「砂漠で溺れるわけにはいかない」/少年ニールの成長物語、完
テーマ:創元推理文庫
- ドン ウィンズロウ, Don Winslow, 東江 一紀
- 「砂漠で溺れるわけにはいかない
」
「ストリート・キッズ」で鮮烈な印象を残した、ニール・ケアリーのシリーズ最新刊にして最終巻。いや、手に入れたものの長らく積読してたので、最新刊といっても、2006年8月に刊行されたものなんだけど・・・。
とはいえ、それもまた翻訳に掛かった長い年月を思うと、ほぼ一瞬の出来事なのかも。本国ではほぼ年間一冊というペースで書かれたこの五作のシリーズ、日本語訳は最初は同じく年一冊ペースだったものの、完結までに十三年半・・・。訳者の方にも色々事情があったようですが、やっぱり、これ、同じペースで読みたかったよ。
「ストリート・キッズ」で、ニールがジョー・グレアムからストリート・キッズの暮らしから引き揚げられたのは、彼が十一歳の時。ニールは探偵のイロハから掃除のイロハ、正しい食生活まで、このグレアムに徹底的に仕込まれる。このニール・ケアリー・シリーズは探偵物語でもあるんだけど、このような出自によるものか、ニールはある銀行の秘密部門、<朋友会>から依頼(というか、大抵の場合、強制な気もするけど)された仕事を遂行するものの、彼は探偵の免許を持ったこともないし、専従で仕事をしたこともない。彼の望みは、こよなく愛する十八世紀の英文学を研究して暮らすこと。彼の「仕事」の部分をとりあえず脇に置くとすると、これは彼の成長物語でもある。
ニールはグレアムに素質を見出され、この探偵仕事を始めた事になっているんだけど、実際、ニールはその若さと無害な外見を生かした潜入は得意なものの、その後の首尾はいつもあまりよろしくない。腕力だってないし、信じやすい性格からか、逃してはならない人間を良く逃していたりもする。大抵の場合、普通の「探偵」は、その仕事の前後において、自らが変わることは少ないと思うのだけれど、ニールの場合、その事件に思いっきり影響を受け、傷つき、事件後には受けた傷を癒すため、隠遁生活を送っていたりもする。ま、隠遁といったところで、大抵<朋友会>からは逃れられていないんだけど・・・。そんなわけで、よーく考えるとあまり探偵業に向いているようにも思われない・・・。
さて、そんなニールが今回駆り出されたお仕事は、ラスヴェガスのホテルから、齢八十六になる老コメディアンを自宅に連れ戻せ、というもの。相手の居場所だって分かっている、送り届ける場所だって確かだ、おまけに相手は高齢の爺さんと来た、グレアムの言うとおり、楽勝の仕事に思われたのだが・・・。その爺さん、ネイサン・シルヴァースタイン、若しくはナッティ・シルヴァーはのらりくらりとニールをはぐらかし、とうとうニールを撒いてしまう!
今回のニールの個人的な事情としては、彼は二ヶ月後に「高く孤独な道を行け」で出会ったカレンとの挙式を控えている。そのことは彼にとっても大変結構なことなのだけれど、無性に子供を欲しがるようになったカレンに困惑し、そのことで互いにギクシャクしたまま、この事件のためにカレンと暮らす家を離れる事になる。ナッティを連れ戻しにいっても、頭はカレンと子供の事でいっぱい。もしかしたら気付けたかもしれないヒントをことごとく見逃した結果、ニールはナッティに逃げられ、どうしても自宅に帰りたがらないナッティの事情に気づく事がない。
老コメディアンであるナッティの昔話、ナッティとホープの関係など、最初はうんざりしていたものの、ニールは人生の先達として、彼らを尊重というか、ある意味では尊敬するようになる。そして、ニールが何よりも恐れる「子供を作る」ということ。彼の母親は麻薬中毒の売春婦であり、父親は母親の客の一人にして、顔も名前も分からない。ニールには家庭が分からないし、そもそも自分が父親になれる自信だってない・・・。そのニールの心が、この老コメディアンとの旅路の中で、少しずつ動いていく所が今回の見所でしょうか。
「ストリート・キッズ」から始まったニールの旅も、随分遠くに来たような気がします。しかし、「ニールの成長記」として読むなら尚更、もっと速いペースで読みたかったな、と思うのでした・・・。「ストリート・キッズ」にて、ジョー・グレアムに出会って擬似的な親子関係を結び、最終巻の「砂漠で溺れるわけにはいかない」にて、こわごわと家庭に向けて一歩を踏み出す。新たなニールシリーズを読むことはもうないわけだけれど、ニールの今後の人生が幸せであるといいな、と思う。
←シリーズのその他四作。このシリーズは装丁とタイトルも魅力の一つ。











1 ■ストリート・キッズ・シリーズ
>新たなニールシリーズを読むことはもうないわけだけれど、
噂によれば、ニールもの新シリーズの話も・・・
どこまで確かなのかは不明ですが、そのような話を読んだ覚えがあります(これまたアヤフヤ)。
それはともかく・・・
ジョー・グレアムとの擬似親子関係や、カレンとの関係を通じて家庭について考えるところ、など、このシリーズには、いつもどこかに“家族”というキーワードがあったのかもしれませんネ・・・。
なるほど、つなさんの感想というのは、良く練られているナ。。。