「オリガ・モリソヴナの反語法」/オリガ・モリソヴナとは何者か?
テーマ:集英社
約三十年前、チェコスロバキアはプラハ、ソビエト大使館付属八年制普通学校に通う、志摩たち生徒を虜にしていたのは、ダンスの授業を受け持つ女教師、オリガ・モリソヴナだった。オリガ・モリソヴナは、五年前も十年前も、自分の年を「五十歳」と言い続けていたらしい、七十歳にも八十歳にも見える年齢不詳の女性。服装はとびきり古風で、一九二〇年代には間違いなく新鮮で格好よかったであろうファッションを好む。二十世紀初頭には粋だったような帽子、顔面を覆うベール、付けボクロ、レースの手袋、大振りで大時代なアクセサリー・・・。ついたあだ名は「オールド・ファッション」。しかしながら、オリガ・モリソヴナはそんな他人の視線も、風評もそ知らぬ振りで、強烈な香水のにおいをふりまきながら、校内を傲然と闊歩する。
悪ガキ達も一目置く、オリガ・モリソヴナの授業では、反語法を駆使した濁声が飛び交う。「ああ神様!おお感嘆!まあ天才!」。「これぞ想像を絶する美の極み!」。勿論これは、感嘆の言葉などではない。そして勿論、子供たちはこういう言葉、身振りにはいつだって夢中になる。オリガ・モリソヴナ固有のものかと思われる、おかしな諺のような言葉もふんだんに使われる。「下手な考え休むに似たり」に当たるであろう、「思案のあげく結局スープの出汁になってしまった七面鳥」から、ここに記すのを躊躇するような言葉まで。
しかし、子供たちを夢中にしたのは、ただその言葉、身振りだけではなく、そのダンス教師としての天分だった。恐ろしげな顔と濁声さえなければ、完璧な美女ともいえる、スラリとした理想的な姿形の肉体が繰り広げる、しなやかで切れのよい身のこなし、踊る姿! 盛大に祝われる樅の木祭りにかけては、そのダンスにかける情熱で、学校中のほとんどを支配下におく。オリガ・モリソヴナのレパートリーはあらゆるジャンルを網羅し、ほとんど無限ともいえ、舞踊と名の付くものなら一切差別をせず、どの国の舞踊音楽をも弾きこなす。全八学年各クラスの群舞、ソロやグループ・ダンス、いずれもオリガ・モリソヴナが振り付け、稽古、編曲、伴奏をこなすのだ。
魅力的な教師であり、また謎めいた人物でもあるオリガ・モリソヴナ。謎といえば、オリガ・モリソヴナととても仲の良かった、エレオノーラ・ミハイロヴナもまた謎の人物であった。美しい銀髪を高く結い上げ、十九世紀風ドレスに身を包み、ほとんど絶滅した美しいフランス語を操る、エレオノーラ・ミハイロヴナ。彼女は志摩を見掛けるといつも、「まあ、お嬢さんは中国の方ですの?」と小首を可愛らしく傾けるのだった。教師を両親に持つ、親友のカーチャに言わせると、この二人の教師はかなり異色の存在でもある。カーチャがプラハに来る際には、両親だけでなくその子であるカーチャまで、ソビエト本国の色々な機関の面接や面談に引き回されたのだという。風変わりな教師であるこの二人は、一体どうやって厳しいであろう審査をパスしたのだろうか?
オリガ・モリソヴナに夢中だった志摩は、親友カーチャ、ほとんど光速の伝達速度を誇るスヴェータ(「ヒカリちゃん」というような語感)とともに、オリガ・モリソヴナの謎解きに夢中になる。オリガ・モリソヴナとエレオノーラ・ミハイロヴナを「ママ」と呼ぶ、転校生の美少女ジーナ(どう見たって、孫のはずだ!)、凍るような美しい緑の瞳を持つ、志摩の初恋の少年、レオニードを含め、謎はより深まってゆく。謎解きといっても、そこは子供のすることでもあり、いくつかの断片を嗅ぎ取ったものの、やはり謎は謎のまま、志摩は日本に帰国することになる。
そしてこれは、大人になった志摩が語る物語。オリガ・モリソヴナによってダンスの魅力にとりつかれた志摩は、ダンサーを志したが、今ではその夢を諦め、少女時代に親しんだロシア語を生かして翻訳者をしている。少女時代、個性を重んじ、興味深い授業が展開されたソビエト学校時代から一転、画一的な日本の教育現場に放り込まれた志摩を助けたのは、生き生きしたオリガ・モリソヴナの白昼夢だった。ソ連邦が崩壊し、生活にも心にも余裕が出来た志摩の心に再びのぼったのは、少女時代に夢中になった、オリガ・モリソヴナの謎。彼女はモスクワにわたり、出会った人々の助けを借りて、再びオリガ・モリソヴナの謎に迫る。
オリガ・モリソヴナとは、一体何者だったのか?
気になったあなたは、是非この物語を読んでみて欲しい。非常に面白く、引き込まれる物語なので、きっと損はないはずです。全く馴染みのない世界であるのに、ソビエト学校の生き生きとした授業の様子、子供たちも魅力的。また先ほど、「面白い」と書いたけれども、実はこの物語には、「オリガ・モリソヴナ」の苦難の多い人生が隠されている。しかし、この苦難、困難を乗り越えた、「オリガ・モリソヴナ」の強さ、凛とした生き様が実に魅力的であり、それを踏まえて読むと、オリガ・モリソヴナの濁声の反語法もまた、更に魅力的に思えるのだ。骨太のいい物語でありました。
さて、余談ですが、日本のバレエ団の実情の話。これ、物凄く実在の人物とバレエ団をもじっている様に思うんですけど、気のせい? 名前が滅茶苦茶似てるんですよ。日本の中で、「踊り」で食べていくのは、確かにとても大変なんだろうけど・・・(特にバレエをやるなら、骨格が、とかね)。
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■トラバが飛ばない「みすじゃん。」のおんもらきさんの記事リンク 。











1 ■面白そうですね
最近、物語を読む気分になれなくて、ノンフィクションに偏っていたため、こちらにお邪魔してもコメント残せないでいたんですが。
つなさんの記事読んでたら、ぐぐっとひきこまれてしまいました。面白そうな話ですね。(^^)
先日、草刈民代さんの記事を読んで、踊りをする人って大変だなぁ、と思ってたところだったんです。ストイックにやらないと維持できない世界ですよね。
米原万里さんって人は、確か、翻訳家から作家になられた方ですよね。
どんな文章を書く人なのか興味があるので、今度探してみようと思います。