38年前の昭和47年、心臓病の子供を救う明美ちゃん基金(産経新聞社提唱)で手術を受けたインドネシア人、クルニアワン・イマサタ・スリスティオさん(45)が28日、東京・大手町の産経新聞社を訪れ、基金へ現金2万ドル(約180万円)を寄託した。外国人として初めて基金の適用を受けた7歳の少年は、いまや世界を飛び回るビジネスマンに。「命を救ってくれた恩返しをしたい」と話している。(油原聡子)

 スリスティオさんは当時、「ニューニュー君(坊や)」の愛称で呼ばれていた。4歳のとき、日本から医療援助で訪れた東京女子医大の故高尾篤良医師により、生まれつき右心室の出口が狭く肺動脈へ十分な血流がない「肺動脈狭窄(きょうさく)症」と診断された。

 日本での手術を切望していたころ、医療援助に来ていた財団法人結核予防会結核研究所の今村昌耕医師(92)と出会った。今村さんは「体格もひ弱で、どこか不安げだった」と振り返る。今村さんの尽力もあり、外国人として初めて明美ちゃん基金が適用され、東京女子医大病院で心臓外科の権威だった故榊原仟(しげる)教授の執刀で手術を受けた。

 帰国後は元気に復学し、米国へ留学して財政学と会計学を学んだ。母国へ戻り銀行や不動産、保険会社などで働いた。現在は総合開発会社の管理職の傍ら投資家としても活動。欧米ビジネスマンに人気の携帯電話「ブラックベリー」2台が手放せない忙しさという。

 セカンドネームの「イマサタ」は、手術に尽力した今村、榊原、高尾の3医師の名前からもらった。

 今村さんとは家族ぐるみのつき合いが続いている。今回の寄託が実現したのも、休暇で今村さんを訪ねようとしたことがきっかけだった。電話で来日を伝えた際、現在も基金が活動していることを聞き、即座に寄託を決意したという。

 「当時は、貧しくて基金がなければ手術を受けられなかった。日本人の善意に心を打たれた。大人になって仕事で日本を何度も訪れ、常に基金のことが頭の片隅にあった。命を救ってくれた日本人へ恩返ししたいとずっと思っていた」

 今村さんは「『ニューニュー』は経済的にも自立できた。恩返しするのもめぐり合わせだろう。彼の人生が開けた姿を見届けられ、うれしい」と話した。

 この日、妻のリリーさん(49)と今村さんと本社を訪れたスリスティオさんは、白い封筒に入れた百ドル札200枚を寄託した。

 「基金にはこれからも子供たちを救ってほしい。世界にはまだ、かつての私のように、貧しいがゆえに手術を受けられない多くの子供が助けを待っています」

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【用語解説】明美ちゃん基金

 昭和41年設立の医療基金。活動資金はすべて読者ら一般の善意でまかなわれ、100人を超える幼い命を救ってきた。外国籍は47年のスリスティオさんを皮切りに17カ国27人に上り、63年以降の16人はいずれも外国籍。

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