2006-12-28 10:02:06

独裁者の死去 続くトルクメンのテロ支援疑惑

テーマ:ブログ

 21日、トルクメニスタン共和国の終身大統領サパルムラト・ニヤゾフ氏が死去した。日本人にトルクメニスタンという国はなじみが薄いが、この国は北朝鮮以上の個人崇拝が行われている独裁国だ。トルクメニスタン人は古来よりラクダや馬を巧みに操る勇猛果敢な民族である。


 ところでモンゴルや中国はフタコブラクダ、トルコやアラブはヒトコブラクダであるが、トルクメニスタンにはその両方がいる。シルクロード交易でアジアと中東の交錯する地点だった名残だ。イランではいまでも子供が泣きやまないと「いい子にしていないとトルクメニスタン人がきてさらっていくぞ」といって子供を脅すという。


 ソ連はマルクス・レーニン主義を公式のスローガンに掲げたが、中央アジアやカフカス(英語名コーカサス)地方などでは「ムスリム・コムニスト(イスラム教徒共産主義者)」という概念をつくり、「要するに共産党が行っているのは、西方の異教徒に対する聖戦だ」という表象でイスラム系民族をソ連側に引きつけた。ソ連は無神論国家を標榜(ひようぼう)したが、イスラム教と本気でけんかをすることは避け、また中央アジアの部族支配も温存した。この傾向がもっとも強かったのがトルクメニスタンなのである。

 

 トルクメニスタンは天然ガスの上に浮いている「空飛ぶ絨毯(じゅうたん)」のような国だ。面積は48万8100平方キロメートル(日本の約1・3倍)だが、人口はわずか490万人に過ぎない。天然ガスの埋蔵量は世界第4位(BP統計によると04年の天然ガス埋蔵量は2・9兆立方メートルで世界の1・6%)なので、乱暴なことを言えば、天然ガスを販売し、その売り上げを国民にばらまくだけでも今後数十年間国家を維持していくことができる。事実、ニヤゾフ政権はこのようなアラブの王国のような政体を志向した。


 ニヤゾフ氏の頭がよかったのは、このような人口が少ない資源大国は近隣諸国から狙われやすいので、永世中立国を宣言したことだ。それは1995年12月の国連総会で承認された。従って、いかなる国であれ、トルクメニスタンに軍事介入することはできないのである。その外枠を整えた上で、ニヤゾフ氏は個人崇拝と権威主義的支配体制を推し進め、99年12月28日、国会が全会一致で同氏を終身大統領とする決定を採択した。


 トルクメニスタンでは「ニヤゾフ大統領」という固有名詞ではなく「トルクメンバシ(トルクメンの父親)」と呼ぶことが推奨された。以前、筆者はある通訳から東京を訪れたトルクメニスタン人がJR線の「飯田橋」「水道橋」などの“バシ”がつく駅の名前を見るととても興味をもって「“バシ”とはどういう意味か教えてくれ」といわれたという話を聞いたことがある。北朝鮮の「首領さま」同様、政治指導者を「父親」と呼ばせるような国家は、民意に基づく政権交代を担保する日本と基本的価値観を異にする国家である。


 たとえ独裁国でも、その支配が当該国家内にとどまり、周辺国に悪影響を与えなければ対等の主権国家から構成されるというルールが建前の現下国際社会において特に問題はない。しかし、トルクメニスタンについては(専門家以外にはあまり知られていないが)国際テロリズムとの関係で大きな「前科」がある。


 2001年9月11日にアメリカで同時多発テロ事件を起こしたアルカーイダの指導者オサマ・ビン・ラディンが「タリバン政権」のアフガニスタンを根拠地としていたことは有名であるが、ニヤゾフ前トルクメニスタン大統領は「タリバン政権」のオマール首長と個人的に親しかった。9・11以前も米露を含む主要国は「タリバン政権」に対し、圧力をかけていたが、パキスタンとトルクメニスタンが抜け穴になっていた。


 9・11以降、国際圧力の前にパキスタンは政策を変更、国際テロリズムに対する戦いに参加したが、トルクメニスタンは永世中立国を口実に戦いに加わらなかった。国内には実質的な野党も自由なマスコミも全く存在しないので、ニヤゾフ大統領の責任も追及されなかった。9・11以後、ニヤゾフ大統領は外国要人との会見を避けていた。


 永世中立国の美名に隠れ、トルクメニスタンが事実上のテロ支援国家にならないように国際社会が監視の目を強める必要がある。


(ラスプーチンと呼ばれた男 佐藤優の地球を斬る)

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