TUAD文芸 ファンタジー班のブログ

1期生によるエッセイ集


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成績が確定し、卒業がきまりました。
元ファンタジー班の五人は全員、留年することなく卒業が決まりました。
一年生のころに開設したこのブログ、4年が経ち、更新もされないけれど、まだ見ている人がいるようでありがたくおもいます。
卒業して全部忘れてしまう前に、備忘録を残しておこうとおもってこれを書きます。
なのでほとんどの人には意味の分からないことが書いてあるとおもいます。


一年生のころをおもうと夢のようです。
高校までの「先生」とは似ても似つかないヘンテコな言動を繰りかえすマイペースな教授たち。
山川先生「チェック!」
石川先生「ァハハハハハ↑↑」
川西先生「ぼくは君たちの味方だから(リア充撲滅と書かれた黒板を指さす)」
藤原先生「なんだいい男じゃな~い(初対面の私への一言)」
斎藤先生「ナガオ君、このあとぼくの研究室こない?(つまみあげた鍵を鳴らし誘ってみせる)」
6限後の創作講座、石川西塾はときに0時以降まで続きました。
このブログも、山川先生の日本語表現の課題のひとつでした。
池田ゼミ一期生はバランスが取れているといわれますが、私はこのファンタジー班メンバーもとてもバランスが取れていたとおもいます。

入学式の日にはじめて同級生にあいました。AOの人たちがみんな仲よくしていて、「こいつらにペースをあわせないで過ごそう」とおもったような気がします。

はじめて話しかけてくれた教授は山川先生。言われた言葉は「革命的な意見をありがとう」。
はじめて話すようになった一期生は高梨君。高梨君には山形のことをいろいろ教えてもらいました。
はじめて話した一期生の女子は草野さん。その次が陛人さん。
ミクシーではじめて友達になってくれた一期生は千葉さん。その次が手島君。その差約2分。
ツイッターではじめてフォローしたのは井上君。はじめてフォローしてくれたのは清水さん。
はじめて創作の相談をしたのは石川先生。内容は「ダークファンタジーを書きたいのですが、ファンタジー班とホラー・ミステリー班どちらに所属すればよいでしょうか?」。それに対する解答は「ファンタジー班のほうがいいとおもう」。
創作についてはじめて話した学生は大場君。その次が光君。
「いっしょにご飯を食べに行こう」とはじめて誘ってくれたのは草野さん。行ったのはかっぱ寿司で、その時のメンバーは自分、草野さん、大場君、光君、桑野さん。そのときはじめてついたあだ名が「スイーツ忍者」。
一年生の夏頃にはじめて15枚くらいの短編を一本書いて、石川先生の日本語表現基礎で全員に読んでもらう。提出前に光君と草野さんに読んでもらった。のちにこの短編をめぐって石川先生と山川先生の間で意見が真っ二つにわれ、1時間ほど激論を戦わせたという。
はじめて「これはかなわねえ」とおもった学生の作品は、清水さんの「からっぽの心臓を弔え」。その次におもったのは石川君の「海のこと、あるいはそのまなざし」。
はじめて私のアパートにやって来たのは秋庭君と草野さん。その次が樋渡君。たしか山田詠美の話とかをした気がする。
はじめて行った学科生の家は手島君のアパート。ビールをはじめて飲んだのもこのときだった。
はじめて読んだ学生の作品は秋庭君の「スリーピング」。唯一、手書き原稿で講評されたのが印象的。


卒業おめでとうございます、4年間ありがとうございます、あけましておめでとうございます
などとという言葉は
一期生には似合わないので、
ここは伊藤比呂美の詩からことばを借りて、ひとまずの区切りにしたいとおもいます。
永尾でした。
ではまたどこかで会いましょう


芸工大文芸学科一期生、ならびに文芸学科在学生のみなさん、

「滅ぼしておめでとうございます
 滅ぼしておめでとうございます」
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バス停を降りると、犬がかけよってきた。このバス停には犬がたむろする。バスはすぐに走り出す。降りたのはぼくだけだった。犬は目の色が左右で違った。白っぽい方の目を失明しているのだ。犬は生まれてから一度もこの街を出たことがなかった。犬の親犬も同じだった。親犬の親犬はある港町のペットショップで生まれて、買われた一週間後に飼い主のところから逃げ出した。飼い主は若い夫婦で、まだ十九歳だった。三歳の子供がいた。子供は六歳になる四日前に団地のベランダから身を乗りだしすぎて、駐車場に無許可でとめてあった両親の車の上に落ちて死んだ。でも親犬の親犬はそのことを知らない。親犬と犬はずっとこの街にいたからもちろん知らない。でもぼくはこの親犬を見たことがない。ぼくも生まれてからずっとこの街に住んでいた。両親は酒造りをしていた。ぼくはいつのまにか家をついでいた。四代目頭首だった。それ以外の仕事をしたことがなかったので、ぼくは料理も運動もできなかった。でも店の中の機械の使い方は知っていた。米の選び方も、水のみがき方も、麹の作り方もよく知っていた。でも恋愛は知らなかった。中学生のころに、友人が女子に告白するというので、背中を突き飛ばしてその女子にぶつけてやったことがある。それっきり、友人はぼくと話をしてくれなくなった。その女子にはもともと恋人がいて、高校生になっても2人はいっしょにいた。大学2年のときに一度別れて、翌年にまた付き合い始めた。そのあと47年間いっしょにいた。2人は一度もセックスをしなかった。2人とも男ではなかったからだった。しかし2人は子供がいないことに不幸を感じていた。友人がぶつかったほうの女が先に死んだ。脳溢血だった。恋人が救急車を呼んだときにはもう彼女の意識はなかった。それでも恋人は彼女に声をかけ続けた。恋人はもう70歳に近く、足が思うように動かなかった。それでも救急隊員を手伝おうとして、隊員につきとばされ、恋人は腕の骨を折った。しかし彼女は白寿を超えても生き続けた。彼女もまた、脳溢血だった。ヘルパーを雇っていたので、遺体はすぐに発見された。バス停から歩く。曇っていない夕方だった。遠くの山の木まで数えられた。その山から流れてくる水が、酒にとても適していることをぼくは知っている。バッグが重い。酒造りの仕事にまつわる講演をいろいろなところでしてきたのだった。着替えをもっていきすぎたことに、帰り道を歩きながら気がついた。
犬がぼくの後ろ姿を見ていた。白い目は夕日のようになっていた。犬はだれを迎えるわけでもないのに、バス停にもどっていった。でもぼくは振りかえらなかったので、そのことを知らない。
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ひからびる寸前に大雨が降ってきたのだ
もちろん天の恵みなどではない
空がおれを叱咤してくれているのだと信じたい

水たまりの中に沈んだ砂利道の上をゴム草履をはいて歩くと、足のかかとにばかり小さな粒がこびりついていく。
つま先には、なぜか付かない。
おれの姿勢が歪んでいるせいだ。
でもこの姿勢は、おれが20年間の中で身についた数少ない個性なのだ。左右に体を振りながら、がに股で、左右の肩の高さが違う男が道を歩いていたら、それは十中八九、自分なのである。
自分を自分たらしめる不格好なら、それは甘んじて受け入れるべきだろう。
毎日、この小屋のような部屋に入るまえに足を洗う手間がかかるとしても、それを矯正してしまったなら、それはおれの部品との死別にほかならないのだ。
だから雨の日は、いつも玄関先に布切れを置いて家を出る。
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