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2005-08-23 09:42:15

「青葉学園物語 右むけ、左!」 /学園生活

テーマ:ポプラ社
吉本直志郎作、村上豊絵「青葉学園物語 右むけ、左!」

カバーの「作者からきみたちへのメッセージ」より

あっ、「右むけ、左!」をみつけたな。これは、ぼくが書いたはじめての作品だ。小説を書く才能があるふりをして、本を出版してもらうのもなかなか才能がいるんだ。毎日、ペンをガリガリやって、ようやくぼくの仕事はおわった。あとは君たちが、青葉学園のなかまとどんなふうに遊ぶか楽しみだ。
さあ、いっしょに飛びだそう!梅雨晴れの空の下をのどいっぱいにわめき、もつれあいながら走っていくあの子たちと。

青葉学園物語は「広島戦災児育成所」という養護施設が舞台になっている。昭和三十年ごろになると、戦災で身寄りを失った子どもたちがあらかた巣立って、一般家庭の事情によって、施設に身を寄せる子どもの方が多くなり、のちに「童心園」と名を改めた。この物語に登場するのは、その戦災児育成所時代と、童心園時代にまたがる時期の子どもたち(以上、「あとがき」より)。

全五巻からなる物語ですが、今も私の手元にあるのは、一巻に当たるこの「右むけ、左!」と、最終巻である「まっちくれ、涙」のみ。読み直していたら、ちょっと買い直したくなりました。この一巻は、どうもその当時のお友達から、私の9歳の誕生日に頂いたものであるようです。お母さまが選ばれたのだとは思うけれど、この物語に出会えてよかったなぁ、と思います。感謝。沢山笑って、ほんのり涙するような物語。
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■ぶたぶた会議だ ぶう!ぶう!ぶう!
青葉学園にはブタが三匹いる。各寮に分担された畑で野菜をつくり、それを市場におろして買ったブタだ。二年まえ学園にやってきたブタはもうすっかり大きくなって、近いうち売られていく。きょうの夕食のあと、そのブタを売った金でなにを買うか、自治会をひらいて決めることになっている。
進はみんなのまえにまわって、うしろむきで歩きながら、
「―みんな、野球のユニホームがほしゅうないか。」
と、きりだした。

青葉学園のメンバー、お目見え。野球のユニホーム欲しさに、進たちは女の子におべっかを使ったり、色々工夫するのだが・・・。

■青葉ニュースです
毎月の一日には誕生会がある。
みんなで歌をうたったりクイズをして、その月に生まれた子どもたちをまとめて祝うのだ。
誕生会で、きまってやるのは「青葉ニュース」という幻燈だ。先月、学園でおきたことを絵にして、食堂の壁に映すのだ。どこの寮でも誕生会主催の番がめぐってくると、これにいちばん力をいれる。

「ぶたぶた会議」で、惜しくも野球のユニホームの夢破れた進。肥溜めに落ちた子豚を助け、ユニホームへの望みを繋ぐ。そんな進を待っていたのは、楽しい幻燈ニュースでは映せないような出来事だった。

■手品師の忘れ物
―あのおじいさんと女の子は、どこで眠るんじゃろうか。帰っていく家はあるんじゃろうか。あの子、学校はどうしよるんじゃろうか―

「ボータン。右むけひだり、言うたら・・・・・・ついつい、心にもないことをしてしまうことかも知れんのう。」
ボータンは、ちょっとの間だまっていたが、
「おれは、そうは思わん。」
と言った。
「ぶ、ははは、は、おまえもしぶといのう。まあ、それぞれに受けとり方があるわい。」
と、和彦は、にがりきったように笑い、
「おれは、右むけひだり、言うたら、気持ちは右をむいとるのに、ついつい、その反対のことをしてしまうことじゃと決めた。」
「そいじゃあ、おれは、事実が右じゃっても、一歩ゆずって、相手を理解してやることじゃと決めた。」
「言葉いうて、いろいろに考えられるもんじゃのう、ボータン。」

学園に手品師のおじいさんと、女の子がやって来た。学園の皆は滅多に見られない手品を楽しむのだが・・・。
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表題作である「右むけ、左!」がとてもいいのです。学校帰りに道理もへったくれもない言い合いをするのも、和彦とボータンの二人なら、引用中の会話を交わすのも同じ二人。「右むけ、左!」になること、ありませんか?
吉本 直志郎, 村上 豊
右むけ、左!

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

コメント

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1 ■直志朗に会いたい!

物語の作者,吉本直志朗の中学時代(2年,3年・本名森田義彦)の同級生です。育成所(後の童心園)には毎日のように遊びに行っていました。卒業以来,一度手紙のやり取りがあっただけで、その後は音信不通です。このサイトの趣旨とは違うと思いますが、積もる話しが山ほどあり、何とか連絡取りたいのです。

2 ■>木偶野呂馬さん

はじめまして。
吉本先生の同級生でいらしたのですね。うわー、すごいなぁ。
ここで描かれた育成所の子どもたちは、とても魅力的でした。木偶野呂馬さんも、もしかしてどこかにモデルとして入っているのかもしれませんね。
amazonの出版情報を見たところ、吉本先生の一番新しい本はポプラ社から出ている、2005年のものだと思います。もしかしたら、的外れかもしれませんが、出版社付けで連絡を取ることはできないでしょうか? お話できると、いいですね。

3 ■有難うございます。

直志朗に関する情報を有難うございました。近況が少し分かりました。何とか手立てを尽くして探してみようと思います。
彼の本を知ったのはもう20年以上前のことで、青葉学園物語を読んで、作者の名前を見て驚き、私達の担任だった先生に確かめて彼だと分かったと言う経緯がありまして、その時,連絡を取り、彼から直筆の手紙をもらったのが最初で最後です。
作者の名前を知る前から、『これは俺達の子どもの頃の日常そのものだなぁ』と、自分達がそのまま描かれていると言う印象を持って読んでいましたので、直志朗の名前を知って、まさに登場人物は私達であり、私達のまわりの子ども達であると確信したものでした。その後の彼の作品になかなか出会えなくて、彼とは没交渉のまま今日に至っている次第です。
また、お邪魔させていただきますが、よろしければ私のブログにもお越し下さい。有難うございました。

4 ■>木偶野呂馬さん

木偶さんも、偶然、「青葉学園物語」を手に取られたのですね。私は「青葉学園」以外では、「とびだせバカラッチ隊」「すきなあの子にバカラッチ」を持っています。これも、考えたら、二十年以上前の作品なんですね。ちょっと感慨深いです。笑

また、いらしてくださるとのこと、うれしいです♪
木偶さんのブログ、この間も、お伺いしたのですが、写真が綺麗だなー、すごい活動だなー、とぼんやり眺めたまま、帰ってきてしまいました。笑
また、改めてお伺いしますね。

5 ■中学時代

直志朗の中学時代のことを書きます。中3の文化祭で演劇をやることになり、我が3年D組は菊池寛の「父帰る」を上演しました。その脚本から演技指導までの一切を仕切ったのが彼でした。同じクラスに広島カープの山本浩二の兄がいましたが、彼が直志朗に積極的に協力して2人でクラスの持っている隠れた力を引き出し、見事に開花させた出来事でした。後年,彼が児童文学作家として登場した時,中学時代のこの出来事を思い出し、その頃からすでに才能の片鱗を見せていたのだと気づかされたものでした。私は彼とは特に親しかったのにその動きには加わらず、外から傍観していただけに苦い思い出でもあり、会ってその頃のことを話したいものだと思う次第です。

6 ■>木偶野呂馬さん

中学三年生の文化祭の劇が、「父、帰る」というところもいいですねえ。わたし、たぶん、まともに読んだことがありません…。
そして、やはりその頃から、吉本先生の作家としての片鱗が見られていたのですね。和気あいあいとした雰囲気の中、準備は進んだのでしょうか。
中学生というと、文化祭の劇に頑張るのも、ちょっと照れ臭い年ごろでしょうか。少し切ない思い出なのですね。

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