エコ・ブログトップへ スマイル・エコ・プログラム

おっちゃんやで~。質問・反論その他あったらなんでも気軽に書き込んでくださいね。西のアラン・ドロン、おっちゃんが何でも答えるから。これからビッシビシ行ったるさかい期待しててや。ほなな。

1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

(216)風香よ、ゲノムへ上がれ! 女子で闘いを表現できるのはお前だけだ 引退撤回ノススメ

テーマ:イノキゲノム
2009-11-16 21:01:38
おっちゃんやで~。

既得権益が目減りしすぎて今何やってるのか分からん女子プロレスやけど、そんな中で一人気を吐いてるのが風香や。彼女の体つき見てたら分かるのやけど、プロレスラー体型やなしに格闘技をやる体つきをしてるねん。そうなんや、これからの女子プロレスラーは強くないとあかんねん。プロレスラー体型でどないして闘いを表現できるとゆうんや?

<闘いを表現する女子プロレスラー>
風香は前にシュートボクシングの試合に出るねん。そしてその記者会見で相手選手に舌戦を仕掛けるねん。ガチの試合でガチのコミュニケーションを仕掛けるわけや。まさに現代プロレスやないか。今女子でそんな奴いてるか?男子でもほとんど皆無やないか。彼女の実力は不明やけど、その理念は今の時代に合うてるのやで。

<IGFとゆう自由な空間>
彼女は偶然かどうかしらんけど、風香祭りとかゆうて、恐らく猪木祭りの言葉を模したイベントをやってるねん。言葉では聞いたことが無いけども、ひょっとしたら猪木を尊敬してるのかもしれんで。そこでおっちゃんは提案があるのやけど、彼女にはIGFに上がって欲しいんや。勿論IGFやなくても、理念への運動はどこからでもできるよ。それこそベッドの下からでもペットボトルの中からでも可能なんや。せやけど戦場がないやないか。SBや女子格ではパフォーマンスしにくいのとちゃうかな。それに女子やとか男子やとかゆうてる時点で考えが狭すぎるよ。IGFやったら性別を超越して闘えるんや。ジョニー・ローラーが新日本へ上がったように、IGFも普通に上がれるよ。男子と直接闘えてゆうてるのとちゃうねん。確かにそれも含むけども、間接的に闘うことによってメインを収奪したるねん。それが可能なのがIGFであり、猪木イズムなんやで。また女子が登場すれば興行全体もバラエティーに富んでええのとちゃうかな。プロレスの素晴らしさは、階級や性別や一元的ルールを超越した所にあるねん。IGFやったら好きに暴れて新規価値を創出できるで。

<やり残した宿題>
昔浜田文子とやったとき、風香は試合中に泣かされたんや。それは近代プロレスの中でプロレスの受身を強いられたからでな、あんな技受けたら死んじゃうみたなことゆうて泣き出したわけや。そら細身で技受けたらえらいことになるやろな。せやけど近代プロレスの落ちこぼれは、現代プロレスでは英雄になれるねん。IGFでは長幼の序もないし、抜け駆け天国なんや。因縁の浜田文子を挑発したったらええやないか。実力でねじ伏せたったらええやないか。あの時の怒りをリング上に持ちこんだったらええねん。

引退を匂わせてるけども、それには様々な理由があるとは思うよ。経済的な理由もあるやろうし、雑音も入るかもしれんよ。せやけど金は自らの価値を高めて獲得するものやし、それゆえにIGFのリングに上がるのやないか。猪木に直接直訴したったらええんや。風香ならそれができるよ。また雑音も色々と入るやろうけど、そんなん亀田みてたら分かるように気にしてたらあかんよ。メディアは一切見ない、これも猪木イズムやで。他に一般化されんと、己を信じて行けよ。とにかく逸材が消えるのは余りに勿体ないよ。何とか踏みとどまって欲しい所やで。


国際か新日本か!? 頂上決戦が実現、ストロング小林vsアントニオ猪木



ほなな。

(215)MMAは死んだ! DREAM・戦極、共同開催の迷妄 延命治療が始まった

テーマ:イノキゲノム
2009-11-16 19:27:36
おっちゃんやで~。

DREAM・戦極の日本MMA最大イベントの二つが、大晦日共同開催するかもしれんそうや。おっちゃんはこれを単なる愚行やなしに、日本MMAの死と捉えてるよ。まず最初にプロレスを例にとって説明しますわ。

<プロレスはすでに死んでいる>
プロレスは皆さんご存知の通り、昔は国民的支持を受けてたけども、今は誰も相手にせんローカルな存在になってるやんか。若い人には見方すらわからん、キッチュ(まがい物)空間になってしまってるねん。世間の関心のメルクマールである視聴率も減少して、今では深夜でも視聴に耐えられんと地上波打ち切り寸前なんや。このようにプロレスは世間からしたら完全に死んでるんや。このようなプロレスはどの様な選択をしたのやろうか?

<プロレス最後の選択>
それは新しい物語創出による新しい価値を提供することや無しに、過去のビッグネームによる夢の越境対決の提供なんやで。かつては利権争いの政治的背景があって見たくても見れんかった夢の対決を、権益の致命的な目減りで障壁がなくなって容易に組めるようになったんや。それゆえに過去を知るファンにとっての夢の対決を容易に提供できるのやで。せやけどそれは世間からしたら無名の動きの悪いロートルでしかないし、それに夢対決も慣れていったら日常の風景でしかなくなるやんか。このように今プロレスで流行の夢の越境対決は、1)ファンにしか通用せず2)一瞬の新鮮さの提供で終わってしまうねん。これは管(くだ)を通して呼吸器で無理やり生き長らえさせる、延命治療以外の何ものでもないよ。飽きが来たら待ってるのは確実な死なんや。さて、DREAM・戦極の共同開催はどうなのやろうか?

<MMAの末期的症状>
これも同様の論理構造を孕んでるのとちゃうかな。つまり世間を無視したファンに迎合した夢対決の提供に終わってると思うねん。ほんまやったら世間に訴求できるような意味を試合に与えていかなあかんやんか。亀田が世間をひきつけたのはな、彼がその魅力と人生に根ざした物語を世間に向けて発信したからなんやで。時には憎まれ口叩いたり相手を挑発してガチのコミュニケーションを展開するねん。未踏の領域に踏み出すからこそ新しい感性を獲得できるしまたリアリティーも生まれるねん。そして彼はそこで主導権を獲得していったのやないか。

噂されてるKIDvs所でゆうたらな、彼らはその魅力や人生が受けて、スターダムにのし上がったわけやんか。そしてKIDゆう格上と戦う資格を得るために、所が努力する物語があるわけやんか。その物語が新規権益を生み出すにも拘らず、KIDが墜落し所も低迷にしてるのになんで今ぶつけるねんな。これは壮大な物語が生み出される前に目先の微々たる盛り上がり目当てにぶつける、ファン迎合路線の何ものでもないよ。物語の青田刈りやないか。物語なしでは一瞬の新鮮さの提供で終わってしまうよ。

他に桜庭vs三崎、菊田vs田村の噂もあるけども、一体これに何の物語があるんや?これでどないして世間に訴求するんや?人気選手単にぶつけるのやったらそのネームバリューが通じるのはファンでしかないし、世間からしたら桜庭vs三崎なんて、汚いおっさん同士の殴りあいでしかないのやで。共同開催による越境夢対決を提供するのやから、まさにやってることはプロレスと変わらへんやんか。そこにおっちゃんはMMAの末期症状とその死を予感するのやで。

<PRIDEとHEROSの合併で学べなかったのか>
PRIDEとHEROS合併で何も変わらんかったのと同様に、DREAMと戦極合併で変わるわけないやんか。単に寄せ集めるのは量的弁証法であって、量的に増えても質的にはそのままやねん。大切なのは質を高めることであって、質的弁証法を行うことなんや。DREAMはDREAMで、戦極は戦極で、単独に開催してじっくりと自己超克による個性発揮と遺恨物語生産をやって、質的に高めていくべきなんや。質そのままで共同開催するのは質の低い選手の選択肢が増えるだけやないか。極言するとな、ゴミの量が増えただけなんや。ゴミの山が2つ組み合わさって巨大なゴミ山になっただけで、それはゴミでしかないのやで。ゴミを質的に高めて宝の山にしていかなあかんねん。共同開催とは質が高まって戦うべき理由があるときに行われるべきであって、単に夢の越境対決で新鮮さを提供しようとすることは、量的集合への志向、ファンへの志向、質的飛躍への断念、世間への諦念であって、末期症状以外の何ものでもないよ。

<0ではなくマイナス>
プロレスで夢の越境対決よろしくタイガーや藤波をポンポン露出さしてやで、徐々に鮮度を失って倦怠感を生み出してるように、DREAM戦極の共同開催後も夢の対決以後は倦怠感が訪れて、ますます停滞に拍車が掛かるやろうな。世間は当てに出来んしファンすら飽きて徐々に離れてしまうのやで。これは0とちゃうねん、マイナスなんや。日本MMA全体で延命治療が始まったんや。まだ力ある内に決断せんと、手遅れになってしまうで。


進化したプロレス! プロレスと総合の橋渡し 高田延彦vsスーパー・ベイダー



ほなな。

(214)角田問題を完全喝破! そのレフェリングの正しさと誤り 問題の淵源は氏のコンプレックス

テーマ:イノキゲノム
2009-11-14 12:57:45
おっちゃんやで~。

角田レフェリーが武田vsクラウス戦における行動の責任を取って、3ヶ月間の業務停止処分を受けたそうや。このことに関してブロガーから様々なことが言われてるのやけど、おっちゃんは問題の本質を取り逃してると思うねん。そこで今回はそれに迫ってみることにしますわ。

<k-1もサーカスの見世物と同じ>
まず角田氏のレフェリングは今までにも色々とファンの間では問題視されてきてるよ。これは一言でゆうたらな、競技性を蔑ろにして盛り上げようとしてるところやと思うねん。せやけど考えてみてくれ、k-1は純然たる競技とちゃうやんか。サーカスの見世物と何が違うんや?ピエロは確かにおどけるけども、人を笑わせる演技力を身につけてるやないか。k-1も競技性を含めた諸説得力と選手の個性を見世物にして銭を落としてもらうエンターテイメントであって、サーカスの見世物となんにも変わらへんよ。ただ出し物が違うだけなんやで。

そんな中で角田氏が競技性だけでは盛下がるから、ある程度手を加えたとして何があかんというのやろうか。競技性に没入して潰れてもええとゆうのやろうか?少なくとも主催者側は純然たるスポーツやなしにそれに商業主義を加えたスポーツエンターテイメントであることを選択したんやで。そんな中で角田氏の手を加えること自体を否定するのは間違ってると思うよ。それはk-1の本質を理解せん愚か者の所業ですわ。

<通常と特殊の二つの試合>
また通常の試合と特別な試合は興行として質が異なるのやから、これらは分けて考えていかなあかんよ。通常の試合は競技性の説得力が強く要求されるけども、特殊な試合では若干競技性は蔑ろにされるねん。例えば引退試合ではその試合の物語やなしに、その引退する選手の生き様と見たいという特殊な意味付けがさなれるんや。今まで通常の試合では皆見向きもせんかったのに、引退試合となるとそこに何らかのドラマを求めて皆は振り向くわけやんか。そんな中では競技性の説得力よりも、その選手の一生懸命さが求められるものやねん。

ドラマを望んでるにも拘らず通常通り競技性を強く求めてたら、それこそ観客ポカーンやで。武田vsクラウス戦でも、早期ストップしたら皆盛り下がるし、クラウスがパンチ多用して即潰したら空気読めて非難もされるやろうし、とにかく誰もそんな試合求めてへんよ。このように通常の試合は競技性が求められて、特殊な試合ではドラマが求められるのはお分かりいただけたと思うねん。それでは角田氏の場合に当てはめて考えてみようやないか。

角田氏の通常の試合での若干の手心を加える行為は、商業主義を踏まえたスポーツエンターテイメントの本質に則った行為や。そして特殊な試合における過度な演出も、お客さんの需要に則った行為や。この意味で角田氏の信念と思われる「手を加えて試合を盛り上がたい」は合理的なものやと思うねん。ただそれでもおっちゃんは角田氏は辞めるべきやと思ってるよ。

<角田氏はレフェリーとしては不適格>
角田氏の行為の方向性は正しいと思うのやけど、彼は何時もやりすぎるねん。試合においてある程度の加工は許容されるにせよ、あまりに問題行動が多すぎるやんか。そもそも人格否定になるから言い憚れることやけど、正しく問題の本質を捉えたいがゆえに言及すると、彼は人格的に未成熟やと思うねん。コンプレックスが強くて自らをええように見せたいと振舞っておかしなことになるやんか。観客のええとこ見せようと過度に競技性を大切にしたり(ボタvsボンヤ)、威張れる選手に対しては普段の人間関係持ち込んだり(武蔵vs藤本)、ええとこ見せたろうと過度に盛り上げようとして選手の健康を侵害したり(武田vsクラウス)、彼の問題行動の全てがそのコンプレックスを淵源としてるのやで。普段ピチピチのシャツ着てるのはな、弱い心を隠して筋肉で自らを上げ底してるからなんや。英語を使いたがるのも、語学力を誇示して上げ底してるからなんや。その弱さがある限り彼は永遠に問題行動を生産し続けるよ。

<主催者は正しいと言うのなら説明せよ>
この様に彼が自らの信念を正しいとすることに、おっちゃんは何の疑念も無いよ。それは正しいねん。ただ彼は何時も過剰にやりすぎるから問題なんや。理論レベルで正しいからゆうて実践レベルで踏み外しつつけるのやったらレフェリーとしての適性に問題があるよ。即刻辞めてもらうのが筋やで。主催者側も「視聴者との乖離があったがやってることは正しい」とかゆうてたけど、視聴者相手にやってるのやから、視聴者の感性が全てやないか。正しいゆうのやったら視聴者に理解を求めるべく武田戦のレフェリングの正当性を述べるべきやろ。世間から離れた正しさなんて空想でしかないよ。世間と正しさは常に同時的なのやで。


新日本ヒストリー! 旗揚げ、豊登、ゴッチ、アクラム、アンドレ 伝説は始まった!



ほなな。

(213)サワーよ、魔王になれ! 空気を読むな、空気とは作るもの MAXを牽引せよ

テーマ:イノキゲノム
2009-11-13 21:39:57
おっちゃんやで~。

魔裟斗vsサワーが決定したようやな。散々ペトロシアンを否定しサワーとの運命の対決をするべしと煽ってきたおっちゃんにとっては、ほんまに文句なしのカードやで。ただここでおっちゃんが最も世間を巻き込める絵図としては、サワーが魔王になることやとおもってるよ。

<魔裟斗の二者択一>
魔裟斗の選択は1)引退戦と2)闘いの表現の二つがあるねん。これは同時に成り立たん概念でな、引退戦が競技性の説得力を厳密に必要とせんのに比べて、闘いはまさに競技性の説得力を必要とするからなんやで。前者では引退物語の意味付けによって魔裟斗の挙動全てが肯定されて、彼の全ての行動が注目されるねん。普段のvsサワー戦やったら視聴率10%の注目度かも知れんけど、引退戦の場合は相手がプアカーオであっても佐藤であっても注目されるねん。これは勝敗を超えたところに意味付けが存在してることを意味してるねん。

この様な引退物語のスペクタクルを望む観客にとっては、角田的レフェリングはその壮大さを創出するねん。勝敗を超越するがゆえに若干の演出を加味できる余地が生まれて、贔屓レフェリングが素晴らしい引退物語を創出するのやで。武田戦はやりすぎたがゆえに否定されたけども、瞬間最高視聴率が武田vsクラウスやったのは、角田の貢献が間違いなくあるよ。

ただ引退戦の意味付けの中で闘いを表現すれば、これは空気を壊してしまうねん。武田戦で早期ストップしてたら視聴率は低かったやろうし、盛り上がることはなかったやろうな。また引退戦の空気を読んで、例えば要所要所で顔にいつも以上の闘志を出していかなんだら、お客さんは首を傾げることになるよ。やっぱり引退戦は普段とは違うのやから、その観客の空気がその表情や態度や戦法に微妙に反映さしていかなあかんのやで。

この様にな、引退と闘いを表現することは論理的矛盾をきたすのであって、そこで魔裟斗は二者択一せなあかんねん。正直ゆうて普段の魔裟斗vsサワーでは関心は低いことからも、ここは大人しく空気呼んで引退戦を受け入れるべきやと思うよ。彼らの遺恨清算のドラマだけやったらそんなん誰が興味示すねんな。ペトロシアンよりはましやろうけど、これが普段の試合やったら精々10%超える程度やで。名分は今まで2度負けてるサワーへのリベンジでも引退試合のショーなのやから、戦略的に誤ってても打ち合うときは打ち合うべきやし、通常止めるとこでも継続させるべきやし、変に競技に拘らんとサワーと対決しつつもお客さんにこそ媚びることこそが何よりの壮大な引退戦の感情浄化を生むのやで。せやけどこの二者択一は魔裟斗の価値を考えた選択であって、サワーを考えた場合には三者択一になるのとちゃうかな。

<サワーの第三の選択肢>
サワーの選択は、魔裟斗の引退戦に媚びて本人もゆうてるとおりヒール役を演じるか、それとも空気を無視して競技に没入するかの二つやんか。せやけどおっちゃんはサワーの場合は三者択一やと思うし、その三番目の選択こそ選ぶべきものやと思うねん。これが魔王サワーの選択ですわ。引退に媚びたら盛り上がるけども引退は一回きりやからその場で終わってしまうやろ?また競技に没入して負けたら価値落とすし、勝ってもその試合での価値の上昇であって、大きく上がるものとちゃうよ。それで次のトーナメントに出てもやで、精々魔裟斗よりは強い選手として意味付けされるものの、それで世間が振り向くと思うか?単に強いだけの選手に誰が振り向くねんな。そこで三つ目の選択肢なんや。

それは引退戦を無視し、競技没入を無視し、魔王サワー誕生の物語を紡ぐことやねん。例えば煽りで亀田みたいに悪態つくねん。会見でコップの水ぶっかけたり、引退は茶番とかゆうたるねん。勿論自分らしさが備わってなかったら青木みたいに空回りしてしまうけども、亀田や小川がやったように憎らしげに振舞うんや。こうして引退戦であるにも拘らず憎悪を自らに向けるようにして、大晦日で引退戦を踏みにじるようなラフファイト展開するんや。足踏んでもええし、頭突き食らわしてもええよ。とにかく空気無視した圧倒的な勝利でもええし、試合ぶち壊しでもええから社会に完全に反目せんギリギリの所で立ち回るねん。魔裟斗の引退戦であるにも拘らずそれを積極的にぶち壊しにしたら逆の意味で盛り上がるよ。サワーは空気を読むのやなしに、サワーが倒れることを願う空気を作り出すんや。ブーイングの嵐を呼び込むんや。引退戦で注目されるのを逆手に取った逆パフォーマンスするねん。これぞ魔王サワー誕生や無いか。

これやったら次のシリーズで「魔裟斗引退戦の感動をぶち壊したクソ野郎」として注目されるで。大晦日で終わらんと次に継続し尚且つ新たな、しかも前よりも優れた英雄の誕生や。試合に勝ったらマイクで歌ってもええし、車はぶつけるもの発言もありやで。引退戦を拒否し、競技性没入を拒否し、魔王爆誕の視聴率40、50%を狙う天下取りの物語創出もまた選択なんやで。


かかと落としが冴え渡る! アンディ・フグvs松井館長・金泰泳・村上竜司・佐竹雅昭



ほなな。

(212)GENOME10感想、俺は魔界を見た! IGFよ、格闘エンタの触覚たれ!

テーマ:イノキゲノム
2009-11-11 18:14:17
おっちゃんやで~。

GENOME10の感想を書くわ。個人的には今まで見た中で一番良かったよ。

<鈴木秀樹vs藤井克久>
鈴木はIGFと提携してるスネークピットジャパンの有望選手で、藤井はPRIDE武士道出場経験もあり今は袂を分かってるけど元小川の弟分なんや。正直ゆうておっちゃんの予想では似非競技の格闘プロレス見せられるのかなてネガティブに捉えてたのやけど、実際は中々白熱した試合で驚いたわ。前回引き分けの再戦ゆうこともあってか、お互いが主導権をとろうと必死になるねん。とにかく驚いたのは最初は無味無臭の存在値の無い鈴木の急成長振りですわ。度胸あって落ち着いてるし、攻防の中でイニシアチブを握っていくねん。藤井も負けるかと感情を出していって、IGFで拳は認められてないから掌抵を隙を見て繰り出すのやけど、鈴木はその倍以上の掌抵をしかも鋭く返していくねん。プロレス臭がほとんど感じられん中で、下から三角締めを決めた藤井を鈴木は上手くコントロールして背中をリングに付けてスリーカウントが決まったんや。見た目は藤井が攻撃してるように見えるけども、背中が3秒間付いたら負けのプロレスルールを利用した鈴木の頭脳作戦やったんやで。当初ギブアップで勝利したと思ってた藤井がまさかの負けを宣告されて憤慨しレフェリーに暴行するねん。とにかく鈴木は体の大きさとその肉体に似合わん俊敏な動き、物怖じせん度胸やクレバーな試合運びと才能を開花しつつあるのとちゃうかな。最初は頼りなさそうな感じやったけども、こら逸材やで。

<ジョン・アンダーセンvs柴田正人>
アリスターの上を行く筋肉空母のアンダーセンと、U-FILE所属でキム兄似の柴田の一戦や。とにかくアンダーセンの肉体は凄いものがあるよ。いつにもましてアリスタってたのとちゃうかな。対して柴田はポチャポチャや。前回試合開始と同時にタックル食らった柴田が、今回はかわして「何度もくらってたまるか」みたいに一指し指を左右に振るねん。再びアンダーセンが迫って柴田をコーナーに押し付け、お互いが掌抵し合うのやけど残念ながらお互いが手を抜いてたんや。プロレス的なお約束な攻防の中で、アンダーセンのガチのパワーや肉弾タックルがお客さんを喜ばせてたよ。必殺のニルヴァーナ(ヘッドロック!)もユルユルやないか(笑点)。最後はアンダーセンのパワーボムで柴田をKOや。アンダーセンはこれからも筋肉キャラでやっていくのやろうか?かなり気が強い性格やから怒りを引き出したらおもろいと思うのやけど、あの肉体では直ぐ体力がきれてしまうから難しいところやで。

<エリック・ハマーvsタカ・クノウ>
ジョシュのスパーリングパートナーで2m近い身長のハマーと、柔道家で40過ぎてからIGFで活躍してる武士の佇まいを持ったタカ・クノウの一戦や。圧倒的体格差の中でハマーが掌抵でクノウに仕掛けていくのやけど、ええのが入るとクノウはフラッとしてしまうねん。また身長197cmとは思えんハマーの素早い凄まじいタックルが炸裂してクノウはコーナーに激突したりと説得力抜群やで。それに対するクノウも飛びついて上行ったかと思えばそこから下の足を取りに行って、かつて柔術王者カステロを秒殺したコピイロフみたいな動きで足十字を決めるねん。40過ぎのおっさんとは思えん動きやで。とにかくここで感じるのは掌抵とダウンルールの素晴らしさやな。前々から思ってたのやけど、拳やとええの入ったら直ぐ終わってしまうし、拳怪我して長期離脱し物語が中断しやすくなるし、選手にとっても危険やんか。そこいくと掌抵やと耐えられるし、怪我による中断も起こりにくく物語が継続しやすいし、選手の安全面も保たれるねん。技や物語の生産性が上がって、競技性から直接性の切実さを希求するアメリカではあかんけども、日本やったら合うてるのとちゃうかな。またダウンも、グダグダにならんとある程度回復してまた元気にやれるやんか。これはええルールやと思うよ。それから自ら寝たクノウが来いよとグラウンドに誘い、それを知らん振りするハマーでお客が沸きかえるねん。ハマーの自分らしさが出てよかったのとちゃうかな。純粋に勝利を狙う攻防の中で、ハマーがジャーマン狙うのやけど、そこで突然ハマーが苦しみだすねん。腕を取ったクノウがスタンディングでアームロックを仕掛けたんや。そして流れるように脇固めへ移行するねん。レフェリーにギブアップかどうかを聞かれるたびに、ノー!と叫ぶハマー。必死になんとかロープを掴むとお客さんから拍手喝采や。今度はクノウは隙を見てハマーの巨体を一本背負いして魅せたのやけど、最後はクノウが前傾姿勢であるにもかかわらずぶっこ抜いたジャーマン2連続でハマーのKO勝ちや。クノウの七色の関節技にハマーのパワーと意地が感じられて、素晴らしい試合やったよ。おっちゃんとしては今回のGENOME10ではベストバウトでしたわ。

<藤波とか>
なんかやってたらしいな。予想通りウルティモが負け役や。まあ興行全体を成り立たせるためにはこうゆうのも必要やからおっちゃんは旗揚げ前から近代プロレスとの折衷は認めてたけども、はっきりゆうて見る気しませんわ。

<モンターニャ・シウバvsボブ・サップ>
最近は衰えたといわれてるご存知サップと、小川以上の暴走が売りの大巨人モンターニャの一戦や。酒場での記者会見でも試合での立ち上がりも大人しかったモンターニャやけど、おっちゃんは安心してたよ。つまりモンターニャはなんぼ大人しくしてても直ぐに切れてまうねん。試合はモンターニャが常にイニシアチブを握ってる感じでな、膝蹴りで試合を組み立てるねん。途中で張り手合戦になるのやけど、モンターニャの腕が長いから、巻き込むようにサップの後頭部を襲ってパチンパチン大きな音をさすねん。その大きさにお客さんはどよめいてたよ。途中で劣勢を覆すようにサップは飛び掛るようにスレッジハンマーかますのやけど、その声が悲痛やったからリアリティーがでて、またお客さんが反応するねん。やはり苦しい時は苦しい、嬉しい時は嬉しい、怒るときは怒る感情は人の心に響くよ。そして3分も経たん内に最後はサップが体固めであっさりモンターニャから3カウントを奪ってしまうねん。体固めの際にモンターニャは腕を上げたのやけど、背中は付いたままてレフェリーは判断したのとちゃうかな。余りの突然の幕切れにお客さんは落胆の声を上げるし、モンターニャはぶち切れや。レフェリーをどつくわ、止めに入ったスネークピットの若手は吹き飛ばすわ、リング外のサップをど突こうとしてこれは失敗するのやけど、帰りに再びレフェリーに攻撃を加えるねん。試合全体としては遠慮がちにやってて残念やったけど、最後の暴走はほんまに怒ってておもろかったで。場外乱闘が普通に許されるIGFこそ、モンターニャは合うてるのとちゃうかな。

<澤田敦士vsジョシュ・バーネット>
小川の弟子、新人賞有言実行受賞男の澤田と、最強の一人と目されるジョシュ・バーネットの一騎打ちや。べしゃり能力の高い澤田やけど、前日の酒場での記者会見ではきっちりジョシュに挑発しててよかったよ。ただ実力差ありすぎてバランスが取れんのとちゃうかな、て思ってたら案の定でしたわ。試合は最初澤田がゴング前からエルボーで襲撃してええ感じやったよ。それから掌抵喰らってでリング外に落ちた澤田を、ジョシュが小川の物真似で「なんだよ、おい」て日本語で言いながら手拍子してお客さんを煽るねん。これで会場は拍手喝さいや。また微妙に似てるねん(笑点)。それにしてもメイヘムがDREAM参戦時に「日本語覚えたい」てゆうてたけども、コミュニケーションは大切やで。何喋ってるか分からんでは話にならんからな。その意味で、ジョシュの片言とはいえ日本語習得は素晴らしいと思うよ。それにしてもジョシュは体大きいのに素晴らしいキレやで。実力差、体格差ゆえに終始圧倒してたジョシュやけど、何とか存在感発揮しようと澤田も声だして頑張ってたのは伝わったよ。せやけど澤田の攻撃は篭ったエルボーにペチペチ逆水平ぐらいで説得力が無かったし、またジョシュも含めて全体的にプロレスムーブが多くて残念やったなあ。STFにブレーンバスター、またプロレス特有のノーガードでフラフラ歩いて次の技を受けるあの態度やとか、一体何をやってるのやろ。最後にジョシュが日本語で「新日本プロレス、全日本プロレス、そして中邑、いつでもどこでも誰とでもやってやる!」は中々良かったで。

<高山善廣vs小川直也>
期待してた二人の対決やけど、拍子抜けの一戦でしたわ。小川の動きがかなり悪くてなあ、引退を匂わせてる通り身体がゆうこときかんのやろうか?まあこの一戦だけで判断するのは早すぎるけども、あと2年はやるやろうから、もう一がんばりして欲しい所ですわ。それにしても和田レフェリーはIGFで裁くのもう辞めて欲しいよ。この人普段の人間関係をそのまま持ち込むやんか。小川vsジョシュでもミスジャッジの説明の際に平サブレフェリーを平て呼び捨てで呼んだり、猪木を大将とかゆうてみたり、今回も「リングの中でやれ!」て高山vs小川に角田張りにゆうてみたりするねん。サブレフェリーて役職で言わなあかんし、大将とか訳わからんし、中でやれてレフェリーの言葉ちゃうやろ。神様が見ていますも近代社会の発想そのままでな、体育会系そのままやから現代的なIGFには合わんのとちゃうかな。

<格闘技エンターテイメントの触覚>
全体的にいえることは、ほとんどの試合にブックが感じられんところですわ。これはガチ=真剣勝負であることを意味してるねん。これに対して「MMAではありえない技術体系を駆使しており、彼らは真剣ではない」て非難するのは的が外れてるよ。確かに説得力は欠けるとはいえ、非真剣勝負とは選手同士の意思疎通によるブックの遵守なんや。IGFでは意思疎通せんと選手個々人が各々の演出で表現してるのやから、これは真剣勝負でしかないねん。これはつまり主導権握るアドリブであり自己演出のパワーゲームであって、真剣勝負以外の何ものでもないのやで。せやけどそやからゆうてロープに飛ばされてたり、手を抜いた掌抵やってたら説得力が失われるやんか。そやから説得力を身につける為に競技性をまとうのは必須になるのやで。この意味で非MMA的技術体系の駆使による応酬は非真剣勝負を意味してるのやなしに、低説得力を意味してるねん。そやからIGFを八百長とするのは的外れなんや。

そう考えるとIGFは「共通ブックの近代プロレスを超克し自己ブックの現代プロレスへの移行を果たしてる」といえるのとちゃうかな。そしてここからその自己ブックの演出において、個性や説得力を高める努力をしていかなあかんねん。かつてランデルマンはIGF参戦に当たって猪木の目指してるものを「高度なMMA」と喝破したよ。MMAは今日的にはルールが厳密されて柔道やボクシングなどの一競技に頽落してるから言葉を変えると、これは「高度なバーリトゥード」なんや。猪木の目指してるものは出来るだけ競技性をあげて説得力を高めつつも自己演出でやり合う格闘技エンターテイメントであって、これこそDREAMや戦極を越えた現代プロレスなんやで。時代が変わるから競技性の説得力において真の競技力は昔の2,3割から10割に限りなく近づけていかなあかんし、自己演出も予定調和の共同体代表勝利から個人の時代に即した勝利へと変えていかなあかんねん。ただ時代が近代から現代へ変遷しても、格闘技エンターテイメントの本質はリングの外では変わっても、リング上の闘いは不変なんや。

世間に向けた個性と諸説得力の合理的統合が現代格闘技エンターテイメントの理念とすると、DREAMが浮上を願うなら現代プロレスを目指さなあかんし、戦極が浮上を願うならやはり現代プロレスを目指さなあかんねん。その意味でIGFは先を行ってるんや。MMA既得権益で食ってるDREAM・戦極と、新規権益を狙い失敗してるIGFでは、その意味で先を行ってるIGFやけど貧困に喘いでるよ。せやけどライト兄弟が新しいことに踏み込んで嘲笑の的になったように、時代のパイオニアは割を食うものなんや。猪木はゆうてた、「俺は10年先を行っている」ほんまにその通りやし、ほんまに恐ろしい男やとおもうで。今回のGENOME10は素晴らしかったし、まだまだ世間には届いてへんけども、進んでる道は合うてるのやで。かつて朝日新聞本社で拳銃自殺した右翼の野村秋介は「右翼とは民族の触覚である」てゆうたよ。触覚ゆうのはな、先に危険を察知してそれを体に分からせる役割を意味するねん。民族全体の利益を考えて体を張って先へ踏み出していくんや。IGFも格闘エンタの触覚となって、閉塞する格闘エンタに利益をもたらしてくれ。かつてこの役割は新日本やったのやけど、今はIGFがやるしかないやろ。

まだ真剣勝負を持ち込んだだけでしかないから、これから説得力や演出を高めていかなあかんねん。この意味でまだ一歩進んだだけやけど、それでも確実に1歩は進んだんや。それをおっちゃんは今回のGENOME10で確信したよ。中邑かIGFか、それとも亀田か石井かバダ・ハリか。確実に新時代は近づきつつあるで。


プロレスヒストリー! 世間とずれの無い格闘エンタの王者プロレス 力道山から小川まで



ほなな。

(211)喜ばしき、つるじょあマン ボクシング・MMA・K-1・プロレス情報

テーマ:イノキゲノム
2009-11-09 19:10:00
おっちゃんやで。今日は2件。





剛竜馬はひったくりなどやっていなかった!
AV界の帝王が真実を語る
村西とおるnews
下の方を読みましょう







チャック・リデルとの戦いを希望しているティト・オーティス
MMAWeekly.com


(以下、神訳)

ティト・オーティスはリデルとの3回目の戦いを希望しているとしてMMAWeekly.comに話した。リデルとは過去、UFC47と66で敗北している。

「俺は確かに彼に2回負けたよ。だが彼を負かすことが出来ると今でも思っている。そしてそれが俺の人生にとって大きなものでもあるんだ。俺は絶対闘いたいし、それは凄いものになるよ。」

「俺は彼を男と見込んで何度も挑発しているが、彼は返事をしない。何故だろう?これは彼にとってもビッグマッチになるし、いいビジネスでもある。きっと対戦することになると思うよ。」

「俺は誰と戦うのも恐れてなどいない。昔恐れていたといわれた事があったが、俺は彼と二度戦っているんだ。恐れているわけが無いじゃないか。」

「リデルは俺の友人じゃないから遠慮なくやれるし、過去戦いを回避しないことで恐れがないことを既に立証している。俺は何も失うものは無い、リデルを蹴とばして俺の尻にしいてやるよ。」



つるじょあ:おっちゃんには訳は全然向いてないわ。もう途中で投げ出したよ。内容は多分4割ぐらいしか合うてないから、鵜呑みにしたらあかんで!(氷点)この企画は最初で最後ですわ。ジーニアスはん、すみません。

いいんだね、殺っちゃって? 出戻りの健介に、永田の殺気! 佐々木健介vs永田裕二



ほなな。

(210)最強を目指す、強くなくて何が格闘家だ! イエス中邑よ、虚偽の世間と闘い救世せよ

テーマ:イノキゲノム
2009-11-09 18:12:58
おっちゃんやで~。

<賽は投げられた>
棚橋に近代プロレスで勝ち役を演じきった中邑やけど、これは彼の現代プロレスの諦めを意味してるわけとちゃうねん。会社とすぐ対立するのやなしに、徐々に変えていったらええのや、少しずつでええのとちゃうかな。また確かに猪木代替選手要望は相手の人格を無視してるし、また猪木イズムは共同体的な親分子分や無しに独立した個人を謳うものやから、その意味で代替選手は的を外してたんや。そら猪木かて代替要望なんて発想がある訳が無いよ。せやけどそれがどないしたゆうのやろうか。賽は投げられたんや、猪木あかんかったら次の物語を紡ぐだけですわ。

<格闘技の同一性を取り戻せ>
彼は前々から総合格闘技の道場で鍛えてたのは聞いてたよ。実際はその他様々な競技性を高めるトレーニングもやってるんやって。プロレスやりながらで大変やとは思うのやけど、この路線は正しいとおもうよ。強いからこそ人に説得力与えられるのや無いか。そして説得力皆無で嘲笑されてるのが今のプロレス全体やないか。この意味でプロレスがかつて総合格闘技と思われてた格闘技の同一性を取り戻すために、強さを身につけようとするのは当たり前のことなのとちゃうかな。最強を目指すという中邑の路線はそのままの語義で取れば徹頭徹尾正しいよ。そこでおっちゃんが彼にして欲しいことは新日本プロレス改革のために、新日本で強さを目指さんと奇特な一部の人たちへの迎合ショーをやってる人たちの責任を追及することなんですわ。

<歴史との闘い>
中邑個人が会社を飛び出すのは簡単やけど、それは勿体ないやんか。新日本に留まることこそ歴史と闘うことであり、一大抒情詩のスペクタクルになるのやないか。それゆえに猪木も「IGFはいつでもいけます」てゆうて、新日本プロレスの改革を再三再四迫ってるのやないか。小川vs橋本のころに消化すべき新日本の宿題を、10年遅れで取り組むねん。この意味で中邑には、永田や中西にガチ仕掛けて欲しいと思ってるよ。

<イエスの苦闘>
確かにその試合は近代プロレス的な応酬は困難になるよ。それゆえに非常に幅の無い、単なるど突きあいになるかもしれんよ。客は置いていかれて、外す可能性も大いにあるよ。せやけどそれはプロレスマニアであって、イエスキリストが磔にされるまで虚偽と闘いぬいたように、虚偽の世間と闘うのは中邑の背負った十字架なのとちゃうかな。

<猪木・ベイダーの闘い>
闘いの無いプロレスに闘いを持ち込むねん。ビッグ・バン・ベイダーは闘いを呼び込むような痛みのあるプロレスしてたやんか。北尾戦で一方的に攻撃してたやろ?またUWFでも中野を圧倒してたやろ?北尾は折れてしもうたけども、中野は奮闘して盛り上がったやんか。痛みのある応酬の中で相手の必死さを引き出したとき、そこで現代プロレスが始まるのや無いか。そして今のMMAシーンを覆ってる没演技的クソ競技を超えた、相手の存在感を消す為の主導権争いも可能になるのやで。

猪木のプロレスは闘いを標榜してたとか言われてるけど、所詮は近代社会のお客さん相手やから闘いは2割か3割程度なんや。せやけど今のプロレスではそれは通用せんからこそ、10割闘いに持っていかなあかんねん。かつての猪木やベイダーや前田のええ部分を継承していこうや無いか。永田に仮を返すとかおかしなことゆうてるけども、永田の存在を消しに掛かって欲しいよ。「何故新日本は闘う集団で無くなったんだ?」「ミルヒョーで何か気付かなかったのか?」「お前は取り損ねたが、俺は天下を取ってやる」「永遠に白目を剥かせてやるよ」「賞味期限の切れたアンパン」「青義軍の青は、青カビの青」これぐらいゆうてほしいもんやで。


金網のラストエンペラー 永久凍土で出来た拳 ブレット・ロジャースvsエメリヤーエンコ・ヒョードル



ほなな。

(209)中邑と石井、格闘技エンタの超新星! 彼らを中心に変わる、猪木・亀田ゲノムを継ぐ者

テーマ:イノキゲノム
2009-11-08 17:07:57
おっちゃんやで~。

<力道山からのゲノムを継げるか>
今回の2団体を巻き込んだ一連の中邑騒動を見てわかったことは、中邑にプロレスを新しいものに変える、力道山・猪木ゲノムを継ぐ可能性があるとゆうことですわ。このゲノムとはリング外では変わってもリング上では不変のその時代の闘いを表現できるかどうかであって、その意味で力道山・猪木・長州・前田・小川・中邑の、「闘いを表現し続けるゲノム」といってもええのかもしれんよ。当時彼らのプロレスは、お客さんにとっては間違いなくガチであり、物語があったやんか。ここから逸れてしまうから闘いが胡散霧消して、飽き飽きするアメプロになってみたり、一見さんには見方すら分からんキッチュ空間になってしまうのやで。

<猪木に迫る中邑の必然性>
おっちゃんも昔から期待かけてたのにちっとも動こうとはせん中邑に、諦めてた部分があったよ。その意味で今回の一連の行動も最初は誤解してた部分があったことは否めへんよ。せやけど彼は気付いたんや。当時猪木に殴られたおぼっちゃんは、闘魂の言葉をを拒絶しファイティングスピリッツに置き換えてすねてたのやけど、彼は今当時を振り返って「あの時は若かったから殴られた意味が分からなかったけど、今なら分かる」て述懐するねん。引退後はプロレスを貶めた首謀者であるかのように一部で叩かれてる猪木やけど、おっちゃんが何年も前から何度も肯定してきたように、猪木の理念は誰よりも正しいねん。その理念を理解した中邑が正しく猪木に交わろうとするのはゲノム継承者として正当なことやないか。

<格闘エンタの超新星、その名を石井、中邑>
亀田に共感した石井同様に、中邑は猪木に関心示したんや。そして猪木=亀田やから、その意味で石井も中邑もおんなじ立場やといえるやろうな。おっちゃんが猪木と亀田を肯定したとき、皆笑ったけども、鋭い彼らは見抜いたんやで。彼らはきっと近代性を超克して現代格闘技エンターテイメントを表現してくれるとおっちゃんは期待してるよ。ゲノムファイターとは、IGFという団体に所属するということで規定されるのやなしに、正しい理念に気付きそれを実践したかどうかで決まっていくねん。その意味で亀田・石井・中邑はゲノムファイターへ突き進んでいると言えるやろうな。IGFは猪木の威を借りてるだけですわ。現代格闘技エンターテイメントの地平を行く亀田・石井・中邑よ、天下を目指せよ!


世界の荒鷲の異種格闘技戦 ランバージャック・ジョニーリーvs坂口征二



ほなな。

(208)IGFはストーカー? 掛け違ったボタンは最初からやり直すしかない 目を覚ませ闘う集団よ

テーマ:イノキゲノム
2009-11-08 07:44:44
おっちゃんやで~。

今回の戦極は厳しいカード編成でんな。全く興味起これへん。それに比べてストライクフォースは世間はともかくMMAファンには垂涎のカードやな。ヒョードルにメイヘムにムサシにしかもぺぺ、ぺザオンて。PRIDEみたいや。しかもヒョードルとぺザオン勝ったら組まれるで。アリスター、ジョシュ加わったらこら勢力になるよ。

<乱入を乱発すれば受ける訳ではない>
さて、IGFが新日本プロレスの興行に乗り込むそうやけど、やめといたほうがええて。恥の上塗りするだけでっせ。これはなんでかゆうたらな、表題にもあるとおり、そもそもボタンが掛け違ってるからなんや。中邑は猪木に挑戦したのやし、IGFは無関係て最初からゆうてきてるわけやんか。そこで猪木=IGFて勝手に解釈してやで、挑発されたと勘違いしたのが現実なんや。しかも挑戦された立場で前に乗り込んでしもて「安売りするな」て失笑ものの失態を起こしてるわけやんか。IGFがやる気あるのは分かるし、乱入を連続して行うことは簡単に出来る事ちゃうよ。その意味でIGFが闘う集団なのは分かったし、頼りがいがあると思ってるよ。能動的に動かんものにどないして利益が得られるねんな。待っててもあかんねん。その意味で評価は仕様やないか。

<説得力のある闘いこそ>
せやけど両者の思いが擦れ違ってるのに迫るのは、単なるストーカーでしかないやんか。IGFは脳内で相思相愛やと思い込んでるだけでな、相手はその気ないねん。両者が闘う理由も無いのに恣意的な解釈を理由に挑戦することは、人生の交錯でもなんでもないよ。テーマのない闘いしてたら世間ポカーンやで。DREAMがヒョードルvsホンマンやハルクトーナメントみたいに、テーマの無い試合乱発して失敗してるように、そら中邑vsジョシュでもローカルでは注目されるやろうけど、カード自体は全く意味の無いものになってしまうよ。

<沢山居る異性のうちの一人>
何のゆかりも無いIGFは、中邑にとっては招かれざる客なんや。最強を決めるというIWGPの理念を持ち出しても無駄や、それやったら誰にでも当てはまることやからなんや。それやったら非IGFの選手が手を上げてもええ訳であって、ジョシュであろうと澤田であろうとその中の一人でしか無いよ。しかも今回は最初からコミュニケーションの埒外であるにも関わらず「逃げた」て咎めたてながら乱入するのやから、話になりまへんがな。

<節操の無いIGF>
中邑が安売りてゆうた理由はな、簡単に動いてしまう尻の軽さについてゆうてるねん。ほんまやったら戦略的に動いてやで、自らの価値が下がらんようにここぞと言うときに動くべきやろ?せやけど今のIGFは簡単に動いてしまうやんか。そこで足元見られてしまうのやで。正直ゆうて今回のIGFは節操も無ければセンスも無い、道端の女に「俺と付き合うのが運命」とかゆうて付きまとう変質者でしかないよ。それで誰が振り向くねんな。

<センスの無いIGF>
一回の乱入で学んでほしかったなあ。猪木は確かに「行ってみろ、行けばわかるさ」てゆうてるよ。せやけど「やって初めてノウハウが見えてくる」ともゆうてるやんか。IGFはノウハウ獲得してへんやないか。ええ加減学べや。中邑もテーマあったら闘ってくれるよ。


テニスボールを剥く男 人間びっくりショー レフトフック・デイトンvsアントニオ猪木



ほなな。

(207)中邑はIGFに上がる必要は無い! つまらないジョシュの挑発 おもしろい演技をしろよ

テーマ:イノキゲノム
2009-11-05 16:11:28
おっちゃんやで~。

IGFの興行で、澤田と対戦し圧勝したジョシュが試合後に新日本プロレスの中邑に挑発したそうや。それを受けて中邑は安売りするなとかわしたそうやけど、おっちゃんは中邑の態度が正しいと思うよ。

<何故ジョシュなのか>
今の中邑のベルトに輝きが無いのは中邑自身が認めるところで、それゆえにそれを克服しようと彼は会社や猪木と闘おうとしてるのやないか。ベルトに輝きを取り戻そうとしてるのに、なんで相手がIGFで、しかも相手が無個性のジョシュやねんな。しかも話題性欲しさに挑戦されたといいながら、わざわざやってくる尻軽なIGFの面々とやってベルトは輝くのやろうか?

<IGFの倒錯>
猪木に挑戦してるのやから、中邑は最初からインディのIGFなんて眼中にないねん。眼中に入ろうとおもうならそれなりのことせなあかんのに、勝手に猪木=IGFにして、コミュニケーションの枠外であるにもかかわらず筋違いにも踏み入って、敵の小鉄に挨拶に行ったり、モンターニャが後ろの観客の邪魔したのが現実や無いか。中邑かて筋通して相手がそれなりの相手やったら闘うのとちゃうかな。

<上井三銃士とジョシュは同じ>
中邑も残念に思ってると思うよ。なんでIGFなのか、なんでジョシュなのかの説得力無しに、的外れな挑発繰り返す安売り王IGFに興味湧かんのは当たり前や無いか。なんで中邑と戦うのかさっぱり意味分からんわ。ベルトの理念だけやったらIGFだけやなしにあらゆる格闘技が対象になるし、初代IWGPは大義名分で挑戦してるのは猪木てゆうてるやないか。最初からIGFはコミュニケーションの埒外なんやで。IGFが振り向いて欲しかったら、それは一から積み上げて如何なあかんことなのとちゃうかな。それを一足飛びに我田引水に挑戦しようやなんて、考えが浅すぎるよ。上井ステーションで高瀬が「NOAHとやりたい」てゆうたのとどこが違うんや?今中邑がIGFの選手とやったら、間違いなくベルトは煤けるよ。

<IGFに優位性なし>
IGFは対戦相手としては、ストライクフォースやDDTとおなじ相対的な相手でしかないねん。猪木が関わってるからゆうて、特別な立場やと思うのがそもそも間違ってるのやで。選手一人一人がベルト欲しいのやったら、対戦相手として説得力ある物語を紡いでいかなあかんし、また小川みたいに無視して己の価値を高めることもまた道やで。いずれ交錯することもあるかもしれんやんか。ラッシャー木村の挑戦を猪木がしぶったのはな、ラッシャーでは説得力に欠けるからなんや。それなりのことしてから挑戦するべきやろ?猪木の「中邑が面白い演技なら付き合ってやる」同様に、中邑も「面白い演技なら付き合ってやる」てゆうてるのやで。

<中邑の第一歩は滑った>
そやからゆうて、おっちゃんは中邑を全面肯定してるわけとちゃうねん。中邑自身が今のベルトを否定してるとおり、今のIWGPのベルトはとっくの昔に形骸化して、単なるローカル団体において回しっこしてるだけなのが現状や。そんな中で中邑は正しく価値を高めようとして立ち上がったのやないか。やるべき相手と闘ってやで、最初は猪木に挑戦して外して信頼を失った中邑やけど、その失敗が全てなんか?おっちゃんはこれは序章に過ぎんと思ってるよ。これからなんや、IGFはティンカスやから今のところは無視するとして、中邑が色々と仕掛けてくれることにおっちゃんは期待してるよ。

<イノキゲノム継承はIGFかそれとも中邑か>
この様にな、IGFの助手でしかない競技力のみのジョシュは、対戦相手としては全くもって不適格やと思うし、なんにも演技せんのに誰が付き合うかっちゅうねん。何が闘うイベント集団IGFや、物乞いやらんとまず己と闘えよ。おっちゃんとしては中邑に、とりあえず棚橋をボコってもらいたいもんやで。カクトウログはんもゆうてたけども、新日本で闘いを根付かせることも一つの選択やと思うよ。近代プロレスが超克され、現代プロレスを始めるねん。中邑こそIGFよりイノキゲノムを引き継ぐ者かもしれんで。「若かったから猪木さんに殴られても気付けなかったが、今なら分かる」感動する言葉や無いか。中邑よ、行って見ろ、行けば分かるさ!


自己表現ではなく自己表出 朝青龍や秋山の危うさ 高須基仁vsリポーター



ほなな。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

あなたもエコ・ブログでブログをつくりませんか?