江戸秋葉原文芸堂

( ´・ω・) 江戸戯作を読んだり、江戸時代関連のニュースピックアップをしたり。江戸文化歴史検定一級第三回最年少合格。


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洒落本・滑稽本・人情本 (新編日本古典文学全集)/小学館
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( ´・ω・) さて、今回は甲駅新話です。甲は甲州街道、駅は宿駅、つまり、甲州街道の宿場である「新宿」の新しい(最近の)お話です。作者は、風鈴山人(その正体は、大田南畝(おおたなんぽ)説が有力。ちなみに、南畝の戯作に影響を与えた平賀源内のペンネームは風来山人です。源内は、南畝が初めて出した狂詩集に序文を書いてたりもします)。安永四年(1775年)、初印本刊行。


( ´・ω・)まずは、目録(目次)。


大木戸 付リ 馬士(まご)のはなし。友の出会。

茶屋の体

座舗(ざしき)のしゃれ

床の内

隣座敷の容子

きぬぎぬのころ

(=おわんぬ。終わり)


( ´・ω・) 本作は、前回紹介した「遊子方言」の影響を受けていますが、こちらの作品のほうが文才を感じました。それでは、本編を読んでいきましょう。


( ´・ω・) まずは、馬子たちの唄と会話から始まります。その内容は、村に臨月の妊婦がいるので、馬子の一人が夜通しの番に加わって、その間に博打をやって大損した、というものです。それを田舎訛りで書いてあるので、読みづらいです。ここで、垢抜けない甲州街道のイメージを出す狙いが、著者にあるわけですね。


( ´・ω・) そして、メイン登場人物である谷粋(やすい)と、金七(きんしち)が登場。二人は甲州街道を行き来する馬の数に驚く会話をかわします。ちょっと前まで田舎だったのが、すっかり栄えるようになったことに驚いてるわけですね。そこのところ、新話といった感じです。


( ´・ω・) 吉原の場合は「正燈寺に行く」という隠語がありましたが、新宿の場合は「堀の内に籠もる」(堀の内とは、当時近くにあった妙法寺のことを指します。明和以来流行。そこを口実にして、遊びに行く者も多かったようです)。でも、谷酔に誘われた金七は乗り気ではありません。それでも悪友である谷酔は、寺の「張御符」さえ持っていけば、親もごまかせるだろうと、ことさらに誘います。なんだかんだで、金七もずるずると新宿へ。


( ´・ω・) そこで、新宿でいくらか知られている(つもりの)谷酔は、女郎に見つからないように顔を隠します。半可通的な見栄っ張りの行為です。そして、新宿内を歩きながら、新宿の女郎屋や、大きな庭を持つ寺のことなど、この地域のことをいろいろと金七に解説していきます。


( ´・ω・) ……で、一通り無駄話をしたところで、「一盃のんで往(いこ)ふじゃァねへか」ということになり、板見屋という茶屋へ。谷酔の顔見知りの茶屋です。その茶屋は、後家が切り盛りしています。谷酔は、自分でたらいを出して、水を汲み込んで足を洗います。ここの場面、慣れた感じですね。吉原と違い、格式ばってない新宿をうまく表現しています。気取らない感じ。


( ´・ω・) 後家によって、二人の前に盃台など置かれますが、そこへ後家の娘である「もと」が外から帰ってきます。その会話を抜粋してみましょう。


もと:かかさんや かかさんや(=おかあさん、おかあさん)

後家:ナンダ、お客があるぞ。おじぎをしろ

谷酔: 娘、どうした 大きく成たの

後家: イイエもふ、どうも形(なり)ばっかりで、いたづらには困りきります

もと、谷酔が持ち来たりし風車を見付けて

もと:かかさん、あれがほしい

後家:ナニサ、あれはおみやげ(=遊女への土産)になさるのだ

金七、風車を取て

金七:此事か

谷酔:サア やろうやろう

後家:ナニおよしなさりまし。直(じき)に悪くいたします(=すぐに壊しちゃいます)

谷酔:悪くしてもよしさ サアサア

後家:ハイ。是は有難うござります。いただきや いただきや。エエ、仕合な(=幸せな)


( ´・ω・) ……といった感じで、茶屋なのに、妙にアットホームな感じですね。そこのところも、吉原なんかと違うところです。そのあとは、酒と肴が揃って、飲み始めます。いまだに遊ぶかどうか迷っていた金七も、結局は、遊ぶことに決めます。さて、店はどこへ、というところで、色々な女郎屋の名前が上がりますが、「紀の国」という店へ行くことに。


( ´・ω・)  女郎選びを後家に頼むかどうか悩みますが、指南集に「呼出し」遊びはするな、と書かれているという薀蓄を谷酔が垂れて、自分で見て遊女を選ぶ「見立て」をします。そして、二人は、店の張見世(表見世)を見ずに、陰見世で遊女を選びます(宿場女郎は一店につき三人という規制があるので、表には三人だけ出して、裏にたくさんの女郎がいます。規制逃れですね)。そこで、三沢(みさわ)と綱木(つなぎ)という遊女を選びます。

( ´・ω・) 話が決まって、遊女屋の二階へ。そこで、「子供」の「はるの」からお茶を出されます。「子供」は、吉原でいうところの「禿」(かむろ)です。その会話も書きだしてみましょう。


はるの:あい、お茶ァおあんなんし(=はい、お茶を、おあがりませ)

後家:置ていきや。ドウダ眠そふな顔だの

はるの:寝ておりゐした(=寝ておりました)

谷酔:押付(おっつけ)見せ(見世)へ出ようふが、そのようふに眠がつちやァ客衆がいやがるぜへ

はるの:知ったかへ(=ふん、知ったものかい)

後家:ホンニ、あなた(=谷酔のこと)へ水あげ(=初めて客をとること)をお頼み申しや

はるの:おがみゐす(=拝むから、やめてくれの意)。おめへまで おんなじようふに なぶんなんす。 にくいぞ


( ´・ω・) 子供も、禿と比べて、ざっくらばんですね。こういう新宿の気風をうまく描写していくことで、洒落本の先行作である遊子方言との違いを出しています。


( ´・ω・) そのあとは、酒と料理が出て、三沢・綱木と対面。店の若い衆の半兵衛、茶屋の女将である後家も一緒です。作法に乗っ取った盃の交し合いをして、酒宴を進めて親交を深めます。しかし、口ばっか達者な谷酔は、相手の綱木から嫌われていきます。


( ´・ω・) そして、宴が終わると、浴衣へ着替えて奥座敷へ。ここでは遊子方言と同じく、半可通の谷酔が振られて、誘われて行った金七のほうがもてるパターンです。一方で、隣座敷では、田舎の金持ちが、所用で江戸へ出てきていて、遊んでいます。訛りがあるので読みにくいですが(戯作は、方言とか、人物の細かい口調の部分にまでこだわります)、結局は自慢話。この年代になると、下手な武士より金を持っている者も出てきます。そこのところも、うまく時代を描いています。


( ´・ω・) で、結局、谷酔は、遊女の対嫌いな客用の必殺技である「ひたすら寝る」をくらわされて、ブチギレます。ちょっとした騒ぎになってしまって、もう二度と来るもんかと帰ります(周りが必死にフォローしますが)。谷酔(=安い)なだけに、安く見られてしまったわけです。洒落ですね。そういう意味で、金持ちの客を出したことに、見事な対比があるわけです。こういう構成面から見ても、書き手が、ただ者ではないことがわかります。一方で、金七は、三沢とすっかりいい仲になって、次に来る約束を交わします。


( ´・ω・) せっかくなので、ブチギレた谷酔の啖呵を抜粋しておきましょう。遊女の綱木(つなぎ)と、蕎麦を打つときに混ぜるうどん粉の「つなぎ」を掛けています。


谷酔:第一、うぬが名からして気にいらねへ。蕎麦切へ入る温飩(うどん)の粉じやァあるめえし、つなぎだのなんだのと、おしの強へ(押しが強い=ずうずうしい)。



( ´・ω・) 最後は、以下の文章で〆られます。戯作は、烏の鳴き声や、鐘の音など、音というものを、効果的に使います。


夏の夜は、まだ宵ながら明けぬるを、知らせようふとて烏がかあかあ、鐘がごんごん、舂米屋がかったりかったり。


( ´・ω・)  あとは、跋。せっかくなので、載せましょう。随行という言葉が、(ずいいき)と読まれて、当時の流行語だったってのが面白いですね。ずいっと行く、いい感じです。


(すい)とは梅干、野暮とは鶏の名かときくような(ヤボ→チャボ)、新宿田舎にあやめ咲とはしほらしと、ぞめきの声(遊女屋をひやかす声)有頂天にひびき、ヤツサアコラサの息杖(駕籠かきの付く杖)坤軸(=地軸)にこたへて、茶屋はどんどん、拍子木かちかち。草鞋(わらんじ)うる老父(ぢぢい)もいきはりを覚へ、団子商ふ賤女(かか)も よしなんし とはねかけ、桑田変じて海道の繁盛を、唯一冊に書しるせしもの、二日酔のちらちらに見れば、甲駅新話とあり。嗚呼、吾党いきちよん(粋ちょん。ちょんを下につけるのが当時の流行語)の君子をして これに あそばしめば、則(すなわち)其尻つまらざる(尻がつまらない=いつまでも終わらない)にちか(近)からん。随行(ずいいき)散人随帰(ずいがえり)の枕元に跋す。(ずいと行く、ずいと帰る……当時の流行語)


安永乙未秋(安永四年) 

新甲舘蔵書(南畝の著述を多く出版した市谷左内坂下 富田屋新兵衛)



( ´・ω・) だいぶ端折りましたが、それでも結構な文章量になってしまいました。最近はあまり時間がとれないので更新ペースが落ちてますが、また江戸戯作の紹介をしていきたいと思います。

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( ´・ω・) さて、今回は「遊子方言」 です。タイトルは、中国最古の方言集といわれる「揚子方言」 のもじりです。作者は田舎老人多田爺(いなかろうじんただのじじい)。1770年(明和7年)刊。


( ´・ω・) 物語の流れとしては、ある半可通の男が道中で年下の知人に出会ってから、吉原に誘い、柳橋から船に乗って、廓で遊んで、帰るまでの話です。以下が、目録(目次)です。堀とあるのは山谷堀、土手は日本堤。大門は、もちろん吉原の大門です。


目録(目次)

発端 付(ツケタ)リ  友の出会。舟の中。堀の様子。土手。大門口。

中の町

夜のけしき

宵の程

更ての体

しのゝめのころ


( ´・ω・) 話は、まずは柳橋近くの道から始まります。三十四、五の通ぶった男(以下、「通り者」)が、道端で知りあいの二十才ぐらいの「人柄よき柔和そうな子息(むすこ)」(以下、「むすこ」)に出会い、「正燈寺(しょうとうじ)」へと誘います。この「正燈寺へ紅葉を見に行く」ということは、吉原に行くということの隠語です。方向が同じ方角だからです。その誘いに「むすこ」は乗ります。まずは、柳橋の船宿「伊豆屋」へ。


( ´・ω・) 舟を待つ間も、舟に乗っている間も、「通り者」は通ぶって、猪牙舟の乗り方を講釈したり、舟から見える家について教えたり、いかに自分が吉原で顔が通っているかなどを自慢したりします(もちろん、誇大に)。もろに、半可通です。その半可通ぶりが露見してしまうのが、本作の楽しみの一つです。


( ´・ω・) 無駄話をしているうちに、山谷掘の船宿・山本屋へ到着。小塚原の火葬場の匂いを嗅ぎながらも、唄だの会だの流行についての無駄話を続けます。そして、衣紋坂(「やつぱりここは古風に、ここでずいぶん衣紋をつくろうがゑい」)で身だしなみを整えて、大門に入ります。まずは小田原屋という茶屋へ。「通り者」は常連ぶってますが、茶屋の女房からは「ぶしつけながら、おまへ様は、お見わすれ申しいんして御座りますが、あなたはどなた様で御座りましたね」と、言われてしまいます。常連ぶってますが、ほとんど来たことがなかったわけですね。それでも、「通り者」は嘘に嘘を重ねて通人ぶります。しかし、


茶屋の男「おかみさま。あれは何か、おかしなもので御座りますぞへ。大がいにあいさつをして、おかへし被成(なされ)ませぬか」


茶屋の女房「おおさ。おれ(*女性でも「おれ」を使う)も、そふおもふよ。……(以下略)」


( ´・ω・) 「通り者」、すっかり怪しまれて警戒されてしまっています(笑) 


( ´・ω・) 一方で、また別の客「平」(武士)が茶屋に来ます。こちらは茶屋にも顔を知られた、ちゃんとした常連です。この「平」は、馴染みの遊女とは別のところへ行こうとして、茶屋の女房に止められます。(「なんさ。それはおよしなんし。私どもが大ていなんぎいたす事じゃ御座りません。」……馴染みの客を他へ行かせると、茶屋にも責任があります)。そこへ、迎えの新造がきて、平は隠れようとします。けども、新造に見つかってしまって(「申しもうし、わっちを見てなぜにげなんすへ」)、連れていかれます。


( ´・ω・)そのあとは、夜のけしき。ここでは吉原の情景が、禿の声や、やり手婆の声、商売人の声とともに、流れるような文章で描かれます。韻文もある、技巧的な文章です。次は、宵の程。客と新造と舟宿・茶屋の主人などが集まって、宴会状態です。そして、肝心の更けの体


( ´・ω・) 「平」は待たされていて、新造が三味線を爪弾じきながら、間を持たせています。しびれをきらして、新造に手を出そうとする平ですが、「いいゑ、こうして置ておくんなんし。又しかられいんす」、と新造は断固拒否します。名代(遊女の代わりの新造)に手を出すのは禁じられています。でも、「又しかられいんす」ということは、一度は手を出されたということの裏返しですね。さらに手を引っ張る「平」に、「おがみんすにへ」(拝みますから=お願いですから)と、なおも拒絶する新造。怒った「平」は、帰ろうとします。それを新造はどうにか押しとどめて(「気を短くせずと、もちゐとゐなんし」)、さらに待たせます。


( ´・ω・) その隣座敷では、田舎座頭が客です。しかし、相手の新造は眠りこけています。新造はまだ若いので、一晩中起きていることはできません(新造が眠たがるのは戯作の定型)。それを起こして会話をします。そして、そのさらに隣の座敷では、最初の「通り者」がほとんど放置されて、一晩を明かしていました。一方で、「むすこ」は別室ですっかり遊女と楽しんだ様子。通ぶっている「通り者」がふられて、何も知らない「むすこが」モテるという洒落本の常套パターンです。部屋持の遊女は、いたく「むすこ」を気に入った様子で、話しかけます。


部屋持「もちッとゐなんせ。まだはやうおざんす」

通り者「もし わたしをばなぜとめなさんせん」

部屋持「おまへをば、ぬし(新造)がとめなんしよから、わたしがとめ申さずともようおざんす」

新造「なにす(好)かない。ぬし(=通り者)のようなものを、とめ申もんでおざんすか。はやく、出てゐきなんせ。夜があけんす」


( ´・ω・) 「通り者」、すっかり嫌われてしまっています(笑) 通ぶって、あれやこれやと駄洒落を言ったり、減らず口を叩いているのが原因のひとつです。隣座敷の新造からも、「ゑゝ、すかん」(ああ、好かない!)と頭を叩く真似をされるぐらい。結局、「何事もさへぬさへぬ。只々帰りましょ帰りましょ」と「通り者」は退散することにします。


( ´・ω・) そして、最後の「しのゝめのころ」(=夜明け前)。


( ´・ω・) 待たされていた「平」のところへ、ついに馴染みの遊女がやってきて、すっかり「平」は機嫌を直します。「平」は、「通り者」と違って財力があるので(「新ぞうを出すほうは、どう成ともおれがしてやろう」=禿を新造にするときにお金がかかるのを立て替えてやるということ)、遊女からありがたがられています(おまへのような客人が、もう一人あると、わたしは大体ゑゐこッちやおざんせん)とか、(今宵は宵の客人が帰ッてから、おまへの所へ来んしてから、心がとけてよく寝んした。それでも宵におまへの機嫌のわるふおざんした時には、いつそ、こわう(怖う)おざんした。どふぞ腹を立ててくんなんすなへ)とか。


( ´・ω・) 最後は、「平」は遅くまで居すぎてしまって、慌てて帰ります。そこへ、カラスの鳴き声がカアカア聞こえて、お話は終わりです。カラスの鳴き声で〆られるのも、洒落本の常套パターンです。


明の鐘 両方うその つき別れ (川柳吉原志)


( ´・ω・) この川柳が、吉原でのことを穿ってますね。どこまでが、嘘か本当か……。好きだなんだといっても、遊女の手管の場合もありますしね。それは、客のほうも同じことですね。


( ´・ω・) 長くなりましたが、以上です。他にも色々と面白い場面があるので、実際に読んだほうがいいです。文体に慣れるまで、面倒だと思いますが、そんなに長くはありません。ともあれ、「通り者」の話から、この時代(明和年間かその前あたり)が、いかにファッションだの遊びだの、会(唄だの遊びだの)だのが盛んだったかがわかります。江戸中期の、享楽的な平和さを感じられますね。


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洒落本・滑稽本・人情本 (新編日本古典文学全集)/小学館
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( ´・ω・) 「跖婦人伝」は新編日本古典文学全集に収録されている洒落本のうちの一作です。夜鷹の「跖(せき)」が、吉原で女郎をやるように説得にきた妹(三浦屋の格子女郎「青柳」)と、その姉女郎「山路」、三浦屋の当時名高い高尾太夫を論破して追い返すという物語部分と、色の道を語る「色説」に分けられます。物語のほうは荘子「盗跖編」(盗跖という荒くれ者の首領が、やってきた孔子一行を論破する話)、色説のほうは「老子」(老子道徳経)のパロディが入っています。


( ´・ω・) まずは、物語部分。せきのいる本所入江町へやってきて、吉原へくるよう説得にかかる高尾に、せきは夜鷹である意気地ををもって、いかに夜鷹が稼げるかを言ったり(『わたしらが勤といふは、こな様がたの二か月分程の客衆は夜食前にと勤めます』)、一見華やかに見える吉原の内実をくさしたり(『まづこなさんがたのつとめといふは、波にうかべる水鳥同前。よそ目から打見には、悠々と、情も色もあるように見ゆるけれども、下から見れば、内相は釣合だらけで、其水掻のせはしなさ』)


( ´・ω・) さらには夜鷹の自由な境遇を説き(八百八町の河岸通り、みな私しらが次の間)、吉原のようなせこい手を使うようなこともないといい(『客にうそなく、此方に手工多(てくだ)なし。只真実信の心にして、少しもかざる偽りなし。偽りなきより誠なるはなく、かざらぬより正直なるはなし。』)、次には吉原の女郎の質の低下を嘆き(『(名だたる遊女の)流れを汲むべき女郎もなく、色道の風情はすたり果て、手近くいへば、欲と嘘の二ツでかためたこなた衆』)、そして、最後には「このいやしさ、さもしさ。ぶ酒(しゃれ)な女郎の勤めを捨て、高尾さまも夜鷹がましなり。山路様も妹も諸ともに、わたしが弟子にならんせ』)と、まさかの逆勧誘(笑)。


( ´・ω・) すっかり論破された高尾たちは、『天窓(あたま)も上がらず、胆をとられて、暮正月を頼みし客の俄に国へたったるおもひ』と比喩(笑)されるぐらいに呆然自失。ほうほうのていで、帰っていきました。もちろん、舟に乗って(笑)。


( ´・ω・) 次は、色説序、。無駄に高らかな文章で面白いです(面白くするために、わざと格式ばった文章で色の道を説くわけです)。一部、抜粋。


色説序

余つねに、彼のせき女の高風を悦ぶ。故に、其事績をたづねまほしく、一日入江町に到りて問もとむるに、名を隠し跡を埋んで、さらに知れる人もなし。是に依而(よりて)是を見れば、江口は誠に普賢菩薩の化現なり跖もまた察するに鼻欠地蔵の権化なるべし。(以下略)

  

( ´・ω・) 鼻欠地蔵というのが、また洒落てますね。(梅毒で鼻が欠けている夜鷹も多いことから、鼻欠地蔵とかけたわけです)。そして、色の道を説く本編である「色説」。一部抜粋すると、


粋の章 第一


粋の粋とすべき物は、つねの粋にあらず。実の実とすべき物は、常の実にあらず。諸客共、粋の粋たる事をしるは、不粋なり。故に大粋は粋ならず。是を以て粋なり。不粋は能粋なり。爰を以て粋ならず。粋人絶えざれば、色道さかんならず。血文をやめ起請を捨て、女郎に誠あり。


( ´・ω・) 一方、老子の第一章の読み下し。


道の道とすべきは常の道に非ず。名の名とすべくは常の名に非ず。名無きは天地の始め、名有るは万有の母。故に常無を以ってその妙を見んと欲し、常有を以ってその徼を観んと欲す。此の両者は、同じきに出でて而も名を異にす。同じきこれを玄と謂い、玄のまた玄は衆妙の門なり。


( ´・ω・) 次は、太鼓の章。


太鼓の章 第十五


古の太鼓をもつ者(=太鼓持ち)は、大尽を利口にせんことを欲せず、愚かにせんとす。遊びの続きがたきは、粋になるを以て也。粋になりてあそぶは遊の下品(げび)にして、楽しみのつきかかりたるなり。旦那おろかに末社たはけにして、遊楽長久なり。


( ´・ω・) 一方、老子の六十五章の読み下し。


古の善く道を為す者は、以て民を明らかにするに非ず。将に以てこれを愚かにせんとす。民の治め難きは、其の智の多きを以てなり。故に智を以て国を治むるは、国の賊。智を以て国を治めざるは国の福なり。此の両者を知るは、亦た稽式なり。常に稽式を知る、是れを玄徳と謂う。玄徳は深し、遠し。物と与に反る。然る後乃ち大順に至る。


( ´・ω・) などなど。いちいち、的を得ていて面白いです。それを、わざと格式高く書いてあることに面白味があります。確かな知識に裏付けされたパロディです。最初は、知識階級である武士が江戸での戯作を牽引していたわけですからね。


( ´・ω・) ……もっとも、こんなフザケタ戯作を書いた泥郎子(でいろうし)の正体といわれる幕臣の山岡浚明(やまおかまつあき)は、「跖婦人伝」出版の年に西丸小姓組(けっこうな上級職)を御役御免となって、小普請入り(無役)になってしまいます。おそらくは、上からケシカランってことになったんでしょうね。口と文章はわざわいのもとです。でも、そのおかげでこうして後世の我々が作品が読めるわけですから、不思議なものですね。


データ

著者 泥朗子(山岡浚明か) 

成立 寛延二年(1749)    

刊行 宝暦三年(1753)

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( ´・ω・) 由来版のある場所は、昌平橋の手前(秋葉原側)です。画像はクリックで拡大します。町名の通り、江戸時代初期には旅籠が軒を連ねていました。ちなみに、江戸東京博物館に神田旅籠町の山車のミニ模型があります。

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( ´・ω・) そして、今では撤去されてしまって見ることのできない(現在は創業家に保管されているようです)伊勢丹発祥の地の碑の写真(場所は不忍通りに面したところ。昌平橋~神田明神下交差点の間の電気街の裏通りの一つ。2005年撮影)。伊勢丹は1886年に伊勢屋丹治呉服店として神田旅籠町に創業したそうです。


リンク:伊勢丹HP 伊勢丹の歴史  (1901年頃の伊勢屋丹治呉服店の写真を見ることができます)



( ´・ω・) 江戸時代の神田旅籠町には、「藤岡屋日記」藤岡屋由蔵 (須藤由蔵。『本由は人の噂で飯を食い』と川柳にも詠まれた情報通の「御記録本屋」本屋由蔵)が長らく住んでいました。由蔵関連では、以下の三冊を読みましたが、どの本も面白かったです(まぁ、藤岡屋ばなしは途中から飽きましたが……)。


江戸の情報屋―幕末庶民史の側面 (NHKブックス (332))/日本放送出版協会

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江戸巷談 藤岡屋ばなし (ちくま学芸文庫)/筑摩書房

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江戸巷談藤岡屋ばなし〈続集〉 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房

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過去の感想記事

(´・ω・)江戸の情報屋―幕末庶民史の側面

( ´・ω・) 江戸巷談 藤岡屋ばなし (ちくま学芸文庫)/鈴木 棠三 のミニ読書感想文

(´・ω・) 「江戸巷談 藤岡屋ばなし〈続集〉」 鈴木 棠三


おまけ:明治元年の昌平橋の写真

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昌平橋(2007年。由来板があるのは秋葉原電気街側)


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神田旅籠町の山車の模型の写真(神田祭)


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( ´・ω・) 前の記事で神田旅籠町について触れたので、ついでに神田旅籠町にあった時計台のことも。明治時代には神田旅籠町には文明開花の象徴ともいえる立派な時計台がありました。リンク先で、貴重な写真や錦絵を見ることができます。


京屋時計店本店時計塔(御成道時計台) (TIMEKEEPER 古時計どっとコム様)


旅籠町の時計台  (どらやき親父写真館 様)



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江戸戯作草紙/小学館
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へなちょこ文士おすすめ度 ★4,5


( ´・ω・) まずは詳しい目次を書きだします。見ての通り、豪華な絵師陣です。ラノベじゃないですが、絵師買いする人もいるんじゃないかってぐらいです。


目次

空前絶後の黄表紙三十年 棚橋正博

箱入娘面屋人魚(はこいりむすめめんやにんぎょう) 山東京伝=作 北尾重政=画 

不思議な戯作の魅力    田中優子

九界十年色地獄(くがいじゅうねんいろじごく)     山東京伝=作 鳥居清長=画 
日本文化と漫画       江川達也

人間一生胸算用(にんげんいっしょうむなざんよう)  山東京伝=作・画

日本人はなぜマンガをたくさん読むのか  フレデリック・L・ショット

桃太郎発端話説(ももたろうほったんばなし)      山東京伝=作 葛飾北斎=画 

黄表紙と落語         三遊亭円窓

御誂染長寿小紋(おんあつらえぞめちょうじゅこもん) 山東京伝=作 喜多川歌麿=画 

戯作の絵師たち        小林忠

黄表紙をマンガから見る   夏目房之介

懲りないギャグの精神 山東京伝の戯作と絵画  辻惟雄

戯作の巨星 山東京伝の世界 棚橋正博

あとがき



( ´・ω・) ご覧の通り、山東京伝の戯作を読み進めながら、各所に様々な方のコラム的な文章が挟まれているという構成です。丁寧でわかりやすい解説があるので、誰が読んでも大丈夫だと思います。


( ´・ω・) まずは、箱入娘面屋人魚。浦島太郎の世界と江戸の世界をごっちゃにした設定で、浦島太郎は乙姫に隠れて悪所に通い、鯉と恋に落ちます。なお、挿絵に出てくる人物は頭に魚を乗せていて、やり手婆の頭にはナマズ。中洲新地を歩いている男たちの頭にも、魚やらイカやらが乗っています。そして、鯉と太郎の間に生まれたのは、人魚。乙姫に知られてはまずいと、太郎は人魚を海に捨てます。


( ´・ω・) 時は流れ、ある日のこと。漁師の平次の船に、年頃になった美しい人魚が飛び込んできます。その人魚を女房にすることにすることになりますが、平次の家は、とても貧乏。人魚は気の毒に思い、生活を助けるために遊女となります。しかし、体の下半分は魚そのもの。女郎屋の主人がアレコレ考えてごまかして黒子を使って花魁行列をやらせたりなんだりしますが、結局は遊女になるのは失敗してしまいます。


( ´・ω・) 平次の家に戻った人魚。今度は、「『本草』に人魚を嘗めると千歳の寿命をえると書かれている」という話を聞いた平次によって「寿命薬 人魚御なめ所」を始めます。それが大当たりして、たちまちふたりは裕福に。長寿を願う人で連日大盛況。平次も人魚の魚部分を嘗めてみると、どんどん若返って、それが面白くて夢中になりすぎてしまい、ついに七つばかりの小僧になってしまいます。そこへ、浦島太郎と鯉が現れて、玉手箱を開けさせて、平次は、ちょうどよい年齢の若者になります。一方で、近所の若い連中が手をかけ、足をかけたがったせいで(ちょっかいを出したせいで)人魚の下半分の魚部分が、まるで袴を脱いだようにきれいに取れて、人魚は本当の人間になることができました。


( ´・ω・) こうしてふたりは仲睦まじく暮らし、7900年経った今も、京伝の隣の家に住んでいます……。めでたしめでたし。 ……いくつか場面を端折りましたが、だいたいこんな話です。荒唐無稽といえばそうですが、それをいっちゃあ、おしまいです。この滑稽さを楽しんでこその戯作ですね。


( ´・ω・) お次は、九界十年色地獄。京伝が『狂伝和尚』となって、色談義を始めます。娘が女衒に買われるところから始まり、遊女屋での苦難を地獄に例えていきます。


( ´・ω・) たとえば、ざんす(三途)の川の遣手婆、六道の辻に迷う苦しみ(どこの客へ行くべきか……金のある客、お得意の客、好きな客など)、餓鬼道の苦しみ(客との初会では目の前の料理を食べられない)、焦熱地獄(八月朔日、残暑の折の花魁道中)などなど。


( ´・ω・) いちいちパロディが面白くて、画も秀逸です。最後は、『極楽通土』『一寸先は闇だ如来』(笑)の登場で、遊女は救われます。後光の代わりに、小判を降らせながら(笑)。そして、闇だ如来の背後に飛んでいる天女は芸者です。この絵もいい味が出ています。闇だ如来、猪木舟背負ってますしね(笑)。これは画だけでも、一見の価値があります。


( ´・ω・) 次は、人間一生胸算用。隣に住んでいるケチで真面目で財を成した無次郎の体内に、小人のようになった京伝が入ってみると……? そこには、なんと擬人化した「気」と「心」と「目」と「耳」と「鼻」と「口」と「手」と「足」の姿が。


( ´・ω・) ケチがゆえに、おいしいものも食べず、女郎屋にも入らない生活に、ついに悪い「気」が正しい「心」を追い出し、吉原にいったりなんだりとみんなで好き放題を始めてしまいます。しかし、遊びに遊んで財産をなくしてしまい、最後は夜逃げするはめに。そこで、体内の京伝は迷子を捜す要領で「心」を探し出し、「善玉」に渡された聖人の遺書を「耳」に聞かせ・地獄の絵図を「目」に見せ・太神宮の清く潔き洗い米を「口」に食べさせ、仁義五常の縄をもって「手」と「足」を縛って、「気」を取り戻させると、無次郎は元の「心」を取り戻します。


( ´・ω・) そして、京伝が無次郎の体内から出てみると、堅物だった無次郎の様子が、なんと半可通風に(笑)。人間、ほどほどに遊び、ほどほどに働くのがよい……との教訓を含んでいます。おかしみの中に、ちょっとした人生訓みたいなのがあるのが黄表紙のいいところです。


( ´・ω・) 次は、桃太郎発端話。他の昔話を混ぜながら、桃太郎以前の話を作り上げていきます。おじいさん・おばあさん、いじわるばあさん、擬人化動物や化け物・鬼も登場。絵師は葛飾北斎(当時は春郎)。今までの作品と違って、遊郭だの洒落だの通だのはでてきませんが、これはこれで、よく物語を作ったと感心しました。


( ´・ω・) 最後は、御誂添長寿小紋。『命』をテーマに、戯画化。遊女を前に『命』を持って洗濯(『命のせんたく』)をしてたり、命型の傘を持って清水の舞台から飛び降りたり、医者に『命』を預けたり。


( ´・ω・) 最後は、「命の薬といふは、笑って暮らすほどの薬はなし。此絵草紙を御覧じて、笑ひ給ふ子供衆は、命が伸びて長くなり、命の置き所に困り給ひ、凧のように命のしつぽを糸巻に巻いておくほどのことなり。されば、初春の御進物・御年玉にも、この上のめでたき草紙はなし。まことに延命長寿の戯作なり。御評判、御評判」の文とともに、子供が命を凧のようにあげる挿絵で〆られます。巻末に、京伝の店が扱っていた読書丸の宣伝が載っていますが、いまの雑誌広告の走りみたいなものですね。


( ´・ω・) 以上、かいつまんで書きましたが、戯作は面白いです。ただし、受け手が、どこまでギャグ(くだらないもの)を許容できるかってのが大きいかもしれません。自分はくだらないのが好きなので、とても楽しめました。絵を楽しむという目的で見てみてもいいんじゃないかと思います。マンガと黄表紙を結びつけるコラムがある通り、黄表紙はマンガや絵本みたいなものですからね。ある意味で、ラノベ的なところもあると思います。絵師と戯作者が協力して作品を創るわけですから(京伝は絵も文章も両方やれますが)。


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テーマ:
将軍家御典医の娘が語る江戸の面影 (平凡社新書 419)/平凡社
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( ´・ω・) へなちょこ文士おすすめ度★★★★★


第一章 福沢諭吉に背負われて

一奥医師の家庭

二蘭学サロン桂川家

三福沢諭吉がやってきた

第二章 なつかしき江戸の情景

一幼き頃の隅田川

二夢見心地の芝居見物

三浜御殿をかけめぐる

第三章 お姫さまの御一新

一桂川家閉門

二幕府滅亡

三江戸城明け渡し

第四章 武士でも姫でもなくなって

一屋敷をとりあげられる

二徳川家臣団の離散

三結婚までの日々

第五章 薩長にお辞儀なんかするもんか

一波乱の新婚生活

二反政府運動のうねり

第六章 すべては夢のように

一新たな人生のはじまり

二夫を西郷隆盛のもとへ



( ´・ω・) もっと細かい小題もあるんですが、書き写すのが大変なので、略。まぁ、自分が感想を書くまでもなく、この見出しに興味を持った人は絶対に面白く読める本です。文句なしに星5つ。おすすめです。


( ´・ω・) 幕末の風雲に御典医である桂川家はあまり関係ないのかと思ったら、親戚に木村茶舟がいたり、幕府の陸軍副総裁になった藤沢次謙がいたりで、意外でした。当時十代前半だった桂川みねから見た江戸の黄昏というものは、情感たっぷりで、眼前に風景が浮かんでくるかのようです。


( ´・ω・) 芝居見物の日のドキドキ感、隅田川の美しい眺め、そして、浜御殿での日々。みねはガキ大将になって、他の親類の子どもたちを引き連れて浜御殿の庭で遊んでいます。なんで子どもが将軍家の浜御殿で遊んでられるとかいうと、その頃の木村善毅(芥舟。みねの叔父)が浜御殿添奉行だったからです。


( ´・ω・) そして、御一新後の日々。落剝した苦難の中でも、みねは負けん気の強い自分らしさを失わず、見合いをぶち壊したりなんだりしますが、最後は元佐賀藩士の今泉利春に嫁ぎます。徳川嫌いの夫に、それでも元徳川家臣の娘として喧嘩する様子というのも微笑ましい面があります。


( ´・ω・) その夫も、佐賀の乱に関わり、逮捕されてしまいます。釈放後、官を辞して代言人として生活する夫をみねは支えます。そのあとも、西南戦争に呼応しようとして、利春は牢屋に入れられたりします。しかし、優秀な利春は何度も官に戻ることを誘われます。それでも、頑として受け付けなかった利春。しかし、最後は副島種臣に説得されて、検事になります。


( ´・ω・)  正義感があり、みね同様に一本木な性格の利春は、視察で訪れた種子島監獄で赤痢に苦しむ囚人達を、係の役人が感染を恐れて近寄らないなか、自らが看病して、それが原因で命を落とすことになります。そのときの副島の「国のため今泉を死なすな」の電報はぐっとくるものがありますね。その後、西南戦争の死者しか埋葬が許されていなかった南洲墓地に、特別に西郷の遺志を継ぐ者として戦死同格として葬られます。そのために、みねも尽力します。


( ´・ω・) 夫の死後、みねは各地を転々としながら、子供たちの養育に後半生を捧げます。そして、昭和十年、八十歳を越えてから、昔の思い出を聞き書きとして残します。それが、「名ごりのゆめ」です。現在では、東洋文庫で「名ごりの夢」として、復刻版が出ているそうです。


( ´・ω・) いつもより長めに書きましたが、まだまだ本書の魅力を伝えきれていません。時代ドラマとして、テレビで放送してもいいんじゃないかと思うぐらいです。それだけ、美しい作品です。……でも、思い出は思い出だからこそ、美しいのかもしれませんね。もっとも、あとがきによると、みねの死後、「名ごりのゆめ」が昭和十六年の刊行後に、文部省の推薦図書になったり、NHKで放送?されたみたいですが……。


( ´・ω・) 読書週間に読む本としてもいいんじゃないかと思います。小難しいことは書いてないですし、純粋に「思い出」話として楽しめます。桂川家に出入りする若き蘭学書生たちや、父である桂川甫周(安政に『和蘭字彙』を発行)の維新後の生き方も興味深いです。


( ´・ω・) 福沢諭吉の痩せ我慢の説じゃないですが、官に仕えず、階級上の武士というものがなくなってからも、武士としての生き方を貫いた人々は、美しさを感じます。現代人は自分の利益ばかり考えて要領よく生きようとしたり、他人を利用したり出し抜こうとしたり、あるいは保身に走ったりしがちですが、美しく生きるということについて、考えさせられるものがあります。利春の生き方を見ても。……文字通り、命がけですが……。


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