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2005-12-06 09:12:01

「喪失記」/縛られる

テーマ:福武書店 
姫野カオルコ「喪失記」

子供の頃、あなたは何かに縛られてはいませんでしたか?

例えば親から押し付けられた価値観、例えば親戚や近所の人の心無い一言、
例えば級友の何気ない言葉。

主人公の白川理津子は、33歳のイラストレーター。テレビのトーク番組に出たり、CMに出演したこともある。雑誌の取材だって受ける、華やかだと思われがちな、彼女の私生活は、しかし本当は静かなもの。

子供のころのまま変化がない。十代のときも、二十代のときも、そして三十三歳の現在も、変化というものがない。

三十三歳の今、「ビジンはビジンを売り物にしていい」と言われても、高校生の時に後輩に「きれいな人」と言われても、多分それは彼女に何の感傷も呼び起こさない。

彼女にとって、繊細で小さな身体を持つ他の女性は、殆ど怖れを抱くような存在で、それに比して自分はあまりに頑丈な骨組みを持つ「鉄人28号」。料理が出来る事を男に話すことすら、はしたないと感じる彼女は、あまりに潔癖だ。

ブスという語は何語なのだろう。ともかくも、それは決して顔の造作によって決定されない。男にとって女としての価値のないこと、それがブスということである。

顔の造作に関わらず、彼女は自分にブスの烙印を押している。
資格がない、分不相応だと、全ての享楽から目を背けている。

彼女の自己を律するこの強さはどこから来ているのか?
些細なきっかけで知りあった、食べ物の好みと食べ方がぴたりと一致する、大西という男との毎夜の食事の中で、それが語られる。

近所の美少女に、「剥げキャロ」と呼ばれた五歳の頃の話、彼女が家の事情で預けられていた、イギリス人神父コートネイさんのもとでの暮らし、その後一緒に住むようになった両親のこと、高校生の頃の話、デザイン学校に通っていた頃の話、卒業後の話、ホストクラブでの雑誌取材の話・・・。

そこに浮かび上がるのは、あまりに淋しい一人の女性の姿。
「愛」を感じ取る事が出来ないまま、「愛」を受け容れる事が出来ないまま、言葉だけを受け取ってしまった者は、多分その言葉のみに縛られる。彼女を縛ったのは、キリスト教の言葉、周囲の言葉。彼女は過剰なほど自分を律する。それは彼女があまりにも周囲の目を恐れたから。

あいつ、繊細でもないくせに繊細な役をやりたがってるんだぜ。あいつ、鈍重なくせに鋭敏な役をやりたがってるんだぜ。ひそひそ声で世界が私をあざ笑うのではないかと恐れたのだ。

この本の中での大西との連続した食事は、外食ではなく彼女の部屋で作ったトマトソースのパスタと、茹でた茄子とキュウリにチーズを絡めた付けあわせで締め括られる。大西は、彼女が料理を作ることを見破った、初めての男。二人は互いに好ましく思い、相通じるものを感じるが、それは男女の愛ではない。大西もまた、何かが欠けた男であった。友愛と欲情が異なっている。

大西の言葉により、彼女は眠っていた、若しくは眠らせていた、女としての小さな願いに気づく。

「鉄人でも男でもなく女であることは神様だって変えられない、それを認めないから鉄人になって男になるんだよ」

願いに気づき、目を向けた彼女は、今度はその願いから逃げず、恐れず、幸せになれるのだろうか?

「ツ、イ、ラ、ク」 のような、恋愛小説の迫力はここにはない。
ただ、三十三歳処女の白川理津子のかなしみが胸に迫る。姫野さんはどうしてこういう感情をそっくりそのまま覚えていて、それを抉り出すことが出来るのだろうか。

少しでも身に覚えのある人間にとっては、とても痛い小説だと思う。ただし、肥大化した自意識に嫌悪感を催す人、またはこういった感情に縁の無かった人には、この小説は用が無いのかもしれない。

 
姫野 カオルコ
喪失記 ← こちらは、私が読んだハードカバー
 ← 角川文庫からも出ているようです

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。                       

コメント

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1 ■うわぁ・・・。

さすが、姫野さん、描写が相変わらず的確で鋭利で痛い・・・。
読みたいです!!是非!
新刊の「ハルカ・エイティ」は、がらりと雰囲気が違って、あんまり痛くは無さそうです(笑)。でも、「喪失期」の方に私は惹かれてしまいますね。読みたいです!!つなさんのところにくると、読みたい本が増えます~。
あ、とらさんって「ぬいぐるみ系」なんですね・・・。(ってココにレスしてすみません。)

2 ■>喋喋雲さん

ふふふー、「痛い」っすよ、これ。笑
きっと受け容れられない方も多いかな、と。
これ、「処女三部作」のうちの一作なんですって。というわけで、まだ二作があるらしい。図書館で見かけたら、読んでみたいと思います。
でも、肥大化した痛い自意識については、この本を読むと既に描ききられているのかなぁ、とも思うので、「痛くなさそう」な新刊も気になる所。今度はどんな世界なのかなぁ、と思います。<でも、私は新刊には縁が無いですが。涙
喋喋雲さんは、この本にどんな感想をもたれるのか、私も是非お聞きしてみたいです。お時間がありましたら、是非。食べ物の場面とかね、官能的でエロティックだと思います。

あ、そうそう、とらさんは、怖くないよ~な、「ふかふかのぬいぐるみ的とら」みたいですよ。笑

3 ■これはまだ・・・

つなさん、蝶蝶雲さん、こんばんは。
これはまだ読んでいません。
姫野カオルコさんの小説を読むのは体力がいりますからね・・・(最近は低調なのです)。
少し元気になったら挑戦したいと思います(笑)。

ところで姫野さんはかなりレベルの高いウエイトトレーニーのようです(と、ただそれだけですけれど)。

4 ■>喜八さん

こんばんは~。
そうですね、姫野さんの小説を読むのには、体力がいりますよね。笑 短編だったのですが、「桃」と一緒に借りてきちゃったので、今週はちょっとぐったりです。笑
喜八さん、お疲れなのでしょうか。年末はきっとお忙しいのですよね。早く元気な喜八さんに戻られますよう♪

おー、姫野さんも筋トレ(で、いいのでしょうか)をなさっているのですね。前線でバリバリ頑張って折られる方は、みなさん筋トレが欠かせないのでしょうか。身体と心はやっぱり繋がっているのかな。

5 ■大変ご無沙汰しました^^;。

お元気ですか?
凄いなあ。。。
姫野カオルコは漫画家のような名前が嫌いで読んだことがなく(そういう問題か?←はい^^;)知識もまったくありません。(汗)
凄いなあというのは、つなさんの書評です。
毎度の事ながら思わず引き込まれて感心致しました。
私の方はと言えば、書評ではなく感情文。ブログは人の為ならずなどと嘯いておりますが、あまりにも下手な文章に少々自己嫌悪。(笑)
いえいえ、人さまとなんて比べられるようなブログじゃないんですがね、ぐたぐたと本・書評・文学にのさばっていていいのかと。。。(笑)

>言葉だけを受け取ってしまった者は、多分その言葉のみに縛られる。

心に沁みる言葉です。読書にも通じますよね。上っ面ばかり読んではいけないと。

6 ■>ぐたさん

こちらこそご無沙汰しております。
体調は大丈夫ですか~。

いえいえいえいえ、とんでもないです。汗
私などまだまだ若輩者で、自分の数少ない経験に本を引き摺り下ろして、感想に感情を混ぜ込んだ記事を書いているだけなのです(なんか、この前に「経験バトン」を書いたせいか、こんな文になってしまいましただ。笑)。
ぐたさんのパワー溢れる明るさは、私にはないものだなぁ、といつも感心しておりまするよ。
コメントせず、逃げ帰ってきちゃうことが多いのですが。笑
特に違う単語を使っているわけではないのに、ブログってそれぞれのスタイルがあって、面白いものだなぁと思います♪

ぐたさんは読者さんも登録ブログもきっと多いのに、こうやって巡回先で色々コメントを残してくださって、気配り、目配りの方だなぁと思っております。
なんか、褒め合戦のようになってきましたが(笑)、ほんとにいつも思っているのですよ~。

本日は勿体無いお言葉を色々頂いてしまいましたわ。ありがとうございました♪

7 ■読みましたよー!

つなさん、また来てしまいました♪(ほとんど毎日!?)。姫野カオルコさんは初めて読みました!今回は「主観」を入れて記事を書いてみました。TBさせて頂きますね。

8 ■>gerberaさん

いらっしゃいませ。「ほとんど毎日!?」って嬉しいです。ありがとうございます。笑
この後、こちらからもお返しいたしますね。姫野さんは、「ツ、イ、ラ、ク」という小説もお勧めです。
私の記事が切っ掛けで、初めて読まれたのだとしたら、ちょっと嬉しいです~。

9 ■きっかけは・・・

最近知人に「姫野さんいいよ」と言われたのと過去のつなさんの記事から、「姫野氏」に注目していたのです。たまたまこの本は借りていて、読んでいました。でも、途中くじけそうになっていたところに、つなさんの記事があるではありませんか!「これは、絶対に読まなくては!」という経緯なんです。だからきっかけはつなさんです。やっぱり笑

10 ■>gerberaさん

それは光栄です。笑 ありがとうございます。でも途中、くじけそうになってらしたのですね。かなり痛い自意識の話だし、途中で嫌になる人もいらっしゃるだろうなー、と思います(私はこういうのも、結構好きなんですけど)。
お友だち同士で、本を回しあったりされるのでしょうか。やっぱり、日本の本って、手に入りにくいのでしょうか。海外では大変ですよねえ。でも、gerberaさんの周りには、いい本読みネットワークがありそうですね♪

11 ■つなさん、お答えします!

つなさんの疑問にお答えすべく記事を書いてみました。(TBさせてもらいますね)。もしお時間がありましたら、見ていただけるとうれしいです♪
あと、この手の痛い本、私も実は結構好きです。主人公の気持ち痛いくらいわかります。でも、感想を書いているうちに、だんだん”応援”している側にまわりつつあることを発見してしまい、ちょっとショックだったりしました笑(くじけた理由は、最初の段階で、主人公の現在と幼年期の像がなかなか重ね合わせられなかったからだと思います。ひとえに私の想像力の欠如です泣)

12 ■>gerberaさん

おお、きっちりした回答を頂きまして、ありがとうございます♪
この後、お伺いいたしますね。
痛い本、お好きですか。笑 嫌いな人と、好きな人、めちゃくちゃ分かれそうな話でしたよね。
そればっかりだと中毒してしまうのですが、時にこういった物語の中に、たゆたってみたくなります。なので、「応援」よりも、ずぶずぶと一緒に深みにハマるイメージかなぁ。

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