首を飼う/「ポポイ」
テーマ:新潮文庫倉橋由美子「ポポイ」
穏やかではないかもしれないけど、これは美少年の首を飼う物語。「ポポイ」というのは、主人公の舞がこの首につけた名前。悲嘆をあらわすギリシア語の感嘆詞とのこと。これ一冊でも話として纏まってはいるのだけれど、『「桂子さんの物語」という大きな幹から分かれた枝*』でもある。
(*「夢の通い路」新潮文庫の古屋美登里さんの解説より引用)
高校時代の友人が倉橋由美子さんに嵌まっていて、借りて読んでいる内に私も嵌まってしまった。優雅で上品な言葉遣い、とってもノーブルな世界なのだけれど、幻想的でエロティックでもある。読書の大きな魅力の一つである、「異世界」に遊ぶ事の出来る小説なのだ。
とりあえずは、薄く、「美少年の首」というインパクトのあるこの一冊から再読。主人公の舞も、「舞」なんて普通の可愛い名前を持っているけれど、実は全然普通の女の子ではない。元首相の祖父を持ち、「お城」のような建物に一族で住んでいる。倉橋さんの小説の登場人物は、大体において恵まれた生まれや境遇、容貌を持つのだけれど、さらに独特の価値観(時にそれはインモラル)やクールな物の見方を持っている。
主人公の舞の独白。
考えてみると、私はすべてにニュートラルな人間であるようだ。何事に対しても、「こうあるべきだ」という姿勢をもたない。すべてはそのあるがままの姿であるしかしようがないではないかと思っている。その意味で私はまわりのすべてに対してニュートラルであるらしい。(中略)ニュートラルな人間は「べき」を放射しないから、ぎらぎらしない。無色透明に近くてつかみどころがない。匂いも薄い。(中略)私にもかなりはっきりした好き嫌いはある。ただ、嫌いなものは自分とは無縁のものと見て、関係を切断しておくだけのことだ。軽蔑はしても憎むということはない。好きなものは好きで、それがそばにあると嬉しい。しかし無理に所有しようとは思わない。なくなれば淋しい。でも淋しさを味わうのも悪くないものだ。
脳だけの存在となってしまったポポイ。それとは対照的に、脳梗塞により脳のハード部分が壊れたと思われる舞の祖父。ポポイの存在はこの物語における重要な要素であるのだけれど、どうも世話をされるだけの、庇護される存在となったポポイには、観賞用としての興味しか湧かない。抜書きの多さからもお分かりかもしれませんが、美少年ポポイよりも余程、舞の方にぞっこんなのだった(ってか、ぞっこんって死語かしらん)。
音楽に対するこんな表現も好きだなあ、と思う。
このディスクから出てくる音楽は、音を波のようにではなくて粒子のように使っている音楽だ。今、部屋の中は暖かいし、この適度に柔らかくて、湿りを帯びた音の粒子は脳をマッサージするにはちょうどいい具合だと思う。
硬くなった頭に、倉橋さんの小説は、それこそマッサージとしてよいのかもしれないなあ、と思う。
著者: 倉橋 由美子
タイトル: ポポイ
(画像出ないようですが、表紙も綺麗)
*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたらご連絡下さい。











1 ■こんばんはぁ
とぉにかく、わが青春の(爆 高校時代にめちゃはまった方であらせられます)倉橋由美子さま。ほとんどの作品は読んでるはずだ、と自負していたのに、コレは読んでない! えらいこっちゃ! おもしろそうですがな! 読みまっせ!
紹介してくださって、ものすご~く感謝です(^_^ゞ