GW

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GWも終わり。
「もう」?「やっと」?

家庭のある人を愛していると、GWや年末年始などの連休はちょっとツライ時期。
どこに行っても家族連ればかりで、どうしてもカレの家庭を想像してしまう。
アタマの中では覚悟していても、やっぱり感情は揺れる。
調子が悪い(もともとテンションが下がっている)ときは、通りすがりの家族連れに憎悪さえ感じることがある。

カレはそれを分かっているから、連休中もなるべくいっしょにいる時間を作ろうとしてくれる。
ふたりで短い旅行に行ったり、(普段は私の方が忙しくてできない)昼間の外出デートをしたり。
私ももともとインドア派というか「おひとり様」体質というか、1人で家にいることが苦にならないし、1人で博物館、美術館に行ったり1日中図書館にこもったりするのも好きなので、調子悪いな~と思ったらそうやってあまり家族連れに会わないようにして、うまく乗り切っている。
連休のときは、ひとり暮らしだからこそできる「昼夜逆転」「散らかし」もしてみたりして、気ままな生活を楽しんだりもする。
でも今回のGWは、出だしでちょっとつまづいた。

キッカケは些細なこと。
私はそのときたまたまテンション下がりまくって、いわゆる「堕ちて」いる状態だった。
前日に無防備に外出して、楽しそうな家族連れの姿が目に焼き付いていた。
気分を上向きにしようと思い、シャワーを浴びた。
その間に、カレが電話をくれていた。

シャワーを浴び終わってふとケータイをみたら、何件か着信があった。
「今から行くよ。もうバスにのってる。どこか出かけよう」が最初の伝言。
その後伝言なしの着信が3回。
「今、下まで来てるんだけど」が次の伝言。
このとき私はシャワー中で、インターフォンが聞こえていなかった。
私はカレにロックの暗証番号を教えていないし、カギも渡していない。
インターフォンを受けてロック解除しないと、入り口が開かない。
その後2回ほどケータイを鳴らしても出ないので、あきらめたらしい。
「連絡つかないから帰るよ」が直前の伝言。

あわててかけなおした。
カレは、帰りのバスを待っているところだった。
事情を話して無事に会えたけど、私が外出の準備をしている間、ちょっと不機嫌そうだった。
その不機嫌がうつったのか、私もなんだか、イライラしていた。

カレは私を思いやって、いっしょにいようとしただけ。
それは、わかってる。アタマでは。
でも、もっと早く連絡してほしかった。
私は私の予定で好きなように過ごせる、誰にも束縛されていない、その自由が、不倫のつらさを慰めるココロのよりどころだったりもする。
だから、カレに会えることになって予定が急に変わるのはうれしいけど、連絡がつかなかったことを責められると、なんだか典型的な「都合のいい女」扱いされているような気がしてしまう。
あとから考えると、たぶんそれが、イライラの原因。

そのときは、そんなに自分の気持ちを整理し切れなくて、なんだかモヤモヤしたまま、外出した。
デートの最中も、些細なことでお互いの不機嫌がぶつかって、気まずい空気が流れたりした。
カレからみたら、せっかく会いにきたのにあまりうれしそうじゃない私が、不審だっただろう。
オトナだから不機嫌もうまくやり過ごしてくれるけど、やっぱりちょっときまずかったのか、早めに帰っていった。

その後、連休中に何度か会ったときには、すっかり元通りの仲良しのふたりに戻っていた。
でも、その日の気持ちを思い返すとまだモヤモヤしてくるから、また同じことが起こらないとも限らない。
機会があったら、あのときの不機嫌の理由を、ちゃんと話してみよう。
きっとカレはわかってくれる。

「やっと」GWが終わる。

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ことこさんのコメントに寄せて

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「ことこ」さんから、とてもあたたかいコメントをいただきました。
ありがとうございます。


おっしゃるとおり、時々「理不尽だな」と思うこともあります。
カレの本心がどうであれ、接する時間は奥様の方が多く、子供がいればなおさら、絆もしくは柵(しがらみ)は強い。
できてしまった柵を壊すには、ものすごいエネルギーがいるし、子供とのつながりはどうしたって一生、切れない。

たとえばの話、会社にいるときに大地震が起きて電話も通じないとなったら、カレが必死で帰って守ろうとするのは私ではなくてご家族のところ。
それどころか、私といっしょにいるときにそうなったとしても、私と一緒に避難するのではなくて、家族のもとに帰ろうとするでしょう。
父親だから。

また、一緒にいないときにどちらかが死んでも、相手に連絡がいくことはない。
死んでしばらくたって、連絡がつかなくなって、不審に思って人づてにたずねて回って、「・・・そうだったんだ・・・」と知ることになる。
それはとても悲しい現実です。
でも、カレの人格と、「別の女性の夫である」「父親である」という属性は、私にとっては別モノで、カレの人格を愛してしまったあとでは、属性を理由に愛情を打ち消すことはできませんでした。


打ち消さなくても、カレと別れて、カレとは別の人を探せばいい。
カレへの想いと、カレとの想い出は、ココロの中の宝物としてしまっておけばいい。
そういう考え方もあるのは知っているけれど、たぶん私はその宝物があるうちは、他の人をまるごと愛することはできないでしょう。


私も、ことこさんと同じように考えて、他の出会いを探していた時期がありました。
それはカレと別れていたときで、別れた理由が「カレの子供たちの幸せを考えよう」だったのでけっこう悲しくて、その反動か、自分でいうのもナンですがすごく真剣でした。
もうこんな思いをしたくない。
大恋愛なんかじゃなくても、何でもない日常を分かち合って、ケンカしたり笑いあったり、「それって人に言うほどのこと?」っていう程度のことでもすぐに話して受け止めてもらえる、そんな関係を作りたい。
そう思って、身近で好意を寄せてくれる男性を見直してみたり、紹介されれば積極的に会ってみたり、今思うと笑っちゃいますが結婚を前提とした出会い系サイトに登録してみたり、人見知りの激しい私にしては、かなりキツイ努力もしてました。


愛は、意思だから。
最低限、人間として好きになれる人であれば、いつか男性として愛することができるはず。
そう思って、なるべくいろんな男性のいいところ、自分にあうところを探して、愛する努力、愛される努力をしようとココロに決めて。


でも、そういう日々が続くうちに、努力でできることにも限界があると悟りました。
まず、私の場合、男性を異性として好きになるまでに、ものすごく時間がかかるのがモンダイで。
最初にそうおことわりしておいても、相手の方は急ぎたがるもののようで。
まぁ、トシもトシなので、無理もないんですけれど。
「いつか」なんて思っていたら、ダメみたい。
だいたい、それが原因でダメになることが多かったです。
ある程度の関係までは進める。
でもどうしても超えられないカベがある。
なのに、ココロの準備ができないうちに、カベを超えることを要求されて。
そんなことを繰り返すうちに、無理しすぎたのか、ちょっと自分が精神的に壊れかけました。
幸い、早いうちにカウンセリングを受けて、立ち直ることができましたけど。


ま、そんなこともあって、無理はしないことにしました。
自然に、異性として好きになれる人が現れたら、そのときは素直に、心を寄せていこう。
キモチの盛り上がるペースが合わなくて、相手が待ちきれないのなら、申し訳ないけど縁がなかったと思うことにしよう。
私を愛してココロの傷も含めて受け止めようとしてくれる人なら、いつまで、とか何ヶ月、とかじゃなくて、私のココロの準備ができるまで、待っていてくれるだろう。
待っていてもらえるのなら、自然にカベを超えることもできるだろう。
そうなって初めて、愛する努力、愛される努力は幸せという実をつけるものなんじゃないかな。
そんなふうに思うようになりました。


私にとって、カレとの関係で悩んでいるときよりも、他の人を好きになろうとして無理をして壊れかけたときのほうが、ナンボか苦しかったのです。
カレのことが忘れられなくて、カベを超えられなくて、相手に申し訳なくて、毎晩自分を責めて、自分で自分が汚らわしくて、そんな自分として生きていくと思うと目の前が暗くなって、眠れなくなって、シゴトにもさしつかえる。
そんなことを繰り返した挙句に、あるときふっと、いっそ一生ひとりでもいい、無理することないんだ、と思ったのです。

結局、カレと再出発することになって、今は愛する人はカレだけだけれど、ときどき「他に好きな人ができたら別れるからね」なんて言うこともあります。
でも、自分ではその可能性は低いような気がしています。完全否定はしませんが。
やっぱり、先にカレの人格を愛してしまったから。
「~である」という属性や、「~できる」という能力や、「~してくれる」という態度・行動は、他の人と比べることができても、人格そのものは世界にただひとつのものですよね。
カレより条件や属性が整っていて、カレにはできないことができて、カレより私に尽くしてくれる人がいても、その人は私が愛したカレではない。
私も、カレといっしょにいるときが、いちばん自然で自分の好きな自分でいられる。
カレがカレであるということだけで、私には十分な愛する理由になる。
そしてカレも私のことをそういうふうに思ってくれる。
それが私の、そしてカレの、人を好きになるときのなり方なのだと思います。


この、「人の好きになり方」(なんかニホンゴがヘンですが)が同じ、というのが、もしかしたらカップルには重要なことなのかも。
容姿が第1条件という人もいる。
仕事や家事の能力が重要という人もいる。
温かい家庭と子供が第一、という人生観が一致すればいい、という人もいる。
いろんな「好きになり方」があると思うけれど、重要なのはカップルのお互いが同じ「好きになり方」で相手を思っているということなのかもしれません。
それが、「価値観の一致」ってことなのかな?
私の「人の好きになり方」は、珍しいのかもしれないけれど、それが一致する人とめぐりあえたのは、幸せなことだと思います。


だから、カレを愛したことで、私は不幸ではないのです。
いろいろ悩んでしまうこともあるけれど、悩みはどんな恋愛でもあることでしょう?
悲しいことも、どんな恋愛でもあることではないかと思うのです。
「そりゃゼンゼン質が違うよ!」と言われれば、それはそのとおりなのですが。
でも、誰よりもお互いを理解し、愛しあえるカレがいて、何でもぶつけられる関係でいられれば、たいていの悩みや問題はふたりで乗り越えられてしまいます。
少なくとも、今までのところは。


これから年をとって考えが変わることがあるかもしれないけれど、人の意見や世間の常識でなくて自分の意思で選んだ「今」の結果なら、受け入れてやりなおすことができると思うし、そうなれるように努力しています。
いちばん悲しいのは、「不本意ながら流されて」選択した「いつかのための今」の結果が思い通りにならなくて、他人のせいにして恨みがましく残りの人生を生きることではないかと思うのです。
だから最後の決断はいつも自分で下してしまいますが、今までにいろんな方からいただいたご意見も、決して心に響いていないわけではないので、そこんとこわかっていただけるとうれしいです。


ことこさん、それから他にも今までにメッセージをいただいた皆さんに、あらためて心から、お礼をいいたいです。(見ていただけるかどうか、心もとないですが・・・)
ホントにどうもありがとうございます。
どーもアタマでっかちでカワイゲのないおツボネですが、ひきつづき見守ってていただけるとうれしいです。
いつか、誰もがモンクなしに「よかったね!」と思えるような、いいご報告ができるといいな・・・


★この記事は、「おツボネ様、「愛」を考える(*u_u*) 」 シリーズとしてピックアップしています。

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さびしい…

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ふぅぅ。
なんだかタメ息ばかりついています。
別に、たいしたことではないのですが。
…カレが、出張に行っちゃった。再来週まで。
さびしい…

なんて、落ち込んでもしょ~がないんですけど。
普段だって週1~2回しか会えないけど、電話したりメールしたりはしょっちゅうしてたんですよね。
それが、2週間も音信不通?になってしまうなんて・・・
ナニがっていわれると困るんですが、なんとなくユーウツだ。

そうそう、行き先は海外なのですね。
なので、「ど~しても急ぐ用事のときは、メールして。あ、でも、日本語フォントの入ってるPCはないと思うから、英語でね」って・・・(T_T)

急ぐ用事はないかもしれないけど、さびしいキモチを訴えたいときがあるかもしれないじゃないかー。
自慢じゃないけど文系のくせに語学がキライなこのワタシ、エイゴでキモチを伝えるなんて、絶対、ムリ。
わ~ん。いじわるー。ノートPCくらい持ってってよ~。(>_<)

それに、テロはだいじょうぶなのか?
とか、ちょっと心配だったりもする。
「それは日本にいても同じでしょ」といわれればそれまでなんですが。
「それに、日本にいるほうが地震のリスクは高そうだし」って・・・
それはそうなんだけどさー。
だからそういう、イザってときに連絡がとれないのが不安なんだってば。
わっかんないかなぁ、ホントにもう、オトコってヤツは。
はぁ~・・・ ← タメ息


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藤田社長、離婚

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藤田社長、離婚されたんですね。
・・・って、いや、そんなコトは、私にはカンケイないことなんですが。
別にゲイノー人の離婚なんて珍しくもなんともないし。
でも、藤田社長が注目されてサーバが重くなるのは困る~。
そろそろ落ち着いてきたかな~と思ったけど、今もけっこう混んでるようです。
もー、やめてよー。週末しか更新できないんだからさ~。
・・・あ、コレはワタクシの勝手な都合だったっけ。

それにしても。
カンケイないといいつつ、やっぱりヒトコトいいたいおツボネ根性。

1年半って・・・短すぎないですか・・・?
私がアタマ古いだけなのかしら。
本当に「解決しがたい問題」なのかどうか、見極めるだけでも1年くらいたっちゃうと思うんですけど。
解決を放棄したとしか、思えない・・・

結婚も離婚も私には経験がありませんが、「愛」なら経験ある(と思う)ので言わせていただくと、
「愛」が足りなすぎ。
っていうか、最初から「愛」以前の状態で、覚悟も何もなく、お子ちゃまどうしが浮かれて結婚しちゃった、その結果ってことなんでしょうね。

「決断の早さ」って、仕事の上では必要なことですが、生身の人間関係では、必ずしもそれがいいとはいえないこともあるはずだし。
別に「仕事と家庭の両立」なんて、社長がお手本を示すとか、そういう問題じゃないと思うし。
サイバーエージェントの社員の皆さんは、ホントにそんなこと社長に期待してたんでしょうか。
今どきの若い人って、もっとドライなんじゃないかと思うけどなぁ。
単なる社長の思い込みなんじゃないかって気も、しないでもない。

藤田社長のブログでの離婚報告って、すごく「いい人」のコメントになってるけど、なんかウソっぽい。
これでスグ藤田社長なり元奥様なりが不倫相手と再婚、なんてことになったら、この記事はかなりマヌケに見えそう。。。


とりあえず、藤田社長って人は、「一生」の誓いを「1年半」で破る人だってことが、わかりました。
こういう人の「約束」とか「誓い」ってのがどの程度信用できるものなのか。
「問題はすべて解決します」と言い切った4月のリニューアル以降、問題が山積みのまま、今回のリニューアルを経てもまだ残っているのも、うなずけちゃったりして。

ちなみに、これがもしウチの会社だったら、自分のブログに書いたことが原因でサーバをダウンさせて社外のユーザに迷惑をかけ、かつ広告主さんにも(機会損失という意味で)損害を与えたりしたら、良くて始末書、ヘタすると懲戒処分(減俸とか解雇つき)だと思います。
まぁ、藤田社長があの記事を書いても書かなくても、結果は同じだったかもしれませんが。
社長とはいえ人間なので、動揺のあまり(?)の失敗もある、ということでしょうか。

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出張

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昨日から出張中です。
ケータイの電源がアブナイ…
さっきまで満タンだったのが、あれよあれよという間になくなってしまいました。
「新幹線の中では電源を切れ」ってのはホントなんですね。
# って今わかっても遅い(T_T)
   

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ワタシをオンナにするヒトコト

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ず~っと前に読んだマンガ。

著者: 大和 和紀
タイトル: ハイヒールCOP (1)

主人公は、世の男性に「容姿E、性格E、センスE、マナーE、頭E」の「5E(ファイブイー)」となる努力を義務づける(?!)、年齢不詳(25~50歳)のゴージャス美女かつブランド狂。
・・・でありながら、オトコ顔負け、警視庁で麻薬捜査に活躍する敏腕刑事です。
名前は市子サン。
このマンガは、市子サンとさまざまな犯罪者、いやE(イー)オトコたちとの関わりを描いたもの。

   

その中で唯一(たぶん)、市子サンが「あの人、5Eじゃない・・・どうみても2E・・・」と自覚しながら、惹かれる男性がいます。
彼は、失踪ペット専門の私立探偵さん。迷子さがしがお仕事です。
その彼が、市子サンを「おぉっ!・・・このワタシをオンナにしてしまうセリフだ・・」とうならせる場面があります。
それは確か、「俺が君の楯になる!」というセリフでした。

   

ま、これだけ聞くと、クサいセリフですね。
でも、オンナにはこういう弱点があるものなのです、ふっふっふっ。(^ー^)
← ブチミ?
特に、ヨメにもいけず・・・じゃなくていかず、ひとりで生きているとね。
毎日毎日強がってるけど、その肩のチカラをフッと抜いてくれるヒトコトが、あります。

おツボネにとっての、「ワタシをオンナにするヒトコト」。
それは、カレのクチグセの「だいじょうぶだよ」です。


シゴトで失敗して落ち込んだとき。
「だいじょうぶだよ。何がいけないかわかったんだから、次はうまくいくよ」

責任重大な仕事を任されてビビってしまったとき。
「だいじょうぶだよ。キミならできる、だからこそ任されたんだよ」

同僚に誤解されて仲たがいしたとき。
「だいじょうぶだよ。いつだって見てる人はちゃんと見てるから、誤解は誠意でとけるよ、ぶつかってごらん」

ウン千万円のPJの受注をかけた提案書のプレゼンを明日に控えて緊張してるとき。
「だいじょうぶだよ。キミならどんなお客さんにもひと目で信頼されるよ」

親が病気になったとき。
「だいじょうぶだよ。キミの顔見たらすぐ元気になるよ、親孝行しておいで」

    

いや~もう、よくここまで言うよなぁ、ってくらいの甘やかしようです。
書いててハズカシイわ。(*^_^*)

   

でもね。ダレに言われてもいいってワケじゃないんだなぁ。
ワタシの場合、やっぱり最愛のカレが言ってくれなきゃ、ただのクサいセリフになっちゃうかも。

こうやって、ツボを探し当てて的確に刺激してくれる男性が、やっぱり運命の人なのかなぁ、と思います。


このところ、仕事が忙しかったり、新しい上司とうまくいかなかったり、このブログも雑な文章かいてたり雰囲気悪かったり、ちょっと凹みがちで、グチが多かったんですよね。
そんなネガティブな自分がまたイヤで。
「あ~あ、私って性格悪いよね」って、ついポロっとクチに出ちゃいました。
「そんなことないよ」って言ってくれるかと思ったら、カレはしばらく黙ってるし。
・・・ホントに嫌われちゃったかしら、と不安になる頃。






「だいじょうぶだよ。どんな欠点もぜんぶ受け入れてるから。オレは一生、キミの味方だよ」







参りました。降参降参!ってカンジ。
そんなこと言われたら、泣いちゃうじゃん。せっかく強がってるのに。

・・・でも、ちょっと泣いたあと、不思議にサッパリした。

そして、・・・ますます仲良しになりました。えへ。照れペンギン

   

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チャールズとカミラ

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古い話題ですが、英国のチャールズ皇太子について。
何となく好きになれない人なので、感情的にならないように、コメントを控えていたのですが。。。
「愛に努力は不要か?」 に、風マリア さんからTB をいただいていました。
 

4月の挙式以降1ヶ月がたちますが、、チャールズ皇太子って、ちっとも話題にのぼらなくなった気がしますね。
英国王室公式HPでも、ほとんど女王以外は「その他大勢」扱い。
ゴシップにしか登場しない程度の存在感でだいじょうぶなのか、チャールズ。
日本の皇室と違って、ちゃんと国を動かす権力を持っている王室の、跡継ぎなのに。


英国王室の三角関係については、私もフクザツな思いで見ていました。
あの3人はみんな、ある意味お気の毒なんですが、実はいちばん心が平穏だったのはカミラさんだったんじゃないかと思います。
彼女は、チャールズ皇太子を愛し続ける覚悟と愛されているという自信があったように見えるからです。
だから、チャールズは安心して不倫を続けていられた。
結婚したからにはダイアナを愛する努力をしようとか、そういうムリをしないでいられた。
ただ王室の人間の義務として、子をなし、父親として守ればいいと割り切っていられた。
もしかしたら、子どもが大きくなったら離婚して再婚すれば言いと最初から決めていたかもしれない。
なんだかそういうふうに見えるのです。
その計算高さがおそろしい気がします。


3人の中でいちばん、若くて美しくて国民の人気が高かったダイアナは、それでもいちばん孤独で不幸だったと思います。
結婚式の日の輝くような笑顔と、離婚のちょっと前に公式行事で見せていたよく訓練された笑顔の対照が、単なる年齢による分別だけを物語るものとは思えません。


誰がいちばん悪いかといえば、私も風マリアさんと同じく、
「だったら最初からチャールズはカミラと結婚していたらよかったのに」
と思うので、やっぱりチャールズがズルいと思ってしまう。
ダイアナが悪くないかといえば、浅はかな点もあったかもしれない。
若かったから、憧れだけで結婚したような印象もあったし、派手好きなところも確かにあったと思います。
チャールズとカミラの関係を知っていても、自分の若さと美貌を過信して、高をくくっていたかもしれない。
年上のカミラに比べれば、人生経験が少ない分、知性も落ち着きも教養も包容力も、かなわなかったであろうことは想像がつきます。
でも、彼女は彼女なりに、努力はしていたと思うのです。

問題は・・・夫婦の努力は、「王室の維持」であって、「温かい家庭の維持」ではなかったことでしょうか。
もしかしたら結婚した最初の頃は、ダイアナは自分が両親の離婚で傷ついているだけに、チャールズを愛して温かい家庭を築こうとしていたのかもしれない。
一方、チャールズがそう思っていたかは疑わしい気がします。
2人は同じ方向を向いてはいなかったように思います。
だからやっぱり、チャールズがズルイと思う。
ダイアナをだまして結婚したという点で。


チャールズとダイアナの結婚も、カミラがダイアナと会った上で勧め、チャールズが同意したたものだそうです。
チャールズは皇太子だから、ふさわしいお嬢さんと結婚して子どもを産み育てなければならない。
そのために自分は身を退こうと思ったのならそれも美しい愛だと思うのですが・・・

でも、結婚後も不倫を続けていたということは、最初から隠れ蓑にするつもりだったってことじゃないの?と思うにつけ、チャールズとカミラのその計算高さ、冷酷さには、ちょっとついていけないです。
貴族のお嬢さんとして、ほっとけば幸せな結婚をして幸せな人生を送ったかもしれないダイアナが、2人の不倫の隠れ蓑、または思いっきり善意で解釈しても不倫を精算するための代用品としてあてがわれ、不幸な結婚生活を送り、悲惨な事故死で短い人生を終えたと思うと、かわいそうだし、そんな冷たい策略は許せないって思っちゃいます。

何かを得ようと思ったら、何かを捨てなきゃいけないことだってある。
だから、エドワード8世は王位を捨てたのでしょう。
もしチャールズが、オランダのフリーゾ王子のように王位継承権を放棄するとかしていれば、みんなもう少し素直に祝福できるのではないでしょうか。
チャールズは、何も捨てずにすべてを得ようとして、そのためにダイアナを不幸にした。
子どもたち(もうオトナですけど)だって、両親の関係を見て育って、心に傷を残しているかもしれない。

その元凶である2人が、再婚。
これは、素直に祝福すべきかどうか、誰でも迷うところですよね。


いや、祝福したいとは思うんですよ。
私も同じように、不倫の関係にあって、これからも続けようと思っていて、いつか結婚できたらいいなと思っているわけで。
でもイマイチ「?」と思ってしまうのはなぜかというと、当の2人に、あまり罪の意識がないように見えるからなのです。
いちおう結婚式を(1日だけ)延期してみたり、結婚式で懺悔してみたり、カタチとしては配慮してるみたいに見えますが、写真や発言を見る限り大ハシャギなのがミエミエで、いいトシして抑制のきかない人たちだなぁという印象を受けます。
幸せなのはけっこうなことですが、誰かを不幸にして手に入れた幸せなら、はしゃぎすぎには気をつけないと。
まして、「国民が祝福してくれない」とムクレるなんて、とんでもないことです。
いい加減大人になれ、チャールズ。

・・・でもやっぱりちょっぴり、うらやましいかな。えへ。照れペンギン
 

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勝ち犬・負け犬

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adversity さんから、こんなコメントをいただきました。

■そもそも・・・
「負け犬」って、恋愛だけじゃなしに、仕事に関してでも、生きていく事に対して、うまくいかないからって現実逃避しちゃってる人には、もっと出来ないなりにも精一杯やりなさい!って思っちゃうから、そういう人が「負け犬」なのかも・・・。
「負け犬」ブームになった本を読んでいないので由来はどうなのかわからないんだけど・・・。

世間で「負け犬」を見下して、
青年実業家(何やってんだか良く分からない仕事でも、独立するとこう呼ぶのがまた、ややこしい)
と結婚して
「セレブの仲間入り~♪」
なんて思ってたら、訳のわかんない旦那の会社は倒産・・・。もしくは、お金があってブランド物で身を固めていても、旦那は女遊びで帰ってこない・・・。独りで夕飯を食べる毎日。
なんて事もよくある話。
それでも「勝ち組」なのかな?
好きな人に愛されてるって事は、不倫であろうが、何であろうが「負け犬」じゃないと思います!

 

ありがとうございます。元気が出ます。
私も、周りの結婚している人たちをみて、「この人が勝ち犬で私が負け犬???」って不思議に思うこと、あります。
結婚したからって家庭に満足ってわけでもなく、でも「たいした仕事できないから」って働く気もなく、人生をあきらめてヒトにヤツアタリしながら過ごす人々に比べたら、恋愛も仕事も充実している私のほうが幸せなのでは?って気がしちゃいます。
もちろん、名実ともに勝ち犬!って方もいらっしゃいますけどね。
最近わかったことは、「負け犬」という言葉には「善悪」や「軽蔑」や「優劣」の概念は含まれていないらしい、ということ。
単に「30代以上、独身で子無しの女性」という「現象」をさして、「負け犬」といわれているようです。
# むしろ、「負け犬」というコトバの創案者自身が「負け犬」なので、「勝ち犬」に対して意地の悪い視線が感じられるのは、気のせいでしょうか・・・


しかし、男性にはこの「負け犬」というコトバ、どのように受け止められているのでしょうか。
興味のあるところです。


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(男女の)愛=結婚?

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kumikoさん から、「愛に努力は不要か?」 にこんなコメントをいただきました。

私は好きな人と同じ時間を共有して、良いとこ取りだけではなく、嫌なところも含めて愛していきたいと思っています
そして、新しい家庭を築きたいとおもいます。
わたしは、何かを形に残したい、築いていきたいというのが結婚なのではとないか思います。
 人の恋に意見をできる立場ではないのですが、不倫は雨宿りみたいなものだと聞いたことがあります。
 家は建てられないのです。軒先を借りるということだと・・・

 

 また、まさ さんから、こんな TBも。

それぞれ深~いコメント・TBありがとうございます。

 

私はまだコレ をひきずっているのかもしれませんが、
        恋=結婚でも、恋の延長=結婚でもない
と思います。
でも、
        恋愛≠結婚でもない
と思います。というのは、
        結婚に愛は必ずしもツキモノではないけれど、愛のある結婚もある
と思っているから。
そして、愛のある結婚は、やはり、いちばんの幸せで、遠い未来の夢でもあります。


愛=結婚だとしたら、kumikoさんのコメントのとおりだと思います。
でも私は、「嫌なところも含めて愛して、何かを形に残す」方法が、必ずしも結婚だけだとは思っていません。
最愛のカレと結婚できれば幸せだけれど、別に結婚できなくても、例えば
        ず~っと愛し合って、死ぬまでに一緒に1冊の本を書こうね。
というのも、1つの愛の形としてアリだと思うし。


世の中には、私の両親もそうでしたし、カレと奥様もそうなんですけれど、愛はないのに、しがらみ(「子どもがいるから」「1人では経済的に自立できないから」)で結婚を続けている夫婦がけっこういるようです。
それが悪いとはいえないし、それぞれの事情もあるのでしょう。
でも、人がそうするのは何とも思いませんが、私自身はそんな結婚ならしたくない。
浮気するオトコのいうことを信じている私って、バカなのかもしれない。
でも、「愛してる」ってそういうことだと思ったりもするのです。

雨宿り、おおいにけっこう。(^ ^)
死ぬときに、

        私は結婚はしなかったけれど、一生に一度の大恋愛をして、幸せだった
と思えれば、それで満足です。

 

★この記事は、「おツボネ様、「愛」を考える(*u_u*) 」 シリーズとしてピックアップしています。


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