「桃」/それぞれに流れる時間
テーマ:角川書店 姫野カオルコ「桃」
これは、小説「ツ、イ、ラ、ク」
を巡る短編集。
目次
卒業写真
高瀬舟、それから
汝、病めるときも すこやかなるときも
青痣(しみ)
世帯主がたばこを減らそうと考えた夜
桃
■卒業写真
長命中学を卒業してから、十八年が経った。既に結婚し、二人の子供を設けた安藤のもとに、中学校の同窓会の知らせが届く。中学時代、有名な女生徒だった「木内みなみ」<木内みなみってイイよな>は、今では彼の兄嫁となった。
男子がまだ字もろくに読めないころから、女子は、某姫がその美貌で経済力のある王子を射止める絵本を見聞きし、男子が怪獣カードを集めているころには、女子は、美貌はなくとも「ドジ」をキュートに演出する術で長身痩躯の男を射止める漫画を読み、男子が廊下でプロレスごっこをしているころになれば、女子はもう生理があるのだから、こうしたことについてのキャリアが男子とは比較にならない。年季がちがう。
安藤は野球部に所属し、桐野の友達だった。二人の少年の恋の思い出と、今のお話が少し。「少年」という特異な生き物のお話。
こんなふうに大半の女たちは、過去をどんどん削除してゆくのだろう。彼女たちにとっては現在こそが最重要なのだろう。
少年の日々の思いは、元・少年の胸にそのまま残る。
女はきっと少年のようには、過去を振り返りはしない。
■高瀬舟、それから
「ツ、イ、ラ、ク」の主役、河村礼次郎と森本隼子との逢瀬のお話。
教師の河村の視点で語られる。かなしい、いとおしい気持ち。
■汝、病めるときも すこやかなるときも
頼子と塔仁原の恋のお話。今では塔仁原議員夫人となった頼子が、選挙の応援を頼み、訪ねてきた「奥さま」に語る。
「そんなのぜんぜん平凡とちがう―」
友情がしだいに恋情になるなどということは、ありそうでめったにない。あなたは塔仁原くんとしかつきあった経験がないから、他の人もそうだと思ってるようだが、世間の大多数の男女はそうじゃないんだと。友情はいつまでも友情で、恋情はさいしょから恋情で、両者は入り口のドアが別なんだから、あとで部屋が同じになることなど稀有なことなのだ―と、そう言われました。
他人に向けて語った部分に、頼子が正直に語った部分が加えられる。頼子もまた決して純粋ではなかった。河村と隼子の逢瀬を偶然見てしまったことが、彼女の転機となった。
この人は男性だと思うのと、この人は男だとかんじるのとはちがう。塔仁原とからだの関係ができるのは、もっとずっとあとですが、その行為があるかないかより、相手を男だとかんじること、女だとかんじることがなければ、先刻の女ともだちの言ったとおり、友情はずっと友情です。
■青痣(しみ)
あの時間のなかにある人間だれもが逃れられない、無知、みなぎる活力、そして大洋のように泰然とした浅はかさが、わたしのあの時間も埋めていたのだと言えば、あの青痣に、後年のわたしはゆるされるだろうか。
どうか。どうか許してほしい。
しかし許されはしまい。
あの青痣。膿んだ青痣。
大人になった少女が振り返る、あの頃の話。彼女の肥大した自意識は、森本隼子を責めずにはいられなかった。ある程度以上の数の人間が集まると、必ず形成される「単位となる群れ」の感触。不本意な位置にいると感じるもの、勝負から、土俵の上から勝手に下りた者は、自分とは違う、自分の望むものを手に入れた他人を、ただ非難する。葡萄、いちご、パイナップル、チョコレート、さくらんぼ、レモンは、交換ノートに「J」の悪口を連綿と書き連ねる。
■世帯主がたばこを減らそうと考えた夜
長命中学の数学教師だった、夏目雪之丞視点のお話。
彼は、衆道、男色、稚児趣味、カマ、モーホーと、誹られる教師。
なぜなら少年は、生きて呼吸しているだけだから。おもわくなどない。かなしいものをかなしいと、おかしいものをおかしいと、猥褻なものを猥褻と、額面どおりに受けてそれだけの愚かな単純の頂上にあって、愚かな単純のかがやきを放つ、ほんのわずかな時期。それが少年である。
ならば彼らは外見で即、区分けできる。女のように外見と内面とが合致せぬことはない。彼らは女のように、さいしょから女ではない。男にのみ、少年という、ある特別な時期があるのである。愚かで無垢な美しさにひかりかがやく時期が。
雪之丞が語る、かなり身勝手な、女に対する侮蔑の言葉、異性を憎む気持ちは、実は分からないでもない。とはいえ、彼は女を罵り、うっとりと少年を見つめ、幸せに暮らしていたかというと、そこはそんなに甘くは無い。命をさしだしても惜しくなかったふたりの生物、即ち二人の娘に罵倒され、疎まれる。
雪之丞が「少年」をいとおしむのは、求めても得られなかった、無垢な「やさしさ」の匂いを感じるからなのかもしれない。
■桃
桃を食べると、むかしが追いかけてくる。桃が脳の装置に悪影響をおよぼすと言ったのはこういう意味である。桃は重たい。
桃を避けているのは、だから。
社会人となった森本隼子視点のお話。彼女が考える、きれい、汚い。
桃の匂いは彼女にむかしのことを、思い出させる。
***************************************************
正直、「ツ、イ、ラ、ク」の読了からかなりの時間が経ってしまったので、細部を思い出せない登場人物もいたのだけれど、あまりに純粋な愛の傍にいて、その愛を垣間見てしまった、ごく平凡な人間は辛いのかも、と思った。しかし、矛盾するようでもあるが、河村と隼子、あの二人が決して特別だったわけではなく、それぞれの人間の中に、それぞれ「とくべつ」な時間が流れていたのだ。
- 姫野 カオルコ
- 桃
*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
☆関連過去記事 / 姫野カオルコ「喪失記」











1 ■『よるねこ』
つなさん、こんにちは。
『桃』は私もこのあいだ読みました。
が、いま思い出してみても、印象的だった話がないようなのです。
その代わりといっては何ですが、『よるねこ』という短編集には強烈な印象を残すストーリーがいくつかありました。
いずれにしても姫野カオルコ作品を読むと「ヒットポイント」を消耗します・・・。(^_^;)