旧・日常&読んだ本log

流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。


テーマ:

スティーヴン ミルハウザー, 柴田 元幸

バーナム博物館  

なかなか不思議で雰囲気のある表紙なんだけれど、出ないようです、残念。

読み終わってもやもやと考えていた事を、「訳者あとがき」にてずばり書かれておりました。
それはこの本のテーマが、「過剰な想像力を抱え込むことの甘美な呪い」であるということ。
想像力は現実を超えて、軽やかに、軽やかに飛翔してゆく・・・。

目次
シンバッド第八の航海
ロバート・ヘレンディーンの発明
アリスは、落ちながら
青いカーテンの向こうで
探偵ゲーム
セピア色の絵葉書
バーナム博物館
クラシック・コミックス#1

幻影師、アイゼンハイム
訳者ノート
訳者あとがき

七つの航海で終わるはずの、シンバッド(シンドバッド)の第八番目の航海(シンバッド第八の航海)、全くの無から自らの想像力によってのみ、幻の女性を創り出すロバート・へレンディーン(ロバート・ヘレンディーンの発明)、ウサギを追いかけてひたすら落ち続けるアリス(アリスは、落ちながら)、上映が終了した映画館の中で、スクリーンの中に入ってしまう子供(青いカーテンの向こうで)、「探偵ゲーム」のプレイヤーたちとゲーム盤の中の世界(探偵ゲーム)、セピア色の絵葉書の中に、私が見たもの(セピア色の絵葉書)、空飛ぶ絨毯、人魚など、あらゆる不思議なものが陳列されたバーナム博物館(バーナム博物館)、コミックスの中のコマの世界(クラシック・コミックス#1)、全てが雨に溶けていく()、世紀の奇術師、アイゼンハイム氏の生涯(幻影師、アイゼンハイム)。

雰囲気が好きなのは、子供の頃の、映画館への恐れが混じった憧れや、映画の映し出されるスクリーンの向こうを描いた「青いカーテンの向こうで」(スクリーンの向こうに、映画館のどこか奥深くに、映画の登場人物たちが隠れていないとどうして言える?)。

面白かったのは、「探偵ゲーム」、「バーナム博物館」、「幻影師、アイゼンハイム」。

探偵ゲーム」は、アメリカで最もポピュラーなボード・ゲームの一つ、「クルー」が元になっているそう。ゲーム盤中央の黒い封筒に隠された、犯人、犯行現場、凶器のカードを当てるのが最終目的。デイヴィッドの誕生日に集まった、ジェイコブ、マリアン、デイヴィッドのロス家の三兄弟と、招かれざる客、ジェイコブのガールフレンドのスーザンの四人で行う、「探偵ゲーム」。現実の緊迫した彼らの様と、ゲーム盤中のコマたちの生が絡み合う。

幻影師、アイゼンハイム」。並外れた技量を持つ、奇術師のアイゼンハイム氏は、とうとう一般の奇術の枠をも超えて、幻術の枠へと進んだようである・・・。アイゼンハイム氏が夜毎の舞台で登場させるのは、幻の少年や少女。言葉も発するし、会話も出来る、しかしながら現実の人間が触れることも出来ない彼ら。さて、どこからどこまでが幻影だったのか・・・?

クラシック・コミックス#1」などは、ちょっと読むのが辛かったけれど、幻想的で奇妙な味に満ちた物語たち。

 ← 新書も。「白水Uブックス 海外小説の誘惑」だって。
            こちらのシリーズも気になります。

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
舞城 王太郎
暗闇の中で子供―The Childish Darkness

煙か土か食い物 」の続編、お馴染み、血と暴力に彩られた奈津川ファミリーサーガ。
「煙か土か食い物」の時と同じく、表紙裏から引くと内容はこう。

あの連続主婦殴打生き埋め事件と三角蔵密室はささやかな序章に過ぎなかった!
「おめえら全員これからどんどん酷い目に遭うんやぞ!」

模倣犯(コピーキャット)/運命の少女(ファム・ファタル)/そして待ち受ける圧倒的救済(カタルシス)・・・・・・。
奈津川家きっての価値なし男(WASTE)にして三文ミステリ作家、奈津川三郎がまっしぐらにダイブする新たな地獄。
-いまもっとも危険な”小説”がここにある!

やっぱり、私は舞城さんは、この奈津川サーガが好きだー。「もっとも危険」かどうかは分かりかねるけれど、間違いなくアツい小説。

これは、奈津川家三男の三郎が語る、その後の奈津川サーガ。切れ者外科医、チャッチャッチャッチャッと物事をこなし、暴力も厭わない四郎に比べると、三郎は幾分穏やか? とはいえ、三郎も勿論あのモンスター・二郎を生んだ奈津川家の一員、普通の人に比べれば、暴力的にだってなれるし、暴力的な出来事にも随分慣れてはいるんだけど・・・。

さて、「三文ミステリ作家」である三郎は、物語について考える。この世には、現実に喜びも悲しみも楽しみも寂しさも十分に存在するのに、どうして更に作り話が必要なんだ? なぜ人は作り話、嘘を必要とするのだ? それはつまりこういうこと。

ムチャクチャ本当のこと、大事なこと、深い真相めいたことに限って、そのままを言葉にしてもどうしてもその通りに聞こえないのだ。そこでは嘘をつかないと、本当らしさが生まれてこないのだ。涙を流してうめいて喚いて鼻水まで垂らしても悲しみ足りない深い悲しみ。素っ裸になって飛び上がって「やっほー」なんて喜色満面叫んでみても喜び足りない大きな喜び。そういうことが現実世界に多すぎると感じないだろうか?そう感じたことがないならそれは物語なんて必要のない人間なんだろうが、物語の必要がない人間なんてどこにいる?まあそんなことはともかく、そういう正攻法では表現できない何がしかの手ごわい物事を、物語なら(うまくすれば)過不足なく伝えることができるのだ。言いたい真実を嘘の言葉で語り、そんな作り物をもってして涙以上に泣き/笑い以上に楽しみ/痛み以上にくるしむことのできるもの、それが物語だ。

そして、三郎は物語の来し方にも思いを馳せる。

書き手が物語を選ぶのではないのだ。物語が書き手を選ぶのだ。「選ぶ」というのも少し違うのかも知れない。それは「選択」というよりは「邂逅」だからだ。物語が偶然書き手に出会い、それからこの世に出現する。 だから、物語は真実を語る手立てになりこそすれ、作家の道具には決してならない。 物語と出会い、それが語られたがっている語り口を見つけることのできたラッキーな作家だけが、その物語を用いて語れる真実だけを語ることができるのだ。

さて、この本の中で、色々な「嘘」を用いて語られている真実とは何なのか? それはクサいけど、「愛」について。歪な愛、痛い愛、家族の愛、友だちの愛・・・・。
そして、価値なし男、三郎は自らの価値を高め、生をはっきりと捕まえる。次なる奈津川ファミリーサーガはないのかなぁ。父、丸雄とか、母、陽子で読んでみたくもある。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。
AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
オンライン書店ビーケーワン:ダヤンのカントリーダイアリー

塩野 米松, 池田 あきこ

ダヤンのカントリーダイアリー  

ダヤンはわちふぃーるどでどんな風に暮らしているのだろう。
アルスに住む、ダヤンの元の飼主、リーマちゃんが読んだら、喜ぶだろうなぁ、と思うような本。

目次
1.銀の輝きの2日目 4月
2.晴れのち嵐”魔女の快晴” 5月
3.ぼくの誕生日 7月
4.キャンプへ行こう 8月
5.赤トンボが山から降りてきた日 9月
6.台風が去った次の日 10月
7.山が赤く染まって5日目 10月
8.収穫祭の前々日 10月
9.タシルの冬の市1日目 12月
10.村に初雪が降った日 12月
11.軒のつららがぼくの背をこした日 1月

自然豊かなわちふぃーるどへ迷い込んだダヤンが綴る、わちふぃーるどの一年間。わちふぃーるどの皆の力を借りて、ダヤンももうすっかりカントリーライフの達人かな。

載せられているのは、春の野草や山菜の食べ方、ジャムや果実酒の作り方、アウトドアでの料理や、秋の木の実や、キノコの見分け方、蔓で作る駕籠の編み方、リースの作り方、イグルー(氷の家)の作り方など、難易度、種類も様々な「あそび」。難易度や種類がばらばらなだけに、このうちの一つくらいはやってみようかなぁ、と思えてしまう。ま、実際、やるかどうかは別ですが・・・。

 ← 文庫も

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

ジクリト ホイク, 酒寄 進一
月の狩人―アマゾンでみたわたしだけの夢  

砂漠の宝 」がえらく面白かったので、同じ作者と訳書のコンビだし(出版社のシリーズもね)、と借りてきた。ところが、主人公の性別のせいか、その年齢設定のためか、砂漠の宝」とは違って、いまひとつ楽しめず。むーーー。少女物の方が、少年物よりも難しい気がしまするよ。

十六歳の少女シェバは、スペインマニアの父さん、「パブロ」(本名パウルのスペイン読み)の旅に同行する。それは、密林の奥深くに住む部族を訪ねる旅だった。どこからやって来たのか、誰も知らない少年、マヤク。彼はピラミッドが聳え立ち、木の上に立てられた家がある、密林の奥深くからやって来たのだというのだが・・・。

父さんが時に投稿する雑誌社から資金を得ての、南アメリカの小さなジャングル探検。メンバーは、父さんにカメラマンのジョニーにシェバ。更に現地に着いてからは、白人とインディオの混血のホワン。雲を掴むかのような話に思われたけれど、彼らは無事マヤクを探し出す。

当初は仲間の元に彼らを連れて行くことを拒否したマヤクであるが、シェバが偶然手に入れた木彫りのジャガーを見てからは、態度が変わる。そして、ここから本格的な河を遡る彼らの旅が始まる。

ジャングルのイメージであるならば、場所は違うけれど、古川日出男の「
13 」が強烈だったからか、この本のその辺のイメージは特筆すべきものはなく、インディオたちの言い伝えもどこかで聞いたことがあるというか、特に迫ってくるものがなかった。ってことで、この本の情景が楽しめなかったのが、いまひとつ楽しめなかった原因みたい。うーむ、こういう物語では、情景が肝だからなぁ。

唯一面白かったのは、メスティソのホワンと、生粋インディオのマヤクの違い。ホワンは洗礼も受け、神を信じるけれど、やはりこれまでの「迷信」とは無縁ではいられない。アヤママ鳥の鳴き声は死の予言。そして、それらの「迷信」はマヤクにとっては、この上もなく真実であるということ。

あ、あと、町の人々には忘れ去られた宣教師、エンリク神父の存在も面白かった。インディオが土地を変えるごとについていって、教会を建てて歩いた神父。日曜日にはミサをあげ、インディオにも分かりやすい言葉で祈る神父。シェバの言うとおり、インディオたちがミサに来たり、洗礼を受けるのは、彼らが自分たちの神や魔物を捨てたわけではなく、インディオの言葉を覚えて、みんなの世話をしてくれた神父を喜ばせたいからなのかもしれない。

シェバはマヤクと段々に心を通わせるようになるけれど、マヤクの部族で行われる、新月の夜の「月追い祭」において、悲劇が起こる。インディオたちの中に溶け込んだエンリケ神父の生き方と、シェバや父さん、ジョニーたちの生き方は、悲しいまでに異なるんだよな、やっぱり。

表紙絵は出ませんが、ルソーの「蛇遣いの女」です。
副題に「アマゾンで見たわたしだけの夢」とありますが、この題から想像するようなメルヘンチックな物語ではありません。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
夢枕 獏
聖楽堂酔夢譚

本の雑誌社

目次
詠嘆調の序
『清楽ひとり語り』1~3
番外のこと
『清楽ひとり語り』4~5
『風太郎の絵』
『強盗の心理』(「強」は旧字体)
『螺旋教典』
詠嘆調の幕あとがき

夢枕獏は、神奈川は小田原で生まれ育った人なのだという。さて、その小田原には夢枕獏が足繁く通った(う?)、「聖楽堂」なる古書店があるのだという。その古書店を知るものは少なく、建物を外から見ればただの木造の民家にしか見えず、表には看板すらない。ガラス戸を引いて店に入ると、細長い店の両側の壁に、天井近くまで、ぎっしりと本が埋まっているのだという。

聖楽堂には新刊本と古本が一緒に棚に並び、外国の原書や雑誌、流通には全く乗らないような自筆本までもが揃っている。棚に並ぶか否かは、全て、店主の聖楽堂さんの判断によるもの。ここにある全ての本は、店主の聖楽堂が自分で読み、面白いと思った本ばかりなのだ(夢枕氏の本で置いてあるのは、「カエルの死」と「上弦の月を喰べる獅子」のみ)。

夢枕氏の物語の幾つかは、この聖楽堂で仕入れた本から、ネタを仕込んでいるとのこと。語られるは、「聖楽堂で仕入れた本」と若きまだ何者でもない日から現在に至るまでの、作家の日々。

”宇宙の根源力は螺旋である”『螺旋教典』には、何だかホラー漫画、『うずまき』を思い出した。


一応、凝った作りにはなっているのだけれど、惜しむらくは法螺を吹くには、どうも夢枕獏氏の人が良過ぎる事。本当のことに巧く嘘を散りばめると、大法螺が出来上がるけど、如何せん分離しちゃってんだよなぁ、これが。法螺を吹くのって、物語を創るのとは、また別の才能なんだな。夢枕獏氏は、とことんフィクションの方がいいみたい。エッセイ的な語り口調も、ちょっとキレの無い椎名誠のようでもあるし。

ラストは若干のネタばらしと、友人であるという中沢新一氏からの手紙が載せられている。

「上弦の月を喰べる獅子」はタイトルも惹かれるし、これは読んでみようかなぁ。
 ← 文庫も
いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)

テーマ:
柴田 よしき
聖なる黒夜

この本は、柴田よしき氏による女刑事RIKOシリーズに登場する、二人の男性の純愛(?)を描いたもの。純愛とはいえ、何せ本編も本編なので、「綺麗~♪」なものでは有り得ない。とはいえ、本編よりは血と暴力の濃度は若干薄いかなぁ。本編がどろどろ過ぎって話もあるけど。

さて、ここでRIKOシリーズ本編のおさらいを。全て、amazonの内容紹介から引いちゃいます。

1:  2:  3:

1:内容(「BOOK」データベースより)
男性優位主義の色濃く残る巨大な警察組織。その中で、女であることを主張し放埓に生きる女性刑事・村上緑子。彼女のチームは新宿のビデオ店から一本の裏ビデオを押収した。そこに映されていたのは残虐な輪姦シーン。それも、男が男の肉体をむさぼり、犯す。やがて、殺されていくビデオの被害者たち。緑子は事件を追い、戦いつづける、たった一つの真実、女の永遠を求めて―。性愛小説や恋愛小説としても絶賛を浴びた衝撃の新警察小説。第十五回横溝正史賞受賞作。

2:
内容(「BOOK」データベースより)
一児の母となった村上緑子は下町の所轄署に異動になり、穏やかに刑事生活を続けていた。その彼女の前に、男の体と女の心を持つ美人が現れる。彼女は失踪した親友の捜索を緑子に頼むのだった。そんな時、緑子は四年前に起きた未解決の乳児誘拐事件の話をきく。そして、所轄の廃工場からは主婦の惨殺死体が…。保母失踪、乳児誘拐、主婦惨殺。互いに関連が見えない事件たち、だが、そこには恐るべき一つの真実が隠されていた…。ジェンダーと母性の神話に鋭く切り込む新警察小説、第二弾。


3:内容(「BOOK」データベースより)
若い男性刑事だけを狙った連続猟奇殺人事件が発生。手足、性器を切り取られ木にぶらさげられた男の肉体。誰が殺したのか?次のターゲットは誰なのか?刑事・緑子は一児の母として、やっと見付けた幸せの中にいた。彼女は最後の仕事のつもりでこの事件を引き受ける。事件に仕組まれたドラマは錯綜を極め、緑子は人間の業そのものを全身で受けとめながら捜査を続ける。刑事として、母親として、そして女として、自分が何を求めているのかを知るために…。興奮と溢れるような情感が絶妙に絡まりあう、「RIKO」シリーズ最高傑作。

と、斯様にRIKOシリーズ本編は、血と精液と、その他諸々の体液に塗れた物語なんである。一言でいうと過剰な物語であり、内容紹介から引いているだけで、お腹いっぱいになっちゃうような物語。決して趣味のいい読書とは言えないんだけど、妙に気になってはしまうのよね。一文、一文を楽しむような読書ではなくって、粗筋を追っちゃう読書にはなってしまうんだけど。

さて、冒頭に二人の男性の純愛と書いたけれど、これは本編にもがっちり出てくる、ヤクザの山内練と、元刑事(この時点では、まだ現職の刑事)の麻生龍太郎の事。悪魔のような山内はなぜ生まれ落ちたのか、愛憎渦巻く山内と麻生の関係はなぜあんなにも縺れ合ったものになってしまったのか、その答えの殆どはここに描かれている。

ちなみに、タイトルの「聖なる黒夜」とは、山内が東日本連合会、春日組の幹部、韮崎に助けられた夜の事。聖なるバレンタインデーの夜が明ける頃、線路で始発を待っていた山内を助けたのは韮崎だった・・・。

勿論、ここで山内を助けるのが違う人物であれば、山内は「悪魔のような」男にはならなかっただろうし、更に遡れば、麻生と山内の二人の最初の出会いであった、あの事件さえなければ、ね。真面目な大学院生だった山内だけれど、誰もが悪魔のようになれる、そういう素質を持っているのか、それとも山内が特別だったのか??(ここでは、山内は無垢な中にも、元々そういった素質を持った、魔性の男っぽく描かれておりまするが)

しかし、周囲の色々な事情が描かれれば、描かれるほど、大学院生だった山内を襲った事件や、その後の付随する出来事は如何にも陰惨(取調べの中のあんな行為や出来事を忘れている麻生もどうかと思いますが。それともあれは封印していたの?)。そして、この後、誰も報われないまま、二人は恋に堕ちてゆくのよねえ。はーーー。白檀の甘い体臭を持ち、胸には蝶の刺青を持つ男、山内練。彼は他のシリーズでも活躍しているそうであります。
本編との関連で言えば、この後、周囲の忠告を思いっきり無視した静香嬢は、結局あんな目に遭っちゃうんだよなぁとか、何回か出てくる、安藤が女のことで失敗したというのは、ああ、緑子とのことね、とか。

文庫には短篇二本が収録されていて、立ち読みで読んじゃったんだけど、より遣る瀬無さが増すのでした・・・。不幸のスパイラルの中、それでも二人共に堕ちてゆくのは幸福なのでしょうか。たとえ、全てが遅すぎたとしても。
いいね!した人  |  コメント(10)  |  リブログ(0)

テーマ:
石田 衣良
灰色のピーターパン―池袋ウエストゲートパーク〈6〉

お馴染み、IWGPの第6弾でありまする。正直、今回、新味には乏しかったんだけど(と、毎回、呟いている気もするが)、何せシリーズ物。書いておかないと、忘れてしまうのでね。メモを兼ねて。

目次
灰色のピーターパン
野獣とりユニオン
駅前無許可ガーデン
池袋フェニックス計画

「灰色のピーターパン」
秋葉原だけがおたくの街ってわけじゃない。池袋だって今では立派におたくの街。そんな街に紛れ込んだのは、グレイ霜降りの制服を着たピーターパン。でも、池袋は安全で清潔なネバーランドじゃない。鮮やかに金儲けするピーターパンに食い付いたのは、凶暴なマッドドッグ。

「野獣とりユニオン」
犯罪の被害者も加害者も同じ街で生きていく時、おれたちには何が出来るのだろうか。マコトの元を訪れたチヒロは、写真の男の足を壊してくれと頼む。歯をむき出して笑うガキ。チヒロはやつを、たった3000円のために彼女の兄の足を壊したケダモノだという。

この話は、良かったな。「なぜ、おれたちの世界では不幸な者同士が、おたがいの夢を壊しあうのだろうか」なんだけど、それでも、生きてるんだから、その場で留まるわけにはいかないのだ。「伝説の星」(IWGP5)で作ったスーツが出てくるのも、何だか嬉しいところ(チヒロにはウケないみたいだけど。ガタイもいいんだし、ミッドナイトブルーのスーツ、カッコいいと思うんだけどな)。

「駅前無許可ガーデン」
欲望の組み合わせは、池袋の梅雨空を埋める雨粒の数のように無限大。この梅雨から夏にかけて、マコトが探し回る事になったのは西池袋公園に出没する幼児性愛者。

「池袋フェニックス計画」
この秋、治安回復の名のもとに、池袋で起きていたのは、でたらめな除菌作戦。外国人及び風俗を殲滅するその作戦は、まるで繁華街の焦土戦術だった。

超うろ覚えなんだけど、池袋の街に新しいムーブメントをおこそうとした優秀な人が、焦って変なところと手を組んじゃう、っていう話って他にもなかったっけ?? このお話で特筆すべきは、話の内容云々というよりは、季節は冬だけれども、マコトにはようやく春が来たっぽいことかな。とはいえ、マコト、女性の趣味、変わってない?とも思うんだけどね。昔はもっと強くてクールな女の子が好きじゃなかったっけ? 二人でぬくぬくするのも良いのでしょうが、このカズミ嬢、次回にもちゃんと出てくるのかしらん(限りなく怪しい気がする・・・)。

☆関連過去記事☆
・「池袋ウエストゲートパーク
・「電子の星 池袋ウエストゲートパーク(4 )」
・「反自殺クラブ 池袋ウエストゲートパーク(5 )」
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
山本 一力
損料屋喜八郎始末控え

夏の蚊帳、冬場の炬燵から鍋、釜、布団までをも賃貸しするのが、「損料屋」の商い。つまり、所帯道具にも事欠く連中相手の小商いということで、年寄りの生業というのが通り相場。ところが、喜八郎は年の頃は二十八とまだ年若く、眼にも掠れ声にも力がある。

実は喜八郎は武士の出身であり、かつて一代限りの末席同心を務め、与力の秋山の祐筆まで務めた男。詰め腹を切らされる形で同心職を失ったけれど、そこを助けたのが札差を営む米屋の先代。喜八郎は米屋が仲町に調えた損料屋の主となった。

さて、生活に汲々とする御家人達に、米を担保に金を貸し出すのが札差の仕事。先代は、両替相場や米相場の動きにも明るかったけれど、二代目は胆力、器量共に、札差には不向きな男であった。先代・米屋のたった一つの喜八郎への願いは、店を畳む事になったら二代目を助けて欲しいという事。金では返しきれぬ恩を受けたと感じた喜八郎は、先代にいつか報いる事が出来るように、配下の者たちを育て、米屋の周りにそれとなく置く・・・。

目次
万両駕籠
騙り御前
いわし祝言
吹かずとも

物語は、この米屋の二代目が、にっちもさっちもいかずに店を畳む決心をする所から。しかし、先代に大恩を受けた喜八郎。そう簡単には米屋を潰させはしない。与力、秋山と協力し合って、巨利を貪り、贅を極める札差たちに一泡吹かせることに。

田沼バブルがはじけ、何かと悪評の「棄捐令」が出された前後のお話なんだけど、痛手を被った札差たちが、御家人達に金を貸さなくなった事で、江戸の町中が金詰りに陥ったり、この辺りは経済小説の趣きもあり。ただし、そこは時代小説なので、悪いやつらに一泡吹かせる、喜八郎や手下の活躍には胸がすく。また、山本さんの小説なので、悪いやつらも一面的に描かれるのではなく、意外な面も併せ持つというように、多面的に描かれるので飽きがこない。

そして、特筆すべきは、人々の義理堅さ。借りが出来たら、それをお金で返すのではなく、次の行動で返すんだよね(場合によっては、動くお金も何百両とか凄い単位になるので、商売人の胆力にも吃驚するんだけど)。私は「いわし祝言」が好きだったんだけれど、これもまた、その前の仕掛けで世話を掛けた、江戸屋に報いるためのもの。米屋のために作った仕掛けを、江戸屋のために使ってもいいのだろうかと、喜八郎は悩むのだけれど、配下のものたちも喜八郎がやろう!、というのを待っているのだ。大規模資本主義にはない考えかもしれないけど、見事な循環型社会だよなぁ、と思った。「いわし祝言」は身の丈、身の程を考えるものでもあり、この辺もお江戸はいいねえ。いわしで祝う結婚。ちょっと煙そうだけれど、みっしりと実質があるんじゃないかな。

「棄捐令」に深く関わった与力・秋山は、これで良かったのかと自問自答し、最初は棄捐令に喜んだ御家人達も、札差の根強い貸し渋りに合って、秋山に対して冷たく当たるようになる。辞職を決意するも、逃げるなと諌められる秋山もいい。己は己の仕事をきっちりやるしか、道はないものね。

山本さんの物語の一つの特徴として、互いに憎からず思う男女が、程よい大人の距離で出てくるんだけれど、今回は料理屋・江戸屋の女将、秀弥がそれに当たる。くっ付いちゃえばいいのにー、とも思うけれど、この距離が潤いになりつつも話の邪魔にならない感じなのかな。「目元がゆるむ」など、の描写も好き。

深川駕籠 」、「深川黄表紙掛取り帖 」は若干やんちゃ寄り、この「損料屋喜八郎始末控え」は、国の行く末に関わる仕事が絡んでくるだけに、抑制がきいた少々大人な感じですかね。amazonを見て驚いたけれど、これがデビュー作なんだそうです。凄い完成度!

 ← 文庫も

 ← おお、そして続編も!
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

テーマ:
 
イレーネ ディーシェ, ハンス・マグヌス エンツェンスベルガー, Irene Dische, Michael Sowa, Hans Magnus Enzensberger, 那須田 淳, 木本 栄, ミヒャエル ゾーヴァ
エスターハージー王子の冒険  

オーストリアの名門、エスターハージー伯爵家の王子、ミヒャエル・パウル・アントン・マリア・エスターハージー殿下(以下、フルネームは延々と続く)は旅に出る。素敵に大きなお嫁さんを探す為に!

オーストリアの皇帝から「伯爵」の称号を貰い、繁栄を誇るエスターハージー家。ところが、ある日、靴屋に孫たちを連れて行った伯爵は気付いてしまう。生まれてくる子の体格がすっかり悪くなってしまった事に。このままでは、由緒正しいエスターハージー家がミニチュアウサギの一族になってしまう。伯爵は、男の孫たち全員を外国に送り出す事に決める。他所の土地で、大きなお嫁さんを見つけるのだ。

さて、エスターハージー王子の行き先はドイツのベルリン。首尾よく大きなお嫁さんを見つけることが出来るのか? 楽天的なエスターハージー王子は初めての旅をわくわくと楽しむけれど、事態は彼が考えるようには甘くはない。エスターハージー家の王子がやって来たというのに、ベルリンのツォー駅には出迎えだっていないし、駅の出口を見つけることすら、エスターハージーにとっては至難の業。人間にだって騙されるし(仲良くなれた人間たちもいるけど)、他のウサギだってなかなか見つからない。

そんな時、エスターハージーは旅立ちの前に聞いた祖父の言葉を思い出す。ベルリンの壁の向こうには、沢山のウサギたちが住んでいるのだという。そう、この壁こそが今は無き、東西ドイツを分けていた壁。実際、「訳者あとがき」によると、壁の付近というのは、実は野生の小動物たちのパラダイスだったのだそう。なんてったって厳しい警戒の下、人はおろか、狼や猫すら通さなかったというのだから・・・。

ところが、ウサギたちの静かな生活も、壁の崩壊によって終わりを告げる。まったく、エスターハージーが言うとおり、「壊すなら、壁なんて最初から作らなきゃいいのにさ」なんだけど・・・。壁の近くからは去るけれど、エスターハージーは幸せになってめでたしめでたし。

ところで、「ハージー」はドイツ語で「ウサギちゃん」という意味なのだって。ハージーの「ハー」は、ウサギの耳のように思い切りながーくのばして、そして「ジー」は、ウサギの鼻をさわるときみたいにそーっとそっと、やさしく読んでやらねばならない「まずはじめに、ドイツ語のレッスンから。」より)そうだけれど、エスター「ハージー」に幸あれ!

ちいさなちいさな王様 」のゾーヴァに惹かれて借りてきた本。こちらもなかなか良かったです。

*臙脂色の文字の部分は引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。
いいね!した人  |  コメント(3)  |  リブログ(0)

テーマ:
 
桐野 夏生
魂萌え !  

関口敏子五十九歳。子供二人は既に家を出て、退職した夫と二人で暮らす、慎ましいけれども平凡な日々。六十三歳の夫もまだ若い。まだまだ二人の生活が続くのだと思っていたのだけれど・・・。

目次
第一章 混乱
第二章 夫の秘密
第三章 家出
第四章 人生劇場
第五章 紛糾
第六章 水底の光
第七章 皆の本音
第八章 嫁の言い分
第九章 手帳の余白
第十章 妻の価値
第十一章 夜の惑い
第十二章 燃えよ魂、風よ吹け

持病もなかった夫は、ある日突然倒れてそのまま逝ってしまった。敏子の混乱に輪をかけるように、夫の十年来の愛人の存在が明らかになり、また、アメリカに行ったきりだった息子の家族が突然同居を提案するなど、敏子の心は千々に乱れる。夫とのこれまでの生活は何だったのか、自分はこれからどうやって生きるべきか。心は揺れ、言動もまた揺れ、時に揺り戻す。

これまでしなかったことをしようと、独りで今後の事を考えるためにカプセルホテルに泊まれば、凄まじい人生経験を持ち、今ではカプセルホテルに棲むつく老女と知り合いになり(そして、金をせびられ)、夫の隆之が入っていた蕎麦食べ歩きの会に誘われてみれば、メンバーの塚本によろめき、また思いもかけぬことに夫の愛人と対決めいた事になったり。仲の良いグループだと思っていた高校時代の友人三人とも、寡婦の栄子の気持ちは分かるものの、家族持ちの和世や美奈子とは何だか距離を感じたり。

息子とて、アメリカに行ったきり、帰国したのは夫隆之の葬式が初めて。アメリカで結婚した嫁、生まれた孫とも、ほぼ見知らぬ他人である。なおかつ、息子、彰之はあちらで始めた古着屋に限界を感じ、日本に戻ってきて、隆之亡きこの家に寄生するつもりらしい。娘、美保とて、年下の彼氏、マモルとの同棲生活も長いけれども、コンビニの店員同士では、将来は難しい。

知人、友人、隣人、袖擦り合うも、の他人、血を分けた子供たち。当たり前だけれど、全て彼らは自分ではない。時に分かり合え、手に手を取り合ったりしても、反発する事だってあるし、嫌な思いだってする。それでもきっと、死んでいるように生きているよりもずっといい。慎ましやかな奥さん、毒にも薬にもならない敏ちゃん。敏子は隆之の影に隠れてこれまで知らなかった世界を知り、周囲の人間とももっと踏み込んで付き合えるようになる。時に図太くなりつつも、ね。専業主婦、関口敏子の冒険、萌えよ、出でよ、敏子の魂、という感じかなぁ。

しかし、これは作者が「あの」桐野さんであることから、怪しげな人物が出てくるたびに、ドキドキしながら読んじゃいましたよ。怪しげな人物はそこここにいて、人間の欲望を剥き出しに抉り出した恐ろしい『ダーク』のように、敏子が身包みはがされたり、酷い目に遭うんじゃないか、と気が気ではありませんでした。でも、新聞連載だったからか、意外と穏当で前向きなお話でした。私は無駄にドキドキしながら読んじゃったし、単行本の表紙はえらく派手なんですけどね。
   ←文庫も
 ←こちらでは、お馴染み村野ミロが酷い事になってます・・・
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。