1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2011-05-05 15:50:14

あおたんのグルグルライブカレンダー

テーマ:ソフトウェア
やっと、できました。待ち受け壁紙。
動くカレンダーbyあおたん

あおいのオフィシャル ブログ

あおたんのおやぢくさいけど、ちょっと哀愁漂う姿と、はなちゃんのつれなさそうなクールビューティなイラストシリーズでお届けする、グルグルまわるカレンダー壁紙!

可愛いあおたんの12ヶ月分のイラストと文字色テーマを5パターン揃えました。
気に入ったあおたんのイラストに、文字色テーマを選んだら、回る早さも3パターンから選んでください。

魚屋の裏に住み付いている野良ねこ・あおたんと、その想い猫、いいところのお嬢ちゃま・はなちゃんシリーズ
  最初は、スライディングパズル。
  今回は、ライブカレンダー。
色んなエピソードも交えて、このシリーズは増えていく予定です。
よろしくお願いします。

次のシリーズもご期待下さい。

原作者のムラクモちゃんのブログもよろしくー


2011-04-27 20:53:39

あおたんのすいすいスライディングパズル!

テーマ:ソフトウェア
あおたんのパズル作りました!

あおいのオフィシャル ブログ-パズル


あおいのオフィシャル ブログ-説明


あおいのオフィシャル ブログ-アイコン

AndroidMarketからダウンロードできます。
無料アプリですので気軽にインストールしてください。

あおたんの簡単なプロフィール
名前:あおたん
(左目、左耳にアオタンのような模様が有るから)
種類:雑種ネコ(のら)
誕生日:2月2日(にゃんにゃん・・・)
住所:3丁目の魚屋の裏
以下 省略

生みの親は、ムラクモちゃんここで何かやってますね。ふふふ
2011-04-15 10:58:32

復興支援じゃなくて、私的支援物資輸送

テーマ:ブログ
亘理郡山元町の妹の所はまだ電気しか復旧してないよー。
自衛隊のお風呂入ってます。
何か欲しいモノない?って聞いたら、大きいものは洗濯出来ないから子供のトレーナーとかズボン。
あと、肉、野菜、果物、水、シュークリーム(笑)
まあ、置いて来たよ。
小中幼稚園の子供四人だから、それは大変だろうなあ。
福島にも近いから、放射能が心配ではある。
まだまだ水が出たとは聞いてないし、行った時はちらほらとしかお店が開いてなかったので、買い物とか出来ないだろうなあと思った。
町としての機能は10%も復旧してないんではないだろうか?
高速道路が使えるだけいいかもしれないけど。

利府の妹は殆ど復旧!と聞いてたらこの間の余震で大元の水道管が逝ってしまわれて、「お姉ちゃん、水送って」と。。。
一日我慢すれば気仙沼行く時に水置いてくよと、山形では水買い放題だから1.5ペットを12本と、20リットルタンクに水汲んで置いてきた。
妊婦に水汲みは大変だからね。

気仙沼には一昨日、アパートに引っ越して足りないものとか、漬物とか肉とかを置いてきた。
間借り暮らしも解消で、お風呂も入れるし大分良さげ。
親子三人で暮すならいいでしょう。
気仙沼は、行くたんびに花粉症が悪化する。
きっと花粉だけではない、なにか身体に悪いものも飛んでいるに違いない。

実家の鉄筋コンクリート3階建て、中が少し片付いて置くまで行けた。
横と裏はまるっきり壁が抜けてた。取り敢えずトタンで補修。
一階店舗の天井を見上げたら、鉄骨にペットボトルやら、帳面やらが引っかかっていた。
水没したんだなあと、実感。
2階の倉庫部分、西側のコンクリート壁に亀裂が入っていて向こうが見える。
あらあら、水が逃げ場を探してでも抜けなかったんだ。
この階も殆ど水没したけどモノの流出は少なかったみたい。
取り敢えずノートパソコンを拾い上げたけど、サビサビ。
HDが復旧できるかな?でも、海水の中を転げ廻ったみたいだから中にまで海水入ってそう。
取り敢えず洗って乾燥中。

と言う感じです。
日帰りで帰ってきた翌日朝、父から電話
「血糖値測る機械の電池CR2032?買ってくれ」
「はいよ」
ボタン電池だからすぐ買えるだろうなあと思ったけど、コンビニにはなし!
コジマでゲット。ツイッターのみなさんに情報貰いました。ありがたいm(__)m
取り敢えず送りました。ちゃんと着くかな?


2011-03-24 16:47:03

震災当事者じゃない、自分が一番弱い

テーマ:ブログ
現在の被害状況
父母妹(2)->気仙沼で津波・店舗兼自宅半壊、知人宅に
妹(1)->亘理郡山元町で職場津波・自宅被害なし、インフラまだ
妹(3・妊娠中)->利府町で地震のみ旦那石油コンビナート炎上。断水。
私は山形で被害なし。

現在精神的に落ちています。
故郷の惨憺たる有様が毎日流れ、涙を流さないようにするのが必死。
無事の喜びから一転、父の透析・糖尿・癌治療などの心配が解決されず、本人も他の場所での治療は望まず生きてるだけが最低レベルの現地から離れないと。

そういう状況を物がないとは言え安寧に暮らせる場所から心配しているだけの毎日。

気仙沼ではこれからの生活の為に必死に立ち上がろうとしているのが分かります。

妹(2)も教師と言う役目と四人の子供を抱え、被害の甚大な山元町でどれだけの困難に立ち向かわなければいけないのか?

妹(3)も、幼稚園の息子とお腹の子を抱えて、続く断水、物資不足の中逞しく生きています。

私は自分がどう役に立てるのかわかりません。
だから、気仙沼の自分の実家の事を、自分がどう感じるかそれを言葉で表現するしか今は術を見出せません。


父を無理矢理にでも連れ帰ろうと気仙沼に行った時は、もうこれ以上余計なものは見たくない、感じたくない。写真も撮りたくない。こんな現実いらない。
精神的に弱いのかもしれないけれど、いやだった。
でも、その感情の叫びはどこに向かって響かせればいいんだろう?叫びようがなく、ずーっと私の心の中で反響を繰り返しています。

文章を書く人ではない自分がこんな事を書いてもいいんだろうかと、結局人に認めて貰えるのか?この感情を?と、誰からもわかってもらえなかったらどうする?ばかか?おまえ?といった葛藤もある事をここで吐露するほど、弱ってます。

ネットはこういう時やはり駄目だね。

2011-03-22 13:44:20

私が東日本大震災を見ていられる理由

テーマ:ブログ
ここ、山形は地震から24時間後に電気がほぼ復旧しました。
隣県、宮城とは雲泥の差です。
当初から水も出て、大抵の家はプロパンなので煮炊きには困りませんでした。
ただ、昨今の暖房器具は電気がないと使えないものばかりで、たったひとつだけあった昔ながらの灯油ストーブで暖を取りました。

ラジオで主に山形県内の情報を聞きながら、気仙沼で火事が発生と言う言葉を遠くで感じていました。
多分、リアルタイムでこの湾内全域に広がりそうな映像を見ていたら正気ではいられなかったでしょう。
連絡の取れない、火事からそう遠くない場所に居るはずの両親妹はちゃんと火事から逃げたのだろうか?
どこまで燃えたの?誰の家が?津波はどこまで?
ラジオからは伝わっていなかった映像は、一両日たってはじめて目にした時、魂が体の後ろに引っ張られ体から離れそうでした。この世の物とは思えない信じられない地獄絵図でした。
うちの父母妹は、この地獄絵図を湾を見おろす保育園の園庭から一晩中見ていたのです。
勿論、まだ今回の地震の時の話は詳しく聞いてませんが、容易に想像できます。
それでも、気仙沼に留まり建てなおしたいと思っているのですが。

ここからは私の勝手な想像です。凄惨な光景を文章にしたので読みたくない人はここまでで。
































春に近いとは言え、夜、まだまだ冬の風の吹く寒い高台の園庭で、ただ黙って立って炎を見る。
生臭い油と焦げ臭い匂いと、湾の海面を覆う油の幕が燃え立つ赤い光、爆発音、助けを求める声、悲鳴、呻き。湾内を炎を拭きあげながらくるくると廻る船、船。いつまでもいつまで、夜なのに空は赤く赤く染まって湾は地獄の釜の中の様な有様だったんだと。微風ではありながら、風は始終鹿折の方へ向かって吹いていた。油の薄膜も炎を伴って水面を鹿折の方へ滑っていく。炎を揚げた薄膜はそのまま鹿折川を遡上して行く。炎の卵を撒き散らしながら。津波で壊滅的なダメージを負った町並みに炎がドンドンその手を広げていく。高台で見てるだけの人は、あの中に誰も居ませんように。逃げおおせてますように。必死に無言で願っても耳には何かそう思いたくない音が入ってくる。多分この時点で現実から意識が乖離してくるだろう。そうじゃなければ、明日への希望や立ち上がるための力を保持する事が出来なくなってしまう。
そんな状況を過ごしたんじゃないかと。
鹿折は怖くて見てません。TVで見た実家の倉庫があったはずの場所も焼け崩れた瓦礫があるだけ。
放送で見た時は、そこが鹿折駅だとは信じられない、本当にまともな建物一つ残って居ない。
まとめて2,3の町単位で家屋が消失している。
どこが何だったか、ほんとにわからない。線路があるからきっとこの辺だろうという。
どの写真を見ても、焼け焦げた瓦礫瓦礫瓦礫。生きてる人間の気配すらない。
私が知っている鹿折の風景は、焼け崩れてしまった。




Amebaおすすめキーワード

    1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>