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2006-02-03 09:44:02

「オリガ・モリソヴナの反語法」/オリガ・モリソヴナとは何者か?

テーマ:集英社

米原 万里
オリガ・モリソヴナの反語法

約三十年前、チェコスロバキアはプラハ、ソビエト大使館付属八年制普通学校に通う、志摩たち生徒を虜にしていたのは、ダンスの授業を受け持つ女教師、オリガ・モリソヴナだった。オリガ・モリソヴナは、五年前も十年前も、自分の年を「五十歳」と言い続けていたらしい、七十歳にも八十歳にも見える年齢不詳の女性。服装はとびきり古風で、一九二〇年代には間違いなく新鮮で格好よかったであろうファッションを好む。二十世紀初頭には粋だったような帽子、顔面を覆うベール、付けボクロ、レースの手袋、大振りで大時代なアクセサリー・・・。ついたあだ名は「オールド・ファッション」。しかしながら、オリガ・モリソヴナはそんな他人の視線も、風評もそ知らぬ振りで、強烈な香水のにおいをふりまきながら、校内を傲然と闊歩する。

悪ガキ達も一目置く、オリガ・モリソヴナの授業では、反語法を駆使した濁声が飛び交う。「ああ神様!おお感嘆!まあ天才!」。「これぞ想像を絶する美の極み!。勿論これは、感嘆の言葉などではない。そして勿論、子供たちはこういう言葉、身振りにはいつだって夢中になる。オリガ・モリソヴナ固有のものかと思われる、おかしな諺のような言葉もふんだんに使われる。「下手な考え休むに似たり」に当たるであろう、思案のあげく結局スープの出汁になってしまった七面鳥」から、ここに記すのを躊躇するような言葉まで。

しかし、子供たちを夢中にしたのは、ただその言葉、身振りだけではなく、そのダンス教師としての天分だった。恐ろしげな顔と濁声さえなければ、完璧な美女ともいえる、スラリとした理想的な姿形の肉体が繰り広げる、しなやかで切れのよい身のこなし、踊る姿! 盛大に祝われる樅の木祭りにかけては、そのダンスにかける情熱で、学校中のほとんどを支配下におく。オリガ・モリソヴナのレパートリーはあらゆるジャンルを網羅し、ほとんど無限ともいえ、舞踊と名の付くものなら一切差別をせず、どの国の舞踊音楽をも弾きこなす。全八学年各クラスの群舞、ソロやグループ・ダンス、いずれもオリガ・モリソヴナが振り付け、稽古、編曲、伴奏をこなすのだ。

魅力的な教師であり、また謎めいた人物でもあるオリガ・モリソヴナ。謎といえば、オリガ・モリソヴナととても仲の良かった、エレオノーラ・ミハイロヴナもまた謎の人物であった。美しい銀髪を高く結い上げ、十九世紀風ドレスに身を包み、ほとんど絶滅した美しいフランス語を操る、エレオノーラ・ミハイロヴナ。彼女は志摩を見掛けるといつも、まあ、お嬢さんは中国の方ですの?」と小首を可愛らしく傾けるのだった。教師を両親に持つ、親友のカーチャに言わせると、この二人の教師はかなり異色の存在でもある。カーチャがプラハに来る際には、両親だけでなくその子であるカーチャまで、ソビエト本国の色々な機関の面接や面談に引き回されたのだという。風変わりな教師であるこの二人は、一体どうやって厳しいであろう審査をパスしたのだろうか?

オリガ・モリソヴナに夢中だった志摩は、親友カーチャ、ほとんど光速の伝達速度を誇るスヴェータ(「ヒカリちゃん」というような語感)とともに、オリガ・モリソヴナの謎解きに夢中になる。オリガ・モリソヴナとエレオノーラ・ミハイロヴナを「ママ」と呼ぶ、転校生の美少女ジーナ(どう見たって、孫のはずだ!)、凍るような美しい緑の瞳を持つ、志摩の初恋の少年、レオニードを含め、謎はより深まってゆく。謎解きといっても、そこは子供のすることでもあり、いくつかの断片を嗅ぎ取ったものの、やはり謎は謎のまま、志摩は日本に帰国することになる。

そしてこれは、大人になった志摩が語る物語。オリガ・モリソヴナによってダンスの魅力にとりつかれた志摩は、ダンサーを志したが、今ではその夢を諦め、少女時代に親しんだロシア語を生かして翻訳者をしている。少女時代、個性を重んじ、興味深い授業が展開されたソビエト学校時代から一転、画一的な日本の教育現場に放り込まれた志摩を助けたのは、生き生きしたオリガ・モリソヴナの白昼夢だった。ソ連邦が崩壊し、生活にも心にも余裕が出来た志摩の心に再びのぼったのは、少女時代に夢中になった、オリガ・モリソヴナの謎。彼女はモスクワにわたり、出会った人々の助けを借りて、再びオリガ・モリソヴナの謎に迫る。

オリガ・モリソヴナとは、一体何者だったのか?

気になったあなたは、是非この物語を読んでみて欲しい。非常に面白く、引き込まれる物語なので、きっと損はないはずです。全く馴染みのない世界であるのに、ソビエト学校の生き生きとした授業の様子、子供たちも魅力的。また先ほど、「面白い」と書いたけれども、実はこの物語には、「オリガ・モリソヴナ」の苦難の多い人生が隠されている。しかし、この苦難、困難を乗り越えた、「オリガ・モリソヴナ」の強さ、凛とした生き様が実に魅力的であり、それを踏まえて読むと、オリガ・モリソヴナの濁声の反語法もまた、更に魅力的に思えるのだ。骨太のいい物語でありました。

さて、余談ですが、日本のバレエ団の実情の話。これ、物凄く実在の人物とバレエ団をもじっている様に思うんですけど、気のせい? 名前が滅茶苦茶似てるんですよ。日本の中で、「踊り」で食べていくのは、確かにとても大変なんだろうけど・・・(特にバレエをやるなら、骨格が、とかね)。

← こちら、文庫です

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

■トラバが飛ばない「みすじゃん。」のおんもらきさんの記事リンク

コメント

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1 ■面白そうですね

最近、物語を読む気分になれなくて、ノンフィクションに偏っていたため、こちらにお邪魔してもコメント残せないでいたんですが。
つなさんの記事読んでたら、ぐぐっとひきこまれてしまいました。面白そうな話ですね。(^^)
先日、草刈民代さんの記事を読んで、踊りをする人って大変だなぁ、と思ってたところだったんです。ストイックにやらないと維持できない世界ですよね。

米原万里さんって人は、確か、翻訳家から作家になられた方ですよね。
どんな文章を書く人なのか興味があるので、今度探してみようと思います。

2 ■>Kyokoさん

私もお伺いはしていたものの、コメント残さず帰ってきてしまっていました。汗 生活のリズムは戻りましたか?

ふふふー。これ、いいですよー。実はこれだけ長々と書いてはおりますが、この物語の本質には、ちっとも触れていないのです。続きを楽しみにする、のめりこむ気持ちを削ぎたくないなぁ、と思って。私は読み始めると、ページを捲るのももどかしい感じでした。続きはどうなるのー?、って。
是非、読んでみてくださいなー。なかなか迫力ある文章ですよ♪

う、実は草刈さん(たぶん)がですね、まさに最後にちろっと書いた、バレエ団の話に出てくるんですよ。ここではちょっと、あまりいい意味では出てきてませんので、あしからず~。

3 ■ウズウズ

読みたい本が色々溜まっているのですが、その中でもこの本は是非次に読もうと表紙を眺めています。
ペトロニウスさんも、すごく面白いと書いておられましたよね!
米原万里さんの本は、エッセイしか読んだことがなくて、小説初挑戦になるので楽しみです。
つなさんの記事を読んで、更にウズウズしてきました。

4 ■>有閑マダムさん

こんにちはー!
これ、表紙も綺麗ですよねえ。
そうなんです、私もペトロニウスさんの記事で惹かれた口です。笑 さすが、間違いはありませんですぜ。
読み始めたら、続きが気になって、どんどん読んじゃうと思いますよー。<余計、ウズウズ?笑
お時間が取れて、早く読めるといいですね♪ マダムさんの記事、楽しみにしてます!(もう、記事を書かれることを確定にしてしまいました。笑)

5 ■むむ

先を越された!

と言って、逃げてみる。

6 ■そんなtujigiriさんを

あたたかく見守ってみる。

7 ■?

視線を感じて立ち止まってみる。

8 ■>tujiとらさん

漢がばったり、行き会ってる!笑
刃傷沙汰はいけませぬ~(しないって?笑)。
tujigiriさん、確かこれ購入されてましたよねー。記事がまだという意味ではなく、これは積読になってるという意味なのでしょうか。笑
とらさん、前に教えて貰った、「父姓」が役立ちましたよー。オリガ・モリソヴナはほんとは、「フェート・オリガ・モリソヴナ」なのです。苗字だけでしか呼んでもらえ無い人は、親しみをもたれてないのだって(この場合だと、「フェート」が苗字)。面白いですねー。

9 ■役に立つ

豆知識が実際の役に立ったのですね。
なにより。

さて、tujigiriさんが次にこの本を記事にするのかな?
(まだ、あたたかく見守っている)

10 ■しきりに首をかしげながら退場

……今月中には読みたい、と思っている。

11 ■>tujiとらさん

何となく、とらtujiさんだと語呂が悪いですね。笑
とらさん、「豆知識(?)」が役立ちましたよー。ありがとうです。笑
あたたかく見守るとらさんは読まれないのかなー、なんて、期待に満ち満ちたキラキラのお目目で見上げてみる。だめ?笑(文庫ですよ、キラキラ☆)
tujigiriさーん、是非読みませう♪
でも、主人公の志摩、ちょっとおいおいな行動もあるかも。少女時代からの謎ということで、そこは大目に見てくださいな。何はともあれ、「オリガ・モリソヴナ」の人生は圧巻なのです。

12 ■今のところは

手を出す気があまりおきません。
月末つきはなは、新刊ラッシュで、少し本がたまっているのです(笑)。

13 ■>とらさん

む、これはtujigiriさんの記事次第ということでしょうか。では、tujigiriさんには腕によりをかけて貰わないと!笑

14 ■あとは積読の

消化状況しだいです(笑)
かなり究極の駄本である「帝都探偵物語」があと4冊半。
新刊が現在のとこ、5冊。

15 ■>とらさん

「帝都探偵物語」。何だか逆の意味で興味が沸いてしまいます。笑(amazonはなぜか高評価だし)
・・・とらさんって、生涯何冊くらい読まれるんでしょうね?笑

16 ■概算で

平均、1日に1冊として、3歳くらいから読み始めていますから……。
1年に365冊読むとして、一生に30000冊はいきますねえ。
でも、1日に2冊以上読む事もあるし……

17 ■>とらさん

頭の中に、書庫の塔が出来てますね!笑 私は時々、頭の中の書庫が混乱してます。あれ、あれはどこで読んだんだっけ~?って。私の頭の中の書庫は、きっと乱雑なまま・・・。
とらさんはそんなことはないのでしょうか。

18 ■そりゃあもちろん

書庫の中は、混沌としているものです。
図書館みたいに専門の司書が何人もいれば別なのでしょうけれども(笑)

19 ■>とらさん

実際の本棚は、本も少ないのでだいじょぶなんですが、頭の中が~。笑
頭の中に司書が欲しいです・・・(無理。笑)。

20 ■「オリガ・モリソヴナの反語法」

お読みになられたのですね。
この本は「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」と並ぶ著書だと思います。ペトロニウスさまと少し違って、私は女の子ですから(笑)、政治の季節に理不屈に翻弄された人生と、それにも負けず自分を失わずに生きた女性たちの米原さんの鋭い視点と、包容力が好きです。
下ネタ話得意技とする万理さんも好きですが。
有名なバレエリーナを彷彿するあの名前は、彼女流の痛烈な批判ですね。おそらく事実なのでしょう。

21 ■>樹衣子さん

はい、読みました!
私はこれが、初米原さんなので、これから他の著作も是非読んでみたいと思っています。下ネタ話もあるんですね。笑

さて、ペトロニウスさんとは違って。(「女の子」もそうですね!笑 ここに書くなって話ですが、樹衣子さんの「プライドと偏見」の記事も、うっとり読ませていただきました♪)そうですね、私もあの厳しい環境の中で生き抜いた、彼女の生に圧倒されました。おかしなタイトルだなぁ、と思ったこの「オリガ・モリソヴナの反語法」という言葉も、ああ、これしかなかったのだなぁ、とすとんと納得がいきました。ジーナとレオニードの話も、哀しかったです。
有名なバレリーナはやはりそうですよね。バレエ団の名も、微妙に違うだけでしたものね。クラシック・バレエの世界は、恐ろしいものがあるようにも思います。

22 ■ようやく

記事に出来ました。
しばらく前に読み終えたのですが・・・つなさんの書かれている通り、読み始めるととまらなくなってしまって予想以上に早く読めた・・・映画の記事で忙しくて(笑)。

小説とはいえ、かなり本当のことが含まれているはずで、架空の人物であったオリガ・モリソヴナのような波乱の人生を強く乗り越えた人も、実在しているのでしょうね。
ソビエトに対する理解も、ちょっと出来たようにおもいます。

23 ■>有閑マダムさん

やはり、読み始めるとノンストップですよね、これ。先が気になっちゃって、私もずんずん読み進めてしまいました。記事にするタイミングは分かります。笑 マダムさんの所は、映画記事もてんこ盛りでしたもんね♪

そうですねえ。事実に肉付けしていったんでしょうし、こういう人生を送られた方もいらっしゃるのでしょうね。こういうのを読むと、人間とはつよいものだなぁ、と思います(自分は弱弱なんですけど。笑)。
ソビエトに関しては、マダムさんの記事が興味深かったです。これから、伺いまーす。トラバもありがとうございました♪

24 ■無題

FC2の質問フォーラムみたいなところでも、amebaとのTBの相性の悪さは話題になってました。FC2に直接質問メールを送った方もいるのですが、音沙汰がないようです。いつになったら解決するのか…。

何となく予感がしてみてみたら、やっぱりつなさんも読んでいたんですね(笑

なかなかお下劣というか痛快というか、独特の罵り言葉が面白かったですね~。wikiとかみてみると下ネタ大好きな方だとか(笑)

適当にジャケ借りしてみただけなんですが、思いのほか面白く、感動もしましたしいい収穫でした。次は「嘘つきマーニャ~」を読んでみようと思っています。

しかしこんな面白い物語を書く人が亡くなっているのが残念でしょうがないですね…。

25 ■>おんもらきさん

うわ、fc2とアメブロの相性の悪さは、そんなメジャーな問題なのですね。笑
困ったもんです・・・。解決するといいのだけれど。

米原さんはすごいパワフルな方なので、書評本「打ちのめされるようなすごい本」も面白いですよ~。
読みたい本が増えて困るけれど。笑
「オリガ」はね、近況のところかな、おお、おんもらきさん、読んでらっしゃる!、とお待ちしておりました。笑

「嘘つきアーニャ」も面白いけど、あっちはちょっと「オリガ」に比べると話がちょっと拡散しちゃってるかな。

杉浦日向子さんといい、惜しい方が亡くなってますよね…。

26 ■「オリガ」読みました

いやぁ、読んでよかったです。
面白かったですね。
ご推薦ありがとうございます。

エッセイからはいったので、ミステリ的な部分も諺、下ネタ好きなところも承知のうえで読めたので、それもよかったです。
でもバレエネタは知りませんでしたね。

27 ■>bookbathさん

わーい、楽しまれたようで良かったです!
ね、良いでしょ良いでしょ♪

怒涛の勢いの名作だと思います。
エッセイの全て(といっても、そんなに読んでないですけど)が、血と肉を与えられて結実してますよね。
あはは、バレエネタはクローズアップすることでもないけど、思わず気になったので書いちゃいました。笑

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