旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


テーマ:
デヴィッド マドセン, David Madsen, 池田 真紀子
フロイトの函

ゴシック歴史ロマンであり、かつ神の代理人である教皇の俗な話を、徹底的に描いた「グノーシスの薔薇 」で物議をかもしたデヴィッド・マドセンによる次なる作品。

扉によると、「そのスキャンダルな作風ゆえか、ロンドン生まれでローマに長いこと留学していた哲学・神学者という以外、本名や詳しい経歴は謎のままにされている」とのことなのだけれど、本作品も哲学者であり神学者というのもむべなるかな、という物語。でも、相当ヘンだけど。

精神科医のジークムント・フロイトといえば、夢分析が有名なわけですが、本作にも同じく精神科医であるという同姓同名のジークムント・フロイト博士が出てきます。主たる登場人物は、このフロイト博士に、記憶喪失の青年に、太った車掌マルコヴィッツ。

青年は記憶を取り戻すために、フロイト博士の催眠術を受けるのだけれど、なんたることか事態はますます悪化。気づけば青年の下半身は、ぴちぴちのちっちゃなブリーフに覆われているのみであり、相も変わらず自分の名前も行き先も分らぬまま。それどころか、汽車は駅でもない場所で、三人を置きざりにして出発していた。銀色に輝く粉雪の中、青年はどこからか車掌が調達してきたスカートを不承不承ながらに履き、三人は町に向かって歩き始める。

ここから始まるのは、性的指向に溢れた乱痴気騒ぎ! 三人を拾ったのは、フリュフシュタイン城の馬車。彼ら三人がここを歩いているのは、全くの偶然であるにも関わらず、フリュフシュタイン城の城主、ヴィルヘルム伯爵は、彼らを待ちかねていたというのだ。伯爵によれば、名もなき青年(便宜上、ヘンドリックと名付けられた)はヨーデルの世界的権威であり、ヘンドリックの講演をこの町の人々は楽しみにしているのだという。

伯爵の「永遠に」十三歳の淫らな娘、アデルマ、イギリス人の執事を志願し、ある日「ディムキンズ」となった城の執事、ディムキンズの虐待される妻マチルデ、フリュフシュタイン城の料理人、カドル夫人、物事のあらゆる面を書き込んだ「キューブ」の研究に余念のないバングス教授、町のイカれた大司教、スタイラー大司教…。いずれ劣らぬ変人をも巻き込んで、物語は進む。

そう、このごった煮のような様は、まるで悪夢のよう…。悪夢のようなこの世界の果てには何があるのか??

ええと、最後まで読むと、これは「なんじゃこりゃー」な本。物語は、怒り出す人がいても不思議ではないラストを迎える。

聖と俗、美と穢れをぎっちりと書き込んだ「グノーシスの薔薇」に比べ、こちら、「フロイトの函」は全てが上滑りしているというか、コミカル。「グノーシスの薔薇」にも、ちょっぴりコミカルな面は見え隠れしていたけれど、「フロイトの函」ではそれが前面に出てるのかなー。あの重厚ですらある物語を期待すると、ちょっと肩透かし。

こっちもかなり書き込んではいるのだけれど、何せキーワードは「フロイト」。ひたすらに夢の話というのも、ちょっと辛いものが・・・・。うーん、「フロイトの函」はあまり上品ではない騙りだけれど、ちょっとクリストファー・プリースト(この間、「魔法 」を読みました)を思い出しました(いや、作風は全然違うんだけれど)。
AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
梨木 香歩, 須藤 由希子
この庭に―黒いミンクの話
理論社

北国の窪地にある家に、引き篭もったある人物の視点で語られる物語。

物語の中でもしんしんと雪が降るのだけれど、この本にはまるでその雪のように静謐な絵が挿まれる。そのほとんどは無彩色の世界なのだけれど、時に効果的に赤い色がほんの少量用いられる。静かで、時にユーモラスな絵が、この物語には良く似合う。

読み進める内に、読者はその人物が若い女性であるらしき事を知り、ある生きにくさを抱えた彼女が、この北国の家に逃避してきたことを知る。それはまるで、春を拒絶する冬眠のよう。部屋に転がるのはさまざまな国籍の酒瓶であり、彼女はアルコールと、この家に偶々あった、オイル・サーディンだけで、この家に来てからの日々を過ごしていた。

そんな彼女の元に現れたのが、「黒いミンクを探している」という日本人形のような女の子。この窪地の家の庭にミンクがいるはずなのだ、と少女は言うのであるが…。そうして、いつしか野性味を残した、しなやかな黒いミンクがあらわれるようになる。そのミンクは、彼女の中のサーディンの群れを狙い、サーディンはミンクから逃げ惑う。

この野性味溢れるミンクを受け容れるか否か? 下品なほどの野性味を見せる、帰化動物であるミンク。新しい環境に適応してしぶとく生きるミンクに、彼女はふと自分の父を思い出す。そんな彼女のもとに、日本人形のような少女が再び訪れる。少女はこの事にも意味があるのだと説き、彼女は深い深い雪の中でただ眠り続ける。

5ページにわたる絵が載せられた後には、更に場面が転換する。そう、この彼女とは「からくりからくさ」「りかさん 」に出てきた、ミケルのことであり、たぶん、今までのことは、熱を出して寝込んでいたミケルの夢の話であり、ミケルの将来の姿でもある。ちょっと不思議で、ミケルに優しく説く少女は、きっとあの人形のりかさん

何かが起こるわけでもなく(頭のないサーディンが宙を舞ったり、頭を見つけたサーディンが、嬉しそうにその頭をてんでばらばらにつけたりはするけれども)、ドラスティックに何かが変化するわけでもないのだけれど、ほんの少しの流れによって、人の心が変わっていく梨木さんお得意のストーリー展開とでも言えましょうか。しんしんと降りこめる雪、現実離れしたサーディンの舞う様、鮮やかにその場を乱す黒いミンク、不思議なストーリーだけど、何だか心地良いのです。
AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

テーマ:
森見 登美彦
夜は短し歩けよ乙女

図書館での長きにわたる予約待ちの後、ようやく私の手の元に乙女がやって参りましたよ! やっと出会えた乙女の可憐なことといったら、まさにこの表紙絵のよう。その他にも、この表紙絵には読んだ後にもう一度眺めると、色々と楽しい仕掛けが施されております。今ひとたび、ごろうじあれ。

男汁溢れる「
太陽の塔 」も良かったのですが、同じようにストーカー癖に陥る先輩が居てすらも、こちらの可憐な乙女はあくまでキラキラとその可愛さを周囲に撒き散らす。いやまったく、可愛い女の子は世の財産です。

はからずもその場の主役へと躍り出て、可憐に活躍を果たす彼女、黒髪の乙女とは裏腹に、彼女に惚れ、迂遠な外堀埋めへと、その青春の殆どの労力をつぎ込む、彼女のサークルの先輩は、まるで路傍の石のごとき存在。彼ら二人の命運や如何に??

春。
乙女は満艦飾の夜に、二人の男の借金を賭けて、李白翁と「偽電気ブラン」の呑み比べを行う。この夜はまさにカーニバル・ナイト。木屋町から先斗町へとかけて、乙女、先輩、また夜に出会った胡散臭い人々を引き連れ、夜は過ぎ行く。

夏。
乙女は古本市にて、幼い頃に愛した絵本「ラ・タ・タ・タム」を手に入れる。

秋。
乙女は大きな緋鯉のぬいぐるみを背負い、達磨の首飾りを下げて、心行くまで学園祭を楽しむ。時に、ゲリラ上演される「偏屈王」の主役、プリンセス・ダルマ役をつとめながら。

冬。
乙女は京の町に吹き荒ぶ風邪の旋風を封じ込める。

さて、その間、ストーカーの如く彼女に付き従う「先輩」である「私」が何をやっていたかといえば・・・。春には乙女とはまた別の所で酒宴へと巻き込まれ、夏には乙女の欲する絵本を賭けて灼熱地獄を戦い抜き、秋には乙女を求めて学園祭を彷徨った挙句に、プリンセス・ダルマの相手役である「偏屈王」の座を捥ぎ取る。冬には風邪に倒れながらも、妄想と現実をごっちゃにする彼最大の能力を持ってして、乙女の危機を救う。

そこかしこで偶然を装い出会うたびに、「たまたま通りかかったもんだから」という台詞を喉から血が出るほど繰り返し、乙女は天真爛漫な笑みを持って「奇遇ですねえ!」と応えるのであるが・・・。

美しく調和のとれた人生を目指して、もりもりとご飯を食べ、むん、と胸を張って歩き、喜ばしい事があれば、二足歩行ロボットの真似をし、なむなむ!と万能の祈りを唱える、黒髪の乙女。好奇心溢れる彼女の目を通した世界は、楽しく良き人ばかりであり、逆に、万年硬派、永久外堀埋め機関と化した、「先輩」の目を通して見る世界は胡乱。その世界の対比を楽しむも良し、乙女の可憐さを愛でるも良し、先輩の報われない努力に涙するも良し。

確かに、これは楽しい本でした~。登場人物も結構な数に上るのだけれど、彼ら彼女らにはそれぞれ登場する必然があり、その描き分け、肉付けもまた見事。

さて、酒好きとしては、第一章における偽電気ブランの描写にも心惹かれるのでした。乙女いわく、それはこんな飲み物なのだという。

それはただ芳醇な香りをもった無味の飲み物と言うべきものです。本来、味と香りは根を同じくするものかと思っておりましたが、このお酒に限ってはそうではないのです。口に含むたびに花が咲き、それは何ら余計な味を残さずにお腹の中へ滑ってゆき、小さな温かみに変わります。それがじつに可愛らしく、まるでお腹の中が花畑になっていくようなのです。飲んでいるうちにお腹の底から幸せになってくるのです。

お腹の中に花畑、咲かせてみたい! 飲み比べ、李白、などというキーワードから、同じくこちらも楽しい酒を描いた、南條竹則氏による「
酒仙 」を思い出してしまいました。

また、本好きとしては、第二章の「下鴨納涼古本まつり」における、俺様な美少年でもある古本市の神にも出会ってみたいところ。

ただの変人なのか、それとも人間の枠すら越えて、既に妖怪なのか、判然としない人々が出てくるのもまた楽しいところでした。というか、あの人たち、ほんとに人間??

目次
第一章 夜は短し歩けよ乙女
第二章 深海魚たち
第三章 御都合主義者かく語りき
第四章 魔風邪恋風邪


「虫とけものと家族たち」、「鳥とけものと親類たち」、「ラ・タ・タ・タム」 はamzonを見たところ、実在の本だったのですね。知らなかった~。

 ←森見氏、幼少期の思い出の絵本だったりするのかしらん?


*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
AD
いいね!した人  |  コメント(8)  |  リブログ(0)

テーマ:

コーマック マッカーシー, Cormac McCarthy, 黒原 敏行

平原の町

コーマック・マッカーシー「すべての美しい馬 」に出てきた、ジョン・グレイディのその後、です。

しかしながら、「すべての美しい馬」およびこの「平原の町」は、コーマック・マッカーシーの<国境三部作(ボーダー・トリロジー)>の二作であり、この二つの作品の間には、「越境」という物語が入るらしい。

ジョン・グレイディのその後、ということで、突っ走って、「平原の町」に行っちゃったんだけど、私はこの後、この事を深く悔やむことになるのです・・・・。<三部作>は伊達じゃないっす。きちんと順番通りに読みましょう~、ってことよね・・・。

老成しているようにも見えたけれど、何だかんだいってまだ十六歳と、主人公であったジョン・グレイディが年若かった「すべての美しい馬」に比べ、こちらの物語には、常に退廃の匂いが付きまとう。

十九歳となったジョン・グレイディが身を寄せるのは、テキサス州南西部の町、エルペソ近くの牧場。牧場主であるマックは愛する妻を亡くし、娘を亡くした義父であるミスター・ジョンソンもまた、喪失感に苛まれている。働いているカウボーイたちも、もっと新しい場所、環境の整った場所に行くことも出来るけれど、それはせずに、この古い世界に暮らしている。ソコーロが用意してくれた食事をとり、弁当を持ち、仕事へと出かけていく。しかしながら、この古い世界の終焉は近い。最終章では、この牧場も軍に収用されてしまう・・・。

ジョン・グレイディと互いに「相棒」と呼び合うのは、二十八歳のビリー・パーハム。何だか、やたらと出番が多く、何かを背負っているらしき人物だな、と思っていたら、このビリーが「越境」の主人公だったわけです。先に、こちらを押さえておくべきでした。

変わらないカウボーイたちの暮らし、馬の調教、牛追い、野犬狩り・・・・。

そんな生活の合間に、ジョン・グレイディは国境を越えた、メキシコの町ファレスで、十六歳の娼婦、マグダレーナに出会ってしまう。彼は周囲の忠告に耳も貸さず、彼女と結婚しようとするのであるが・・・。そして、訪れる悲劇。

ジョン・グレイディのその後を読みたくて、手に取った本書だけれど、作者の描きたかったことはもっと大きなことだったのだなぁ。

ラストではなんと時代は2002年! マックの牧場を出たビリーは、馬を進め、現代社会からはみ出したまま、老人となる。

詩と哲学が、土埃の中に見え隠れするようなこの作品。ラストのビリーと男との、男が見た夢の中の男の会話も、深いなー。とても、理解したとは言えないんだけど・・・。

ここに引いてしまうと勿体無い気がするので、今回は我慢しますが、最後に書かれた言葉がまたかっこいいんだ。

また、「訳者あとがき」より引用すると、作者コーマック・マッカーシーは、自作(「Blood Meridian」)に関連して、次のように語っているそう。

 流血のない世界などない。人類は進歩しうる、みんなが仲良く暮らすことは可能だ、というのは本当に危険な考え方だと思う。こういう考え方に毒されている人たちは自分の魂と自由を簡単に捨ててしまう人たちだ。そういう願望は人を奴隷にし、空虚な存在にしてしまうだろう。

確かに、確かに、コーマック・マッカーシーの作品に出てくる人物達は、みな、魂と自由を捨てない者たち。しかし、これがまた時代にそぐわない。時代はどんどん、彼らの世界を圧迫していく。コーマック・マッカーシー自身も、かなり気骨のある人物のようで、ある大学から二千ドルの報酬で講演を頼まれても、”私がいいたいことは誰も買わない小説のなかに全部書いてある”と断り、極貧の生活を続けたのだそう(「訳者あとがき」より:ベストセラーとなった『国境三部作』以前の五作は、どれも五千部以上売れたことがなかったとのことなので、これは多分その売れない時代のこと?)。

さて、「すべての美しい馬」は、みずから志願してジョン・グレイディ役を獲得したマット・デイモンを主演として映画化され、2000年6月にはアメリカで公開されたそう。マット・デイモン、なかなか似合うのではないでしょうか。うわー、見たい! 日本では公開されないのでしょうか・・・(もしくは、既に公開されてて、私が気付かなかっただけ??)。

と、思ったら、発見! DVDだったら見られるのね~。

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
すべての美しい馬
いいね!した人  |  コメント(10)  |  リブログ(0)

テーマ:
柏葉 幸子, めるへんめーかー
とぶキャベツのひみつ―黒うさぎ王国
旺文社
Ciel Bleu 」の四季さんの少し前の記事を読んでいて、俄然読みたくなってきちゃっためるへんめーかーさんの本。

 ■四季さんの記事はこちら → 「魔法の鍵」めるへんめーかー企画・編
  

でもさ、図書館などで狙ってるのが悪いのだけれど、なかなか手に取ることは出来なくって。ふと思いついて、検索してみたら、めるへんめーかーさんが、表紙や挿絵を描かれている本を発見! 前置き長いですが、借りてきたわけです。

この本自体は、正真正銘の児童書。そうだなー、30分もあれば読みきっちゃいます。うーむ、こういう本は、子供の頃に読みたかったね。

主人公は、小学二年生の少女、ミト。三歳の妹が出来てからは、両親は妹のことでてんやわんや。「おねえちゃんなんだから」、と何かと叱られてしまうのも、何だか面白くない感じ。

さて、そんなミトのもとに、ある夜、黒うさぎたちがやって来た。彼らの王国を治める百二十四代目の女王が行方不明となり、ミトが百二十五代目の女王に指名されたのだという。人間の女の子が、黒うさぎ王国の女王様だって?!

黒うさぎ王国へと連れて行かれたミトは、御前会議にて「キャベツ問題」を解決するよう求められる。更にはもののはずみで、満月祭りまでの三日の間に、キャベツを救う事を約束してしまい・・・。

無事、黒うさぎ王国のキャベツ問題を解決したミトだけれど、これは行きて帰りし物語。ミトの夜の冒険を知るものは、パジャマについた白い塗料のみ・・・。

めるへんめーかーさんといえば、久美沙織さんの「丘の上のミッキー」シリーズの表紙・挿絵が印象深いのだけれど、児童書の表紙なども描かれていたのだね。またまた話は飛ぶけれど、私、久美さんは、メジャーな「丘ミキ」よりも、ハードボイルドならぬ半熟(ハーフボイルド)探偵のせりか&遥が好きだったのです。でも、これ、ご存知の方って、おられるのかしら。

「丘ミキ」で印象深いのは、ヨットの操縦法だけさ・・・。当時、私がヨットに抱いていたイメージは、もそっと優雅なイメージだったんだけど、ヨットって結構体育会系なんだよね。いまだにヨットを見ると、帆(でいいんだっけ?)が頭の上をぶうんとよぎるイメージが浮かんでしまいます。

もくじ
わたしが女王様?
めちゃくちゃな御前会議
キャベツがとんでる!
ゆくえふめいの女王
スーズ夫人、キャベツにおそわれる!
パジャマのしみのひみつ 

☆過去に読んだ、めるへんめーかーさんの漫画
・「歌う竜
・「銀の竪琴 金の声
・「光の回廊

四季さんが記事にしておられる企画本や、それをまた漫画化した作品も読んでみたいけど、なかなか難しそうですね。ああ、絶版の壁!
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
河合 真理
迷宮レストラン―クレオパトラから樋口一葉まで
NHK出版

宮沢賢治のレストラン 」のことを書いたときに、「Ciel Bleu 」の四季さんに教えてもらった本です。四季さん、良い本をご紹介くださり、ありがとうございましたー♪

これはねえ、実に楽しい本でした。副題に「クレオパトラから樋口一葉まで」とあるのですが、実在の人物から、変り種では河童の河太郎まで、著者のおもてなしは続くのです。

目次
迷宮レストラン開店のご挨拶 まえがきに代えて
No.01 クレオパトラ7世様 No.2 サンタクロース様 No3. 聖徳太子様 No.4 玄奘三蔵様 No.5 シンドバッド様 No.6 源義経様 No.7 チンギス・ハーン No.8 ドラキュラ様 No.9 レオナルド・ダ・ヴィンチ様 No.10 山内一豊の妻 千代様 No.11 シェイクスピア様 No.12 ヨハン・セバスチャン・バッハ No.13 コロンブス様 No.14 ナポレオン1世様 No.15 河童の河太郎様 No.16 アンデルセン様 No.17 チャールズ・ダーウィン様 No.18 ファーブル様 No.19 トルストイ様 No.20 ジェロニモ様 No.21 近藤勇様 No.22 アントニ・ガウディ様 No.23 シュバイツァー様 No.24 樋口一葉様 No.25 南方熊楠様
休業のお知らせ(閉店のご挨拶) あとがきに代えて
参考文献
奥付

巻末に参考文献が山ほど載せられているとはいえ、お招きする人物の人となりを紹介する文章は、詳しい人にとっては既にご存知の事かもしれません。でも、この人となりもコンパクトにうまく纏まっていると思うし、その人の育ちや業績を考えて作られたメニューは良く練られたもの。また、こういう本は、えてして料理の写真がいまいちだったりするのだけれど、これはその点もばっちりクリア! 料理も良く分かるし、テーブルセッティングもまたいいんだ~。あ、でも、ダーウィンのテーブルに置かれた、亀や蛇、蜥蜴の飾り物はちょっと…、だったりするのですが。

特に気になったのは、ジェロニモの章。チリカウア・アパッチの戦士、酋長であったジェロニモの本名は、「あくびをする人」という意味のGoyathulay(ゴヤスレイ)といったそうな。メキシコ軍によって母、妻、3人の子供を惨殺されたことで、彼は「ジェロニモ」(獅子のように戦う聖者ヒエロニムス)となった。

この章の料理については、著者は資料を調べるだけでなく、実際にいくつかの居留地を訪れて、アパッチ族、ラコタ族、プエブロ族、チェロキー族の人々に、伝統的な料理法や食材などを直接取材したのだそう。旅を終えて、印象的だったのは青過ぎる空と、群生するワイルドセージの広大な平原であり、ジェロニモが天国で再び自由の身のゴヤスレイとして、セージの原野を見下ろしながら食事を楽しんでいる様子を思い浮かべて、メニューを作ったとのこと。

参考までに、そんなジェロニモのためのメニューを載せておきます。

 飲み物-バーボンウイスキー
 前菜-サボテンのステーキ 穀物のサラダ添え
 スープ-バッファロー肉と野菜のシチュー
 メイン-フライドブレッドのタコス
 デザート-ピニョン・ケーキ
       フルーツのバーボン風味
 飲み物-コーヒー

赤や黄色や青、オレンジといった、明るい色合いのお皿に盛られたこれらの料理は、実に美味しそう~。ちなみに、ここでいうコーヒーは、「水にコーヒーの粉を入れて煮立て、上澄みをすくったカウボーイ流のアメリカンコーヒー」です。ちょっと、「すべての美しい馬 」!と思うのでした。絶対忘れそうなので、更に書いておくと、デザートメニューの「ピニョン」とは、松の実に似たニューメキシコ産の木の実であるとのこと。

更に、更に、ガウディのメニューからメモ。無花果の枝で牛乳をゆっくりかき混ぜながら煮ると、無花果の樹液で牛乳がカッテージチーズのように固まるんだって。ガウディのデザートは、オレンジの蜂蜜とナッツを添えた、この「マト」でありました。無花果の樹液じゃないとだめなのかなぁ。最初に発見した人、すごいなぁ。
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
恩田 陸
エンド・ゲーム―常野物語

光の帝国 」に出てきた、拝島母子の戦いの話。

「光の帝国」に収録された「オセロ・ゲーム」では、夫の失踪後、一人孤独に「あれ」との戦いを続ける、母、拝島暎子の危機を娘、時子が救い、母を救ったことで、時子もまた「あれ」との戦いに参戦せざるを得なくなった、というところで話が終わっていた。

で、この物語は、その後の拝島母子の戦いは、一体どうなっていたのか?というお話。十数年間が過ぎた今、失踪した父はどうしているのか?、また、その父が頼るようにと残したけれど、暎子が決して連絡を取らなかった電話番号の意味とは?

例えば、「光の帝国」の他の短編においては、常野の人々が持つ力は、もっと実際的に役立つものだった。遠目、遠耳、つむじ足・・・。同じ常野とはいえ、ただひたすらに「あれ」との戦いを続け、「裏返すか?」「裏返されるか?」と、日々その身を危険に晒すものの、それが何の戦いであるのか、その戦いが何の役に立っているのか、皆目分からない拝島母子の能力は、随分と異質なもの。

母、暎子が裏返され、「洗う」「包む」能力を持つ「洗濯屋」なる人々が現れ、時子の高い緊張感が、読み手にも緊張を強いるのだけれど・・・。

ラストは二転、三転。

そして、終わりの始まりの雨が降る

ラスト、鮮やかに、冷ややかに振り向く時子には、覚醒を果たした「麦の海に沈む果実 」の理瀬を思い出す。恩田さんは、クールな美少女を描かせたら、天下一品だよなー。とはいえ、時にクールな美少女に、置いてけぼりにされるような気分もするのだけれど・・・。ああ、私を置いて、あんな遠い所へ!

現状では不要とされ、進化の過程で淘汰されるものであっても、たとえば環境が激変した際には、必要とされる能力、器官だってある。逆に現状では必要はなくとも、過去にはそれが必要とされていたという場合だってある。「裏返す」、「裏返される」、「洗う」、「包む」、「包まれる」。これらの能力が必要とされるのは、一体どんな状況、どんな時代なのだろう。
いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)

テーマ:

クリストファー プリースト, Christopher Priest, 古沢 嘉通
魔法

原題の、「glamour」と「魔法」とは、なんだか相容れない感じだけれど、法月綸太郎氏による解説によると、そんなことはないらしい。

glamourという言葉は、原題英語では「(妖しい)魅力」や「華やかさ」という意味で使われているが、もともとの語義は「魔法」あるいは「呪文」であるという(したがって形容詞のglamourousにも、「魅力的な」とか「華やかな」という意味と同時に、「魔法をかけられた」ないし「魔力を備えた」というニュアンスが生じる)。         以上、解説より引用。

そして、原題となっているだけに、この物語の中でも、この「glamour」という言葉が、実に意味深に使われるのだ。「魅力」、「魔法」、「魔力を備えた」・・・。

文庫裏には、「奇才プリーストが語り(=騙り)の技巧を遺憾なく発揮して描いた珠玉の幻想小説」とありまして、読む前は、もっと幻惑的というか、煌びやかな文章を想像していたのです。でもね、最初の方は意外と普通の文章で、普通の小説の体裁を取っているの。読み進むごとに、ああ、なるほど、騙りとはこういうことね!と、なるのだけれど。

描かれるのは、様々な角度から描いた、三人の男女の物語。一つの単語にも色々な意味を持たせている感じなので、私は英語を読めないけれど、実際、原語で読んだら面白いんだろうなぁとか、ある意味では「騙り」に入ると思う、カズオ・イシグロの訳者の方が訳したらどうなるんだろうなぁ、などと考えました。

さて、物語の内容ですが・・・。

報道カメラマンのリチャード・グレイは、車載爆弾の爆発に巻き込まれ、ミドルクームにある予後療養所で、療養生活を送っていた。グレイは怪我の他にも、数ヶ月の記憶を失っているという問題を抱えていた。医師が言うには、記憶喪失は事故によるものではなく、何らかの精神的ショックによるもの。そんなグレイの元に、突然、スーザンという女性が現れる。スーザンは、過去、グレイと付き合っていたのだという。ただし、それはグレイの記憶が失われていた期間のこと。スーザンの残した謎めいた言葉を手掛かりに、グレイは記憶を取り戻そうとする。

ここから、失われた期間、及びその前後のストーリーが、異なる二つの視点により語られる。グレイとスーザンの間には、スーザンの長年の恋人、ナイオールという男性が常に影を落としていたようなのだが・・・。

「騙り」であるからには、これは単純な三角関係の話ではありえない。

どころか、ラストまでいくと、結局は輪の中に閉じ込められた男と女の話だったりして・・・、などとも思うのだ。ある意味で、スーザンはファム・ファタルなんだよねえ。と、一応、納得した気分で、本を置いたんだけど、色々確かめたいところがあって、また最初から読んでみようと思ったら、その後の話の展開により、すっかり忘れていた第一部の語り手の「わたし」を思い出した。こりゃ、二人で閉じられた輪どころか、一人が輪の中でぐるぐるしている物語だったのかしら。うわーーーー。

(と、いつもにまして、わけわからない文で、すみません・・・。でも、これ、もし読むとしたら、なるべく前情報入れないほうがいいと思いまーす)

多少、納得したつもりでも、何となく合点がいかない部分。

■ミス・アリグザンドラ・ガウアズの容姿
 第二部で描かれるものと、第六部の記憶の中で語られるものが違っている。第二部では割と好意的に描いてあるのに、第六部の記憶の中では、全く垢抜けなかった子に・・・(ショートカットにして、すっかり変わって現れたように描かれている)。
 忘れかけたときに、再び、物語の中に登場したアリグザンドラ。彼女は彼女で、割と重要な役割なのか?

目次
第一部・・・・語り手・わたし。
第二部・・・・リチャード・グレイの物語。ミドルクームでの生活。
第三部・・・・リチャード・グレイの物語。ミドルクームを出てから、また爆発前の南仏旅行の記憶。
第四部・・・・スーザンの物語。ミドルクームを出て。
第五部・・・・スーザンの物語。グレイとスーザンの出会い、スーザンの生い立ち、爆発前の旅行の話。
第六部・・・・リチャード・グレイの物語。スーザンとグレイの話。

次は、「奇術師」かなぁ。「双生児」もタイトルが意味深で気になるな~。
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

テーマ:
恩田 陸
蒲公英草紙―常野物語

蒲公英草子。それは一人の少女が、かつて自分の日記に付けた名前。
窓の外の丘、麗らかな光を浴び、すくすくと育つ蒲公英を見た彼女は、自分の日記をそう名付ける事にしたのだ。

彼女はそこに書かれた日々を振り返る。
それは当時は分からなかったけれど、振り返ってみれば、光り輝くような日々だった。

槇村のお屋敷に聡子さまがいて、旦那様、奥様がどっしりと集落の皆を支え、お屋敷には様々な人々が出入りし、そしてあの不思議な春田家の人々がやって来たその月日。それは少女、中島峰子の幼年期の終わりでもあった・・・。

集落の医者である父に頼まれた峰子は、お屋敷に住む同年輩の聡子お嬢様のお相手を務める事になる。聡子さまは、病弱で学校に行く事が出来ないため、話し相手となる同年輩の友だちが必要だったのだ。峰子と聡子さまは親しく過ごすようになり、峰子は聡子さまの美しく清らかな心根に惹かれるようになる。ただ一つ気になるのは、聡子さまが時々あらぬことを呟く事。時にそれは現実となるのだが?

お屋敷に集う人々は様々。優しく頼もしい旦那さまご夫妻、美しい清隆さま、何かと峰子にちょっかいをかけてくる廣隆さま。先ごろの清との戦争により息子と孫を失った発明狂の池端先生、書生の新太郎さん、日本画を忌み嫌い洋画を学ぶ椎名さま、仏師だったという永慶さま・・・。そこに一家でやって来たのが、あの不思議と穏やかな春田家の人々。彼らは『しまう』一族であるというのだが。

時代はこの後、轟音をたてて変わっていく。しかしながら、この東北地方の田舎にある裕福な集落、槇村においては、そういった変化もまだほんの僅かしか訪れていない。それでも、この後の世界の変化を予告するかのように、心の臓が悪かった聡子さまがいなくなり、春田家の人々も集落を去り、お屋敷にいた人々も徐々に消え、そうして峰子の幼年時代は幕を閉じる。

新しい世界に出ること、新しい時代というもの、新しいもの。それは古いものを否定することと同義ではない。人々は春田家のような人がいることで、救いを得る。思いを託し、覚えてくれる人たちがいることで、前に進む事が出来るのだ。

この『しまう』一族、春田家のことは、代は違うけれど、光の帝国」にも出てきました。「三月は深き紅の淵を 」もそうだったけれど、この常野シリーズもまた、あちこちに様々な入口が隠れている物語。この二つのシリーズが、どんどん増殖していってくれると嬉しいなぁ。

回想記のような体裁をとる物語には、作家の力量が良く現れるように思われる。最初はこの峰子の語り口に慣れなくて、勝手に恩田さんの力量不足では?、と思っていたのだけれど、途中からは話にぐんぐん引き込まれ、最後まで通して読んでからまた最初に戻ると、恩田さんの語りのテクニックには不足が無かった事が分かりました。

にしても、回想記の体裁をとる物語は、大抵不幸な結末に至るところも、何だか苦手なところなのよね。この物語は不幸な「だけ」ではないんだけど、それでも、やっぱり哀しいんだよなぁ。

☆関連過去記事
光の帝国―常野物語

目次
一、窓辺の記憶
二、お屋敷の人々
三、赤い凧
四、蔵の中から
五、『天聴会』の夜
六、夏の約束
七、運命
いいね!した人  |  コメント(8)  |  リブログ(0)

テーマ:
恒川 光太郎
雷の季節の終わりに

少年、賢也が暮らすのは、地図には載っていない、異世界・穏(おん)という町。この町には、春夏秋冬の他に、「雷季」と呼ばれる雷の季節、神の季節があった。この雷季には、人が良く消える。それは仕方の無い事だと町の人々はいい、賢也が二人で暮らしていた姉もまた、雷季に消えてしまっていた。

みなしごとなった賢也は養父母の元で暮らし、時に他の子供たちに苛められながらも、町の有力者である穂高の一家と親交を結ぶ。賢也が穏の他の人々とは違っていた事。それは、彼が穏の外から来た子供だと見なされていた事。

地図に載っていない町、穏。外の世界から穏に入ることはとても難しく、穏から出て行く者は、二度と穏に戻ってくることは叶わない。通常、穏の人間は、穏で生れ、穏で暮らし、そこで死んでいく。穏はとても小さな町。外の世界にその存在が知られたら、穏は侵略され、蹂躙される。穏の人々は、外の世界を異常に恐れるのであるが・・・。

閉ざされた町、穏。そこにはやはり歪みが生れ出る。それが、<鬼衆>、<闇番>などの穏独特のシステムを作り上げる。

穏で暮らす子供でありながら、姉の失踪時に町の人々に忌まれる<風わいわい>憑きとなった賢也は、それをひた隠しながらも、徐々に外世界へと惹かれて行く。墓町と呼ばれる廃墟で、穏と外世界との門番を務める<闇番>と親しくなった賢也は、ある事件の真相を知ってしまい、穏から追われる身となってしまう。

穏を出た賢也は・・・。また、それを追って来た少女・穂高は・・・。
虐待される外世界の少女、茜の物語がそれに絡む。

幻想的な異世界の話でもあり、少年・賢也の成長記、冒険譚でもある。<風わいわい>という物の怪、<風霊鳥>という鳥、<闇番>、<墓町>・・・。独特の用語もいい。著者は沖縄に移住されているとのことで、この独特の雰囲気に、ああ、なるほどと感じた。沖縄の離島のイメージもあるんだよな。

回想記のような体裁をとっているので、淡いノスタルジックな雰囲気もある。それがまた、この物語の幻想的な雰囲気を盛り上げているように思う。

デビュー作の「夜市」も読んでみたいです(その後、読みました→ )。完成度も高く、美しい物語なのだけれど、こういう淡い感じだけではなく、もう少し破綻したというか、勢いを感じる物語も読んでみたいな~。「雷の季節の終わりに」が面白かっただけに、ちょっと贅沢な事も考えてしまうのでした。

web Kadokawaの「雷の季節の終わりに」のページにリンク

デビュー作、この作品とも、装丁も美しいよなぁ。
大空を自由に飛ぶ、風霊鳥。出会ってみたいものです。

あ、一点。
恩田さんの「光の帝国 」と同じ時期に読んじゃったのですが、これもまた異世界というか、常とは違う人々を描いていて、その点で微妙に被ってしまう点もあり・・・。少々、この作品が霞んでしまう面もあって、それはちょっと勿体無かったなぁ。つくづく、読書は順番も大切ですね。
いいね!した人  |  コメント(8)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。