今日の 「カンブリア宮殿 」は

タイトルを見て気になったので 録画しておいた。


日本の医療に警告!北の大地の天才脳外科医


ゲスト
旭川赤十字病院 脳神経外科
第一神経外科部長 脳卒中センター長
上山 博康(かみやま・ひろやす) 氏
日本人の死亡原因で、がん、心疾患に次ぎ、3番目に多い、『脳卒中』。現在患者数は150万人を超え、毎年25万人以上が新たに発症している。
その『脳卒中』の最後の砦といわれる医師が、北海道・旭川にいる。旭川赤十字病院・脳卒中センター長 上山博康。
他の病院では手術不可能と言われた、深刻な脳の病を抱えた患者が、彼を頼りに集まる。上山は、年間500件以上の手術をし、休みなく働き続け、患者を助けることに心血を注いでいる。

上山が活躍する外科医の世界。それが今、危機に立たされている。外科医になりたいという医師が減少しているのだ。
大きな理由の一つが、訴訟の問題。一生懸命、患者を助けようと努力しても、それが叶わぬ場合、誤解を生み、訴えられるケースがある。医師として、病院として、例えそれが“白”であったとしても、大きな痛手となる。
この問題を、どう解決していくのか?実は上山は、旭川赤十字病院で訴えられたことは一度もない。なぜ、上山は訴えられないのだろうか?その秘密を探る。

そして現場の医師に突き付けられているのが、医療費削減の問題だ。「このままでは、日本の医療は金持ちのものだけになってしまう!」上山なりの努力もしていた。
しかし、高齢化社会の進行や、財源の問題など、解決の糸口が見えない。日本の医療はどうなっていくのか?最前線で闘う上山に、肌で感じた危機感を聞いた。

日本中の医者が絶賛する、匠の手!
毎年25万人以上が新たに発症しているといわれている「脳卒中」。上山がリーダーを務める旭川赤十字病院・脳卒中センターは、その手術件数で全国1位を誇る。他の病院では手術不可能と言われた患者を受け入れ、これまでに2万人以上の命を救って来た上山を、いつしか人は“最後の砦”と呼んだ。
上山が対峙している病気は“脳動脈瘤”と呼ばれる脳卒中の一種。動脈瘤の手術では、ミリ単位のミスが重篤な後遺症を残してしまう。不可能と言われた手術を可能にしているのは、上山の匠の技。そしてそれをサポートする手術器具だ。それらの殆どが、自ら考案した器具だという。中でも代表的なのが、ムラマサと呼ばれる手術用のハサミだ。1つで3役をこなすハサミ。その実用性は高く、日本の脳外科医の約8割が使っている。このハサミには、上山ならではのアイデアが詰まっていた…。

働き続ける脳外科医・上山博康
上山の一週間は月・水・木・金が手術。火曜日が外来。土日も休みではなく、手術で全国を飛び回る。睡眠時間は1日平均で4時間。そんな生活を30年以上続けている。
上山曰く、「命がけでやってくる患者さんの信頼に応えるため、納得してもらうまで話す。」
そのため、外来診察日には、全国から上山を頼ってやってきた患者に、1人1時間以上を掛ける。外来が終わるのが、時に深夜2時過ぎになることも…
なぜ、こんなにも上山は働き続けるのだろうか?そこには、上山の強い思いがあった。

このままでは、日本の医療は金持ちだけになってしまう!
現在、医療界に大きな難題が降りかかっている。それが、医師不足と医療費問題である。
医師不足が特に深刻なのは、外科・産婦人科・小児科である。この3つは、他の診療科に比べ、訴訟のリスクが高い。しかし、上山は訴訟件数0。
また、医療費問題で、日本で今、新たな医療制度が広まっていている。この医療制度により、上山はあることを危惧している。「このままでは、日本の医療がお金持ちのためだけになってしまう。」
そこで、上山は先手を打って出た。医療費を節約する“上山流手術”とは?

なぜ、上山は訴えられないのか?
どうやって、上山は医療費削減をしたのか。
それは、患者に賭ける熱い情熱に大きなヒントがあった。

≪ゲストプロフィール≫
1948年 青森県三戸郡五戸町生まれ
1973年 北海道大学医学部卒業後、同大学医学部脳神経外科学入局
1980年 秋田県立脳血管研究所に赴任
1984年 北海道大学医学部脳神経外科助手
1985年 北海道大学医学部脳神経外科講師
1992年 旭川赤十字病院脳神経外科部長


ドラマじゃなく、本当に凄い手術の技術と医療用具。

顕微鏡で大きく見れても実際には手作業であんなに細かい作業が出来るなんて

本当に神業。 凄いの一言です。