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市民の力をここに。わたなべ健責任編集

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4月22日(土)、23日(日)の2日間、学習院大学日本アーカイブズ学会2017年度大会が開催された。まずは、準備並びに当日運営に尽力された学会委員の皆さんにお疲れ様でした、と申し上げたい。

今年度は自由論題研究発表が17本で過去最多、初めての試みだったポスター研究発表が8本と活気ある大会だった。

 

(学習院大学大学院アーカイブズ学専攻で共に学んだ面々と。大木悠佑さん(右)からはご自身が書かれた論文の抜き刷りを頂いた。なんと、僕が今回の報告でも参照したTerry Cookの'Evidence, memory, identity, and community : four shifting archival paradigms'をてがかりにした論考だ!)

 

僕は23日(日)の自由論題研究発表で「市民活動の記録管理とアーカイブズ~練馬区都市計画マスタープラン自主懇談会の場合~」と題して報告した。

 

(以下、発表要旨)

 

以前このブログでも紹介した「都市マス自主懇」の勉強会や「都市マス自主懇アーカイブズ」の概要についてお話した。

 

関連記事:「練馬区都市計画マスタープラン自主懇談会で市民活動とアーカイブズの話をしました」

http://ameblo.jp/tsuyoshiwatanabe/entry-12249206708.html

 

関連記事:「練馬区都市計画マスタープラン自主懇談会アーカイブズが公開されました」

http://ameblo.jp/tsuyoshiwatanabe/entry-12257705590.html

 

結局、僕が言いたかったのは、行政機関の行政行為を含む公共の場における出来事の記録がその主体の如何に関わらず適切に残され、利用されるためには、(潜在的)ユーザーである市民のニーズがなければ実現しない、ということだ。残す側(行政又は公共の場での行為の主体)は使う側(市民)の記録・資料を保存したいというインセンティブの延長線上にいる。

さらに言えば、今回の「都市マス自主懇アーカイブズ」のような個別のアーカイブズ構築活動よりも、その活動を契機に市民(区民)が記録管理・アーカイブズ、公文書管理の意義を理解してくれることの方が重要だと思う。その理解がアーカイブズやアーキビストの有用性についての共通の社会認識に繋がっていくのではないだろうか。

 

報告に対して幾つか質問を頂戴した。

立教大学共生社会研究センターの平野泉さんからは、

1)記録管理というアドミ的色彩を市民活動の場で最初から持ち出すと、活動そのもののダイナミズムを阻害する恐れがある。であるならば、アーキビストはどの辺りから活動に関与していくのがよいだろうか。

2)電子記録の捕捉や活用については、ある種の先導組織等で枠組み作りをしていく必要があるのではないか。

という2点。

また、学習院大学大学院アーカイブズ学専攻の蓮沼素子さんからは、

3)練馬区の公文書管理の枠組みの中で市民活動資料を残していこうというような動きはあるのか。

という1点である。

1)に関しては、記録管理・アーカイブズの専門的知見を持った人材が、当該専門分野とは異なるけれども自分の身近なところで別の興味関心を持っている分野で市民活動に参画し、結果的にその活動の記録管理・アーカイブズ管理を担うという構図が望ましいのではないかと思う。

2)に関しては、是非平野さんをはじめとする専門家の皆さんに先導して頂きたい。

3)に関しては、残念ながら練馬区ではそのような動きはない。公文書管理法が施行される前後で歴史的に重要な区政資料をどのように保存し利用していくのかを中期的に検討する取り組みが始まったのだが、後半失速し、当初予定されていた公文書館設置の検討もほとんどなされていない。

 

報告終了後には、市民アーカイブ多摩でアーキビスト的な役割を果たされている一橋大学大学院長島祐基さんと意見交換することもできた。僕が報告資料の中で長島さんの論文を引用したからであるが、こういう出会いは楽しい。

 

23日午後は、企画研究会「日本アーカイブズ学会登録アーキビスト制度の発展をめざして」に参加した。

学会の保坂裕興副会長、国立公文書館加藤丈夫館長からそれぞれ諸外国のアーキビスト養成の状況、国立公文書館によるアーキビスト育成の取り組みについて報告があり、最後に学会の大友一雄会長のコメントを交えたパネルディスカッションとなった。

 

それぞれに取組まれていることには敬意を表するものの、企画研究会の間、終始違和感を持たざるを得なかった。話題の中心は「アーキビストの職務基準」や「それに見合った処遇、予算確保」である。そこにはユーザーのニーズという視点はほとんどない。

端的に言えば、ユーザーのニーズがない(訴求できていない)からアーキビストの活躍の場がないのではないか。期待されていないのではないだろうか。

 

出版文化社の小谷允志さんが、「日本アーカイブズ学会としてアーキビスト普及のための施策を考えているのか」という質問をした。これは「アーキビストという商品を売るためにマーケティングをするつもりがあるのか」という問いに置き換えられるのではないだろうか。

買い手が見つからないのに、機能ばかりてんこ盛りにして値段を上げても仕方がないのである。

 

安藤正人先生が、「専門職養成を推進する団体として、国立公文書館の取り組みとは別に汎用的なアーキビストの職務基準を学会が独自で策定して欲しい」と要望されたのは、「アーカイブズ関連機関全体での議論を再開することも含め、国立公文書館という特定の機関の職務基準ではカバーし切れない部分まで丁寧に拾った職務基準を策定すべきではないか」という警鐘ではなかったか。独自の登録アーキビスト制度を運営している日本アーカイブズ学会は、「雇う側」である国立公文書館の職務基準との同化を展望するのではなく、再度関係他団体と連携し「送り出す側」の枠組み構築を主導するべきだと思う。

 

そして、東京都公文書館の淺野真知さんが、「既に社会的ステータスが定まった人たちがアーキビストの職務基準を議論し、べき論を披瀝しているが、これから職業人になろうという若い人たちが本当にアーキビストを目指すようになるためには何が必要だと思うか」という切実な問いを表明した。

 

加藤館長はともかく、質問の意図を取り違えていたのか、意識的に外したのか、他の登壇者はこれらのいずれにも的確な回答を返すことはなかった。

 

防衛省の南スーダン日誌問題、森友・財務省問題などにより、ある意味で国民の記録管理に対する関心が高まりを見せている。これらの問題を包括的に議論する必要は、少なくとも日本アーカイブズ学会にはないと思う。が、公文書管理法の不備をも浮き彫りにしているこれらの事案について、記録管理という文脈に限っては今こそ議論をリードすべきなのではないだろうか。ユーザーのニーズを掘り起こすチャンスとも言えよう。

ついでに言えば、千葉県文書館の廃棄問題は学会が存在感を示した事例として一部で非常に盛り上がっているようだが、果たして学会が矛先を向けるべきは本当に自治体公文書館(だけ)でいいのだろうか。そこには、主権者、潜在的ユーザーの無知、無自覚の問題があり、それが酷だと言うのであれば、かかる状況を許している専門家団体にこそ、大きな罪があるように思われてならない。この点については、次号の学会誌に詳細な論考が掲載されるという。改めて考察を加えたい。

 

というようなことを(もう少しコンパクトに)フロアから発言しようと試みたが時間切れであった。

しかし、地方自治体の公文書館に勤務するアーキビストの深刻な事情などが語られる時間に充てられたので却ってよかったと思う。

 

(2017年4月23日)

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新聞の書籍紹介コーナーで紹介されていた立岩真也氏と杉田俊介氏の共著『相模原障害者殺傷事件 優生思想とヘイトクライム』(2016、青土社)を読むついでに手に取った(当該書籍紹介コーナーで合わせて読むと良いと推奨されていた)のが本書である。

 

 

はじめに-黙っていてはいけない

1 日本社会のあり方を根本から問い、犠牲者に報いるために …藤井克徳

2 相模原障害者殺傷事件に潜む「選別」と「排除」の論理 …福島智

3 精神科医の立場から相模原事件をどう見るか …香山リカ

4 相模原事件の背景と自治体・国の責任 …石川満

5 相模原事件の根源と問う-人権保障の観点から …井上英夫

6 共生の社会を地域からつくるために …池上洋通

<コラム>当事者・家族・支援者の声

正面から向きあい続ける-あとがきにかえて

資料編

 

この事件に対して僕自身がどのような思いを抱き、向き合おうとしたか(してきたか)について、2つの雑誌紹介に関連させる形で以前書いた。

 

関連記事:「『現代思想』10月号第44巻第19号と月刊『』10月号第46巻第9号の「相模原障害者殺傷事件」」

http://ameblo.jp/tsuyoshiwatanabe/entry-12216865517.html

 

冒頭に触れた『~優生思想とヘイトクライム』は、植松容疑者に纏わる諸々を主たる材料として書かれている。その大半は既に、『現代思想』で発表されているものだ。今回改めて読み直すことになったわけだが、やはり僕にはちょっと入りにくい。被害者のことが気になる。

 

とは言え、様々な論点がある。まず絶対に外せないのは、「殺す」ということがあってはならないということだ。だから、「被害者のことが気になる」と言いながら、加害の検証に拘っている自分がいる。但し、それは杉田氏が立岩氏を評して言う、「低温火傷の倫理」ではなく、もっと制度的なことだ。

だから、『~優生思想とヘイトクライム』についてコメントできることがあまりない。

 

生きたかった』に移る。

加害の検証に欠かせない容疑者の分析について、犯行直前の司法、行政、そして医療現場の対処という観点から改めて整理したのが石川満氏の論考である。

僕も、中途半端なままではあるが、精神保健福祉法23条通報、措置入院等の実態について把握しようと努めてきた。

 

関連記事:「東京都、練馬区の(緊急)措置入院の実態は?」

http://ameblo.jp/tsuyoshiwatanabe/entry-12233229686.html

http://ameblo.jp/tsuyoshiwatanabe/entry-12233518055.html

 

石川氏の整理のベースになっているのは厚生労働省に設置された「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」の議論である。同チームは設置当初、精神障害者の隔離と拘束を促進させる方向付けのための道具になるのではないかと危惧されたが、香山リカ氏などが「非常に良心的な内容」と評価しているように、その報告は冷静なトーンのものとなった。

但し、医療と司法の境界を曖昧にする、或いはあからさまに医療に精神障害者監視の一翼(或いは主体)を担わせようとする主張はこの社会のそこかしこから根強く聞こえてくる。それを抑止する力まで、果たして「検討チーム」の議論に備わっているかどうかは心もとない。

 

容疑者の分析について、上記のような事件直前の状況と同時に、その個人史を辿ることも重要だろう。僕は事件直後に、問題の本質を彼の言動の異常性に閉じ込める論や反対に世間に蔓延してきたヘイト的な思想に求める論のどちらにも違和感を覚え、「彼の異常性ではなく、まず個別性(個人史)を丹念に検証し、それがどう一般化され得るのか否か」が大事ではないかと考えた。本書では、道見藤治氏(「容疑者の精神状態に迫る」というコラムを書いている)が同じようなことを書いている。

 

その他、「たくさんの同胞が亡くなった同じ敷地内に、事件後も利用者がずっと暮らし続けていたこと」への違和感についての藤井克徳氏の言及。まったくその通りで、この点があまり議論にならないことに逆に違和感を感じていたので、なんだかホッとした。

福島智氏が指摘している、経済活動、経済成長が僕たちの価値感を決めている危うさへの警鐘は、これも多くの人(僕自身も含めて)が言っている「とにかく殺すな」という戒めよりもリアルに心に迫る。

 

それにしても、改めて『生きたかった』というタイトルは強烈だ。それは、被害者のことが気になる僕のような人間への端的な回答でもあるからだ。

 

※ 著作に対して言えることがない、と言っておきながら、杉田俊介氏には実は共感する部分がかなりある。被害者への想いの表現方法、自分の子どもに照らしながら事件を見つめる視点、「ゆがんだ鬱屈や被害者意識に囚われて根本的に自己尊重感が持てないという人たちに対して、何もそっち(ヘイトや優生思想)に行かなくてもいいのに、という素朴な気持ち」、「個人史に迫るジャーナルな仕事によって、事件の全貌や現代社会の真実が見えてくる」というアプローチ、などである。

 

(2017年4月22日)

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先ごろロバート・キャンベル氏を新館長に迎え、今後の活動に期待が高まる国文学研究資料館が編んだ力作である。

 

 

序 …太田尚宏

第1編 民間アーカイブズを取り巻く環境

第1章 民間所在の記録史料と戦後の「国立史料館」構想 …大友一雄

第2章 「地方消滅」論と民間アーカイブズ …渡辺浩一

第3章 民間アーカイブズの保存活用を巡る法的課題-調査・収集を中心に- …早川和宏

第4章 公共記録としての民間文書-地域共同体再生論- …加藤聖文

第2編 民間アーカイブズの存在形態

第5章 北海道所在の民間アーカイブズの特質-分割管理された「移住持込文書」の伝来と意義- …工藤航平

第6章 地域災害史の検証と必要となる史料の姿 …平井義人

第7章 防衛研究所所蔵陸海軍「一般史料」について …菅野直樹

第3編 民間アーカイブズの調査・保存とサポート

第8章 地方文書館の役割と民間アーカイブズ-地方創生に向けた新たな取り組みを目指して- …新井浩文

第9章 地域史料所在調査と自治体文書館の役割-広島県の事例をもとに- …西向宏介

第10章 地域資料調査の課題と市民協働活動-資料整理ボランティアを考える- …長谷川伸

第4編 民間アーカイブズの保存の担い手づくりと地域連携

第11章 兵庫県丹波市内での民間所在史料の保存と活用について …松下正和

第12章 民間アーカイブズの保全と地域連携-東京都多摩地域での取り組みを事例に- …太田尚宏

第13章 静岡県南伊豆町地域の民間所在資料の保全-「物語」を構成すること- …西村慎太郎

あとがき …太田尚宏

 

執筆者各氏の指摘する「社会変容」を端的に言えば、昭和・平成の大合併を経た地域共同体紐帯の弱体化であり、広域化と効率化の波に煽られた行政組織体力の低下であり、結果、史料の現地保存主義が理念通りに維持できなくなってきた現実ということになろう。

 

これらの「変容」に対する処方箋として提示されているのは、「アーカイブズや歴史学の研究者のみの調査ではなく、他の現代社会そのものの分析を行う研究分野との共同調査」(渡辺)であり、「行政・専門家と市民(ボランティア)という三者間のパートナーシップの強化」(長谷川)であり、「(大学の)研究者自体が地域と向き合い、主体と客体が固定化しない関係性の中で地域史や地域史料の保存・活用の方法論を鍛え上げていく過程」(松下)である。

どの論にも肯ずる。

 

そんな中で特に新鮮且つ共感を覚えたのは、加藤聖文さんの論考だ。上述のような「社会変容」、特に新住民が古くからの住民の数を遥かに凌ぐ各地域の状況を鑑みれば、「これまで文書館が民間文書を扱う理念的根拠とされてきた「地域の歴史を守る」といった抽象概念では、組織の親機関である自治体はおろか地域住民(新住民)からの支持も得られない」と述べ、この状況を見過ごしてきた研究者への苦言も手厳しい。

その上で、「市民にとって自治体行政の仕組みは分かりづらく、自治体の政策形成に関与することは容易ではない。そのような現状を踏まえるならば、まず市民に行政行為の流れを理解してもらう」ことが重要だと述べ、そのツールとして公文書を位置付けている。だからこそ、古文書よりも現代行政の意思決定過程の記録に優先的に注目すべきであり、公文書管理条例といった法的・制度的なインフラの充実が不可欠だという。

そこには、行政行為の結果を市民自らが引き受けるという市民自治の精神を基礎とする新しい地域共同体意識の創出が企図されている。

 

僕が加藤さんの思考パターンに最も共感するところは、行為者のインセンティブを念頭において議論を進める点だ。本稿では、新住民を中心とした現代の市民が感じる地域資料保存に対するインセンティブを浮き彫りにしている。

以前、『歴史学が問う 公文書の管理と情報公開』に収められている「日本の官僚制と文書管理制度」という論考においても、「歴史研究者が重要とみなす文書は、それが作成される現場においても重要であるとは限らない」、「公文書を考えるうえでまず理解しておかなければならないことは、公文書も含めて組織文書はすべて業務上の必要性に応じて作成される。また、業務上、必要なものだけが残され、不要なものは廃棄されるということである」、「公文書管理を議論するためには、まず、公文書を作成する側の習性や特性を理解する必要がある」と述べている。行政職員が文書を作成し、保存するインセンティブがどこにあるのか、というところから議論を展開している。

 

僕が尊敬する企業再生コンサルタントの第一人者で経営共創基盤の社長でもある冨山和彦氏は、「我々はインセンティブの奴隷である」というが、これは極めて本質的でシンプルな人間行動についての至言だと思う。

本書の多くの論者が古文書を対象とする論考を寄せているのに対し、加藤さんの問題意識は明らかに異質であり、且つ正鵠を射ていると思うのである。加藤さんのような方に大学院の専門職過程でもっと腰を据えて活躍して頂きたいと切に願っているのだが…。

 

(2017年4月15日)

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