「密やかな結晶」/消えていってしまう・・・
テーマ:講談社文庫
主人公の小説家である「わたし」が住む島では、ある変わった現象がもう長い間続いている。それは、「消滅」として知られ、人の心の中から、物に付随する記憶及び思いが無くなってしまう事を指す。
一度「消滅」が起これば、物を見てもそれが何であったか、思い出すことも、再びそれらを味わう事も出来ない。香水の匂いも、オルゴールの音も、島の人たちは、もう二度とそれらを味わう事は出来ない。
人々は「消滅」による心の隙間を埋めるように、既に消滅してしまった物を、捨て去ったり燃やしたりする。それらは既に持っていても仕方の無い物であり、ざわめく心が物自体の消失を求めるのだ。
実は島に住む人間、全てが「消滅」を経験するわけではない。心の中の記憶を無くさない人間も、数は少なくともいるのだ。彫刻家であった「わたし」の母がまさにそうだった。彼女は幼い「わたし」に、既に喪われた物たちを隠した、引き出しの中身をそっと見せるのだった。しかし、その母は既に亡い。秘密警察に連行された後、不可解な病死を遂げたのだ。
中盤からは、小説家である「わたし」が書いている小説と、島の描写が交互に続く。「わたし」がこれまでに書いた小説も、全て何かを無くした人々を描いていたが、ここでもまた、声を失ったタイピストの女性とその恋人が描かれる。声を失って、そして所有される、タイピスト。失うこと、無くしていく事は、輪郭を失うことでもある。
「消滅」を扱う、秘密警察の取り締まりは段々と強化され、島の「消滅」もまた加速していく。記憶を失わない人々は、秘密警察による「記憶狩り」に連行されてしまう。
「わたし」と仕事を共にする、編集者のR氏もまた、記憶を失わない人々の一人であった。「記憶狩り」が激しさを増したため、「わたし」はR氏を匿うことにする。おじいさんの協力を得て作った隠し部屋は、小さいけれど全てが事足りるようになっている。
そうこうする内に、島からは「わたし」の生業である小説が消滅し、おじいさんは地震により住んでいたフェリーを失ってしまう。「わたし」とおじいさん、R氏三人の暮らしが始まる。
記憶を失っていくおじいさんと「わたし」、記憶は失わないけれど、隠し部屋でひっそりと暮らすR氏。R氏の心は小さな隠し部屋の中で、どんどん濃密になっていくようである。それに比べて、すかすかになっていくおじいさんと「わたし」の心。
消滅はどんどんと進んでいく。とうとう、島の人々は自分の体の一部までをも失い始める。そして、最後は・・・・。
感想を書くのが難しい、雰囲気で読むような物語。静かな、静かな物語。淡々と進む物語は好きだし、きっとこの物語全てを読み取れていないんだろうけど、好みで言えば「沈黙博物館」の方が好きだなぁ。
「忘れてしまう」ことと「消滅」は違う。島の人々は、淡々と「消滅」を受け入れているのだけれど、実際にこんな事が起こったら、とちょっと怖くなった。「消滅」を経験する方が普通で大勢を占め、そうではない場合は、秘密警察に狩られてしまうのだけれど、そうであっても「消滅」を経験したくはないよなぁ。
そして、物は「記憶」があるからこそ、機能するものなんだよね。記憶や思いが無ければ、それは既に「その物」として存在出来ないのかもしれない。
☆関連過去記事☆
・「博士の愛した数式」
(現在、コメント停止中。英文スパムめ~)
・「沈黙博物館」











1 ■TBさせていただきました
はじめまして・・・
感想を書くのが難しい、というのはそのとおりだと思います。
著者の深い気持ちが織り込まれてる話ですね。自分はタイピストの挿話が挿話でなくなる展開に読まされました。また寄らせてもらいます。