「麦の海に沈む果実」/不安感
テーマ:講談社恩田陸「麦の海に沈む果実」
全編を覆うのは不安感。主人公は美しい14歳の少女、水野理瀬。本文によると、これは「私がなぜトランクを失い、どうやってそれを取り戻したか」という物語。
わたしが少女であったころ、
わたしたちは灰色の海に浮かぶ果実だった。
わたしが少年であったころ、
わたしたちは幕間のような暗い波間に声もなく漂っていた。
理瀬は風変わりな全寮制の学園に転入する。その学園は、湿原に続く巨大な池に浮かぶ、青い丘の上に建つ(陸の孤島―湿原の中の要塞)。ここでは、各個人のファミリーネームは奪われ、ファーストネームのみの存在となり、生徒同士はファミリーという単位を作る。「三月の国」である学園に、二月の終わりに転入した理瀬。「ここに三月以外に入ってくる者があれば、そいつがこの学校を破滅に導くだろう」。伝説が彼女を悩ませる。
美貌の校長(その日の気分で男になったり、女になったりする)、三種類に分けられる生徒たち(過保護な親に送り込まれた「ゆりかご」組、技能を磨くためにやってきた「養成所」組、存在を望まれずに入れられた「墓場」組)。閉ざされた学園内で起こる、失踪事件、殺人事件。これらが不安感を煽り、居心地の悪さを醸し出す。
ラストはあまり好みではなかったのだけれど、独特の世界が構築されていて、興味深かった。「夜のピクニック
」と「ネバーランド」も読んだのだけれど、同じ学園物でありながら、全く違うテイスト。でも、恩田さんの本領はこちらなのでしょうか。Amazonのレビューによると、「三月は深き紅の淵を」「図書室の海」「黒と茶の幻想」「殺人鬼の放課後」「黄昏の百合の骨」と、世界が繋がっているとのこと。ぼちぼち、読んでみようかなぁ。でもちょっと人が死にすぎなのですよ。口直しに、明るい本を用意しておいた方が、よいかもしれません。
「美」についての本を併読していたので、ヨハンと聖の「美少女考」が
印象深かった。
ヨハン:
「ただ存在しているだけなのに、その存在が友人を傷つけてしまったり、世渡りの武器になったり、妄想や先入観を植え付けて攻撃されるきっかけになったりするんだから、だんだん用心深くなるよね。そこに辿り着くまでに、いいことばかりではなく相当嫌な思いをしなきゃならない。ただ驕慢に自分の美しさを鼻にかけている女の子ってそういうバランス感覚がない。そういう子って全然きれいだと思わないんだ。その一方で、僕は無垢な美少女っていうのも信じない。ごくまれに自分の美しさに気付いてない子もいるけど、それだってほとんどは演技だ。どこかで分かってるはずさ。自分の美しさに気付かないというのも、ただの無知で、怠慢だよ。自分の美しさに傷つくデリカシーのない女の子って、僕にとってはきれいな女の子じゃない」
聖:
「時々すごく男性的な部分を感じるんだ。彼女が居心地悪そうにしているのは、『きれい』ってところじゃなくて『きれいな女の子』ってところなんだと思うんだけど」
←私が読んだのはこちら - 恩田 陸
- 麦の海に沈む果実
←既に文庫化されているようです
*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、御連絡下さい。
その後に読んだ、「三月シリーズ」本のリンク。
・「三月は深き紅の淵を 」、「図書室の海 」、「黒と茶の幻想 」、「黄昏の百合の骨 」
残るは「殺人鬼の放課後」! ヨハンのその後も気になる~。











1 ■ここだけの話。
じつは一回だけ短編を漫画にした事があったりして。随分前なんですが。(ああ、告白)