包丁研ぎ師月山の包丁研ぎ磨ぎブログ

人として包丁研ぎ師としての日常や発見、気づきなどを書いています。

目指すは包丁研ぎ世界一。みなさんに少しでも刃物に興味を持っていただければ幸いです。

高級鍛造刃物販売、修理研ぎをする三代目です!

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今回のブログは日記のようなものです。

裏付けというタイトルになっていますが、副題は「なぜこんな病気になったのか」です(笑)

読んでいただいて得するような内容ではないかと思いますが、病気に感染しないように注意してください(笑)



先日とある試験場に行ってきました。

それは研ぎ師としての仕事の正確さ、そして自分の考えていることができているかを調べることができるからです。



刃物を研ぐ仕事というのは、非常に難しく、お客様に内容を理解していただきにくいものだと感じています。

それは研ぎに正解がないことが大きな要因ですが、自分の考えに沿った研ぎをしていても、その裏付けがないことでお客様に伝えることが難しいことも要因だと考えています。

また評価のほとんどは「切れる」という感覚が大部分を占めるため、少なからず切るときの好みも出てくるでしょう。

それは味覚と近いのかもしれません。

同じものを食べ「好きだ。」とか「美味しい。」と言う人もいれば「不味い。」という人もいるわけです。

その例として庖丁では切れない方がよいという考えをお持ちの方もいらっしゃいます。

ある料理人さんにかつて「切れすぎて仕事の効率が下がったわ。使いにくい。」と言われたこともありました。

切れすぎると自分が思ったところと違うところを切ってしまうので、あまり切れすぎない方がよいというのです。

紙を切った経験がある方ならわかるかと思うのですが、半分に折った紙に刃物を入れ、折れ目から刃物を滑らせて切ることで半分にできるかと思いますが、非常に切れる刃物を使用すると、自分が思ったところとは違うところから切れてしまうのです。

また単純に切れ過ぎると怖いから「切れすぎないように研いでくれ。」と言われる方もいらっしゃるのです。



この時とても悩んだのを覚えています。

刃物を切れるようにすることが仕事のはずですが、切れることが使用者にとって問題になるとは思っていなかったからです。

またタイミングがいいのか悪いのか、某高校の食物調理科の生徒に研ぎを個人的に閉店後教えているのですが、「月山さん、仕上げで研ぐより#1000の方がよく切れます。」と言った子がいたのです。

切れない方がいい、仕上げ砥石で研がない方がいいと言われ、自分は何のために研ぎをするのかがわからなくなりました。

しかし「何のために研ぎをするのか」という質問に対する答えがないということが、自分の仕事に欠けているのだと気が付いた瞬間でもありました。



とにかく始めてみたのは鍛冶屋回りです。

販売している刃物の生産工程を知ることや職人の仕事に対する考えやこだわりを知りたいというのがあったのはもちろんですが、単純に行けば何か変わるかもしれないと思っていたのだと思います。

何軒も回り、鋼材の話、焼き入れの話など、どの本にも載っていない多くの話が聞けました。


しかし研ぎをする上で重要な情報はたくさんありましたが、自分の研ぎの自信になるものではありませんでした。



今度は庖丁研ぎ師としてこだわるのであれば、より現場を知らないといけないのだと考えました。

なぜなら私が研いだ庖丁が使いやすいかどうかは私が判断するのではなく、依頼された方が判断するからです。

偶然にも近くに料理と庖丁にこだわりを強く持った料理人さんが独立されるということを聞きつけ、開店する日から通って協力をしていただけるようになりました。

庖丁をお借りしては研いで評価をいただき、新作の庖丁や新しい鋼材の庖丁は持って行って試していただく間柄となったのです。

今の私があるのは大将が私のわがままに付き合って下さるからだと思っています。

それでも大将は切れる庖丁を使っているため、切れない庖丁が仕事の効率が良く、また仕事として何の問題もないのかという疑問は晴れませんでした。

また大将は私の研ぎを良いと言っていただくのでとても嬉しく、やる気も出たのですが、私の研ぎの裏付けとなるには大将以外にも多くの方の支持をいただかなくてはならないのだと考えるようになりました。

証拠がなければ証拠と言ってもいいくらいの支持の数が集まれば一つの裏付けになる。

しかし知名度がない刃物屋としてはかなり高いハードルでした。



いつの間にか自分の研ぎに芯が欲しいと考えるようになった時、ある出来事ありました。

当店で某高校の子供達に料理人が桂剥きの方法を教えており、切れ味の味の話になったのです。

誰かは忘れましたが「やっぱり切れ味で味が違うのかなぁ」と言ったのだと思います。

私は子供たちに研ぎを教え、一緒に研ぎを学びに来ていた料理人が子供たちに更に桂剥きを教えたり、魚の捌き方を教えたりするようになり、その流れで切れ味での味の違いを試すようになったのです。

その味の変化についてはご想像にお任せしますが、その後料理人とタッグを組み「切れ‘味’研究会 月の会」を結成し、切れ味による味の実験を積み重ねたのです。

切れ味の味の研究は一般社団法人日本研ぎ文化振興協会との共同研究として「切れ味による味の変化」をデータで証明することができました。

上記の機器がそのデータを取ったものです。



この結果は研究をされている方も驚かれる内容で、月の会のメンバーとの実験に意味があるものだったのだと嬉しく感じた瞬間でもあり、私の研ぎに一つ芯になるものができたと喜びました。

そしてこの結果で、なぜ庖丁を切れるようにしなければならないのかという質問に答えることができ、何のために、誰のために研ぐのかもようやくわかるようになったのです。

当分は気分よく仕事に張りも出ましたが、また気分が晴れなくなってきたのです。

それは一緒に日本研ぎ文化振興協会をしている研ぎ師にまだ足らないと突っ込まれたからです。

「研いだ形の裏付けがなければ研ぎ文化ではない」

自分の研ぎには切れ味による味の裏付けはあっても、研いだ庖丁の形による切る際の抵抗や切れ味の味の変化は証明はもちろん、そのように研げているのかも確認はできず、また天然砥石を使っている理由も証明できていません。

この切れ味による味の変化は、私の研ぎの一部分が証明されたに過ぎないのです。



話が少し変わりますが、「なぜ手で研ぐことにこだわっているのか」と聞かれます。

手で研いだのと同じようにできたら「機械の方が早くていいじゃないか」と言われるケースも多々あります。

しかし研ぎをこだわってきた今までの中で、機械では手と同じレベルのものを研ぐのは非常に難しいと感じており、自分の考える形を作ることが困難だからです。

もちろん技術的に機械を使いこなせてないのも十二分にありますが。

ただ新品の庖丁がいい例で、完全に切り刃の肉厚が均一で、平の状態、刃線の状態、そして切れ味が良いものはほとんどありません。

ですから当店では新品でも必ず研いでいるのはそのためで、できるだけ良い状態にしてから販売をしているのです。

今私が考える良い研ぎとは、庖丁と砥石が教えてくれるように動かし形にしていくことです。



庖丁の研ぎにはいくつかの種類と段階があると考えています。

①刃先を鋭利にするだけの研ぎ

刃先に付く傷の深さ、刃先の形状にかかわらずかえりが出るまで鋭利にする行為のことです。

これはダイヤモンドシャープナーや簡易研ぎ器といわれるもので刃先のみを削るもの、またグラインダーなどで削るものを使用したときに当てはまる研ぎかと思います。



②仕上げ砥石を使い、刃先の傷を浅くする研ぎ

二つ以上の研ぐ道具を用い、削った刃先に付いた傷を浅くする研ぎ、いわゆる仕上げ研ぎをするもので、食材への抵抗が減り、欠けにくく長く切れ味が続く可能性が高まります。

機械研ぎでも簡易研ぎ器のあと、仕上げ砥石やバフ研磨などを使用する研ぎもこれを指します。



③刃物の切るものへの抵抗を考えて研ぐ研ぎ

これは刃先のみを研ぎ続けることで食材に食い込む際に抵抗を感じてしまう厚みが出てしまうため、それを取り除いて薄さの切れ込みを作り、また刃先の傷を浅くした仕上げ研ぎをするものです。

庖丁は薄いことで食材への食い込みがよくなるため、薄ければよく切れると感じやすく、12名の主婦の方にお願いした実験では、全く刃が付いていない(荒砥石で5回ほど力を入れて擦り刃を潰した)状態でも硬い野菜はよく切れたと感じた方が10名いらっしゃったため、薄さは切る上ではメリットがあるといえます。



④庖丁の形状と鋼材の特性を考えた研ぎです。

庖丁はテーパー状(切っ先に向かって細くなっている状態)に厚みに変化があるものや、ブレードの中で捻り(切っ先は鋭角に、アゴは鈍角に徐々に変化している状態)があるものが存在し、また使用することで歪み(庖丁全体が曲がっていたり、ねじれている状態)が出ることもあります。

その歪を取り去れなければ研げないので直すことはもちろんですが、④の研ぎは厚みの変化を利用してより良いものにしたり、捻りを研ぎやすいものに変えたりする研ぎを指し、逆にそのような変化がないようなものに変化をつけ、道具としての有用性を高めることも目的となります。

③では薄さのメリットを書きましたが、鋼材によっては適切な厚みが道具としてのパフォーマンスを上げる場合が多々あり、薄ければいいのではなく、刃物の性質や性能を考えて適した形状に変えることも目的としています。

①~③番目の研ぎは手でブレードを触って厚みの変化を確認したり、簡易な顕微鏡などを使えば上手くできているかはわかるかと思いますが、④番目までの研ぎになってくると複雑なため、形状に対する理論だけでなく、その状態に研げているのかという裏付けが取れなくなってくるのです。



現段階では庖丁がテーパーになっており、平らな砥石で研げるレベルの捻りもあるものが私は良い形だと考えています。
※新しい形状の発見や実験の結果次第で私の考えも変わることがありますので、あくまでも現時点での考えです。

手前に引いて切れば厚みが徐々に先細りするため切り抜けがよく、前にスライドさせて切ることで徐々に厚みが出るため食材を開くように割り込む効果が期待できます。

ですから柔らかいものは引き、硬いものは押す方向にスライドすることで切ることが容易になるということです。

刃物屋で販売されている鍛造された和包丁のほとんどはこのテーパーを付けた状態に加え、切り刃に捻り(切っ先は鋭角で、アゴに向い徐々に鈍角になる状態)を入れているものが多く、当店の和包丁もほとんどがこの形状のものを販売しています。

これはテーパーと捻りの二つの厚みと角度の変化で切り抜けと割り込みの効果を期待することができるからです。

しかしこれらの庖丁に施された形状を生かして研ぎ、理論的にも実際料理人に使っていただいた評価からもテーパーと捻りは意味があると考えていますが、それらの形状がそのような感覚を生んでおり、また実際そのように私が研げているのかどうかはわからないのです。

また天然砥石での研ぎも同様です。

推測される理論、また実際私が研いだ庖丁を使っていただいた料理人の評価、そして某高校の子供たちに研ぎを教えて、子供たちが実際同じ包丁を人造の砥石と天然の砥石で研ぎあげた庖丁の切れ味と切れ味の持続を比べた結果でも違いがあることはわかっています。

しかしこれも証明する証拠はありません。

要するに研ぎにこだわればこだわるほどいろんなものが見え、わかり、感じることができるようになりますが、第三者が客観的に仕上がった庖丁を見てもその仕上がりまでにかかった時間は見て取れず、また説明をするにも証拠がないため、憶測でものを話しているようにしかならないのです。




長々とよくわからないことを書いてしまいましたが、ここで始まりの話に繋がります。

ようやく庖丁の形状や人造砥石と天然砥石の性能の違いに科学的なメスを入れることができそうなのです。

上の写真に書かれているように、検査で使おうと考えている機械は庖丁の研いだ表面の荒さやうねりの測定ができるものです。

他にも硬さ試験機があったり、耐食性を測る機械があったりと、ほぼこの施設で今思いつく研ぎにこだわった部分の裏付けが取れると思っています。



知らない方がいいこともあるかもしれません。

当然自分が予想していた研ぎができていないかもしれませんし、天然砥石と人造砥石に差がないかもしれません。

また予想していなかったパンドラの箱を開けてしまうかもしれません。

しかしここまで来たら進まずにはおれません(;^_^A

自分の仕事に誇りと自信を持つために頑張っていると言えば聞こえはいいですが、正直楽しいからやっているのだと思います。

病気の領域ですね(笑)

でもトコトン追求することが私の性分のようです^_^



このようなことを書く意味の一つに感謝することがあります。

私のブログは昔のものを読み返すとひどいもので、自分で何もわかっていないなと感じてしまう部分が多々あります。
※ブログに書かれた内容はあくまでも参考程度になさってください。

しかしそう感じるようになれたのも協力してくださる方々のおかげです。

ありがとうございます!

恩返しができるかはわかりませんが、このいただいた恩を、次の代に技術として伝えることが私のできることだと思います。

そのためにももう少しがんばってみようと思います^_^
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