沖田 臥竜

尼崎の物書き
近著「尼崎の一番星たち」


テーマ:
誕生日は何歳になっても特別な日


お陰さんで不肖私めも先日、誕生日を迎え42歳となった。毎年必ずやってくるたかだか誕生日くらいで何がめでたいのだと思うのだが、実際自分の番が回ってくると何歳になっても嬉しいものである。
3年前くらいまでだろうか。生意気にも毎年、誕生日には誕生日会を開催していたのだが、ここ2年はやっていない。
その理由として、ただただ招集をかけるのが面倒くさいからである。主催者である私が面倒くさいのだ。招かれる方はもっと面倒くさいに違いない。

ただ、誕生日が近づくと祝いの電話やLINEが届き出す。世は不景気である。それで済ませてやろうとする目論見も垣間見得なくもないが実際、言葉だけでも嬉しいものだ。

この現象は、誕生日を過ぎた3日後くらいまで続き、電話がなったと思って出ると「おめでとう!」といきなり言われ「なにが?」となったりしてしまうのである。
考えても見てほしい。クリスマスを過ぎた12月28日に「メリークリスマス!」と言われても、「あの〜もう終わってますけど、、、」とならないか。それと同じである。と言うか本人も既に忘れてしまっているのだ。それでも嬉しいことにかわりはないし、有難い限りだ。

誕生日の想い出は、幼少期を含めそれぞれ残っているのだが、ひたすら孤独な誕生日もあった。

私は12年、塀の中で歳を重ねており、誕生日の2月は、ほぼほぼ独居拘禁の1人暮らしを送らされていた。
監獄法が一部改正され、大阪刑務所では親族以外との外部交通も緩和されたため、そんな中で社会から届く祝電は嬉しかった。だが嬉しいには違いないが、塀の中で歳を重ねている我が身の境遇を思うと、一層の虚しさが募ったのも事実だ。

それでも誕生日を毎年、楽しみにしていたのである。何故ならば、塀の中では誕生日月になると官(刑務所)より、ホットケーキを昼食時などに頂けるからだ。
社会でそんな手作りのホットケーキを誕生日プレゼントを持参すれば、どつき合いのケンカに発展する恐れもあるかもしれないが、懲役の身分である。それすら楽しみなのである。
手作りのホットケーキを頬張りながら、ちっとも甘くもない薄いホットコーヒーで冷え切った身体を温め、21歳から全ての20代を私は塀の中で捧げてきた。
食べ終えると、これでまた来年までホットケーキはお預けかと思うと、しんみりもしたがその時は確かに手作りのホットケーキが子供のように嬉しかった。

シャバの人となり、10年近くの歳月が経った。いくら高価なホットケーキといえども、それくらいではすまぬ。ちっとも嬉しくない。
だけど今では、誕生日になると周囲が祝ってくれている。

何歳になっても、誕生日は自分の中で特別な日と思える人生が、何より幸せなのかもしれない。



●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。