小学生の頃に書いた「将来の夢」
昨年末、正月に帰省した時に押し入れの中を整理していると、
子どもの頃に書いた作文や絵などがたくさん出てきました。
昔の自分に再会したような感覚で、時の経つのも忘れて見入ってしまいました。
中でも小学2年生の時、雪が積もった屋根を2階の窓から見て
「まるで小人のスキー場のようでした」と表現していたのには、
そのなかなかの詩人ぶりに我ながら感心してしまいました。
今の私からは到底出てこない言葉です。
それから、もう一つ私の目を引いたのが「将来の夢」についての作文です。
しかも年代ごとに3つも残っていました。最も古いのは小学2年の時に書いたもので、
これでもかという程の大きな文字で書きなぐられていたのは
「大きくなったら天才になりたいです。そのわけは天才になったら何でもできるからです。」
という壮大な夢でした。発想が並みではありません。
ある意味、この時の私は天才だったのかもしれません…。
次に出てきた夢は小学6年生の時のもの。
さすがにこの時には天才になることを諦めたようで夢のスケールはかなり萎んでいました。
そこには「私の夢は電力会社の社員になることです。」と書いてありました…。
おそらく「電力会社は高待遇な上に一生安泰」と言っていた両親の影響を強く受けたのでしょうが、
これでは「将来の夢」と言うよりも「希望就職先」についての作文です。
小学生にしてこれ程までに打算的な自分に少しだけがっかりしてしまいました。
また、続いて出てきた中学3年の時の卒業文集に、
私はなお一層の失望を感じずにはいられませんでした。そこには恥ずかしげもなく、
「早く大人になって年金をもらえるようになりたいです。」と書かれていたのです。
嗚呼、我が事ながらなんと哀れで情けない夢なのでしょうか…。
これほどまでに若さも志の欠片も感じられないような言葉を、私は未だかつて聞いたことがありません。
わが子が同じことを口にしたら、まさしく失望のあまり数日間寝込みそうな「将来の夢」です。
さて、これ以上落ち込みたくありませんので、私のような若年寄りの話はこのくらいにしまして、
話題を最近の子ども達の話に変えさせて頂きます。
私が購読している新聞には「僕の夢私の夢」というコーナーがあります。
私はどんなに忙しくてもここにだけは目を通すようにしているのですが、
その中でものすごく胸を打たれたものがあるのでご紹介します。
「私の夢は、きちんと働いて家族を養うことです。普通かもしれませんが、
普通といっても必ずなれるというわけでもないと思います。
だから、きちんと勉強して、きちんとした大人になり、
だれからも頼られる、頼もしい人になり、まじめに働きたいです。」
(平成22年10月6日・西日本新聞掲載、小学6年生・女子)
随分前に読んだこの「将来の夢」に私は思わず唸ってしまい、
紙面を切り抜いて保管してしまった程です。
安定した企業に就職することや年金暮らしを夢見たりと、
終始自分だけの将来しか考えていなかった私とは全く次元が異なり、
彼女は小学生ながらに家族や周りの人達のことを含めて将来を語っています。
その上、大人でもなかなか気付けない「普通であること」の難しさや素晴らしさを
理解している点に私はとても感心しました。
ぜひとも彼女には夢を叶えてもらいたいものです。
その一方で、「年金をもらう」という中学生の頃に抱いた私の夢は、
実現するまでにずいぶんと時間が掛かってしまいそうな社会状況になってしまいましたので、
それはひとまず忘れるとして、
これからは小学生の彼女が目標とするような立派な大人になれるよう日々精進したいと思います!









