千葉県柏市の不動産屋のブログ - 「不定点観測」

こんにちは。有限会社竹之内建設の鶴岡です。
50歳の営業マンが、日常や業務について綴ります。

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【有限会社竹之内建設】
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千葉県でも、夏の甲子園に向けて県予選が今日から

始まりました。

わが母校も明日、初戦です。がんばれ!

 

というわけで、『バトルスタディーズ』です。

 

え?いまさら?と仰る方もいらっしゃるでしょうが、

数週間前の木曜、「たまむすび」でサイプレス上野さんが

紹介するのを聴いて初めて知り、一気にハマった

次第です。

 

作者は元PL球児で甲子園経験者。

舞台となる高校はずばり「DL学園」です。

 

画風、というのか、ペンのタッチといえばいいのか、

練習や試合においての、選手一人一人の

ユニホームの着こなしはもちろん、バットの角度や

足の上げ方、スナップの効かせ方やベースの蹴り方なんかの

描写にぞくぞくします。

小説でいえば、文体ということになるでしょうか。

 

それから寮生活での縦社会や不条理がリアルかつコミカルに

描かれていて、とても面白い。

程度の差こそあれ、体育会系の部活経験者は

ご自身の「あの頃」を思い出すのではないでしょうか。

 

プロ野球選手になることが夢ではなくてほぼ決定事項で、

そこで「活躍する」「一流になる」レベルの高校生たちの、

野球に対する真剣さと緊張感と愛が、全編に溢れています。

 

私自身、2年の秋か3年の春の大会で、銚子商業と

戦ったことがあります。

あの頃の千葉は銚子商業、習志野、拓大紅陵、東海大浦安

あたりがしのぎを削っていて、対戦したチームからも

2人がプロになりました。

彼らの打席に立った時のオーラをマスク越しに間近に

感じたことを今でも鮮明に覚えています。

 

野球っていいなあ。

 

 

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2005年前後の設定と思われます。

36歳のプロ肖像画家である「私」が、その年の3月半ばの

日曜日の午後に、3歳年下の奥さんから別れを切り出される

ことが物語の始まりです。


同じ年の12月の第2週か第3週に再会します。

奥さんは妊娠7か月です(父親は誰か?難しい問題です)。

夫婦はやり直すことを決めて、とりあえず物語は閉じられます。

 

『騎士団長殺し』は、この約9か月の間の出来事を

描いています。

感動を誘う家族再生の物語、では決してありません。

たくさんの血が流れます。「ほんとうの」あるいは

「メタファー」としての血が。

 

さて、「私」は日曜日のうちに荷物をまとめて、

プジョー205で東北地方を放浪し始めます。

肖像画の仕事も辞めてしまいます。

1か月ほど東北を放浪したあと、5月の終わりに、

小田原に建つ、高名な画家の自宅兼アトリエを借りて、

12月まで住まわせてもらいます。

 

この画家は「私」の美大時代の友人の父親で、

雨田 具彦(あまだ ともひこ)といいます。

今は「オペラとフライパンの違いもわからない」ほど

ぼけてしまって、とても金のかかりそうな施設で

寝たきりです。

 

「私」は小田原駅前の絵画教室の講師として

働き始めます。

そして7月か8月に「騎士団長殺し」と題された絵画を

天井裏に発見するところから、物語が動き始めます。

 

「騎士団長殺し」は、モーツァルトのオペラ

「ドン・ジョバンニ」の一場面を飛鳥時代に「翻案」して

描かれた日本画です。

具彦はこの作品を世に出さなかったようです。

 

主な登場人物です。

谷を挟んだ山あいに建つ白い大邸宅に住む

免色 渉(めんしき わたる)。

絵画教室に通う13歳の少女、秋川まりえと

叔母の笙子。

「私」のガールフレンド(41歳の人妻)。

絵画から抜け出てきた「騎士団長」と「顔なが」と

「ドンナ・アンナ」。

放浪時に出会った「白いスバル・フォレスター」の男と

一度だけセックスをした女。

美大時代の友人、雨田政彦。

 

お話の核になるのは、(私の計算だと)10月から12月の

10週間です。現実と非現実の境界が曖昧になる

謎多き出来事(よく言われる「ハルキ・ワールド」です)

が次々と起こります。

 

絵の発見後、「私」は深夜1時45分くらいに鈴の音を

聞くようになります。

鈴の音の追うことでアトリエの裏の雑木林に、巧妙に

隠された直径1.8m、深さ2.8mの穴が見つかります。

内側は継ぎ目のない石壁になっています。

 

「私」はほぼ週一で41歳のガールフレンドとセックスをします。

その他にも性行為の描写がたくさん出てきます。

 

免色は職種はわかりませんが、相当の金持ちです。

かつて東京拘置所に拘留された経験があります。

そして最新のクーペタイプと、60年代のオープン・カーの

ジャガーを所有しています。いつもぴかぴかです。

 

「私」は免色とまりえの肖像画を、それぞれ描きます。

東北で出会った「白いスバル・フォレスターの男」の

肖像画も描きます。雑木林の「穴」の絵も描きます。

この小説においては重要な行為なのです。

 

騎士団長は身長60センチです。

1対1で話す時も、相手のことを「諸君」と呼び、

「~ではない」と言うところを「~ではあらない」と

言います。

 

こうしたエピソードに、「私」の3つ下の妹(12歳で心臓の

病気で死んでしまう)の思い出が重要な挿話として絡み、

1938年のオーストリア併合と南京入城という歴史も

背後に重く存在しています。

 

11月4週目の金曜日にまりえが姿を消してしまいます。

「私」は彼女を救うためにまず騎士団長を刺し殺し、

おびき出した「顔なが」が開けた穴に潜りこんで

「無と有の狭間を流れる川」の水を飲み、

その川を渡って、「二重メタファー」の餌食になることなく

細い細い道筋を通り抜けて、再び「こちらの世界」に

戻ってきます。

戻ってきたとき、翌週の火曜日になっています。

まりえも帰宅します(彼女は免色の家に潜んでいました)。

 

ここまで書きましたが、全く面白そうに思えないでしょう笑

いかに文体が大きな存在かが良くわかるし、

「井戸掘り」とか「壁抜け」と言われるこの小説的装置を

一般的な言葉で説明するのはとても難しいです。

 

最終章、「私」は東日本大震災の映像を無力なまま

眺めるかたわら、肖像画を描き続けています。

家族を養うために。

その2か月後には小田原の家も「騎士団長殺し」も

焼失してしまいます。

それでも「私」は自分に具わった「信じる力」を信じて、

生きていくことを決めています。

 

これまでにはあまり見られなかった終わり方です。

おそらく第3部があるのでしょう。

 

次回はもう少し突っ込んだことを書きたいと思います。

 

 

 

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昨日は休日で、午前中はにゃーこの通院。

月に一度の血液検査でしたが、結果は

一長一短。

貧血は改善されていましたが、肝機能不全を

示すALT値が、少し上がっていました。

原因はいくつか推測できるのですが、

鼻汁に血液が混じることが減り、腫瘍細胞も

見当たらなくなったので、全体的には

良い方向に向かっているのではないかと

思います。

 

午後は昼寝して、これも月に一度の靴磨き。

若いころから靴磨きは続けていたのですが、

8年ほど前に見つけたこの動画に感動して

ますます靴を磨くことが好きになりました。

 

 

この、靴磨き専門店「Brift H(ブリフトアッシュ)」の

長谷川裕也さんが本を出されまして。

かがり綴じの製本になっており、どのページを

開いても「ペタン」となります(ほぼ日手帳や

『ベターッと開脚できる』と同じ製本)。

たぶん、本を見ながら作業がしやすいように、

という配慮なのでしょう。

 

靴磨きの本 靴磨きの本
 
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写真を眺めているだけでも楽しい一冊です。

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昨日J1が開幕。

そして今日はJ2の開幕と、三浦選手の誕生日。

50歳。先発したようですね。

素晴らしいです。

 

 

 

同時代を生きてきて、

ブラジルからの凱旋からの活躍も、

「ドーハ」やフランス前の落選も

見てきました。

個人的にはクロアチアから帰って

きたあとにプレーも言動もグッと

円熟味が増したように見えた

カズが好きでした。

 

フォトブックでも『Number』でも、

ザグレブでのゴラン・ユーリッチとの

出会いが大きな転機だったと

語っていて、腑に落ちました。

 

私は彼のひとつ歳上になります。

きちんとトレーニングすれば

死ぬまで筋肉はつくという、彼の

トレーナーのコメントに励まされました。

 

全裸を背後から撮影した一枚が

フォトブックに載っていますが、

やっぱり、いいケツしてる笑

マシントレーニングとランニングだけ

ではこうはいかないと思いました。

いまさらスプリント系の練習は

無理ですが。

 

三浦選手の文章は難しい単語は使わず、

スピードに乗ったドリブルのように

とてもリズミカルです。

日経新聞の隔週連載を楽しみにしています。

 

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巻末の略年譜を読むと、その「主な作品」の

7割がたは今でもそらで歌える。

 

 

小学生のころ、日曜日は「ミユキ野球教室」→

「君こそスターだ!」→「スター誕生!」→

「NHKのど自慢」か「クイズ ドレミファドン」→

「新婚さんいらっしゃい」→「TVジョッキー」を観る、

というのが昼過ぎまでのお決まりだった。

 

特に「スター誕生!」は、欽ちゃんの司会の

温かさと、審査員の面々の辛辣さのギャップが

大きく、「欽ちゃんはやさしいなあ」と子供心に

思っていた。

 

そこから、山口百恵や伊藤咲子や

岩﨑宏美や新沼謙治やピンクレディが

デビューし、文字通りスターになって

ゆく。

 

挑戦者だったステージ上の彼らを

険しい表情で睨み付け、

特に厳しいコメントをぶつけている

印象があったのが阿久悠さん。

彼が当の番組の企画者だなどと、

田舎の小学生は知る由もなかった。

 

阿久さんは昭和56年(1981年)1月から

平成19年(2007年)7月までの26年7か月、

欠かさず日記を書き続けた。

 

昭和56年というのは、阿久さんが

「スター誕生!」の審査員を辞した年。

また、『瀬戸内野球少年団』で

直木賞候補になった翌年だ。

 

その膨大な記述と史実を重ねて、

昭和から平成を生きた阿久悠の

人生を考察しようという試みです。

 

兵庫県に生まれ、映画好きだった

少年が広告マンを経て

ヒットメーカーへ昇りつめる。

 

「きみの詞は売れないよ、哀しくないもの」

と言われたが、「情に溺れる」詞は

書きたくなかった。

 

「おまえの歌は品がいいね。」

淡路島の巡査だった父のその言葉を、

どんな賞にもまさる勲章として励みに

し、阿久さんは詞を書き続ける。

 

やがて『笑って許して』や『さらば涙と

言おう』や『どうにもとまらない』など、

哀しくない歌が次々とヒットしてゆく。

 

およそ堅気らしくない、白のスーツに

黒いワイシャツというスタイルだった

わけ。

同い年の美空ひばり(ヒット曲がない)、

「スター誕生!」出身の山口百恵

(一曲も提供していない)との奇縁。

 

でも浮き彫りとなるのは芸能界の

華やかさではなく、言葉を紡ぐ者の

産みの苦しみや時代に対する憂慮。

父親への深い思い。

そして病気との闘いだ。

非常に興味深く読みました。

 

本筋にはほとんど関係ないのだが、

1981年1月12日に

「村上春樹を気にしてみよう。」との

記述があり、「おお、さすが、早い」と

思った次第。

 

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