↑バスからの風景(チベット)この後写真を撮る余裕はなくなった。。



地球探検隊の9周年イベントスノーシュー
http://www.expl.co.jp/etc/event/ensoku/snow/index.html

に参加するために、

名古屋から東京への夜行バスに乗った。。

22:00発、、なかなか寝れない。。。

夜空を見上げると月がでていて、、


チベットへ向かう闇バスの自分の情景が浮かんできた。

55時間の過酷で素敵な?なバスの旅だ。。。



2001年秋、ネパールで3週間の

INTREPID社の現地発着ツアー
http://www.expl.co.jp/tour/ip/tour-ip.html

に参加するために、

神戸~(船)~上海~西安~西寧~ゴルムド~ラサ~カトマンズ

の経路で旅をしていた。。



中国からチベットへ陸路でいくには、ゴルムドという町からバスがでている。



ゴルムドに着いたのは11月10日。

冬になれば雪で道が封鎖されるため陸路で超えるにはギリギリのタイミングだ

ったように思う。

ゴルムドですでに標高1800m。

バスの出発は夜中の0:00だった。

おんぼろバスとは思えないほどスピード

を出すため、一気に高度を上げた、、、

2時間ほど経つと、

手元のG-SHOCKの高度計では4300mを超えていた。。

地図ではそこが何mなのかつかめなかったため、



『え!もう4000M超えたん!?このペースでどこまでいくんやろ?』


っと少し焦った。。。

しばらく4300m付近で一定となる。

相変わらずバスはけっこうなスピードで走る。。

窓ガラスが壊れているため、閉めても振動でだんだん開くため、

外気温(-10℃)(G-SHOCKで計測)

がもろにはいってくる。。

しかも80Kmぐらいで走ってるため、恐ろしく冷たい。。

体感ではー20℃?あったんではないかな。。

モンベルのダウン#0をもってしても寒く、

持ってる服を全部着て。丸くなっていた。。


なんか頭がボーっとするなー、、

っと思っていたが、



『あー、これが高山病の症状なんや、、っと自覚した。』



頭痛、めまい、吐き気、、気持ち悪くなっていった。。

とにかく、水分をとりまくった。


西寧で手に入れていた、高山病に効くという紅景天を飲む。

これが恐ろしくまずい。。。

『良薬は口に苦し。』とはよく言ったものものだ、、、



8時間ほど走りっぱなしのあと、

朝8:00頃、トイレ休憩。

といってもトイレなど当然あるわけもなく、

みなそれぞれちりじりに広まり、用を足す。

女性はできるだけ遠くへ行くのだが、

隠れるものが何もないので、遠くでお尻を丸出し。。。

それが普通なので、ごく当たり前の感じだった。


バスはさらに走り、

高度は5000mを超える。。

峠を越えるポイントでは最高到達地点たしか5300m。


相変わらず高山病の症状は続く。。


次のトイレ休憩では、バスのステップをおりたその場で用を足した。


遠くまで歩いていく余裕など皆無だったのだ。。


おそろしく体がだるい。。。



『高度よ、早く下がってくれーぃ。』


っと弱々しく祈るばかりだった。。


ふと、後ろのチベット人の少女を見ると、


なんと、ペラペラのせんべい布団一枚!!!!

でスヤスヤと眠ってるではないか!!!!!


過酷な自然で暮らす人々の適応能力のすごさを

思い知った。。。

生ぬるい国、日本で育った僕は弱っちいもんや、、な、、っと


さらにショック。。。



おんぼろながら、完全なフラットの寝台のため、体は横にできるのだが、

敷かれている毛布はもう何十年分の旅人の汗としみがこびりついている

のか、想像をかきたてるような『すいぃー』臭いのする年代ものだった。。

その『香り』が気分の悪さを倍増させてくれた。。。



高度計が下がり始めたのはラサに着く、3時間ぐらい前だっただろうか。。


次第に体も軽くなりはじめた。。。



夜中にラサに到着。。


まる55時間の素敵な?旅だった。。


ヤクホテルにチェックインし、無事生還。

ラサで標高2600mあるので、油断は禁物だったが。




あの過酷なバスに比べると

名古屋~東京の夜行バスはなんて快適なんだろうか、、、


ありがたい。。感謝。


そんなことを頭で回想してると余計に眠れなくなった。。




あなたは最近どんな回想をしましたか??



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