1月9日 王の報告(King's Report) 亨進様 日本語訳

 

セクション 1

 

今日のリマ ( 聖書 使徒行伝 22章28節 )

22:28これに対して千卒長が言った、「わたしはこの市民権を、多額の金で買い取ったのだ」。するとパウロは言った、「わたしは生れながらの市民です」。 22:29そこで、パウロを取り調べようとしていた人たちは、ただちに彼から身を引いた。千卒長も、パウロがローマの市民であること、また、そういう人を縛っていたことがわかって、恐れた。

 

 

残忍な全体主義、帝国主義のローマ帝国でさえ、もし市民であれば、特権を得られるようです。私には、この”特権”は違って見えます。

”権利”は、ローマ帝国とか、何かの政府組織が与えるものとは関係がないものです。”権利”は生まれながらに持っているものです。それは、生まれた時のすでに持っているものの一つなのです。誰かに、たとえば、ローマ帝国のシーザーから、あなたが許されて与えられいるもの(特権)ではありません。何か、生まれながらのして人間に存在するものなのです。

 

それは人類が生まれながら相続することができるのが特徴なのです。同じ人間、男性や女性から来るものではありません。誰かに、他の人間に取り上げられるものでもありません。”権利”は私たちの創造主からくるものです。呼吸のシステムのようなものです。私たちは呼吸する権利があります。私たちは、生きることを与えられ呼吸するのであって、彼らが私たちに吸った酸素の料金を課すことはできません。

 

彼らは、呼吸することに対して課税しようとしています。炭素税です。これで植物を保護するつもりです。地球温暖化といいますが間違いです。植物は二酸化炭素が必要なのです。ばかげています。この人たちは、完全に脳死状態です。

 

パウロはローマ市民として、特権をもっています。この特権は政府(ローマ政府)によって守られています。皆さんもわかるように、聖書では、指揮官は恐れていると書かれています。

 

千卒長も、パウロがローマの市民であること、また、そういう人を縛っていたことがわかって、恐れた。”パウロはローマ市民でした。権利の種類ですが、もちろん彼らが”特権”が

つくりました。その理由は、彼らが新しいシーザーが権力の座に上がるごとにそれを使えるためです。気まぐれな男が人々を治める。気まぐれの感情的ないい加減な暴君が’あなたが権利を持っているかどうかを決めます。

 

ある日は問題はありません、そして別のある日は残忍で裏切りの性格でよく気が変わり、いつでも市民から、”特権”も取り上げてしまうでしょう。だから、権利は我々の創造者、すなわち誰よりも高い位置に立つ神様からこなくてはならないのです。

私たちの守る権利、私たちを狙う者たちから、自分を守る権利、自分達の目的地を決める権利、人間の権利は、人間の特権です。特権は何かの政府機関、または統治者が与えたものであり、もしその場合には、人類は主人、奴隷制度に向かうでしょう。もちろんそれが、グローバリズムなのです。新植民地主義、拡張された意味での帝国殖民地主義です。

 

それは、経済的な賃金戦争をもたらし、人々を愚かにし、女性を支配し、子供達を公的教育で洗脳する愚かな制度です。それは植民地制度です。

世界政府、世界共産主義、グローバリズム、どれであっても、ネオコン(新保守主義)とかも含め、共産主義と同じものです。パウロとローマの市民は、失うことになるかもしれない”特権”を持っていました。

 

私たちが、神様のイメージで生まれたことは、贈り物(GIFT)です。人類は神様の創造物であり、私たちだけに与えられた特権なのです。私たちには権利が与えられたので,神様は、”繁栄し増えよ 地上を治めなさい”といわれました。

奴隷になり、売春をし、課税されることを、見張られることを、追跡されことを楽しむような、家畜の農場ではありません。私たちは、あなた達が、傷つけ、見張られ、小突かれる家畜でも、動物でもありません。私たちは人間なのです。

 

私たちは、神様のイメージで創造されたのです。私たちはすべての力強い捕食者(Predetor)を打ち負すことができます。それらは。支配フリーク(狂信者)ではありません。

 

私たちの道徳性と善に感謝し、もはや悪魔ではありません。私たちはあなたからの特権は理解できません。私たちには、万能の神からいただいた権利があるのです。それは、あなた達は決して取り上げることはできません。

 

セクション 2

 

エルダー本部長 天聖径朗読

3.5. Establish the family foundation Why must you have sons and daughters? There surely has to be love. God has to exist, man and woman have to exist, and husband and wife have to exist. Next, the blood has to be mixed. The descendants are born with God’s blood and love blood, vertical blood and horizontal blood, mixed together. Therefore, unless you have descendants, you cannot have a place to play and rest in the other world. If husband and wife – just the two of them – live face to face till they turn eighty or ninety, will they be happy? They cannot live an interesting life. There has to be a daughter-in-law and grandchildren. For grandfathers and grandmothers, there is no greater happiness than holding their grandchildren. Those who could not have grandchildren cannot achieve harmony with heaven and earth and keep in step with north, south, east and west in the spirit world. (197-32, 1990.1.7) 

 

なぜ息子、娘がいなければいけないのでしょうか。必ず愛がなければなりません。神様がいなければならず、夫婦がいなければならず、男女がいなければなりません。その次には、血が混合しなければなりません。神様の血、愛の血、縦的な血、横的な血が混合して生まれたのが子孫です。それゆえ、子孫をもたなければ、あの世に行っても、遊んで休むことができる場がないのです。
夫婦が80になって、90になるまで二人だけで、額を突き合わせて暮らしながら「幸福だ」と言いますか。おもしろく暮らすことはできません。息子の嫁がいなければならず、孫がいなければなりません。おじいさん、おばあさんは、孫を連れていって抱かせてあげれば、それ以上の幸福はありません。
孫をもてなかった人は、霊界に行って天地の調和を成せず、東西南北に拍子を合わせられないのです。(197-32,1990.1.7)

 

血に関してなのです。それは血に関することなのです。血は命を与えてくれます。血はアイデンティティをくれます。

 

続く

 

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