●「私の男」

土曜日(8/2)はソレイユにて、映画のはしご。

一本目は「私の男」。
 
禁断のとか衝撃的というよりも、
精神的にとても壊れていて痛々しさが漂っていて、
観るのがつらい。

生い立ちや過去の不幸な出来事により、
心が壊れてしまうということは否めないけど、
だからといって、その限られた愛を
貫くということを正当化して
こんな風に生きていくことは悲しいことだ。

小説だと心情が語られるから、
その行為もわかるが、映像で見せられると
それはただただ奇怪である。

原作は未読だが、読書会で原作を読まれた方が
要約して話してくれていたので、心構えは
できていた。
原作とは少し設定が違っていたみたい。

時系列と場所や妄想と現実の境目がわかりにくく、
映画ならではの演出が逆効果ではと
思うシーンがいくつかあったり、
肝心なところでの台詞が聞き取りにくかったりと
思うとこはいろいろあったが、怖い映画だった。

ダイヤまピアス、赤いマフラー、眼鏡と、
小道具が効果的に使われていて、
それぞれ意味を持ち、観る子人にその効用を
委ねている。

淳悟(浅野忠信)の元カノの小町(河井青葉)との
ラブシーンはエロかった。
二人のからみのアップは身体があまり見えないように
しているのだが、後ろの鏡には身体が見えるという
アングル。
二階堂ふみの若い肉体とは違う、オトナの女の身体。
そして、深く反応する身体。
だからこそ、嫉妬にかき乱されるのだろうか。

浅野忠信のダメ男っぷり、二階堂ふみの壊れっぷり。
常道をはずれたことが愛なのか。
愛というものこそが常道を外れたものなのか。

高良健吾と藤竜也の使い方がゼータク!


パンフには、中条省平の
「『私の男』に見る神話的特質と物語構造の独自性」
という文が掲載。
さすが! とても興味深い分析。

出演者が「映画とは」
ということを多く語っている。

自主映画製作に関わっていると、
全の映画が映画つくりの参考になる。
インプットしたらアウトプットだ。

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●「MONSTERZ」

日曜日(6/1)、映画の日は「MONSTERZ」を観た。
 

見るだけで、全ての人を操れる男という設定自体が、
もう何でもありなので、ゆるい感じで見たが、
主役二人の演技がよく、見応えがあった。

ただ、話としては、“男”の幼少期が
明かされていないので、せっかく父母が登場したのに、
男の孤独や苦悩が見えず、そこまで屈折していくことが
すんなり受け入れられなかった。

エキストラは のべ5000人を使ったという。
CGを使わず、ワイヤーアクションで撮ったというだけあり、
群衆の中のアクションがとても迫力があった。
特にクライマックスの劇場のシーンが怖いほどリアルだった。

そして、螺旋階段のシーンは、せつなくて泣けた。

後半の展開は主役二人と監督で何度も話し合って、
練り直されたとパンフにあったが、
確かに、どう着地させるかで、映画の印象がガラリと
変わるだろう。
私としては やや物足りなさが残るが、
ちょっと余韻を残しているあたりが、続編があるのかな。

“男”の母親役の木村多江の老けメイク。
容赦なく、女優魂を感じた。

藤原竜也の目力は凄いが、山田孝之も負けてはいない。
山田君は見る度にかっこいい俳優になっていく感じ。
胸毛全開のサービスショットもあり、
アクションはもちろん、肉体美も楽しませてくれる。
今度、園子温監督作品にも出るらしい。
「凶悪」で見せた、彼の狂気や「ミクロネーゼ」で見せた
突き抜け具合とかを見ていると、園子温監督作ではどんな姿を
見せてくれるのか、とっても楽しみだ。

本作のタイトルの意味が最後にわかるような仕掛け。


「モンスター」というタイトルの映画で印象的なのは
   ↓

★「モンスター」2005.4.11
http://ameblo.jp/tsukikagenomai/entry-10000690614.html

監督:パティ・ジェンキンス(2003年/アメリカとドイツ)
アメリカ初の女性連続殺人犯を描いた作品。
シャーリーズ・セロンが13キロも体重を増やし、
義歯をつけ挑んだ作品。


★百田尚樹の原作の映画化で高岡早紀が特殊メイクで挑んだ作品。
「モンスター」2013.7.15
http://ameblo.jp/tsukikagenomai/entry-11614110101.html

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●「白ゆき姫殺人事件」

木曜日(5/1)、映画の日、
「白ゆき姫殺人事件」を観る。
 

原作がとってもおもしろかった。
さすがは湊かなえ!

あっと言わせる構成力がお見事で、
映像化が困難と思わせる。
しかし、映画は映画で、映像ならではの魅力を
十分に活かしていて、楽しめた。

映画化するほどでもないかとも思ったが、
大画面で観ることの利点で、画面に流れる
ツィッターのツイートのタイミングのおもしろさ。

ネットならではの噂の一人歩きだったり、
悪意の潜む情報のいい加減さ、人がそれによって
巻きこまれていくことの怖さを浮き彫りにしている
だけに、このツイートの取り入れ方が絶妙。

同じ人でも、語る人によって変わったり、
受ける印象やイメージも全く変わってくるし、
人は平気で嘘をついたり、記憶をねじまげたりする
ことを改めて、つきつけられた。

井上真央が「地味な女」で、体当たりの演技を
見せてくれ、語る人のイメージによって微妙に
演じ分けている所がおもしろい。

人はふとしたことで変わったりするが、
やはり女の裏表は知らない方がいいかも。
でも、最後に女のつながりのよさを感じさせる描写があり、
ほろりとしてまう。

染谷将太も出てるよー。

 
原作の文庫。オリジナル版(右)と 
映画のパンフ(左)

パンフはスマホ風でちっちゃいけど、
中は読みごたえたっぷり。
中もツィッター風になっていて、凝っている。

 
「シナリオ誌」4月号にはシナリオが掲載。

私は原作小説→シナリオ→映画と観たので、
想像力がかなり広がってしまったが、
どれも楽しめた。

こういうサスペンスは何を見せて何を隠すかが
ポイントとなるが、その割合が絶妙であった。

 

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●「終戦のエンペラー」

日曜日(8/25)、 「終戦のエンペラー」を観る。
月影の舞

太平洋戦争直後の日本とアメリカの史実をもとに描く
歴史サスペンス。

戦争映画だが、こんな切り口があるのか!と感心。
戦争というテーマにおいて、今迄に描かれなかった
アプローチの仕方で、とてもよかった。

主人公はマッカーサーではなく、彼に命じられ
「戦争の責任者」を極秘調査する任務についた
ボナー・フェラーズ准将。

彼の調査の過程が主軸になって、真実に向かう。
准将の公人としての部分と、間に挟み込まれる、
彼のプライベートな恋愛の回想。
この割合が絶妙に構成され、長いのに飽きさせることなく、
画面から目をそらさせない。

パンフによると、祖父が宮内庁の側近だったというプロデューサー
奈良橋陽子氏が、日本の運命を決めることになった
マッカーサーと昭和天皇の会見に尽力を注いだ話を聞いて、
興味を持ったことがこの映画の企画のきっかけだったそう。

日本人だけだと固定観念にとらわれるが、アメリカ人の脚本家を入れ、
日米双方の視点から描き、監督はイギリス人という中立の立場で
創る。

当時のな本とアメリカの観念的なものの隔たりは大きかったで
あろうが、日本びいきの准将の視点はおもしろい。
そして、彼が思いを寄せるのが日本人女性。
准将が度々「友」に逢いに日本に来ていたという事実が
あったらしく、それを映画では、架空の人物とし、
彼の「恋人」を登場させている。

アメリカ人は白黒はっきりつけるが、日本人は曖昧で「灰色」であめこと、
アメリカ人にとっては理解しがたい、日本人の「忠誠」や
「信奉」の思考や「自決」のことなど、
文化や言葉の違いを会話の中で表し、互いを理解していく。

天皇の側近 関屋貞三郎を演じた 夏八木勲はよかった。
でも、試写を待たずに亡くなったという。

昭和天皇の姿は、シルエットだったり、口元だったりと、
ずっと顔を見せないような角度から撮っていたが、
最後のマッカーサーとの会見の所で、顔がさらされる。

そういう演出もよかった。
このシーンは、ちょっと涙ぐんでしまった。

エンドロールも実在の人物たちに敬意をはらったようで、
よかった。

戦う様子、人が死んでいく様を見せることも戦争の悲惨さや愚かさを
訴えるには十分だが、この映画の様なストーリーで
静かに淡々と、平和の尊さを見せるのも胸に響く。

焼け野原の人々が復興していくシーンは、震災からの復興への
メッセージがこめられているとあった。


月影の舞

●「モンスター」

日曜日(7/14)、映画のはしご、
2本目はホールソレイユにて「モンスター」を観る。

月影の舞

原作に割と忠実に映画化されていた。

今をときめく百田尚樹の原作を奇怪な所をウリにした
エンターテイメントにあえてせずに、
静かに、悲しく、せつない女の物語として、描いていた。

原作では、醜い女が整形手術という手段で美しなっていく
過程が美容整形マニュアルか! っていうほど、
丁寧に綴られていて、それを施すための涙ぐましい
彼女の行為と遍歴が綴られ、復讐の部分も描かれて、
深みのあるミステリとして成り立っていたが、
映画は、愛の物語として、ゆるりと描かれていた。

主演の高岡早紀の特殊メイクが話題だが、
彼女の美乳は一見の価値あり。

乳首が上を向き、下がふっくらと丸みをおびた円錐の形の
オッパイは、理想の形であろう。
女性なら憧れ、男性なら誰もがその手につかみたいおっぱい。
でも、これも特殊メイクじゃないよね。

醜い女だった時、普通の風俗では働けず、SМクラブで
働くのだが(もちろんなぶりものにされるM女ね)、
顔を黒い布で覆われ、下半身だけ露出させられるというシーンがある。
原作では、もっと酷く描かれていたが、映像では、品よくさらりと
描かれていたが、とても屈辱的なのだが、ものすごくそそるお尻をしていて、
エロティックなシーンであり、M女ゴコロをくすぐる。

男性が書いた原作を脚本も監督も女性で制作していて、
やはり女性と男性の捉え方は違い、見せ方も違っていて、
比較できておもしろかった。

女性の残酷な部分、男性の残酷な部分がそれぞれの視点から
描かれていた。
かなり暗澹たる気持ちになってしまう箇所もあったが、
不快感というより、人の闇を叩きつけられた感じで戒められる。

美しくなっても心が醜いままだったり、ひねくれていると、
幸せにはたどりつけない。

外見で人を判断することはいけませんと言うけれど、
第一印象だったり、外見に惹かれたり、外見を嫌悪したりと
いうことは誰しもあるだろう。
でも、誰しもが、見えない「心」や「愛」というものを
求めたり、すがったりしてしまう。

愛し続けた男の腕に抱かれて、女は幸せだったのだろうか。
それは真実の愛で、本当のぬくもりだったのであろうか。

容赦ない現実を叩きつけた原作のラストに比べ、
映画は、原作にはないラストが付け加えられ、
余韻を残した終わりになっていた。
それが女性脚本家、女性監督ならではの
優しさのような気がした。

せつない というより、痛すぎて、泣けなかった。

月影の舞
「モンスター」チラシ。
下側が、高岡早紀自身によるインパクトある特殊メイクの
醜い時の顔。


月影の舞
「モンスター」原作。
一気読みするおもしろさではあったが、
女としては、心が痛くなる。

【大阪③】6/24 「さよなら渓谷」

【大阪③】6/24

宝塚市でのワークショップを終え、急いで梅田へ。
梅田スカイビルの シネ・リーブル梅田にて
「さよなら渓谷」観る。



月影の舞
「さよなら渓谷」パンフとチラシ


7年ぶりの真木よう子主演ということで話題であるが、
私的には、吉田修一原作ということで、とても興味深かった。

それに3年前に、新宿で「さよなら渓谷」の舞台を観たのもあり、
原作も読んでいて、今回の映画化は楽しみだった。

吉田修一の「悪人」も極限の男と女の愛の形が描かれたが、
こちらもまた究極の男女の姿がそこにある。

実際の幼児殺害事件と、集団レイプ事件をモチーフに
してあるが、「レイプ事件の被害者と加害者が一緒に暮らす」
ということがメインで描かれる。

原作では「女」の正体がミステリ要素となっていて、
読み進めていくうちに解ってくるようになっているので、
いろんな背景や日常が語られているが、
映画は、現代から始まって、忌まわしい過去がはさみこまれ、
そこから二人がどんなふうに暮らし始めるかの
「逃避行」が丁寧に描かれている。

二人だけに向き合っている感じ。
でも、個性的役者を配置することで、物語に深みが増す。

しかし、語りすぎず、台詞は少ない。
それでも、二人がそうしなければならなかった過程をみると、
それしかなかったのじゃないかと思わせ、
加害者である方が被害者にすらみえる。

たった一度の過ちであっても、それが女の人生を狂わせ、
不幸へと落ちて行く。
そして、それに合わせて男も落ちて行く。

罪とは償いきれるものなのか、
傷つけたものは一生赦してはもらえないのか。

二人は何度も身体をからませる。
狂おしいほどに求めあうけれど、決してそれは「幸せ」では
なく、むしろ、傷つけあうように……。

真木よう子はエロイ。
でも、相手役の大西信満もワイルドで男の色気漂う。
でも、とてもせつない性を突きつける。

★「さよなら渓谷」吉田修一:著 感想(2010.12.11)
http://ameblo.jp/tsukiakarinomai/entry-10741423917.html

★舞台の感想(2010.12.12)
演劇集団THE・ガジラの「さよなら渓谷」@新宿「SPACE雑遊」
http://ameblo.jp/tsukikagenomai/entry-10741462592.html


月影の舞
「さよなら渓谷」ポスター

「さよなら渓谷」原作は、 3年前に芝居を観る前に、
単行本で読んでいたが、今回、文庫版を買い、
読みなおしてみた。
ラストは原作同様に観客に答えを投げかけるが、
俊介の台詞にぐっとくる。


●DVD「エンド・オブ・ザ・ワールド」

パッケージに“「エターナル・サンシャン」のプロデューサーが贈る”と
コピーがあったので、借りて、観た「エンド・オブ・ザ・ワールド」。


月影の舞

小惑星の衝突により、後21日で確実に地球が滅びるとしたら……。
というお話。

ヤヤネタバレ含むので、これから観ようという人で
真白い心で観たい人はココから先は読まないでね。

SFというか、ファンタジー的な設定だけど、
地球滅亡という危機感も悲壮感も全くなく、
そのあたりの描写は全くない。
低予算であるからか、テレビのニュースで告げるだけ。

人々もやけに淡々としている。
でも、暴動を起こすもの、自殺するもの、
欲望のまま快楽に溺れる者など様々な人々。

妻に去られ、暗い中年男ドッジは淡々と日常をこなし、
誘惑されても心を閉ざし続ける。
暴動に巻き込まれ、ひょんなことで出逢った隣人の
若い女ペニーと車でにげることになる。

家族に会いに行くというペニーと初恋の女に会いに行く
というドッジ。

過去に縛られる男と今を生きる女という職図が見える。
そして、人は最後になって一番大切なものに気付く。

何かあるだろう、最後に仕掛けがあるだろと期待しすぎたからか、
何もなく、本当に直球の話だった。

主人公ドッジが冴えない中年なのにモテたり、
ペニーの顔芸と身体のラインが気になったりして、
なんとなく空々しい。

家族の話しのくだりはちょっとじんとくるものの、
シチュエーションのためだけのようで、せつなさがあまりなかった。

月影の舞


最後の最後でやっと互いの心が通じ、愛を感じあう。

女は「もっと早く出逢いたかった」
男は「これが僕達の運命の時間なんだ」

人類が滅亡するとしたら、あなたはどうしますか?

東京2日目(6/1)夕方。
渋谷の文化村を出て、恵比寿へ。

フラメンコの聖地 フラメンコショップ「イベリア」で、
コルドベス(帽子)を買う。


月影の舞


月影の舞

今期、ガロティンを踊っているので、帽子が必要。
今は、スタジオのを借りてるので、早くマイ帽子が欲しかった。

通販でも買えるのだけど、帽子だけは、

実際にかぶってから決めたかったので、ショップに出向いた。

しかし、顔も頭もデカイし、三頭身だから、帽子が、似合わない。
とりあえず、少しでも小顔に見えるようにと、ツバの大きいものにした。


月影の舞


恵比寿を出て、夜は、東中野へ。
カフェ&スペース「ポレポレ坐」にて、映画を観る。


月影の舞

ポレポレ坐の店先。

カフェの奥に小さな50席ほどのスペースがあり、映画上映。
舞台もあるので、芝居もできる。
地下は、映画館ポレポレ東中野。

月影の舞



月影の舞


ドキュメンタリー映画「ドコニモイケナイ」と、
愛のゆくえ(仮)」の二本。
上映後は、2作品それぞれの監督、撮影者のトークショー。


月影の舞
愛のゆくえ(仮)」ポスター。


「ドコニモイケナイ」は、渋谷で、
歌手を目指して、ストリートミュージシャンをやっている女性を追ったもの。
2001年の渋谷の街にいた女性は、発病し、
入院後故郷の佐賀に転院。
それから、9年後の女性。
いろんな意味でキツイ映画館だった。

もう一本「愛のゆくえ(仮)」は、オウム逃亡犯の話。
あるアパートの一室で、男と女だけが描かれる。

映画の作り方、広報についても考えさせられた。



“縛り”が好きである。
といっても、亀甲とか荒縄の方ではなく、
物語の縛り。

孤島モノとか密室、タイムリミットもので、
ミステリーで事件解決のオチがある「リアル」な話が好き。
反面、ホラーとか恋愛モノだけの話って、
「何でもアリ」で、あまり夢中になれない。

だけど、友のS嬢が
「舞台にもなったし、おもしろそうなんだよね」と言うので。
水曜日、一緒に観に行ったのが
『ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館』。

月影の舞

ゴシックホラーということで、
ご丁寧に邦題の副題までついてて、全てを物語ってくれる。

案の定、ソレイユは ほぼ貸し切り状態。

ホラーの常套手段である怖がらせ方で、
何回か、ひゃあひゃあと驚いてしまったけど、
怖さはなかった。
むしろ せつない。

小豆島のエンジェルロードのように、
干潮、満潮によって、道が出来たり、閉ざされたりする
沼地の向こうにある洋館で物語は起きる。

多大な伏線がちりばめられて、何かあるよね、
ただのホラーでは終わらせないよねという雰囲気を
いっぱいかもしだしてくれたのだけど、
伏線の回収はナシ。

主役の切羽詰まった弁護士役はハリポタシリーズの
ダニエル・ラドクリフ。
ずーっと陰鬱な表情で、あるシーンでだけ笑顔を見せる。

そして、その彼の笑顔で、これは愛の物語だっだ!と
想う。
そこに「救い」があったのかと。
安堵と共にせつない気持ちに包まれる。


観終わって、コレ何かの映画に似てるなあと思い、
パンフを読んでみると、
「リング」シリーズの中田秀夫監督が
「Jホラーを一部参考にした」と語っていた。
どーりであの邦画に似てると思った。

でも、これ原作はイギリスの小説。
原作ではもっと詳細に、彼女の闇の部分が描かれている
のだろうなあ。

一緒に観たS嬢は霊感の強い人。
時折、黙って私を見つめる時は、私を見ているのではなく、
私の後ろ当たりにいる霊を見ていると思われる。
私は全く霊は見えないけど、彼女の様子で霊がいるのでは?
ということが解ったりする。

映画の中で、弁護士が
「(亡くなった)妻の気配を感じる時があるんです}と言うと、
富豪が「霊は下界には留まっていない、天に昇るから」と返す。

月影の舞

観終わって、S嬢が「何か、映りこんでなかったかな」などと、
怖いことを言う。
そして、「あの映画館自体が何かあるよね」と。
ひー。

いや、でも、あの映画館は元ポルノの映画館。
何億という精子の亡霊が……。

●「東京家族」

水曜日(2/6)、マイカル高松で「東京家族」を観る。


月影の舞
「東京家族」チラシ


「男はつらいよ」は全作観ている 寅さんファンではあるが、
それゆえ、山田洋次監督の他のシリーズはあまり観ていない。
なので、最初はその“家族”というものに入り込めなかった。

でも物語が進むにつれ、淡々としているがそこに息づいている
家族の温もりを感じ出した。
平成の今、311以降の現代の家族が象徴されていた。

開業医になった優秀な長男、気の強い長女、アウトローな次男。
私自身もこんな感じの三人兄弟なので、ものすごく自分のことの
ように感じた。
そして、同じように私たち兄弟も三人とも高校を出てすぐに上京し、
故郷を捨て、東京で暮らしていたから、その設定もすごく伝わる。

家族というものも実際に皆が一緒に暮らすという時間は短いのだ。
それでも、やはり家族というものはどこかでずっとつながって
いられるのは血という絆なのだろうか。
幼き頃を共にし過ごした共有の思い出なのだろうか……。

それぞれがまた新しい人と結ばれ、それぞれの家族を作っていく。、

橋爪功は夫婦の間では、相手を想いやったり、
昔話をしたりして、いい夫なのだが、
こういう父親だったら、敬遠されがちだろうなと
いう けむたい父親になりきっていた。
だからこそ、最後の紀子(蒼井優)とのシーンが光った。
ラストも希望にあふれる。

吉行和子の演技にはやはり引き込まれ、涙してしまった。
実際に吉行和子さんは「母」ではないからこそ、
「母」を演じているのだとパンフにあった。
包み込み慈しむ愛がにじみでていた。

観終わったら、親孝行しなくてはと思う映画である。
「東京物語」を借りて来たので、再度見比べてみよう。

月影の舞

「東京家族」パンフ

最近のパンフは読みごたえ十分。
これも分厚い。
役者のインタビュー記事がとても興味深い。
紀子が病院で待つシーンは20テイクも重ねたとか。
こだわりの現場の様子がうかがえる。


さぬき映画祭で上映の優秀作品「竜宮、暁のきみ」の
青木克齊監督のお名前が、監督助手でエンドロールに。



月影の舞
映画の後はラーメン。
「蟹豆腐ラーメン」……ちょっと塩辛い。

2/6ランチも麺類だった・・・・。

スペインパルの貝柱ときのこのクリームパスタ。

月影の舞