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2007-09-19 22:52:01

「リビアの小さな赤い実」/リビアの少年、少女

テーマ:ポプラ社
ヒシャーム・マタール, 金原 瑞人, 野沢 佳織
リビアの小さな赤い実

著者、ヒシャーム・マタール自身の父も、反政府主義者として糾弾を受け、リビアを脱出したものの、その後、リビアの秘密警察により誘拐され、1995年以降、生死を含め、その消息は分かっていないのだという。

というわけで、これは限りなくノンフィクションに近い、フィクションなのかな。主人公のスライマーンは、今、少年の日のあの夏のことを思い出している。それは、1979年、生まれ育った街から遠くへやられるまえの、最後の夏だった…。

パパが「仕事」で遠くに行っている時、必ず「病気」になってしまうママ。「薬」を必要とするママ。「病気」の時は、少年スライマーンには分らない話を次から次へとするママ…。

きっと、そこに愛はあるのだけれど、(そして大人になって思い出すとき、そこにはいろいろな理由があるのだけれど)少年スライマーンの周囲は何だか不安定。『千一夜物語』のシェヘラザードを勇敢な女性とみるスライマーンに、「病気」の時のママはシェヘラザードは臆病な奴隷にすぎないと言い募る。ママの言う通り、生きることは誰かの許可を得てではなく、その者自身に、最初から与えられた権利であるはずなのであるが…。

そして、彼らの家庭や周囲に影を落とす、「革命評議会」の男たち。隣のラシードさんが彼らに捕まり、スライマーンの父の身にもやはり危険が及ぶ。ママやムーサは父の書物を全て焼き、部屋には大きな「革命指導者」の写真を掛けるのだが…。

少年、スライマーンにとって、クワの実こそが神様がお創りになった最高の果実。アダムとイヴが楽園を追放されたとき、きっと若い元気な天使たちが申し合わせて、この世の土にその木を植え替えたのだ。美しい小さな赤い実。

この物語が恐ろしいのは、美しい風景を描き、少年の心に丹念に沿う、その同じ丁寧な筆致で、裏切りやスライマーンの心に潜む醜い部分を容赦無く描き出すところ。大人に思うように顧みられないスライマーンは、幼い思いからとはいえ、時に致命的な誤りを犯す。また、父に対する人々の批難や、母の擁護も実に痛々しい。リビアがとる人民主義の現実が父を苦しめ、イスラーム圏であるリビアの慣習が母を苦しめた。そして、子供は親とは無縁ではありえない。

そうして、あの夏を回想するスライマーンの心に残る空洞。結果として祖国を捨てることになったスライマーンの心には、母国リビアが消えた分だけの空洞が残る。

ぼくたちはなんとたやすく、軽々しく、架空の自分を手に入れてしまうことだろう。そうすることで世間を欺き、もし余計なことをせずにいたらなっていたはずの、ほんとうの自分を欺いているのだ。

終章、二十四歳になったスライマーンは、エジプトの都市アレクサンドリアで、陸路でやってきた(リビアでは国際線の運航が禁じられている)母に再会する。年を取った女性を探すスライマーンの目に飛び込んできたのは、白髪ひとつなく、まるでこの街に初めてやって来た少女のような母親の姿(彼女がスライマーンを生んだのは、十五歳の時。彼女がスライマーンをカイロに送り出したのは、二十四歳の時)。

これは少年、スライマーンの物語であるのだけれど、窮屈な世に生きたほんのちょっとだけ自己主張が強かった少女、ナジュワの物語でもある。終章、二人が再会を果たすところ、途中まではすっごい苦しい読書だったのだけれど、ぱーっと光が差すような気分になった。スライマーンの心の空洞、埋めていけるといいな。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

■メモ■
・リビア(Wikipediaにリンク
←2004年に国名が変わっていたのですね。
 「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国」の外務省のページにリンク
・トリポリ(Wikipediaにリンク
・イスラーム文化圏では、結婚して長男が生まれると、その名がマスードの場合、妻は「マスードの母」という意味でウンム・マスード、夫は「マスードの父」という意味でブー・マスードと呼ばれるようになる。

コメント

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1 ■「この物語が恐ろしいのは、・・・」

というところは、まさにそのとおりです。人々をその場その場で裏切っていく様子が、人格崩壊のようでいて少年とはそいうものかもと思えるところが、恐ろしかったです。

「終章、二人が再会を果たすところ、途中まではすっごい苦しい読書だったのだけれど、ぱーっと光が差すような気分になった。」

ここは、最初読んだときはそうは思えなかったです。葛藤のままかなと。でも読み返すとそうも読めますね。どっちなんだろう。

2 ■>bookbathさん

お返事が遅れちゃって、すみません~。

ほんと、すくすくと明るいようでいて、実は教科書的な明るい少年ではないんですよね。でも、こういう無邪気さ、残酷さも子供特有のものなのかなぁ。

うーん、終章は、葛藤のままかもしれないけれど、生きて出会えたということは、またそこからやり直すことが出来る可能性が与えられた、ということだと思うのです。生きて再会出来た、というだけでもこれは素晴らしいことだなぁ、と。また、ここから始めていけばいいのですから…。

3 ■はじめまして。

実は、リビアの本を探している時につなさんのこのブログを見つけました。そして、早速購入し、夢中で読み、2日で読み終えました^^

近いうちにリビアでずっと過ごすことになる予定で、そのわたしにとってこの物語はとても大きな存在となりました。もともとリビアの歴史、政治的・国際的な事柄は研究(大学にて)しているのですが、ほぼ自伝といえるこの物語、そしてわたしの中で一番影響を受けたのはこの作者がわたしの夫となるリビア人と同じ年代ということでした。物語ですので、誇張された部分ももちろんあるでしょうが、自分の彼が育ってきた中で似た事柄を目にしてきた、育ってきた社会、というものにリアリティを感じました。
(私事ですいません。。)

母親が飲んでいた「薬」といわれるものがどうしても分かりません、、、なんなのでしょうか?

4 ■>kikiさん

はじめまして、こんばんは。
返信が遅くなってしまってすみません。

こういう出会いがあると、ブログやってて良かったな~、と思います。
こちらはほぼ更新を停止しているブログなのですが、コメントありがとうございました。

この本のことは、私もとても印象に残っています。
kikiさんの場合、そういう事情がおありなら、尚更ですよね。
これからリビアで暮されるとのこと。
どうぞお幸せに!

旦那さんになる方と、著者が同年代というのも、本当にこの本がぴったりだったのですね。
大学の研究とはまた異なるのでしょうが、物語の力がkikiさんのこの後の一助となりますように。

うーん、薬に関しては、私も実は良く分からなかったのですが、勝手にドラッグなのかなぁ、と思って読んでいました。

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