カチャッ


「もしもし」


電話をとった夜須斗の耳に聞こえてきたのは、聞きなじみのある声。


“もしもし、あ、夜須斗? お母さんだけど。”


予想通り母だった。じ-ちゃんじゃなくて良かった、と内心ホッとする。


「んー。どしたの?」


“今日ごめんね、家に誰もいないのに作り置きもできなくて・・・ 

ご飯ちゃんと食べた?”


「あぁ、ライブ行って遅くなったからコンビニにしたよ。」


“そっか。お母さん、明日お昼くらいまでかかりそうだから、

悪いけど朝と昼も、適当に作ってすませてくれる?
昨日買い物は行ったからある程度材料はあるから。”


「ん。分かった。」


“お願いね。夕方には帰れるから。じゃあね。”


「んー。」


カチャッ


用件が終わったからか、母親側から切られ、夜須斗も受話器を置いた。


「おばさん?」


「うん。朝昼も帰れなそうだから勝手に作れって・・・」


夜須斗がソファに戻ろうとしたときだった。


プルルルルルル プルルルルル


「はぁ? 向こうから切っといてなんだよ・・・」


再び電話が鳴った。

こう間髪入れずだったので、母親がかけ直してきたのだと早合点して、
夜須斗は何のためらいもなくとって言った。


「何、母さん。っていうかさっきそっちから切っ・・・」


だからこそ、電話口から聞こえてきた声を認識した瞬間、夜須斗は凍り付いた。


“もしもし。吉野さんのお宅ですか? ・・・っていうか夜須斗くん?”


「えっ・・・なっ・・・」

「夜須斗? まさか・・・」


固まっている夜須斗を見て、

仁絵が一つの可能性に思い当たったのか、近づいてスピーカーボタンを押す。
そして仁絵にも聞こえるようになった声の主は予想通り。


“もしもし? もしもーし”


「やっぱり・・・」


風丘だった。


“もしもし?”

「おい・・・」


呼びかけ続ける風丘の声と、

仁絵に肩を小突かれたことによって我に返った夜須斗が、慌てて応対する。


「あ、あぁ、ごめん、俺、夜須斗。どうしたの、こんな時間に。」


“んー。そっちに仁絵君いるでしょ? 
で、お泊まりさせてもらうって言ってたから

保護者の方に一言ご挨拶を、って思ったんだけど?”


(だから俺の家の固定電話か・・・)


2人のうちのどちらかに用事があるならば、携帯に連絡してくれば良い話だ。
そうではなかったのは、用事があるのが夜須斗の「家の」人だったから。

だが、どうする。風丘が挨拶する保護者なんて今家には誰もいない。

風呂にでも入ってることにして、一旦切らせて貰うか・・・
夜須斗がごまかす案を思案していると、仁絵が「貸せ」と受話器に手を伸ばす。
夜須斗が渡すと、仁絵は夜須斗にとって予想外のことを口にした。


「風丘? 俺。仁絵。あー・・・。夜須斗んち今日親いねー。」

「仁絵!?」


あまりにもあっさりした仁絵の告白に、夜須斗が目を見開く。
すると、電話口から妙に落ち着いた声が返ってきた。


“やーっぱり。”


「・・・つか、分かってたんなら最初から許可しなきゃいいだろ、性格悪・・・」


“別に最初から疑ってたわけじゃないよ? 

でもなんかちょっと変な予感したから確認したくて念のため電話したの。
本当だったとしたら、もちろん挨拶しなきゃだしね。
でも偉いねー、仁絵君。嘘つかないで素直に言えて。
最初の嘘の分、お尻ペンペン10回で許してあげる。”


「ばっ・・・てめぇ何言って!!」


恥ずかしげもなく言い放ってくれる風丘に、顔を真っ赤にして抗議する仁絵。
その横で夜須斗は、仁絵があっさり告白したのはこの展開を予想してのことか・・・なんて、
仁絵の風丘との共同生活で身につけた保身の術に感心している。


(あんな飛び抜けた不良だった仁絵がねぇ・・・)


風丘の矛先は先ほどから仁絵に向いていて、夜須斗は油断してそんなことを考えていた・・・が、突然現実に引き戻された。


“じゃあちょっと待っててね、今から車で迎えに行くから。”


「「はぁぁっ!?」」





まずい。それはまずすぎる。夜須斗が慌て、

その姿を横目で見た仁絵が焦った口調で引き留める。


「い、いいよ、自分で歩いて帰る! 

わざわざ車出すの面倒じゃん、歩いたって15分くらいの道・・・」


仁絵の算段では、さっきの告白で『帰ってこい』と言われたら
夜須斗から制汗剤やら洋服の消臭スプレーやら借りて、

その後歩いて帰れば同じ空間にいてついたくらいのアルコールの臭いなら消せるだろう、
更に言えば「ライブで汗かいて風呂借りる前に帰ってきちゃったから今入る」とでも言って

帰宅直後に風呂に入れば、
服は洗濯機に入れてそのまま洗濯されるし、完璧に消せる、とこういう具合だった。

だが、風丘が直接来てしまえば、いくら仁絵を連れて帰るだけといっても、
その家に確実にいるはずの、そもそも外泊を誘った夜須斗が顔を出さないわけにはいかなくなる。
仁絵についた臭いをごまかすくらいの時間は何とか出来ても、

ものすごい量のアルコールを摂取した夜須斗についた臭いをごまかす、

つまりアルコールを抜くのはどう考えたって無理だ。


“ダメだよ。歩いて帰ってくるなんてそれこそ危ない。それに、わざわざじゃないよ? 

今仕事終わって帰るとこ。まだ学校だから。”


「まだ学校!? もう10時・・・」


“おかげさまでだいたい成績関係片付いたけどね。

で、だから帰るついでに迎えに行くよー”


「うっ・・・か、風丘・・・やっぱり俺夜須斗んち泊まりたいんだけど・・・ダメ?」


“もー。なんでそこで駄々こねるの? 

そんなにお泊まり会でオールしたいならせめて家にしなさい。
どうせ迎えに行くから、夜須斗君も一緒に乗ってけばいいでしょ。”


「いやー・・・その・・・」


もう反論する術がない。2人が顔を見合わせていると・・・


“あ、なーに? 心配しなくても夜須斗君にはお仕置きしないよ。
仁絵君にするのは「保護者としての」お仕置きだから。

じゃあ、今から行くからね。5分くらいだから。”


カチャッ ツーツーツー


最後には一方的に話され切られた。
受話器を置いた仁絵も、その様子を黙って見る夜須斗も、どちらもどんよりとした顔。


「・・・お仕置き、されないらしーぜ。」


「仁絵。それ以上余計なこと言ったらぶん殴るからね。」


『5分』と言われた以上、

今から無理に風呂に入ったり、夜須斗だけ家から消えてしまうのは不自然だし、
5分で施せる工作なんてたかがしれてる。


「終わったな・・・」

「俺死ぬかも・・・」


2人はまた顔を見合わせて、ため息をつくのだった。





ピンポーン

「「!!」」

ほぼきっかり5分後。チャイムが鳴った。

「・・・とりあえず、俺が出るわ。」

荷物を持って、仁絵が立ち上がる。家主が出ない多少の不自然さはあるだろうが、
それでもせめてもの引き延ばしだった。・・・つもりだったのだが。


ガラガラ


「こんばんはー ・・・へぇ・・・そういうこと。」

「え・・・」


引き戸を開けた瞬間、風丘の目が険しくなった。
まさかこの瞬間にバレたのか!? なんで!? 内心動揺して固まる仁絵。
そしてそんな仁絵を冷たい目で見下ろして風丘は言い放つ。


「なんか妙に俺がここに来るのを拒否してたとは感じたけどね。全く!」


グイッ


「うぁっ・・・おいっ!」


そして、何と仁絵の胸ぐらを掴んで引き寄せた。

滅多に・・・いや、初めてくらいの乱暴な扱いに、

仁絵は引き離そうと風丘の手を掴む。が、びくともしない。
風丘は抵抗する仁絵の顔に自分の顔を近づけ、ふぅっと息を吐いた。


「・・・仁絵君は飲んでないね。ということは・・・」


風丘は仁絵を離すと、鋭い目を仁絵の背後に向ける。


「吉野!」


さすがに無視出来なくて、玄関から続くリビングから夜須斗が出てきた。
その瞬間、風丘がため息をつく。


「・・・近づくまでもなかったね。吉野が出てきた瞬間お酒の臭い強くなった。

顔もちょっと赤いし。
まぁ、そもそも玄関にまでこんなにお酒の臭いが漂ってるんじゃねぇ・・・」


「え、そんなする・・・」


「するよ。気付かないくらいアルコール充満した空間にいたってわけだね。」


「う・・・」


「さて。よかったねー、2人とも。お泊まり会したかったんでしょ? 

これから俺の家で『強制』お泊まり会だよっ♪」


「っ・・・」
「風丘っ・・・」


語尾に「♪」がついているような口調なのに、目が、目が笑っていない。
特に夜須斗は固まってしまってさっきから一言も発していない。


「まぁ、仁絵君は電話でも言ったとおりお尻ペンペンは10回ね。
まぁ、ものすごーーーーくいたーーーーいお尻ペンペンに変更だけど。」


「うっ・・・」


「だけど吉野。」


「っ・・・」


「お前はただのお尻ペンペンなんてそんな甘いお仕置きじゃ終わらないから。」


「!!」


風丘はいつぞやのように、また夜須斗に爆弾を投下して、

ついに2人は風丘の家に連行されてしまったのだった。