http://www.news-us.jp/article/412494645.html



三船美佳
・三船敏郎(当時64歳)と愛人・喜多川美佳(34)の娘
・三船敏郎は本妻と泥沼離婚裁判をするも別れず、喜多川美佳は三船敏郎の「妻」として公の場に出ることも
・「本妻になれないなら…」と三船敏郎の財産の多くを喜多川名義に変えた(本妻の息子がのちに金銭的苦労を語る)

母親の芸名と同じ美佳と命名
・1997年三船敏郎の死去、遺書で認知された(当時15歳)
・三船が要介護(認知症)になったあと、喜多川美佳は介護を拒否し三船を老人ホームに入れた
(後に本妻の息子が、三船は愛人に捨てられたのではない、
二人の別れの原因は創価学会員である喜多川美佳が三船家の位牌を留守中に勝手に処分したからだと語っている)
・三船が戻ってくるのを待っていた本妻が老人ホームから引き取り、本妻が癌で急逝するまで再び夫婦で暮らす
・三船敏郎が亡くなった年に「三船美佳」という芸名でデビュー(本名では一度も三船姓になったことはない
・三船敏郎の死から1年後の1998年、美佳の16歳の誕生日に高橋ジョージ(当時40、1995年離婚)と結婚
・三船美佳の母親が高橋ジョージのファンで楽屋に出入りしていたことから出会い、14歳のときにプロポーズ
・結婚後も本名の高橋美佳ではなく、三船美佳のままオシドリ夫婦タレントとして活躍
・一女を設けるも結婚16年目で離婚
無理やり三船姓を名乗りながら「自分の足で歩きたい」
三船敏郎、本妻の息子、喜多川みか、三船美佳、高橋ジョージ、全員創価学会員
高橋ジョージは三船美佳と結婚するために入信


(喜多川美佳 - Wikipedia)

喜多川 美佳(きたがわ みか、1948年10月28日 - )は、日本の女優である。本名は大野 照代(おおの てるよ)。旧芸名は北川 美佳(きたがわ みか)。

かつて俳優・三船敏郎との内縁関係にあり、三船との子は女優・タレントの三船美佳。

来歴・人物[編集]
1948年、東京都生まれ。父親は生後4ヶ月で死去。3人兄妹(10歳上と9歳上の兄)。品川区立芳水小学校在学時よりバレリーナを目指し、品川区立大崎中学校では陸上部に所属。帝京女子高等学校に進学後はダンス部に所属。のちに主将を務める。3年生だった1966年10月に先輩が内緒で『東宝ニューフェイス』試験に応募、だが将来はバレリーナになるため女優になるつもりはなく二次試験をすっぽかす、しかし何故かその書類がCMモデル・オーディションに回り、度胸試しで受け合格、学校には内緒でCMタレントとして活動を始める。1967年9月にユナイト映画で募集したミス007に選ばれ、西ドイツへ招待された。その後北川 美佳の芸名で、テレビドラマ 『平四郎危機一髪』に出演。

1969年、三船プロダクション製作の映画 『赤毛』に初出演した。以後、映画、テレビドラマ等に出演した。

1999年、18年ぶりに映画 『ラッキーロードストーン』(監督は娘婿・高橋ジョージ)に出演した。
・・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%96%9C%E5%A4%9A%E5%B7%9D%E7%BE%8E%E4%BD%B3


249 :名無しさん@恐縮です@\(^o^)/:2015/01/16(金) 21:04:25.19 ID:DpzPHiPk0.net

50代の母に三船家の騒動聞いてみました。
母曰く、松方家と三船家の騒動は今でも印象に残ってるようです。

昔フォード米大統領の来日での晩さん会に三船敏郎が招待されたとき、
夫人ではなく、愛人の喜多川美佳(三船美佳の母親)を同伴して

話題になったそうです。
喜多川は三船プロの女優で、共演者でもあります。
当時三船敏郎は愛人にぞっこんで、夫人との離婚裁判を起こしたものの、
離婚成立ならず、喜多川美佳とは内縁関係でした。

三船美佳が誕生したときは大喜びで、女性週刊誌にわざわざ写真を撮らせ、
記事まで書かせています。当時三船敏郎は60代。
娘とはいえ、孫の感覚でしょう。
これらのことはwikiでも書かれています。
しかし、よる年波には勝てず、心筋梗塞で闘病後、夫人のもとへ帰り、
晩年写真週刊誌の「フォーカス」で
夫人とのツーショット写真が話題をよんだそうです。

喜多川美佳と三船敏郎の別れについて、三船敏郎の息子さんが、
喜多川美佳が介護を放棄したのではなく、
喜多川が学会員のため、三船家の先祖の位牌を処分したから
と説明したようですが、それだけではないでしょう。
別れというのはさまざまな理由があるんだと思います。
三船敏郎は役者としての評価が高い反面、事務所の内紛や私生活では
恵まれない人生だったと思います。
三船プロの台所事情は厳しく、経済的事情もあったはず。
もちろん喜多川家は学会員ですから、その影響もあったでしょう。
世界のミフネにうまく取り入ったし、
三船もまんまと引っかかったんでしょう。

喜多川は美人女優として、
おそらく母親に家事を任せ、自分は家事などできないんでしょうね。
ごみ屋敷状態というのもうなづけますし、
もともと娘を溺愛してたから、甘やかしたんでしょう。
人は育てられたようにしか生きられない。
まして年取ってからの新しい行動は難しい。
本来ならば、三船家の腹違いの兄弟と和解するべきが、
むしろ反旗を翻して三船姓を使って娘をデビューさせた。

そういう親ですから、
娘が10代でオヤジと結婚するのも反対しなかったんでしょう。
最終的には本人の決断だとしても、保護者としての自覚が感じられない。
数年前、あるテレビ番組で娘とともに出演してたけれど、
この親には神経が何本か
足りないんだと感じた。
あれだけ世間を騒がせた人が堂々と出で来るのがふしぎ。
三船敏郎が他界して禊がすんだと思ってんだろぅ。
昔は確かに世界のミフネを虜にした栄光があるけれど、もう時代が違う。
これからが大変なんだろう。
以上母の感想でした。



三船美佳 離婚決意固く、ローン払っているのに自宅飛び出していた
2015年1月17日 05:35

ロックバンド「THE虎舞竜」の高橋ジョージ(56)と離婚することがスポニチ本紙報道で明らかになった、女優の三船美佳(32)が16日、「離婚を決意し、母と娘と3人で暮らしております」とファクスでコメントを発表した。離婚調停が不成立となり、離婚と親権を求めて提訴したことを明言。「子供の人生を第一に考えながら、仕事にまい進したい」と決意を見せた。

美佳はファクスで「夫・高橋ジョージとの離婚を決意し、一昨年の12月末より別居し、現在母と娘(10歳)の3人で暮らしております」と現状を説明した。

別居後に行われた離婚調停は、高橋が「もう一度やり直したい」という姿勢を崩さなかったため不成立。そのため、ファクスに美佳は「離婚と親権を求める裁判を提起しました」と離婚裁判に至ったことをつづった。関係修復は困難で、別離は避けられない状況となっている。

美佳の離婚の決意は固い。知人によると、夫妻は2009年7月、都内の高級住宅街に鉄筋3階建ての一軒家を購入。一人娘、母親で女優の喜多川美佳(66)を含めた4人暮らしをしていた。敷地内で工事をした際には、美佳が「騒音でご迷惑をおかけします」とあいさつに回るなど、近所では、バラエティー番組で見せる通りのおしどり夫婦として知られていた。

高橋には「ロード」という200万枚を超える大ヒット曲がある。夫妻としては「ナイス・カップル大賞」(07年)、「パートナー・オブ・ザ・イヤー」(11年)に選ばれ、テレビ出演も多かった。2人は金銭的にも恵まれ、夫婦仲も良好な環境にあると思われていた。

だが美佳は、自宅に高橋がいる時は仕事以外では出掛けてはいけない“外出禁止令”などに不信感を抱き始め、離婚を決意。13年末に、高橋1人を残し娘と母を連れて大阪のウイークリーマンションに移り住んだ。友人は「家のローンを支払っているのに、その家を飛び出すほど、美佳さんの離婚への思いが強いということだと思います」と話す。

高橋にとっては大きなショックだった。直後の14年1月に出席したイベントで、報道陣に「正月に家族サービスはできた?」と聞かれると、「家族とは逆に家で1人でいたね。うるさいから俺が。俺を休ませると自分たち(家族)が休まる」と動揺を隠しきれないコメントに終始していた。

別れたくない夫をよそに、美佳の気持ちは固まっている。発表したコメントでは「今後も、子供の人生を第一に考えながら、仕事にまい進していく所存です」と将来を見据えていた。


http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/01/17/kiji/K20150117009643770.html



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