ブロックタイヤ付きシクロクロスマシン(9kg)で参加した茂木100kmサイクルマラソン、


無事完走できました。金子兄貴も頑張ってました。当初の計画は、2~3周でメイン集団


から千切れるだろうから、その後はパインヒルズの女子選手のアシストを行う予定でありましたが、


苦しいながらも意外にメイン集団について行き、さすがに最終周の上りで、力尽き 千切れた


もののトップから1分遅れで無事完走。Eクラス(50歳代クラス)6着入賞のオマケつきでした。


シクロクロスマシンは、BBハイトがロードバイクと比較して低いため、高速下りコーナーで


ペダルを擦るのでは?との恐怖心がありましたが、意外に大丈夫。またブロックタイヤでも


スベル事なく走り切れました。このマシンで平均時速39km/hで走れた事には正直ビックリ!


アランクロスマシンはポテンシャル高いです。今はオフシーズン 目先の勝ち負けには


全く興味ない中、非常に濃い練習が出来ました。2月の東京お台場でのシクロクロス大会、


久しぶりに マジ頑張ります(クロス大会2回目ですが)








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170km地点で、20数名のメイン集団から千切れ、一人旅。


その後は、後続に抜かれる事無く 32番手でGOAL!


応援、サポートして頂いた皆さま ありがとうございました。


http://tour-de-okinawa.jp/2014/pdf/004_results1.pdf



スタートはシード選手扱い(昨年50番以内)のため、2列目に陣取る。


金曜の本部半島 路面/工事箇所チェックから、集団右側前方を死守したため


危ないシーンは現れず 一安心


そして 1回目の普久川ダム上り、50番手ぐらいから入る。


昨年ほどのハイスピードではなかったせいか?中盤までは比較的余裕あり。


しかし ラスト1km、かなりヤバくなったが、ひたすら我慢。


結局 25名ほどの人数に絞られ、補給地点では5~6番手で通過、


マッサー兼補給アシスト役の カツラ姉さんから ボトルⅡ本&スペシャルエナジー


を受け取る。









その後 分岐地点から、奥に向かう途中、後続がどんどん追い付き その人数 60~70名。


但し 普久川ダムで一旦遅れた選手なので、あまり気にしないようにした。


奥のダラダラ上りは、集団中ほどでピーク通過、そして 与那からの2回目の普久川ダム上り


流石にきつくなる。途中あれだけいた選手も一気に減員・・・ 何回か 千切れかかったけど


無理して限界のモガキ、かなり危なかったけど 何とかくらい付き カツラ姉さんから


補給を受け、20数名の集団で 下りに入る。但し ここにきて 脚が大胆に攣り始める・・・


対策はエンライテン、今回は3PACKも使いました。効果は抜群でしたが・・・


そして最大の難関(当社比)、安波小学校からの上りに突入、両大腿、両ふくらはぎ


が完璧に攣る・・・ これでお終い??? しかし 諦めなかった私がそこにいました。


耐えて耐えて無理して無理して 攣りながらダンシング、そして辛うじてダラダラで終わる


ピーク部を集団最後尾で通過、もう力の余裕は全くありません。


そこから下り~平坦基調の中 ローテーションにもほとんど加われず、


錚々たるメンバーである皆様には迷惑を掛けました。 


そして170km地点の上りで限界となり 一人集団から千切れる。


その時 思ったことは、直ぐに後続集団に追いつかれ、50~60番にまで落ちて


しまうんだろうという事。ずっと はるか後方を気にしていました。


そこから、けして速くはない黄色ゼッケン3~4名とローテーション、上りは特に


遅い、そして羽根地ダム上り 皆がいなくなり、前方から落ちてきたゼッケン685


の選手としばらく走る。


そして川上からのR58号線、ラッキーにも強い追い風・・・


最後はゼッケン685選手と、流しGOAL!








昨年は33位。1年掛けて1番手UP。単純計算だと、31年後の85才になったら


優勝できるかもしません(笑)



備考:カツラマッサーありがとう。そして 北九州で私をいじめてくれたアグリメンバー/

 

    朝練メンバー/阿蘇、鹿児島合宿メンバーの方々 32位上位完走が出来たのは


    皆さま方のお蔭です。




写真 シクロワイアード、古川さん ありがとう。












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3月チャレンジ4着、7月壱岐レース6着、8月岡山ミッドナイトエンデューロソロ1位4、9月 富士チャレ300 4位 ・・・・レポートは後で書きます。
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