SOO スー わたなべ健責任編集(旧練馬のミドル) 

市民の力をここに。わたなべ健責任編集

わたなべ健責任編集(旧練馬のミドル)
私達の社会。私達が考える。私達が決める。市民の力をここに。
当事者意識"Sense Of Ownership"を呼び覚ませ。

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南三陸町 に曹洞宗安養山西光寺というお寺があります。小沢良孝住職によれば、東日本大震災では、本堂も庫裡も津波で流されたとのこと。現在はフリーメイソン をはじめ、多くの方からの援助によって建てられた仮本堂で仏事が営まれています。


(仮本堂の前で。小沢住職やボランティア仲間と)

小沢住職は津波の被害に遭った直後に、檀家の皆さんが流された本堂の屋根をこじ開け、本尊を発見し運び出してくれた時には涙が出たと語ってくれました。本堂からは、本尊のほかにも貴重な古文書類が運び出され、奈良大学東日本大震災津波被災文書等保存修復グループ によって保存処理されたとのこと。奈良大学の取り組みについては、「被災文化財を保存し未来に伝えること‐東日本大震災による宮城県南三陸町・西光寺津波被災文書等の保存を通じて考える‐」という資料にまとめられています(同資料は西光寺で入手可能)。





今回、7月22日(金)の夜から24日(日)にかけての南三陸行き、ボランティア東北ファミリアボラバス では、西光寺の墓掃除、草取りで汗を流しました。







土曜日の作業の後は、いつもと同じ気仙沼へ。来春にも始まるとされる嵩上げ工事に伴って、多くの事業者が年内前後に店じまいをすると言われています。大好きな亀の湯や洋菓子店ブリアンに、あと何回行くことができるかわからないと思うと残念でなりません。最大の課題は後継者です。






(ブリアンのメロンケーキ。激うま700円)

そして震災遺構。前にも書きましたが、遺構を囲む空、山、どれも大変美しいのです。しかし、町の景色は盛り土や防潮堤でまったく変わってしまいつつあります。高台の住宅地は商店街と完全に切り離されてしまいました。地元の皆さんは変わりゆく町の景色をどのように見ていらっしゃるのでしょうか。


(女川町)



(石巻市立大川小学校)



(南三陸町防災対策庁舎。随分遠くから眺めるだけになってしまいました)



(気仙沼市小泉地区の様子。スーパー防潮堤の工事中。人が住まないエリアの前に本当に必要なのか)


(気仙沼向洋高校)


(歌津大橋の残骸)

日曜日の昼は、これまた恒例の海鮮BBQ。




(ムール貝の炊き込みご飯。3回もお代わりしてしまいました)


(あら汁。新じゃが入り)




(デザートまでありました。夏はやっぱりスイカですね~)

番外編。
定宿は、石泉の活性化センターです。一泊した朝は、みんなで掃除、整理整頓。布団だって綺麗にたたみます。



この日は、5時30分におきて近隣の草取りのお手伝いもしました。



草と戯れた週末。皆さんお疲れさまでした。

(2016年7月27日)

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著者の長澤克治氏は共同通信社の記者。一次資料を丹念に追い(長澤氏は「あとがき」でアーキビストの労に対する感謝の念を述べている)、批判的精神によってある種の「偉人伝」をそれで終わらせることなくまとめあげている。



序章 ドクター・ストウを知っていますか
第一章 ルーツ
第二章 苦学と日米開戦
第三章 広島へ
第四章 傷痕
第五章 ヒューストン
第六章 マーシャル諸島
第七章 懸け橋
終章 遺産


巻末には、聖路加国際大学 名誉理事長の日野原重明 氏をはじめ、ストウ医師と親交のあった医師たちのメッセージが収録されている。

まず、第一章から第ニ章辺りまで、多くの一次資料、テキサス医療センター図書館のABCCアーカイブズ、日本の国立国会図書館 にある移民関係資料、ロサンゼルスの加州福島県人発展史編纂所発行資料、外務省外交史料館 、スタンフォード大の年報、米国国勢調査の回答票などを駆使してストウ医師のルーツや人格形成の過程を追っている。圧巻である。

ストウ医師は福島県大泉地区を父祖の地とする日系二世であり、人類史上重要な幾つかの出来事に当事者として遭遇する。
まず、1942年、ルーズベルト大統領の行政命令に基づく日系人の強制立ち退き、収容の対象となる。ストウ一家は自発的立ち退きを選択するが、「家財を処分し、生活の基盤を捨て、ふるさとに別れを告げざるを得なかった点では強制収容された人々と変わらな」かった。そして、これは1930年代から第二次世界大戦にかけて、ヨーロッパ中央部からロシア西部にかけて「ブラッドランド」で行われた人種・民族政策と基本的発想は何ら変わらないと言えよう。さらに、「家財を処分し、生活の基盤を捨て、ふるさとに別れを告げざるを得なかった点」というのは、3.11以降の福島県沿岸部を想起させる。

関連記事:【書籍紹介】Timothy Snyder著、布施由紀子訳(2015)『ブラッドランド』筑摩書房
http://ameblo.jp/tsuyoshiwatanabe/entry-12168008946.html


ストウ医師が遭遇した人種的問題としてもう1点印象深かったのが、広島のABCC時代のエピソードだ。彼がABCC勤務中に、長女のエレンが学齢期を迎えたが、占領軍関係者向けの学校への入学を拒否されている。当時、広島に進駐軍は白豪主義をとるオーストラリア軍であり、米軍の制服を着用した場合を除けば、日系米国人は英連邦占領軍の関係施設への出入りを禁止されていたという。

ABCCは、「調査はすれども治療はしない」という「植民地科学」の典型例として知られているが、本書においても、「原爆で傷ついた広島、長崎の子どもたちが必要としていたのは、適切な治療であり、病気の予防や健康管理であった」「調査が、被験者である子どもたちの福利につなっがったのかどうか、大いに疑問だ」「エックス線撮影による「無用な被曝」や、半裸で写真を撮られることによる心の傷を子どもたちに強いた異様な調査であった」と記述されている。

そして、ストウ医師はABCCの主要なメンバーであった。

ABCCの活動からしばらくして、ストウ医師はマーシャル諸島の被曝者調査に派遣されることになる。
水爆「ブラボー」の核実験により、周辺地域並びに多くの島民、さらに第五福竜丸をはじめとする多くの漁船におぞましい被害が及んだわけだが、米国は「ブラボー」実験の前に、「プロジェクト4.1」という医療チームを結成していたという。このチームは、水爆による放射性降下物の人体への影響を調査するために設けられたものであり、この存在が、マーシャル諸島の人々をして、「被曝は「偶然」ではなく、あらかじめ仕組まれた人体実験ではなかったのか」という疑念を抱かせている。
そして、これが「疑念」ではないであろうことを裏付ける資料が本書で紹介されている。「プロジェクト4.1」の調査報告書の記述だ。

「ロンゲラップ(マーシャル諸島の一地域)の人々は世界平均よりもはるかに高いレベルの放射線に被曝した興味深い被験者グループを提供している。<中略>こうした人々をロンゲラップ島に居住させることは、人類にかかわる最も価値のある生態学的な放射線研究の機会をもたらす」

眩暈のするような米国の「植民地科学」的発想だ。

ストウ医師は「プロジェクト4.1」のメンバーではなかったが、その後、1972年までマーシャル諸島の調査に断続的に関わっていた。

米国の「植民地科学」については、今福龍太氏がより哲学的に描いた『ジェロニモたちの方舟』から受けた感銘を思い出した。

関連記事:書籍紹介:今福龍太(2015)『ジェロニモたちの方舟 群島-世界論<叛アメリカ>篇』岩波書店
http://ameblo.jp/tsuyoshiwatanabe/entry-12062290574.html


ストウ医師の特に小児がん治療における業績、「トータル・ケア」システムの確立などは素晴らしい。そして、日本人若手医師の育成やそれに纏わる幾つかのエピソードなどからも高潔で優しい人柄が窺い知れる。
なぜ、そのストウ医師がABCCやマーシャル諸島で被爆(曝)者の立場に立った活動ができなかったのか。それは単に組織の論理に呑まれたからなのか、或いは彼の中には異なる大義、正義があったのか。そこにはどのような、どの程度の葛藤があったのか。
著者の長澤氏は、「広島、長崎の被爆者を研究対象とし、健康被害を成果として米政府や軍に報告したABCC。<中略>しかし、そこで働いた医師や研究者は生身の人間であり、きのこ雲の下でどんな人間的惨禍が広がったのかを知る数少ない米国人ではなかったか。ストウは被爆地での体験を基に小児がんとの闘いを始めたのではないか。定型化されたABCC史に潜む個人史をきちんと書き残したいと私は考えた」と述べている。
「生身の人間」だからこそ、恐ろしいという見方もできるのではないか。「組織」と「個人」を分けて考えることの危うさを指摘するのは斜に構え過ぎだろうか。

最後に余談。
第七章で、日本の小児がん医療の現場が米国よりも20年から30年遅れていることが指摘されている。「最大の欠点」は「専門医制度やそれを支える組織が確立していないこと」なのだそうだ。どこかで聞いたような話である。そして、その「欠点」を解消する取組みとして、「日本小児がん学会と日本小児血液学会は2012年に統合し、小児がん治療の専門組織として生まれ変わった。小児がん治療を専門とする優れた医師を認定する「小児血液・がん専門医」制度も発足し」たという。

「日本の記録管理・アーカイブズ現場が諸外国よりも遅れている最大の欠点は、専門職制度やそれを支える組織が確立していないことである」 さて。

(2016年7月18日)

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2016年2月に「練馬区小中一貫教育推進方針 (案)」に対するパブリックコメントが実施されました。私は2月27日付で意見表明をしました。
このたび、同方針が策定され、表明された意見に対する教育委員会の考え方が示されました。



【意見】
本推進方針(案)は、「小中一貫教育校設置の意義と効果」で謳われているように、小中一貫校のメリットが強調された内容になっているが、議論の過程においてはデメリットの検証が不可欠であると考える。
大泉桜学園 (練馬区先行試行された小中一貫校)の経験から、小中一貫校の抱える問題点とそれへの対処を「意義と効果」と並列で論じるべきだと考える。仮に、関係者からデメリットの指摘が乏しい場合、その事実自体に疑念をもって臨むくらいの慎重さが必要ではないか。

【区の考え方】
小中一貫校教育校大泉桜学園の検証では、7年生から入学する生徒や保護者の不安感などの課題について調査と検討を行いました。また、一般的に小中一貫教育に指摘される課題として「人間関係の固定化」「転出入への対応」「小学校高学年におけるリーダー性育成」「中学校における生活指導上の問題の小学生への影響」についても検証しました。

ということです。

練馬区の教育委員会としては、「課題は検証済であり、その検証を踏まえた上での方針である。検証結果まで提示する必要はない」ということなのでしょう。
もし、どこかに検証結果が公表されているのであれば、その旨を明示すべきでしょう。

小中一貫教育にはメリットもデメリットもあり、その捉え方は個々人様々あると考えます。もし、デメリットがほとんど聞こえてこなければ、もしかしたら課題の捉え方、問の立て方がおかしいのではないか、と疑ってかかるぐらいの慎重さが教育行政には必要ではないかと思うわけです。

ましてや、方針(案)に対する意見を募る際、当該案を形作るうえで根拠となった調査検討の結果を同時に提示するのはごく当然のことではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
「推進」するからといって、メリットだけを強調するような手法には不信感が募ります。

(2016年7月16日)
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