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2006-10-19 22:37:23

「邪魅の雫」/待ってました、京極堂シリーズ最新作!

テーマ:講談社
京極 夏彦 邪魅の雫

心の中に、ぽつんと一つ落ちる黒い染み。黒い思い。
白いカンバスに、たった一つ付いた、けれど取れない染み。
それは邪悪な思い。邪な思い。

そういった感情と全く無縁の人はきっといない。けれど、通常はその染みをなかったことにして、またはその上に何か違うものを塗り重ねて、そして生き続けている。―少々後ろめたく思いつつも。

しかし、ここに邪悪な雫があったらどうだろう。美しいその雫は、たった一滴で人を殺す。もしも自分の世界に「それ」が持ち込まれたならば、自分の信ずる正義のために、若しくは自分の世界を壊すために、自らの世界を完結させるために、「それ」を使いたくはならないだろうか・・・。透明な雫の入った小瓶。それは、美しくも邪悪な一滴の集まり・・・。

東京、平塚、大磯で、人が死ぬ。連続しているようでもあり、非連続でもあるようなこれらの事件。警察の捜査は混乱を極め、京極堂シリーズのいつもの登場人物たちを、雪だるま式に捲き込んで、事件はますます錯綜する。一つの事実が判明しても、それは事件の解決の糸口にはならない。でたらめなこの事件においては、それはただ謎の羅列でしかない。

常にない様子の榎木津(だって、楽しそうではないのだ!)、最後に真打として登場する京極堂ではなく、此度活躍するのは、探偵助手の益田に、陰気な小説家・関口、木場修の巻き添えを喰って、派出所勤務中の青木といったところ。

いつも軽薄であることを、上滑りすることを心がける益田、常に世間に対して後ろめたい思いが抜けず、「犯人顔」と揶揄される関口が、この物語の語り手としては相応しいのかもしれない。なぜなら、これは「世界」と「世間」と「社会」の物語であるから。たびたび気鬱の病に襲われ、ただ自分に関係しているというだけで、人の存在が重いのだ、と語る関口の世界と世間、社会とのずれ。上滑りでもしてないと遣っていられない、立っていられない、社会と接続する術を持たない益田。彼ら二人こそがこの物語には相応しい。

京極堂は語る。世界は個人の内部の世界と外側の世界の二つに分けられる。言葉は内側から発せられて、外側に向かうもの。内側においては全能である言葉が、外に出た瞬間に世間という膜に吸収され、大した効力を持たないものとなる。それは既に社会にも届かず、勿論世界になど届く訳もない・・・。

自らの世界と外側の世界、世間、社会と接続する術を持たない者たちは、一体どうすればいいのだろうか。自分の内部の世界と、外側を繋げるのは、時に難しいものとなる。そう、たった一人で世界と対峙しているような、あの榎木津のような男を除けば・・・。青木を諭す、老刑事、藤村がいい。人には出来ることと、出来ないことがある。わしらに出来るのは、目の前のことだけ。目の前に何も見えないと、余計な大義名分が幅を利かせ始めるが、それは驕りだ思い込みだ。今やるべきことは、目に見えるところ手の届くところに犯人を引寄せること。

そうして炙り出された犯人は、ただぼわぼわと自らの世界を膨張させた人間だった。しかし、その世界は決して世間と、社会と互角に渡り合えるものではない。世界を語り、世界を騙る、漆黒の男、京極堂は、いつものように事件を解体し、また構築し直す。

京極堂の今回の語りにおいては、不思議である、怪異であるという解釈をするのは、古代、その世界の王、権力者にしか許されていなかった、というところが面白かった。個人の世界においては、どう解釈してもそれはその者の自由であるけれど、それを公言することは、その昔は罪であった。江戸期、明治、現代(大戦後の昭和)と時代が進むにつれて、解釈は下の者へと降りていった、という辺りには、「後巷説百物語 」を思い出したりね。

「絡新婦の理」もそうだったけれど(勿論、登場人物、シチュエーションその他は異なりますが)、最初と最後の部分がかちりと嵌まるのは、やっぱり快感。最後まで読んで、また冒頭に戻ると、哀しさが際立つように思った。でもさ、基本的に、京極堂って女性には優しいよね。笑 関口なんて、何もしてないうちから、いつも罵倒されてるっていうのに・・・。いや、あの糞味噌ぶりも、また心地良いんだけど。

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