恋/「ツ、イ、ラ、ク」
テーマ:角川書店狂おしいほどの恋に、しばしあてられた。
幼い小学生の生活、中学生の頃、そしてそこで出会った恋。
中学生から舞台は一気に二十年後へ。主人公・隼子の恋は?
普通の(?)恋愛小説のように、「今現在の二人の恋」にのみ焦点を当てた話ではない。ありがちなお菓子のような、ふわふわした甘さもどこにもない。幼い頃の生活のディテールがそれはそれは事細かに描かれる。うーん、でもこれもこの恋の濃度を高めるための演出なのか。周囲の登場人物の性格付けもきっちり。こういう人たちは確かに存在していた。
幼い小学生の女の子の世界。当の昔に大人になったはずの作者が、この息苦しい「サロン」「社交」の日々を、正確に表現することにまず驚いた。早熟な女の子にとって、田舎町の生活はきっとちょっと辛い。よく分からない女の子のルール、おかしな先生、あまりに幼い男の子達。
恋愛小説にあまり感心したことがないのだけれど、この本には感服させられた。物狂いのような恋かー。うーん、読後、現実復帰に時間がかかる感じ。
感心させられる表現が数多くありました。最初は恋愛小説だとは思わないで読んでいたし、小学生の生活が非常に細かく描かれるので、どこに連れて行かれるんだ~?、と不安になりましたが。色々とヒリヒリ痛い、小説だった。でも一点だけ、私は小山内先生が好きではなかった。私もまだまだ潔癖なのかしらん。
姫野さんのエッセイなども読んでみたいなあ、と思ったことでした。
以下、引用。
恋とは、するものではない。恋とは、落ちるものだ。どさっと穴に落ちるようなものだ。御誠実で御清潔で御立派で御経済力があるからしてみても、あるいは御危険で御多淫で御怠惰で御ルックスが麗しいからしてみても、それは穴に入ってみたのであって、落ちたのではない。
「自分が状況や感情を処理する手段と力を持っていないのに、状況や感情に襲われてふりまわされる苦痛は二度とごめんだわ」
たかが。彼をそう思っていた。今からすればふたりとも「たかが」だった。「たかが」のころ、ふたりとも怖いものがなかった。明日のことを考えなかった。一時間後のことすら。そのとき、その一瞬が、ただ在った。そのとき、その一瞬がただ在って、かけがえのない日々の尊さをまるで知らなかった。二度ともどることなきひとときの熱さにまるで感謝しない。若さのきらめきとは、そういうことである。
- 著者: 姫野 カオルコ
- タイトル: ツ、イ、ラ、ク
*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。













1 ■姫野さん
「ツ、イ、ラ、ク」読んでないんですよね~。気になってます。
「蕎麦屋の恋」で関心が薄れちゃったんですけど、「よるねこ」の雰囲気は好きだったんです。
狂おしいほどの恋かぁ。してみたいっす、一生に一度は。でも、一度はまると抜け出せなくなりそう!意気地なしな私は安易な道を選んでいくような気がします・・・。