江戸秋葉原文芸堂

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江戸秋葉原文芸堂~江戸文化歴史検定1級アキバ文人外神田外堀公式ブログ~-a


( ´・ω・)つ散策ルート (←クリックでグーグルマップに飛びます。)



( ´・ω・)  今日は都内を散策してきました。まずは上野駅を出発点に、寛永寺旧本坊表門(輪王殿)へ。しかし、この移動中に100枚ぐらい撮れるSDカードを家に忘れてきてしまったことに気づいて大ショック。内臓メモリーの12枚しか撮れないと言う制約の中、散策を続けることにしました。



( ´・ω・)  まずは寛永寺旧本坊表門を見学し、隣の寛永寺の両大師(慈眼大師天海・慈恵大師良源)にも参詣。


( ´・ω・) 次は、東京芸術大学の前を通り過ぎて、上野の下町風俗資料館付設展示場の旧吉田屋酒店の建物(明治43年建築) へ。次はそこから目と鼻の先の大雄寺の高橋泥舟の墓で手を合わせました。



( ´・ω・)  その次はまたすぐ近くの谷中霊園へ。徳川慶喜のお墓や勝精、大原重徳などのお墓を静かに眺めました。谷中霊園は広大な墓地です。多くの人が徳川慶喜のお墓の前に群がっていました。


( ´・ω・) 谷中霊園を出たあとは、谷中の長安寺で谷中七福神の一つ寿老人を見学。谷中の七福神巡りは江戸最古の七福神巡りです。


( ´・ω・) そのあとは東京都道452号線(神田白山線)を歩いて行きます。途中、臨済宗全生庵に立ち寄り、山岡鉄舟と初代三遊亭円朝の墓も拝みました。そのあとはまた移動につぐ移動。団子坂を登ってゆくと、『元始、女性は実に太陽であった。』(平塚らいてふ)で有名な青鞜社発祥の地をたまたま見つけました。千駄ヶ木が青鞜社発祥の地だと初めて知りました。


( ´・ω・) そのあとは、向丘二丁目交差点で道を折れて都道455線の本郷通りを進み、向丘一丁目交差点を曲がって日本医大方面の坂を下ってゆきます。医大の手前の小道を入ったところに夏目漱石住居跡の碑(この旧居のことを猫の家とも呼びます。住居は愛知の博物館明治村 に移築)があります。それを写真に収め、医大前の坂を下りてゆくと根津神社の裏手の鳥居に出ます。


( ´・ω・) 根津神社 が今回の散策の第一目的地です。根津神社は六代将軍徳川家宣の産土神です。一通り境内を散策し、賽銭をし、色々と見て回りました。猫がちらほらいました。キツネみたいな猫、黒猫、たぬきみたいな体型の猫など。やはり根津に猫は似合います。夏目漱石の『吾輩は猫である』が書かれた町ですしね。


( ´・ω・) 根津神社をあとにして、しばし逡巡。いっそ六義園 まで強行軍をするか、上野方面へ戻るか迷いました。地図を見たままかなり悩みましたが、空の雲行きが怪しくなってきて寒くなってきたので上野方面へ戻ることに決定。根津の町並みを歩き、森鴎外の旧居跡の水月ホテル鴎外荘 を見て、そのまま道沿いに上野公園の裏手へ。五條天神社・花園神社の境内を通り、清水観音堂 に登って景色を眺め(江戸時代のように不忍の池は見晴らせませんが・・)、最後は、彰義隊墓所である『戦死の墓』(筆・山岡鉄舟)を拝んできました。あと彰義隊墓所の近くの天海の毛髪塚も帰りに見ました。


( ´・ω・) パンダ橋を通って上野駅へ。今日の散策はここで終了です。


( ´・ω・) 根津・谷中・千駄木界隈は坂とお寺が非常に多いです。そして、谷中霊園・長安寺周辺はたくさん中高年の方が歩いていました。ここら辺は都会の喧騒感じさせない良いところなので、歩くには良いところだと思います。ただ、坂が多いので結構疲れますね・・。


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