No.79【株式会社Netsket 芥川武代表取締役】Part.1
テーマ:社長に聞いてみよう「真に意味のあるコミュニケーションとは?」
No.79
株式会社Netsket
芥川武(あくたがわたけし) 代表取締役
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twitter:
facebook上でイベントの告知・集客・集金・管理プロセスを一括で管理することを可能にしたアプリがあることを皆さんはご存知だろうか?
その名は"everevo(イベレボ)"。
「いいね!」など口コミ効果が極めて高いfacebook内で動作し、twitterとの連動も兼ね備え、更に参加者同士のコミュニケーションスペースまで設けられている集客機能。そして、PayPalのAPIをフル活用した集金機能。この二つの機能によって、イベント開催時に主催者の頭を悩ます面倒ごとの多くが解消されている。
今回の取材では、そんな画期的なサービスを作った株式会社Netsket代表取締役の芥川武氏(一橋大学卒)の人物像・everevoサービスの背後にある考え方などを語っていただいた。
―― 本日はよろしくお願いいたします。早速質問に入らせて頂きたいのですが芥川社長は小学生の頃からプログラミングを始めるなど普通の見方をしたら理系寄りの学生だったと思うのですが、何故また文系の一橋大学に入ったんですか?
単純に理系が面倒くさそうだったからっていうのが理由のひとつです。化学とかが特に(笑)。
あとは、おぼろげながら小さい頃から社長になりたいっていう想いがあって、社長の勉強って文系なのかなって思ってたんです。
父親が地元八戸でオーナー社長の依頼を受けて会社の立ち上げに携わってたんです。営業して開拓して工場作ってっていう過程を見てきた血筋がもしかしたらあるのかもしれません。
一橋に入ったのは、まずモテたかったからです。地元には10年以上住んでいたのもあってわりと真面目なキャラが定着してしまっていた。だから1回親友以外の交友関係をリセット出来るような都内に行きたいと。そしていい大学に入れば当然のようにモテるはずだ!!って(笑)
―― 不純な動機が大学進学の原動力だったんですね(笑)。それでは大学時代のお話を聞かせてください!
寮の先輩が作ったテニサーの代表を引き継いだんですが、僕の代で潰してしまいました(笑)。もちろんテニサーに入ったのはモテそうと思ったからです。なんて天国があるんだと(笑)。一橋寮に入っていたんですが、酒飲んで麻雀打ったり、夜中に施設内にあるプールに忍び込んで泳いだりしてましたね~。
あと、これは一橋生にしか分からないと思うんですが、当時はスタ丼がとても美味しかった記憶があるんですが、最近うちでもスタ丼が作れることに気づきました(笑)。ベースは豚の生姜焼きなんですけど、ニンニクを入れるんです!それをご飯の上にのせて卵をかければスタ丼の出来上がり(笑)。ひとつ200円もしないで作れるんで自分で作ったほうが安上がり。うちの嫁に月に1回は作ってもらってます。
真面目な活動としては、僕は大学を2回留年していたので、2回目の留年の時って周りのみんなは就活とか始まっちゃってて暇だったんですよ。まだ二年生ですから(笑)。行くのがやになっちゃってみんなと違うことをしようと思った。で、まずベンチャーのインターンをやろうという話になって、インターン紹介大手のEtic経由で当時日本のハードディスクの卸業日本一のシネックスという会社を知りました(現マウスコンピュータジャパン)。そこの社長と会ってみると「お前はインターンじゃなくて学生ベンチャーをやれ」と言われて、「既にやってる奴がいるからそこに参加しろ」ということになった。
それが自由が丘のパソコン教室でした。
僕はパソコンに詳しかったので先生を中心にやっていましたが、インターンというよりは起業でしたね。自由が丘という立地からか、ハイカラな高齢者がいっぱい居てビラを配ったらおじいさんやおばあさんがわんさかやってきました(笑)。
―― パソコン教室をやって何か気づいたことはありましたか?
女性はものすごい勢いで技術を吸収していました。始めて3ヶ月でブラインドタッチが出来てワードエクセルパワーポイントデータベースのアクセスとか、もう普通にオフィスで働けるくらいの能力を75歳のおばあさんが身につけるんですよ。腱鞘炎になるくらいまでタッチタイピングを練習してきたりとか(笑)。僕らの知識以上に予習してきて焦った経験もありましたね~。
―― その後、起業に至るまでの経緯はどういったものだったのでしょうか?
この在学中の起業中に知り合ったITベンチャーに出入りするようになりました。技術開発が学べる環境に惹かれたんでしょうね。そこではDB連動のWEBシステムの開発をやったんですが、いつの間にかリリースして運用段階に入ってしまったのでここの会社に入るしかない、という流れになって就職しました(笑)。それからは、「3年くらい修行して自分で独立してやろう」と思っていたので、技術がある程度ついた段階で個人事業主としてNetsketを創業しました。
everevoの根本にある考え方や芥川社長お勧めの起業本についてはPart.2を!!→






