができるのに、今の時代で言うと仕事ができない中間管理職で才能もないのに職だけ上に上げられた人に仕えるのはなんともかわいそうである。
最後にしてやったり!と痛快であった。
そして、本題の「城を噛ませた男」である。それが、真田幸村であることに気づくのに時間がかかった。だましだまされ汚い奴なのだが、このような食わせ者でなければ戦国の世は渡れないのだ。うん、きっとそうだ。
「椿の咲く寺」 はじめて女性が主役となる。しかし、戦国の世一転二転。きれいな部分だけを切り取ってはくれない展開で妙彗尼は生かしてほしかった。
「江雪左文字」家康につかわれる江雪である。
石田光成と関ヶ原で合戦を繰り広げることになる前段階の工作話だ。
金吾こと小早川秀秋を寝返らせ、徳川方に味方させることが戦いの勝敗を決めることになる。
バカな金吾をこちら側にさせるのは簡単なのだがバカな故簡単にいかない。優秀なものであれば即座に風を読みどちらにつくのが自分と家の安泰のためによいか判断できるであろうに。
それぞれのエピソードは、別物だけど、その時代を構成した同じ時代時期にこちらの裏でこのような工作が繰り広げられて、あちらの裏では、あのような作戦が練られて、名を知られることのない様々な人の犠牲の上にあの有名な合戦はつながっている。歴史の全体像を垣間見た気分で、様々な人の在り様を考えさせられることになった。
3日間のつくばスローマーケット終了しました。
お店番の間に他のお店を偵察~
食べ物系、展示販売、販売&体験のお店と、実に様々なお店があり。
実店舗は無いお店が多く、ネットのみとか移動販売、委託販売のお店という形態だとか。
そして、県内、県外と様々な場所から集まってきていました。
石鹸のお店、カービング、アクセサリー、コーヒーあんどワッフル、焼き物、
そのなかでも、
おいしい焼き菓子のセニョールカクトゥスhttp://plaza.rakuten.co.jp/srcactus/
トマトのジャムを挟んだパイや全粒粉のクッキーどれも私好みのおいしさ~
メキシコ料理のお店ということなのでメキシコのお菓子ですよね。初めて食べました。
また食べたいよ。
いろいろな出会いあり、新たな課題ありと充実の3日間となりました。
スローマーケットは、今まで行ったことがありませんでした。
しかし、今年は所属する団体のスタッフとして参加します。
どうなることやら。
気がつきましたら声を掛けてくださいね。
『つくばスローマーケット』
開催日:10月8・9・10日
場所:つくば駅からすぐのQ’t・クレオ周辺
チラシhttp://tsukubamarket.com/flyer.html
http://tsukubamarket.blog.fc2.com/blog-entry-763.html
ルー=ガルー 忌避すべき狼
京極夏彦 徳間書店
ダメだ。これは、読めない。
例えるなら、ピーマンが嫌いだとする。ピーマンをおいしそうに食べる人を見て私も食べてみようかという気持ちになって口に入れてみたが、おいしくはないが食べられなくはないなと思いながらもぐもぐしてみる。
でも、どうしてもゴクンとのどへは押しすすめられない・・・そんな感じです。
京極夏彦の時代物は、おどろおどろしいけどつい読んでしまうんだな。
その人が書く近未来の物語ってどんなものかと思ってページを開いてみた。
一般読者から公募した内容だというが、まず登場人物が14歳の中学生。イマドキの名前で、これ何て読むの?女か男か?と、
考えてしまい読む時に名前がすらすらと頭に入ってこないために文章が読み進めないのである。
すらすら読めないと言うことは、ストーリーに入りこめないということになるので、致命的。
それに、ゲーム、戦闘のにおいがはじめからとんがってる。
私は、ゲーム苦手。戦いモノきらい。なので、すでに苦手意識がストップを掛けたのかもしれん。
こんな記事を見て気になったから続編を読むならまず本編でしょと思ったのだが。
読売新聞 8月26日(金)3時5分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110825-00001187-yom-soci
京極さんと宮部さん、複数形態で書籍同時発売
講談社は25日、京極夏彦さんの新刊小説「ルー=ガルー2」を単行本、ノベルス版、文庫版、電子書籍の4形態で10月、同時発売すると発表した。
また、宮部みゆきさんの小説「おまえさん」も9月22日に同社から単行本、文庫が同時発売されることが分かった。文芸書の売れ行きが鈍る中、まず単行本を発売し、3年前後で文庫化するという、出版界の慣例を破る試みだ。
京極さんは「文庫が単行本の廉価版、軽装版だと考えるのは送り手側の幻想。特性を生かせば、それぞれを求めるユーザーの元に届くはず」と語る。「ルー=ガルー2」は単行本3200円、ノベルス版1400円、文庫版上・下各700円、電子書籍1400円(いずれも予価、電子のみ税込み)。新書サイズのノベルス版と文庫、電子書籍はほぼ同価格となる。
宮部さんの「おまえさん」は累計260万部に達する「ぼんくら」「日暮らし」に続くシリーズ第3弾。予定より3年遅れの刊行で、宮部さんは「本来なら、もう文庫が出ている頃。文庫の読者をさらに3年お待たせするのは申し訳ない」と同時刊行を決めた。
そうそう、京極さんの意見がごもっとも。
若い頃は、お金がないので文庫本を買って読んだものだけど、大人になると単行本で読むのがかっこいいと思った。
しかし、もっと年齢が進むと見た目とか値段は卓越する。だってね、字が見えにくくなっちゃた。
で、大きい活字が読みやすいので値段、装丁に関係なく「字が大きい」という選択肢のもと単行本を選ぶ。
あれっ
京極さんは、もっと次元の違うことをおっしゃっている!?
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