「続巷説百物語」/御行奉為・・・
テーマ:角川書店
扉から、そのまま引きます。言葉の調子が実にいいんだよ。
人の世に凝るもの。恨みつらみに妬みに嫉み、泪、執念、憤り。
道を通せば角が立つ。倫を外せば深みに嵌まる。そっと通るは裏の径。
所詮浮世は夢幻と、見切る憂き世の狂言芝居。見過ぎ世過ぎで片付けましょう。
仕掛けるは小悪党、小股潜りの又市。山猫廻しのおぎん。事触れの治平―。
手練手管の指の先、口の先より繰り出されるは、巧緻なからくり、眼眩。
邪心闇に散り、禍は夜に封じ、立ち上がるは巷の噂、物怪どもの妖しき姿。
野鉄砲、狐者異(こわい)、飛縁魔(ひのえんま)、船幽霊、死神、老人火(ろうじんのひ)―。
「御行奉為(おんぎょうしたてまつる)―」
前作を読んでから、あまりに時が経ってしまったので、全然気付かなかったのだけれど、本書は「時系列でまとめると、前作の7つのストーリーの間に今回の各話がそれぞれ差し挟まれるという凝ったつくり」になっていたのだった。言われてみれば、途中に「~の仕掛けが」などというフレーズが、随分入っていたよ。汗
しかし、流石、京極さん。凝ってますね~。
法で裁けぬ悪人に、怪異を利用した狂言芝居で、引導を渡すのは前作と同じ。
前作での事件は、ほとんど金で請け負うものだったけれど、本作の事件は又市らの過去に大きく関わるもの。その分、哀しくやり切れなくもある。
八方丸く治める術は、京極堂の憑き物落としにも共通しているけれど、昭和初期と江戸時代という舞台設定の差が、解決策にもあらわれる。悪人を倒してしまえば嘘も方便。狂った藩主を、領民のために後に領地の護り神とすることだってある。悪しき真実は皆が知らなくともよいことであり、又市の狂言芝居は、「その後」の人々の暮らしまでおさおさ抜かりない。
又市の鈴の音がりんと鳴る時、悪しき行いは怪異の衣をまとい、形を与えられた事で、解決出来るものとなる。 無宿人の又市一味と異なり、唯一堅気の山岡百介。本作では前作に比べ、又市たちの側に随分と寄っている。堅気でありながら、自分が堅気であるとの確信を持てない百介は、あちらにふらふら、こちらにふらふら。彼は、又市らの仕掛ける狂言芝居に信頼性を持たせるための、単なる巻き込まれ役から、仕掛ける側に。とはいえ、堅気の彼と、又市らとの間にはやはり大きな差があるのだ。昼の世界と夜の世界。これらを自在に行き来していたような百介であるが、又市らとの蜜月のような日々はやがて終わる。
後半、「飛縁魔」、「船幽霊」、「死神」からは話が連続し、一気に畳み掛ける展開に。「老人火」は全ての幕引き。又市、おぎんは、そしてあやかしの者となる。
これ、図書館からハードカバーを借りてきたのだけれど、作りも美しい本でした。章の扉に載せられた妖怪画(?)もカラーだし♪ 文庫、ノベルス、色々あれど、単行本もいいねえ。
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1 ■これかも
店頭に積んであって、京極堂より軽く感じた新書。紙などが違うのだろうな、きっと。