「オクシタニア」1/2-神はいずこにおわしますのか?
テーマ:集英社この時代、フランスはいまだ統一されておらず、広大で肥沃な土地が広がる南部フランスは、オクシタニアあるいは、ラングドック(オック語圏)と呼ばれていた。そのオクシタニアでは異端「アルビジョワ派(カタリ派)」が蔓延り、正統カトリックが打ち捨てられているという。オクシタニアを治めるトゥールーズ伯レイモン六世は「無冠の帝王」の異名を恣にし、異端を擁護して、此度はなんと、教皇特使を殺害したという。最早手を拱いている段階ではない。カトリック教会は武力をもって、異端アルビジョワ派を討伐することとする。
(今回、あまりに長いので、二本に分けます。今日は全六章の三章まで)
第一章 十字軍
第一章は、シモン・ドゥ・モンフォールによって語られる。
北部フランス、ランクドイル(オイル語圏)の田舎領主、シモン・ドゥ・モンフォールはオクシタニアを成敗するという、アルビジョワ十字軍に駆り出される。シモンはその益荒男ぶりを裏切って、元来が臆病で気の小さい男であった。田舎領主としての身分や生活に満足していたシモンであるが、夫の栄達を望む妻、「神」を確信した旧知の聖職者に追い立てられるように、十字軍に参戦することとなる。
四年前、一二〇四年の、第四回十字軍でもほうほうの体で帰ってきたばかり。なぜ田舎領主に過ぎない自分が故郷を離れ、こんな目に合わなくてはならないのか。討つべき「キリストの敵」も二転三転し、戦場における虐殺、略奪など、そのあまりの惨状にシモンは塞ぎ込む。敵が見えない中、ベジエの市民は虐殺され(「ノウィット・エニーム・ドミヌス・クイ・スント・エイス(神は神のものを知りたまう)」のだから)、新たな「敵」とされたトランカヴェル副伯の最後の牙城、カルカソンヌが陥落する。
これで、無事自分の領土に帰れると思ったシモンの元にやって来たのは、カルカソンヌとベジエの副伯という地位。それには領内に正統信仰を徹底させるという責務がセットで付いて来る。そう、シモンは本末転倒の十字軍に形をつけ、それを切り上げるための捨て駒となった。
大規模な十字軍は去ったが、シモンは十字軍の俗界の総大将となる。ところが、臣従した筈の都市が、忠誠を捧げた筈の騎士が、たちまち反旗を翻す。手にしたはずの新封が敵と化し、シモンはこの異邦で孤立する。潔癖で不器用な北部人を自認するシモンからすれば、南部人の二枚舌はほとんど卑劣にもうつる。戦いを続けざるを得ないシモンは、ミネルブで異端の完徳者(ペルフエクテイ)たちの火刑を、目の前にする。彼らは賛美歌を歌いながら、幸福感に恍惚と酔うように、ひとり、またひとりと、火の中へ入っていく。このものたちは、一体何なのだ?
もとより、シモン自らも大義に疑問を持つ十字軍、シモンは「神」がどちらにいるのか分からなくなる。
しかしながら、次の戦場、テルムでシモンは奇蹟を見る。攻略に困難を極めた城の中で、テルム城の全員が赤痢で死んでいたのだ。シモンは異端の神は偽者であることを確信し、迷いが消えたシモンは、鬼神のような強さを発揮するようになる。やさしい父、やさしい夫であったシモンはもういない。そこには、ただ、「キリストの騎士」がいるのみである。もう何も怖いものはない。オクシタニアに神の国を造るために、秩序ある家を建てるために、シモンは破竹の快進撃を続け、たった二年でオクシタニア全土をあらかた征服してしまう。
前半の迷い、愚痴を言うシモンから一転する様が鮮やか。
第二章 薔薇色の都
第二章は、自治都市、トロサ(トゥールーズ)の名家の息子、エドモン・ダヴィヌスによって語られる。
フランス南部、オクシタニアの都市、トロサの市民から見た、シモン・ドゥ・モンフォールは、強欲で異常な強さを発揮する、恐ろしい悪魔のような男である。アラゴン・オクシタニア連合軍は、シモン率いる十字軍に散々にしてやられ、アラゴン王ペラ二世も殺されたという。
第一章の戦いから一転、今度は自治都市トロサの自由な市民の生活が描かれる。シモンには二枚舌で骨がないと侮蔑される南部人であるが、彼らはその財力を背景とし、ただひたすらに自由なのだ。トロサは薔薇色の都であり、人生を謳歌すべき宮殿である。ここでは、強き騎士シモンはがつがつとした成り上がりにしか見えず、頼りなく、市民にも迷惑を掛ける、トロサ伯、レイモン六世が、雅で鷹揚な皆が認める支配者となる。
さて、オクシタニアで戦が続く中、エドモンは幼馴染のジラルダと結婚する。互いの家同士の釣り合いもよく、そもそもは町でも評判の不良娘であったジラルダが、夜毎エドモンを訪ねて来たことが、二人の馴れ初めでもあり、不良娘が自分だけに胸襟を開く心地よさにエドモンは酔う。ジラルダはなぜ不良娘、蓮っ葉な娘と思われていたのか? 彼女は自分の愛らしい外見、女らしさを認めることが出来ず、また生真面目な思い、感情を持て余し、自分の言葉に応えてくれる人間を求めていたのだ。
上手くいくと思われていた、エドモンとジラルダの結婚生活に暗雲が立ち込める。エドモンはジラルダと思いを通わせることが出来なくなった。ジラルダは異端である「良きキリスト者」、カタリ派(アルビジョワ派)の教えに傾倒していたのだ。この地上が地獄であるとするカタリ派からすれば、エドモンが求めてやまないジラルダの愛らしい肉体も、必ず滅びるつまらない物でしかない。
一二一六年は元トロサ伯ラモン父子の反撃で幕をあけた。トロサもそれに呼応して蜂起することとなる。この反乱は騎士シモンによって、速やかに平らげられるが、エドモンはトロサに突きつけられた屈辱の条件をばねに復讐を誓う。一二一七年、エドモンはトロサ民兵隊長として立つ。この一年はジラルダとの間を修復し、互いに言葉を重ね、分かり合うことが出来たと思った一年間でもあった。しかし、その実、エドモンの言葉はジラルダに届いていなかった。この世には悪しき営みしかないとするジラルダの信念は固く、一二一八年、とうとう騎士シモンを倒すことに成功したその日、ジラルダの姿は消え去った。彼女はカタリ派の出家者となったのだ。
ジラルダに去られたエドモンは荒れに荒れていた。町で偶然会った、ドミニコ会の僧に感化され、エドモンもまたドミニコ会に入信し、出家する。ドミニコ会の僧に言わせると、カタリ派の教えは邪な二神論者のもの。ドミニコ会は、この地上を地獄と決め付け、切り捨てることはないのだという。ここに、エドモンとジラルダは敵対する神を信奉することになる。
第三章 北の王国
第三章は、若ラモン、トロサ伯ラモン七世が語る。
舞台は再び、戦場へ、政治の世界へと舞い戻る。今上トロサ伯となった、ラモン七世は神の存在など信じない。愚かな気分屋で、オクシタニアに未曾有の騒乱を呼び起こした、父と同じ道を歩むつもりもない。騎士シモンの死から五年、未だ闘争は続いていたが、神など信じて、宗派などに翻弄されて、せっかくの生を浪費するつもりはない。
オクシタニアに再び牙を向いたフランス王を制するために、ラモンは教皇庁に和解を申し出るが、その申し出はブールジュ公会議ではねつけられ、あろうことか、フランス王ルイ八世の新しい十字軍が高らかに宣言される。しかしながら、フランス王ルイ八世は遠征の途中で病に冒され、落命する。神はフランス王の十字軍を罰せられた、これは神意の現れであると、オクシタニアは再び熱狂に包まれる。
自らの力、美貌を頼み、常に自分を律し、神を利用し、他人を信用することもなかったというのに、なぜか若ラモンは父伯と同じ道を歩むこととなる。和解のために訪れた筈の、北部シャンパーニュ伯の城で、若ラモンは屈辱的な和議条約を結ばされる。女子供と坊主ほど、この世の中に始末に悪いものはない。世の常識というものが通用せず、絶対の優位を信じて疑わないのだ。勝敗が決したわけでもないのに、ラモン七世は屈辱の条件の数々を呑まされる。
正統の神はどこまでも自分の敵のようである。神を信じる「弱い」人間が救われ、信じない「強い」人間である自分は救われない。これは信じないことに対する神の罰なのであろうか。正統の神、異端カタリ派の神ともに、自らの軍資金として利用していたラモンであるが、ここに正統の神を捨て、オクシタニアに「異端の国」を造ることを誓う。誓う相手は、今では完徳女となったジラルダである。
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今日はここまで。延々と書いておくのは、歴史的な流れをここに記録しておくためであります。面白くなくてすみません。直ぐに忘れてしまうのですよ…。でも、これらの大きな歴史の流れの中で、個々人が生き抜いていく様は、重いけれど本当に感動的なのです。 しかし、流石に歴史的事実が、自分の中でまだまだこなれない感じ。13世紀フランス南部、オクシタニア地方の地図、主要登場人物(オック語読み付き)も付いているんですけどね。
2/2 に続く。
*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。












1 ■うーんこれは
ある程度、中世ヨーロッパの社会構造と精神世界(またはキリスト教の実情)がわかっていないと、つらそうですねえ。
しかしよくもまあ、これほど、日本人にとってメジャーではない舞台を選んで小説を書くよなあ。
変なところに感心してしまう(笑)。